「地球帰還」
敵に“Thing X”(ヒヒイロカネ)を奪取され加えてTR-3Dとパイロットのエディを欠いたSCV-01リベレーターは地球の作戦司令部の命令で地上へ帰還する事が決定された。幸いにもブラックバードの月面偵察では敵の月面基地は跡形もなく消失していた。
地上帰還の為、艦内で行われていた修理作業はすべて中止され、CICでは現軌道離脱の準備が進められた。
「地球帰還」
私はこれから先に起こるであろう事を考えると激しく気持ちが乱れた。
(TX機関の無いこの艦は戦闘の用を成さない……)
「TR-3D、帰還しました……デッキディレクターよりGサイン、着艦完了!」フスター大尉が報告した。
「敵のUFOの動きはないかっ?」と私。
「QR、PARともに反応無しっ!」とフスター。
「ウム…」
暫く経ってからランドーがCICへ入った。彼は暗い顔をして私の前に立つと、深い溜息を吐き、次のように報告した。
「月裏側で高エネルギー型UFO一機を撃破…月面基地はエネルギーシールドの様なものが展開されていて攻撃が無効化されました。」とランドーは言った。
「艦長、その後の敵の動きの監視を続けてくれ、航空隊に電子戦機を要請!」
「分かりました、直ぐに!」ランドーは火器管制の方を向くとブラックバードを発進させるよう発した。
「艦長、エディのTR-3Dはどうなったのだ?」と私。
「……遁走しました。」ランドーは小さな声で答えた。
「……そうか……了解した。君は先ずバートルの方を見て来てくれ、終わったら私の部屋へ来てくれ。」
私は立ちあがると彼と向き合い互いに敬礼した。
◆
リベレーターの情報は軍事機密暗号通信で地球の機動宇宙軍作戦司令部に届いていた。これを受けて山元 葵一等宙将は機動宇宙軍本部のカーネル・リードマン大将と通信会議を行った。
「“Thing X” を奪取された上にTR-3D一機が行方不明か…君はどう始末を着けるのかね。」リードマンは葉巻を取り出し端を切り落とすと火を点け吹かした。彼の手はスクリーン越しに震えているのが分かった。
「はっ……“Thing X”を奪取されたのは敵の戦術的優位性に因るものです。少なくとも人的ミスではありません。ロバートソン准将とランドー艦長は引き続きSCV-01の指揮に当たらせます。TR-3Dに関してはパイロットのゼネラルバイオエレクトリック社員、エディ・スイングの問題です。政府と社の保証規約の中で解決して頂きた…」山元が言い終わらない内にリードマンは椅子から立ち上がり葉巻を床に叩き付け、ダンッと足で踏みにじった。
「貴様ぁーっ、舐めとるのかぁっ‼ 先の貴様の要求を受け軍総本部を通じて政府はプレアデスに仲介交渉を行う予定なのに、この失態は何だっ! SCV-01がプレアデスのUFOを破壊したのは聞いているっ!それは “Thing X” が在っての話だっ、これは交渉を有利に進めるカードだったっ……」リードマンは肩で息をしていた。
リードマンは椅子に腰を落しフゥ~ッと深く溜息を吐いた。
「……交渉と言うのは対等な立場で行わなければならない。交渉とはお願いではないのだよ、山元宙将…だが、まだ望みは有る…“Thing X” はリベレーターだけではないのは君も知っているだろう。」
「世界中から掻き集めたエキゾティックマテリアル……その中の一つ、「オモヒカネ」を搭載した艦が現在、防衛省の日立宇宙工廠で建造中です。」と山元は答えた。
「艦名は…あ、…何とかだったな?」とリードマン。
「艦名は〈あまてらす〉です。」と山元は答えた。
◆
ランドーはメディカルセクションへ行き、バートルを見舞った。ランドーは彼に誤射した事を陳謝した。その事について彼は「事故です。」と一言だけ…その後、エディについて聞いた。
「彼女はどうなったのですか?あの機体は特殊なものと聞いています…まさか、彼女が乗れるなんて…前にパイロットをSAIのデータ―で調べた事があるのですがコードが黒塗りにされてました。」
「彼女はTR-3Dと共に行方不明だ…帰還の途中で消えた。」とランドーは出来るだけ簡単に答えた。
「艦長も、もう一機のTR-3Dで出たんですよね…何故、連れ戻してくれなかったんですか…」
「中尉、もう喋るな、暫く休んでいてくれ。」ランドーはそう言い残してメディカルセクションから出た。バートルの言った言葉がランドーの心の底で引っ掛かった。
(彼女が逃げた時、私は悔しさ以上に悲しかった……同じ血を分けた者だから、だろうか…)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ランドーはCICへ入り、そこから提督室へ向かった。
