微笑みの領主就任式(3)
会場内の参列者は、8人掛けの円形テーブルに座り、楽しそうにお喋りをしていた。
本日の参列者は、領主夫妻や秘書官を除くと、予想通り200人程である。
全員が正装で参加し、ご婦人方は美しいドレスにキラキラの装飾品を身に付け、久し振りの式典の開始を待っていた。
ヨム指揮官は、扉の前に立っていた部下の合図を見て、雛壇の上に移動する。
今日のヨム指揮官は、白い王宮警備隊の正装を着ており、母親の代わりに無理矢理やって来た、独身女性の熱い熱い視線を浴びている。
「皆様お待たせいたしました。領主の皆様がご到着されました」と、司会のヨム指揮官が会場の来賓に告げると、皆は立ち上がり入場口の方に体を向ける。
「カワノ領主ラーレン侯爵様夫妻、ご入場」と声を上げながら、大国レガートがお客様をお迎えする顔である両扉を、王宮警備隊の大尉2人が左右に開ける。
焦げ茶色の木の扉には、国花であるレガートの白い大輪の花の彫刻が施され、花を囲むようバランス良く画かれているハート型の葉は、金箔で縁取られており、扉の縁は螺鈿細工が嵌め込まれていた。
続いてカイ領主夫妻、ヤマノ侯爵夫妻と順に名前を呼ばれ、夫人は領主と優雅に腕を組み、自慢のドレスを披露しながら中央の赤い絨毯の上を笑顔で歩いていく。
ホン領主夫妻が入場したところで、ミノス領主は急な体調不良により欠席だと、ヨム指揮官から告げられた。
ミノス領の貴族たちは、領主の欠席と、来ていたはずの侯爵家の子息と、2人の伯爵の姿が見えなくなったことに不安を覚えた。
続いて秘書官、側室のエバ様とリバード王子、王妃カスミラ様とサイモス王子とミリス王女の名前が呼ばれる。
最後に、今日の主役であるロームズ辺境伯とバルファー王の名が呼ばれた。
「ロームズ辺境伯様は、激務により体調を崩されており、ラミル正教会病院のパル院長が付き添いで入場されます」
ヨム指揮官の話に、場内はざわざわし始めるが、登場したロームズ辺境伯は、両腕をバルファー王とパル院長に抱えられており、余程具合が悪いのだと一目で皆は理解した。
よく見れば、本当に成人したばかり少年である。御婦人方の多くは、美少年の領主に驚きながら同情する。領主就任式と言えば、人生最大のセレモニーである。自分の晴れ舞台なのに、激務で体調を崩すなんて……なんて可哀想なのかしらと。
国王とロームズ辺境伯は、会場奥の雛壇の上に設置されていた席へと向かう。
領主たちの長テーブルには、真っ白なレガートの花の刺繍が入った真紅のテーブルクロスが掛けられており、背凭れに美しい花の彫刻が施された椅子が用意してあった。
国王の白いテーブルクロスには、金糸で国花の刺繍が全体に施されており、背凭れには王家の紋章が金箔で象られ、王に相応しい豪華な椅子が置いてあった。
国王の席は中央の赤い絨毯の先に位置し、その左右に領主達の席が、左右に分かれて配置してあった。
国王とロームズ辺境伯がテーブルの前に着くまで、参列者の拍手は続く。
バルファー王が着席すると、8人の領主も参列者たちも拍手を止め着席する。
「それでは只今より、先程領主任命式を無事終えられ、レガート国9番目の領地ロームズの領主と成られました、キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ辺境伯様の、領主就任式を執り行います」
司会のヨム指揮官が、領主就任式の開式を高らかに宣言する。
領主任命式は、国王、秘書官、軍のトップである司令官、警備隊トップのヨム指揮官、全領主が参列し、ブルーノア教会のサイリス様立ち会いで行われる予定だった。しかしイツキはそれをパスしていた。
まあ、任命式も就任式もやることは同じで、就任式はより多くの参列者が居るというだけだった。なので、イツキにとっては、これが任命式みたいなものだった。
イツキはなんとかバルファー王の前に進み出て、御前にひざまずく。
