ブルーノア歌劇団(2)
午後になり、演劇科と声楽科のバイト希望者が採用試験にやって来た。
演劇科の学生は、演劇コースの女性が2人、男性が1人、舞踏コースの女性が1人、男性が1人の合計5人が来ていた。
このうち舞踏コースの2人の家は子爵家で、貴族に舞踏会で踊るダンスを教える教師を目指しており、演劇科の3人の内の女性1人は男爵家の令嬢だった。
声楽科の学生は、女性が2人、男性が1人の合計3人で、全員が特待生だった。
そもそも芸術を学ぶのにはお金がかかる。楽器にしても美術にしても、子供の時から師をつけて教育されるものであり、本来貴族の領分である。
芸術学校の学生は、元々ゆとりのある貴族家が、教養を身に着けさせるために通わせていることが多いのだ。
卒業後に仕事として勉学を活かすとしたら、宮廷楽団や王立劇団に入団するか、ダンスの教師くらいしか道がない。美術や彫刻コースの学生は、王宮お抱えになるか、有名な工房に就職するしかない。
王宮で仕事を得ることができる者の9割は、貴族家出身者である。
確かに王立劇団以外にも劇団は存在している。
それは庶民向けの劇団であり、大きな劇場やホールで上演することなどできない。
彼等は二流・三流の劇団と呼ばれ、貴族たちは観劇すらしない。
演劇科と声楽科の特待生たちの多くは、その庶民専門の劇団を目指している。
劇団というものについて述べるなら、王立劇団も庶民劇団も、役者は演技のみを行い、演奏者は幕間や舞踏会の場面で演奏する。声楽を学んだ者は、歌手として幕間で歌を披露するだけだった。
だから、イツキが考えているような、歌って踊って演技するなんてことは、完全に演劇という観念や常識から外れており、伝統を重んじる貴族社会から、受け入れられる可能性は低いと思われる。
「初めまして、バイト試験の試験官であり、合格すれば皆さんにバイト代を支払う、ランカー商会のイツキといいます。
これから皆さんに行う試験は、ここに居る本来なら特待生として入学するはずだった10人と、私と助手を合わせた12人全員に、演技と舞踏と声楽の基本を教えることです。
グループを3つに分け、1時間半経過したらローテーションし、4時間半で全員が上達していたら合格となります。
1時間半で出来ることは限られていますので、最初に個人個人の現在の実力を把握し、残りの時間をレッスン時間とします。
レッスンを受ける者の現在の実力は、こちらの採点表に記入しておいてください。採点の仕方もバイト採用の重要な項目となります。
10分差し上げますので、どういうレッスンをするのか、採点は代表者がするのか全員でするのかを決めてください」
イツキが説明し終わると、採点用紙と筆記用具を、バイト採用試験を受けに来た8人の学生に配っていく。配るのは助手のハモンドである。
バイト希望の学生たちは、あまりにも若い試験官に目を見開き、本人もレッスンを受けることに驚いたが、お金のために文句を言ったりはしない。
10分後、イツキが分けた4人一組3つのグループは、学生の指示に従い現在の実力を披露していく。
イツキのグループのメンバーは、エレニア(声楽)・シュバル(演劇)・リリアス(声楽)の4人で、3人とも上級学校や女学院を卒業していた。
始めにレッスンを受けるのは声楽である。
イツキたちは声楽科の学生の指示に従い、得意な曲を2分以内で歌っていく。
1番最初に歌うのはイツキで、選んだ曲はラミル上級学校の校歌だった。当然レガート国語で歌っているので、ダルーン王国語やイントラ連合国語しか学んでいない者は、どういう曲なのか分からない。
「今の曲は……レガート国の曲でしょうか?」
声楽科の男子学生が、バイトの試験官でもあるイツキに、遠慮がちに質問する。
「はい、私の母校の校歌です」
イツキはにっこりと笑って答えたが、質問した学生はレガート国語を少し学んだことがあったので、ラミル上級学校という名前に驚いた。どうみても中級学校を卒業したばかりくらいに見える少年なのに、もしかして現役の学生なのだろうかと考える。