「提督、ランドーです。」
{入り給えっ!}
ランドーは護衛のアンドロイドたちに各自のコンパートメントへ戻るよう指示し、提督室へ入った。
「どうだったね、彼の具合は?」と私はバートル中尉の事を聞いた。
「命に別状は有りませんが暫くは動けません……提督」
「何か?」と私。
彼は軍帽を取ると背筋を伸ばし敬礼し次のように謝罪した。
「今回の責任は全て私の判断ミスです。“Thing X” を敵に奪取された上、バートル中尉を負傷させ、TR-3Dとエディ・スイングを取り逃がし……貴方の提督としての名誉に私自身が泥を塗りましたっ!」ランドーはそう言ったが目線は上を向いていた。
「艦長、形式ばらなくていい……我々は前に進むしかないのだ。作戦司令部から命令が下った、本艦は現軌道より離脱、地上のグアム機動宇宙軍工廠でドックに入り修理と改修を行う。」と私は彼に言い、続けてブラックバードが収集した月面の状況を彼に伝えた。
「ブラックバードからの情報では敵の月面基地は消えたそうだ。念のため月面を低空から走査したが何の痕跡も見つからなかったそうだ…まだ警戒は解いていない。」
「彼等が居なくなったのは現状を考えると幸いでした……ところで」とランドーは別の話を切り出した。
「私と提督の処遇は…どうなるのですか?」ランドーは心配そうな顔で私に聞いてきた。
「この艦の指揮に他の誰が就こうと言うのかねっ! そのまま継続だっ!私はSSFP(Space Strike Force Program:宇宙打撃軍計画)の時からこの船に関わって来た、君もこの艦と共に在るっ!」
それを聞いたランドーは次第に表情が明るくなって行った。
◆
CICではSAI他、各科管制員が軌道離脱の作戦司令部の命令を受け、慌ただしく作業を進めた。艦体の修理は中止され全ての兵装及び付随する装具が元の位置に収められた。月面監視のために飛び立っていた電子戦機ブラックバードも呼び戻された。
「軌道制御プログラム、クリヤ! 艦外に浮遊障害物無し…艦、回頭します。コースターゲット地球へロック……回頭180、制御スラスター起動! 回頭角0へリセット、推力制御、動力伝達系に異常なし。地球へ向け発進準備完了!」と操縦航法管制の飛鳥大尉と中島大尉が報告、続いて動力管制のマーク少尉が熱核動力系の報告を行った。
「メイン1~8、a go ! サブシステム、オールG!」
火器管制のマーベリット少尉が地球低軌道に在る衛星や航空機の位置情報を全球モニターに映し出した。
「回避ターゲットをマーク…データーをSAIオートパイロットへリンクON…OKですっ!」
横にいるフスター大尉はマーベリット少尉と顔を合わせ「んっ!」と言う感じで互いに頷いた。
私と並んで各管制エリアを見ていたランドーは私の方を見て頷き各科へ発令した。
「現軌道離脱っ、リベレーター発進せよっ!目標、グアム機動宇宙軍工廠っ ‼ 」
『機動空母リベレーター』第一部 了
■ JC・ロバートソンの経歴
アメリカ宇宙軍創設草創期より活躍した軍人。両親はUSAFに所属、共にパイロットとして活躍。この間、ロバートソンは宇宙軍を目指すようになる。
空軍の経歴を経て宇宙軍へ移籍後、アメリカ政府主導で計画されたSSFP(Space Strike Force Program):宇宙打撃軍計画の主任責任者として働く。
この時期に軌道戦闘プラットホームの建造計画が推進され、最初に軌道ドックの建造が始まる。建造は遅々として進まなかったが2028年に大規模重力制御技術が秘密裏に確立し、従来のロケットによる軌道上への運搬ではなく構造物を地上で建造、各ブロックごとに軌道へ上げる事に成功し、建造期間は大幅に短縮される事となった。ロバートソンはこれ等の建造オペレーションにも携わる事となり宇宙軍の主要人物として階級は最終的に准将まで進んだ。
※1
SSFPは当初、アメリカ主導で行われていたがその他の同盟国もほぼ同時に参加していた。理由はアメリカ一国だけでは計画の規模を見直さなければならないとの事でアメリカ政府は同盟国に財政と技術の援助を求めたと言われている。同盟国は財政支援の見返りとして自国の宇宙技術の確立や新しい技術の共有を目指し積極的な協力体制を布く事となった。これによりSSFPは当初の計画規模を変更することなく進められた。
※2
SSFPは2032年に統合機動宇宙軍として組織が再編されるが呼称として同盟国が参加協力し始めた時に使われるようになった。