「キシ領の子爵であり、ヤマノ領の伯爵であるキアフ・ヤエス・イツキに、レガート国9番目の領地であるロームズの統治を任せ領主とする。また、ロームズ医学大学の運営を任せる。ルバの辺境伯位を与え、名をキアフ・ルバ・イツキ・ロームズとする。なを、辺境伯は領主の侯爵位と同等である。領主としての務めを果たし、善き領主に成るよう努力せよ。本日ここに、臣下の証しとして剣を授けるものである」
「ありがとうございます王様。私キアフ・ルバ・イツキ・ロームズは、本日よりロームズ領の領主として、その責務を果たし、善き領主として領民を導き、ロームズ医学大学の責任者として学生を導き、王の臣下としてレガート国の為に尽くすことを誓います」
イツキは差し出されたレガート国の家紋と、ロームズ辺境伯の家紋の入った剣を、恭しく受け取り深く頭を下げた。
そしてなんとか立ち上がると、参列者に向かって拝領した剣を高く掲げる。
「「「おめでとうございます王様、おめでとうございますロームズ辺境伯様。善き領主になられますよう、心からお祈り申し上げます」」」
参列者たちは2人に向かって礼をとり、祝辞を述べて頭を下げた。
「それでは、最後に領主の皆様よりお祝いのお言葉を頂戴いたします」
司会のヨムは領主達の席の前に行き、氷の微笑みで「短く」と小声で呟いた。
コイツは本当に怖いヤツだなぁと、領主達はヨムの微笑みを見てゾッとする。
もしもギラ新教徒にでもなろうものなら、絶対にコイツが殺しに来る……と、領主達は常々思っていた。だから、ロームズ辺境伯の祈りで、ギラ新教徒には成らないで済むだろうと思うと、ロームズ辺境伯には感謝しかない。
「領主就任おめでとう。既にロームズ辺境伯は数々の手柄を挙げられている。私はホン領主として、ロームズ辺境伯と強固な協力体制を作り、レガート国発展の為の努力をすると誓おう」
ホン領主であるネイヤー公爵の挨拶を聞き、皆は驚きながら拍手をする。特に驚いたのはホン領出身の高位官僚である。あの計算高く自領愛の強い領主が、成人したばかりの新米領主に対して【誓う】と言ったのだ。しかも強固な協力体制を作ると言った・・・
『あり得ない』と、参列者は驚きの表情でネイヤー公爵を見る。
「領主就任おめでとう。領主の仕事は多岐にわたる。その上、医学大学の運営もあり、働き過ぎではないかと心配していたが、やはり体調を崩された。どうか無理せず、何かあれば私を頼って欲しい。マサキ領はロームズ辺境伯を支持し、万全の協力体制をとると誓おう」
「おおーっ!」と参列者から驚きの声が上がった。
ホン領主に続き、マサキ公爵まで【誓う】と言い、万全の協力体制をとると宣言した。
いったいどうなっているんだ……?と、参列者は驚きが隠せない。
まさかマキ公爵はそんなことは言わないだろうと、参列者は視線をマキ公爵に向け、祝いの言葉を待つ。
「イツキ君、領主就任おめでとう。君の発明したアタックインに私は夢中だ。君はこの国に新しい産業を生み、マキ領もその恩恵を受けている。その御返しに、私の持っている保養施設をロームズ辺境伯に譲渡する。どうか温泉で激務の疲れを癒してくれ」
『・・・はい?』
今のは聞き間違いだろうか?……と参列者は首を捻る。普通ならここで、古参の公爵家の主として、新人領主に厳しい教えの1つや2つを、長々と辛口で言うはずのマキ公爵が、自分の保養施設を譲渡する?……皆は自分の耳がおかしくなったのかと思い、耳の中に指を突っ込んで聴こえを確認する。
「キシの子爵が領主になるとは、我が領の誉れである。来年からキシ領に建設するレガート国立病院のため、また、病で苦しむ全レガート国民のため、君は私財を投げうち自ら医学大学を創設する。キシ領とロームズ領は、医療という固い絆で結ばれている。医師資格を持つ天才でも、体を労って頑張って欲しい」
『えーっと・・・私財を投げうって医学大学を設立?』
『えーっと・・・医師資格を持つ天才?でも、成人したばかりだよね?』
イツキと初めて会う参列者たちは、知らなかった情報に、ますます混乱していく。
次のヤマノ侯爵も、カイ領主のラシード侯爵も、カワノ領主ラーレン侯爵も、期待外れ……いや、あり得ない【誓い】の言葉や賛辞まで飛び出し、参列者たちは軽いパニックになっていく。
『きみ何者なの?』って。