イツキに続いて歌う3人も、出身校の校歌を歌っていく。ノリのいい3人に、イツキは笑顔を向けた。
「推薦を受けるだけあって、皆さんとてもいい声です。次は、どの音まで出せるか声域のテストをします。男性は私について声を出してください」
男子学生は次の指示を出すと、キーとなる声を出し音階を下がっていく。イツキは元々声が高いので、バリトンまでがギリギリで、バスまでは出せない。しかし、リードしている学生よりも高い音まで出せた。でも全力を出していた訳ではない。
「試験官は、声変わりはまだですか?」
「さあ、どうなんでしょう?自分ではよく分かりませんが」
「え~っと、15歳は過ぎていますよね?」
「はい過ぎています」
「稀に、男性でも高音域まで出せる人はいますが、そうですか……」
男子学生はイツキの年齢を聞き首を捻るが、時間もないので次のシュバルのテストを始める。シュバルはイツキとは逆で、低音域が広く男性らしい声だった。
女性2人も声は良かったが、リリアスの声域は広くなかった。
声楽のレッスンは、声の出し方の基本や姿勢について学び、全員が学ぶ前より声が出しやすくなったと答えた。
次のレッスンは演劇だった。
実力をテストする課題として出されたのは、国王に謁見する騎士・大臣・王女・他国の使者のいづれかを演じるというものだった。
台本がないので自分で演出を考え、国王役の学生に、自分がどういう経緯で国王に謁見しているのかを伝える。後はアドリブで5分間演じる。
今回イツキは最後の演者で、他国から来た使者を演じることになった。
イツキの演出は、対立関係にある大国からの使者の役で、国王ではなく王子からの伝言を持って来たというものだった。
「お初にお目にかかりますスゴイナ国王陛下。謁見いただきましたこと、神に感謝申し上げます。私は、主であるトアル王国のソウナンダ皇太子より、密書を託されたヨロシークでございます」
イツキはそれらしく最上級の礼をとり、国王の前で頭を下げる。
イツキの口上を聞いていた3人が、名前を聞いて思わず吹き出してしまう。
「国王からではなく、皇太子からの密書だと?」
「左様でございます。ソウナンダ皇太子のお心を伝えに参りました」
「敵国にも近い我が国に、皇太子は何を望んで、その方を送ったのだ?」
「それは、この密書に全て書かれておりますので、どうぞお読みくださいませ」
「何故私が、その密書を読む必要があるのだ? 使者ごときお前の願いをきく必要などないわ」
国王役の学生は、意地悪く黒く笑いながら、使者に対し悪態をつく。
この学生は、演者の望んだ通りの演出をする気はなく、イツキの前に演じた3人を、勤めを果たさせることなく謁見の間から退場させることに成功している。
イツキの望んだ演出は、王様に密書を読んでいただくというものだったので、学生は絶対に読んでやるものかと思っていた。
「国王は密書をお読みにならなりません。お帰りください」と、女大臣役の女性が冷たく使者に帰れと促す。
「そうですか。実は密書は3通ありまして、伝言が1つございます。1通には戦争回避を願う内容。もう1通には同盟を結ぶ内容。残りの1通は、王女ウツクシーネ様との結婚を願う内容となっております。皇太子は、ウツクシーネ様を大変愛していらっしゃるのですが、国王陛下におかれましては、どの密書もお読みになる気はないと仰るのでしょうか?」
「くどい!」
「伝言は?」
「聞く気などないわ!」
「大変ありがとうございました。主のお心と伝言をお聴きくださり、使者の務めが果たせました。それでは失礼させていただきます」
使者は深々と頭を下げ礼を言って、微笑みながら去っていった。
密書は読んで貰えなかったが、皇太子の3つの願いと、愛の言葉を伝えることができた。
「食えない使者でしたわね。これは一本取られたのではございませんか父上? いい加減に、私を嫁がせてくださいませ」
女大臣の隣に立っていたのは、実は王女だったというオチで、女学生が上手く締めくくった。
