『創世の予兆』
今は亡き夫の姿を見た、補佐官のクラウディアは大統領の執務室へ駆け込み、有った事をハワードへ話す。しかし、ハワードはそれを軽くあしらう…。そんな時、内線が入り、受けたハワードは硬直する。受けた内容は潜水艦発射弾道ミサイルの弾着地点である日本の日立宇宙工廠で異常な現象が起きているとの事だった。
一方、日立宇宙工廠の大深度地下ドックから脱出した司令の赤松らは、八ヶ岳地下工廠へ移り、政府から送られてくる情報で日立宇宙工廠の超常現象を追跡していた。日本政府はこの事を機に、全国の汎ゆる事象の調査を行う。そこで分かったことは、国の機構そのものに影響を与える事柄だった。
その頃、アメリカアリゾナのエドワーズ統合機動宇宙軍基地に収容されているカインの避難民たちにある変化が起きていた。施設管理作業員と避難民の意思疎通が出来なくなったとの事で、収容施設へ向うランドー。本部から視察に来た統合機動宇宙軍本部のボイスと話をした後、カインの避難民の中に風早志門とその妻、ミカの姿を見つける…
『創世の予兆』
化粧室に居たクラウディアは立ち上がると、急いで大統領執務室へ走った。
「大統領っ、ハワードッ!!」、と彼女は叫んだ。その大きな声に驚き、ハワードは身体をビクッと震わした。
「なんだっ、シンシアッ!? 驚かさないでくれ、ビックリしたじゃないかっ!」
「彼がっ……生きてたのよっ!!」、とクラウディアは言ったが、勿論、ハワードには何のことか分からなかった。
「彼? 誰の話だ???」
「ジムよっ!! 三年前にここで亡くなった私の夫っ!!」、とクラウディアは力んだ。ハワードの目は点のようになった。
「きついジョークだ、…私は彼の葬儀にも立ち会っている。彼は英雄だった…、シンシア、君は疲れているのだ。私もそうだ……さっき幻を見たしな。」、そう言ってハワードは机の上に有る空のコーヒーカップを指した。
クラウディアはハワードに迫った。
「さっき化粧室で身なりを整えていたら、鏡の自分の後ろに彼が居て、……肩に手を置いて私の名前を呼んだのっ、アレは幻じゃないっ!肩に手を置かれた感覚が残っている…」、クラウディアのマシンガンのような言葉にハワードは手を額に当ててフゥーッと大きな溜め息を吐いた。そしてコーヒーカップを指して言った。
「これも幻じゃないと?………さっき飲んだが本当に私が淹れた物じゃなかったんだ…」
そんな話し合いの折、机の上の内線が鳴り、ハワードが取った。
「私だっ、………エッ?…エェーッ!!、なんだってっ!? 詳しく話してくれっ、直ぐに此処へ来てくれっ!!」
「何ですか?」、とクラウディア。ハワードは受話器を置くと彼女の方を向いた。
「国務省と国防省(戦争省改め)からだっ………シンシア、君の言った事は本当かも知れないな、……”死者の復活“……かっ…」、ここに至り、ハワードは亡くなった防衛省副大臣の和泉の言葉をやっと思い出した。
「何が起きたのです?!」、とクラウディアは再度、尋ねた。
「日立宇宙工廠の事は知っているだろ、潜水艦発射弾道ミサイルが2発落ちた所だ。そこで、今おかしな事が起きている……」
◆
日立宇宙工廠の大深度地下ドックから脱出した司令の赤松他、隊員たちは、その後、空自の救助ヘリに回収され、八ヶ岳地下工廠へ移動していた。あれから既に三週間が過ぎたが、赤松らは政府と情報共有を行いながら、前に居た日立宇宙工廠で目撃した異常現象を追跡していた。
工廠地下ドック管制室で、赤松は政府の提供する衛星画像と、空自の小松基地から発進した長距離無人偵察ドローンのライブ映像に見入っていた。当直の管制官たちもスクリーンに映し出されたそれに目を向けていた。
衛星画像で、爆心から約30km圏内は、まさに更地の状態で、核爆発の威力を示す一方、低空で進入したドローンの地上映像には前にも増して変化が確認出来た。
「前と比べて、建物や人間の光の輪郭が強くなっている……」、そう言うと赤松は政府から渡された防衛省副大臣、和泉の情報書類を見直した。
(”死者の復活“………、その根拠は次元の構造そのものが変わる、か…)、と赤松は思った。
横に立っていた寺坂技術宙佐が赤松に言った。
「司令、もし壊れた物や亡くなった人が生き返るなら、それは完全な現状復旧、という事に成りますよね…」
「そういう事になる、………だがっ…」、と赤松は言葉を止めた。寺坂は赤松の方を見ると、互いに目線が合った。
「それが可能ならっ、………それは、いつになるかだ。」、と赤松。
「タイミング?、ですか…」、寺坂の言葉に赤松は黙り、ポケットから電子煙草を取り出した。
「エッ! 司令は煙草を吸ってましたか!?」、寺坂は初めて見たように驚いた。
「これだけの事が起きた、………それで吸わない君は偉いよ。」、と赤松は表情を崩して、少しだけ自分の職責を仄めかすように彼に言った。その後、次のように言葉を繋いだ。
「先の話のタイミングだが、……この事象が昇華するには、もう一段階、何かのトリガーが必要になるのかも知れん、私の勘だがね…」、そう言いながら赤松は煙草を燻らした。
「ところでっ………」、と赤松は話を切り出した。