「領主の皆様、ご祝辞ありがとうございました。これにてロームズ辺境伯様の領主就任式は無事終了いたしました。続きまして、ロームズ辺境伯就任パーティーを行います」
ヨム指揮官の進行で、領主就任パーティーに移行していく。
参列者は乾杯のグラスを手に持ち、秘書官の乾杯の挨拶を待つ。
イツキはなんとか自分の席に戻り気力で立ち、慶事用のお酒をグラスに注いで貰う。
その光景を、心配を通り越し今にも飛び出しそうになっていたインカ先輩とエンター先輩は、早く乾杯が終わらないかとイライラしていた。
「ロームズ辺境伯は、レガート式ボーガンを考案し、2度の戦争を勝利に導いてくれた。そして、薬草不足を解消するため特産品を作り、ロームズ辺境伯杯を開催した。レガート国にもたらした利益は大きい。飛び地のロームズ領は貧乏な上に、常に他国の脅威に晒される。だが、ロームズ辺境伯の叡智があれば、立派な領主として統治できると、私は信じている。それでは、ロームズ領の繁栄とロームズ辺境伯の活躍に期待し、グラスを掲げよう。乾杯!」
「「「乾杯!」」
エントン秘書官の乾杯の音頭に合わせ、会場内の全員がグラスを掲げ乾杯する。
乾杯の後は自由歓談となる。その途端、驚愕の声があちらこちらで上がる。
「レガート式ボーガンを考案したって本当か?」
「医師資格を持つ天才って本当なのか?」
「自費を投げうって医学大学を設立なんて、キシ公爵の勘違いだろう?」
「それにしても、なんで全領主が好意的なんだ?」
イツキをよく知らなかった者や、イツキの領主就任に不満を抱いていた者は、レガート式ボーガンの考案者という事実に絶句する。まさかこんな子供が・・・と。
「イツキ君大丈夫か?何があったんだ」(インカ先輩)
「イツキ君、なんで……どうしてこんな……」(エンター先輩)
我慢出来ずに駆け付けた2人は半泣き状態で、見たこともない青い顔と生気の無いイツキの体を擦りながら心配する。
イツキは「すまないエルビス、受付のパルに様子を聞いてきてくれ」と頼む。エンターは分かったと言って直ぐに受付へと向かう。
イツキはテーブルの上に置いてあったグラスの水を飲もうと、ゆっくり、異常な程にゆっくりと手を伸ばす・・・が、体を前に倒すことも出来ず届かない。
インカはイツキが背凭れにどっかりと背を付けているのは、もう体を動かすのもキツイからなのだと理解し、グラスを取ってイツキに手渡した。
『どうして、何故君はこんな姿になっているんだ?』と訊きたいが聞けない。参列者の視線が、今日の主役であるイツキに向けられている。
「インカ先輩、限界がきたら……このグラスを右に避けるので、僕を屋敷に運んでください。パル院長にもそう伝えてください。すみません」
イツキはインカにだけ聞こえる声の大きさでお願いする。インカは分かったと返事を返して、パル院長の所へ移動する。
今日の主役に挨拶をしようと、面識の無い貴族達が集まって来たのだ。
「イツキ様、大丈夫ですか?病院に戻られますか?」
イツキの従者として付き添っているレクスがスッと側に来て、イツキの耳元で問う。
「もう少し頑張るよ。レクス、よく見たら豪華な部屋だね」
キラキラと輝くシャンデリア、真紅の美しい絨毯、梁や柱にも凝った彫刻が施され、壁の4分の1は曇りの無い鏡が嵌め込まれており、4分の1は歴代王のうち名君と呼ばれた王の自画像が掛けてある。他の4分の1は国花レガートの花の装飾、そして残りの4分の1は窓で、カーテンの色は落ち着いた深紅だった。
窓枠も鏡の縁も装飾され金箔が貼られている。椅子やテーブルも縁に金箔が貼られ、会場全体が真紅と金色、そしてレガートの花の白の3色でほぼ統一されている。
ふと天井を見上げると、大きなフレスコ画には、ブルーノア様の神の導きと、ランドル大王の大陸統一の絵が画かれていた。
「皆様、ロームズ辺境伯様は体調を崩しておられます。王様より、ロームズ辺境伯は着席したままで挨拶せよとのご命令が出ております。どうぞご理解くださいませ」
イツキの前に並び始めた参列者に向かって、ヨム指揮官は王命だと念を押す。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