4人の演技を見ていた3人は感動し、役目を果たせたイツキと、素晴らしい演技をしてくれた学生に向かって大きな拍手をおくった。
「いやー。試験官は、脚本家としての才能があるのではないですか?」
国王役の学生が、予想外の展開に参ったなと言いながらもイツキの演技を褒めた。
最後にレッスンを受けるのは舞踏である。
ラミル上級学校では、ダンスの講義は必須になっていたが、習うのは2年生の時だった。飛び級してしまったイツキは、ダンスの講義は受けていなかったが、事務長のティーラから基本だけを習っていた。
「それでは2人一組になってください。この4人は全員基礎を学んでいるようなので、自己申告通りに踊れるかどうかチェックします」
子爵家令嬢である舞踏コースの学生が号令をかけ、4人の実力テストを始める。
イツキはエレニア17歳とペアになり、定番のワルツのステップを踏む。
2曲目は、レガート国にはないダルーン王国特有のダンスで、踊れないイツキは見学し、男子学生がエレニアと踊り始めた。
……成程、彼女は芸術全般に才能があるようだ。自分で縫ったと言っていたドレスの刺繡も素晴らしい。準男爵家の娘だと言っていたから、サイリス様から手紙を送ってもらおう。
踊るエレニアの体は、七色のオーラに包まれていた。
先程まで見えていなかったということは、イツキとダンスをすることによって、本当の能力が開花したのだろう。
リースであるイツキの能力の一つに、他のリースが持つ能力を開花させ、これまで体に現れていなかった【印】を出現させるといものがある。
ダンスのレッスンが終わったところで、イツキはエレニアに、夕食の前にファリス様の執務室に来て欲しいと頼んだ。
「お疲れ様でした。バイト希望の学生の皆さん、全コースの全員が合格です。
明日から入学できなかった20人の、指導をしていただきます。
私がこのバイトを募集したのは、貴族とか平民とか関係なく、大劇場でも、農村でも演じることが可能な歌劇団を作るためです。
名前は正式ではありませんが、ブルーノア歌劇団になる予定です。
教会が全面的に後援し、大陸中を巡業します。
現在ランドル大陸は、騒乱と混乱の時を迎え、人々は苦しんでいます。そんな人々に、夢や希望を与えるのがブルーノア歌劇団です。
たった10日で何が出来るのか分かりませんが、共に夢を追いかけてみてください。
教える方も、教えられる方も、旅をしながら大陸中を巡業することを想像し、切磋琢磨していきましょう。
学生の皆さん、もしも授業料が払えず、学校を去らねばならない人には、ブルーノア歌劇団に入団できる、採用試験を受けるチャンスを与えます。
たとえ小さなチャンスでも、頑張ってみたい20人の特待生になれなかった皆さんにも、同じようにチャンスを与えるので、頑張ってレッスンを受けてください」
「「「ええぇーっ!」」」
イツキの話に、バイト希望の学生たちは驚きの声を上げる。
これが就職の斡旋だったのだと、バイト募集の掲示板に書かれていた内容を思い出し、来て良かったと心から思った。
たとえ入団できなくても構わない。そんなチャンスが貰えること自体、自分たちには有り得ないことなのだからと、この場に居る全員が喜びに打ち震えた。
「それから、大事なことを言いますので、必ず守ってください。
ブルーノア歌劇団のことは、決して外部に漏らさないでください。
教会はあなた方を救いたいのであって、芸術学校から引き抜くのではありません。
しかし校長は王子です。もしかしたら難癖を付けられ、歌劇団を作れなくなるかもしれません。
バイトさえ、中止せざるを得なくなります。分かりましたか?」
「はい、分かりました」と、全員が声を揃えて返事を返した。
バイトが無くなるのは死活問題だし、こんなチャンス、絶対に逃したくないと学生たちは胸に刻んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