「あまてらすシステムは、もう稼働できないのか!?」、赤松の問いに対し寺坂は暗い顔で首を縦に振る…
「先の最大バーストでシステムのTXマテリアル自体が蒸発、…消滅しました、…このシステムは終わっています。」
「終わった、……使命を果たしたのだな。」、呟くように赤松は返した。
………………………………
日本政府はこれを機に、全国の工業生産、食料生産、物流、需要と消費、保健衛生、インフラ等、汎ゆる状況の調査に乗り出した。
防衛省副大臣の和泉のカインのレポートを基に、実際に国民の生活環境を調査した結果、その影響による生活変化の傾向性はレポートと見事なまでの整合を示していた。長年に渡り、政府が掲げてきた〈ムーンショット計画〉は莫大な資金の投入無しに加速度的に進んでいた。
先ず、傷病者の数が劇的に減り続けた。全国の総合病院では傷病者を収容するベッド数に、病院運営にデメリットとなるくらい空きが目立つようになった。それと連動する形で薬局や薬剤製造メーカーもその生産を縮小せざるを得なかった。
国民の就労では離職者の増大が加速した。工業生産に於いては大手重工の、特に兵器開発は世界と同様に完全にストップし、民生用の自動車や家電すら生産を縮小した。加えて通信関連はスマートフォン等、売上は止まり、同時にインターネットも利用されなくなる傾向が増していた。
ここでもアメリカと同様に生活を維持するための就労が減っているのに対して、国民の保健衛生は維持し続けている、という矛盾が見えた。
上記が示すものは貨幣やエネルギー経済の破綻を示していた。もはや国民がそれを必要としなくなってきたからだった。ここに疑問が一つ残る…、では何が国民を支えているのか、貨幣やエネルギーと代わったものは何だったのか…
政府の経済産業省と厚生労働省は国民の生活の裏にあるものを深く掘り下げていった。結果は驚異的だった…、国民を支えていたのは国民自身だったからだ。食料、エネルギー、情報、そして移動…、完全な自立をした者は決して多くはなかったが、今後、増大する、と見込まれた。
これは国という機構そのものの解体であり、日本政府は最後の事象である”死者の復活“を見据え、同盟国のアメリカへ交渉団を短期間に何度も渡米させた。
◆
アリゾナのエドワーズ統合機動宇宙軍工廠の特設施設に収容されているカインの避難民にある変化が有った。連絡を受けたランドーはリベレーターを降り、用意されていた連絡車に乗り込むと施設へ向かった。彼には大凡の予想が出来ていた。
施設に着くと彼は連絡車を降り、施設内へ走った。そこでは施設の管理作業に当たっていた者と避難民との意思疎通が次第に出来なくなっていた。この兆候は既にリベレーターが超次元空間から現時空間へ移った時から顔を覗かせていた。
問題が起きた事で本部のボイス中将も現状視察に来ていた。
「これは、一体どうした事なのかっ!?」、とボイス。管理作業に当たっていた者は言葉が全く通じず、ボディーランゲージによって何とか対処していた。
ランドーはボイス中将に言った。
「これは予想の範囲内です。彼等、避難民の収容時は、まだカインと同位空間内でした。しかし、今はその空間と全く途絶した状態です。そうなると、彼等の額にインプラントされていたクロスライザーと呼ばれる交感器が溶けて無くなる、と私は聞いていました。ただ、環境が整えば意思疎通が言葉を介さなくても出来るようになるらしいです…」
「環境が整えば?、言葉を介さなくても…?」、とボイスは首を傾げた。
「ボイス司令、カインの情報はリードマン大将から知らされていませんか?」、と念のためランドーは尋ねた。
「リードマン大将はずっとワシントンだっ!国防省の事と政務が絡んで相当忙しいらしい…、国防省は相当数の者が逮捕されて機能不全になっている、との事だ。政府も国内状況の悪化と閣僚の再編成の板挟みで動きが取れない…」、そう言うとボイスは短く溜め息を吐いた。
「司令、今は過渡期です、多分…、カインの詳しい情報はリードマン大将から聞いて下さい。政府からも近い内に発表が有るかも知れません。」、ランドーがそう言うとボイスは彼の肩を叩き、本部へ戻る…、そう言ってその場を出て行った。
その後、ランドーはコミュニケーションが取れているカインの者と風早志門を見つけた。コミュニケーションが取れているカインの者は一人が風早志門の妻のミカで、もう一人は少し背の高い者だった。その者は下腹部が膨らんでいた。妊婦のようだった…。ランドーは再び、志門へ視線を向けたが、彼の顔には、娘と別れたときの悲しみが残っていた…
ランドーは別れ際に自分のした事を思い出し、心に痛みを覚え、その場に居られなくなり踵を返すと施設から出た。
………………………………
リベレーターへ戻ったランドーは自室で深く落ち込んだ。別れ際の風早志門の娘、果南の顔が脳裏に浮かび上がる…
(ごめんよ……、ごめんよ………ああするしか無かったんだ…)、ランドーは心の中で謝罪と自責の念を重ねた。ポタッ、ポタッと机の上に涙が落ちた。
”「CICより艦長っ、直ちにCICへ来てください」“、とSAIから声が入った。
ランドーは軍服の袖裾で目をゴシッと拭くと立ち上がった。




