微笑みの領主就任式(2)
貴賓館の2階でミノス領の貴族を尋問するのは、ロームズでギラ新教の大師イルドラと戦ったレン大佐である。
今から3時間ほど前、勤務交替の為にロームズからラミルに戻って来たばかりのレンは、久し振りに軍本部の建設部で昼食を食べていた。すると中佐以上の全員に、ギニ司令官が緊急召集をかけたと伝令がやって来た。
それでは行くか……とレン大佐が席を立った時、【奇跡の世代】の代表であるキシ公爵がやって来て、有無を言わせずレン大佐は連行されてしまった。
「アルダス、ソウタとフィリップが死んだって、それは本当のことなのか?」
「レン、その件は俺が説明することではない」
軍本部から王宮に向かう道すがら、レンはアルダスに真偽を確かめようとするが、アルダスは何も語らず歩き、気付けば王宮のキシ公爵の執務室(調査官室)だった。
執務室の中には、【奇跡の世代】を率いているロームズ辺境伯が、意味あり気な笑顔で座っていた。
「お帰りなさいレン大佐。ロームズではいろいろありがとうございました」
「いえいえ、イツキ君は命の恩人、そして我等【奇跡の世代】を率いる方です」
イツキとレンは、先月ぶりに笑顔で握手を交わした。
「レン、ミノスの領主がギラ新教に洗脳された。いや、され掛けている」
「なんだってアルダス!領主が洗脳だと?」
せっかく座ったばかりなのに、レンは驚いてまた立ち上がった。
キシ公爵アルダスとイツキは、先に領主会議で起こったことの説明を始めた。
そして次に、ソウタ指揮官とフィリップの死の真相と、12月に入って起こった事件を詳しく説明し、これからの治安部隊について、イツキの考えをレンに伝えた。
「それでは、ミノス領の招待客の中に洗脳者と思われる者が居たら、尋問をよろしくお願いしますねレン指揮官。そして、新しい治安部隊を頼みます」
30分後、突然指揮官に任命され戸惑っているレンに、イツキは黒く微笑みながらお願いした。
「俺とイツキ君は、これからサイリス様をお迎えし、ヘーデル侯爵の洗脳が解けるかどうか確かめる。ヨムと合流し動いてくれ。ああそれから、お前の部屋は今日から軍本部ではなく、この部屋の隣の治安部隊の執務室になる」
アルダスもニヤニヤと笑いながら、仲間の昇進を祝い、共に戦う戦友を歓迎する。
◇ ◇
「俺は治安部隊指揮官のレンだ。お前たち3人にはギラ新教徒の疑いが掛けられている。知っているとは思うが、ギラ新教徒は爵位剥奪の上、その一族も厳しく取り調べられる。ギラ新教徒でなければ慌てることも騒ぐこともない。無駄に騒げば……疑念が深まるだろう」
レン指揮官は、無表情なままゆっくりとした口調で取り調べの理由を告げる。
3人は青い顔をして頷いてはいるが、瞳には敵意が表れていた。
「お前たちはギラ新教徒か、それともブルーノア教徒か?」
「「「ブルーノア教徒だ!」」」
「そうか、それならばその証拠として、【祈りの3番】と唱えてもらおう」
そこからレン指揮官の取り調べは、容赦もなければ情けも無かった。
「指揮官ごときが、侯爵家の子息に対して生意気な!」
「そうだ!祈りの3番が祈れないから何だと言うんだ。私は伯爵だぞ!」
3人の内2人は、ヘーデル侯爵と同じように、ギラ新教の教えの一部を唱えると、急に強気になり暴言が酷くなった。
残った1人の伯爵は、自分に向けられている領主達の厳しい視線にガタガタと震え、顔面蒼白になりながら口をつぐんでいる。
2人の暴言の中に「私は選ばれし者」とか「崇高な教え」という言葉が発せられたのと同時に、秘書官と領主達は、イツキの祈りの時と同じ激痛に襲われていた。
立っていられなくなり椅子に座って足を擦ったり、あまりの頭痛に頭を押さえたり、みるみる内に手の指が腫れたりと、苦痛に顔を歪めながら実感していた。
【悪神に染まりし魂が近付く時、そなたらの体に激痛が走る】とはこの事かと。
「レン指揮官、3人をレガート軍に、いや、ラミル正教会に連れて……行き、ファ、ファリス様の祈りで……ウッ……洗脳が解けるかどうか……し、調べろ!」
そこまで指示を出したところで、あまりの頭痛に秘書官は喋れなくなった。
他の領主達も激痛に涙を浮かべたり、呻き声を漏らしたりする。
レン指揮官は慌てて部下達に3人を連行するよう命令し、急いで部屋から出ていく。
ギラ新教に洗脳されていた3人が去ると、秘書官や領主達の痛みは次第に和らいでいった。
【欲深き者達よ、望みは叶えられた。しかし、その代償は我が身をもって償うことになる。破壊と再生を願う者は、血を捧げ祈ることになる。痛みを知らず苦しみを知らず、望みが叶うことはない。神の使いである者により、記憶の破壊と再生は完了した】
イツキの神気に当てられ意識を失い忘れていた記憶が、いや、神の啓示が、あの時の眩い光と共に、はっきりと思い出された。
「秘書官、イツキ君は……ロームズ辺境伯は何者なのですか?」
ホン領主であるネイヤー公爵は、ヘーデル侯爵の洗脳を解こうとした時のイツキを、あれからずっと疑問に思っていた。イツキ君はいったい何者なのだと。
「神の使いである者って・・・それにイツキ君は【神に捧げる祈り】を祈っていた」
あの時のことを、何だかぼんやりとしか覚えていなかったラシード侯爵(カイ領主・インカ先輩の父)は、鮮明に思い出された記憶に戸惑う。
「そうだ【神に捧げる祈り】は、サイリス様以上でないと唱えられなぃ……」
唱えられないはずだ!と言い掛けて、ラーレン侯爵(カワノ領主)は何かに気付いたようで口ごもる。あの時サイリス様は、確か……イツキ君の後でひざまずかれていた……
イツキがリースだと知らなかった領主は、自らある仮説をたて、体がカタカタと小さく震え始める。
そして真実を確かめようと秘書官に視線を向けるが、秘書官は腕組みをし下を向いて何も答えようとはしない。
そう言えば教会の養い子だった……そして煩いくらいに国のため、国民のためと言っていた。ちょっと待て……俺はイツキ君に何と言った?……ロームズ辺境伯は教会の養い子なのですか?それは聞いていませんでした。それが今では領主ですか……教会は余程有益な情報を王様に伝えているようだ……ああ俺は、俺は何ということを言ってしまったんだ!と、マキ公爵はいろいろ思い出し青くなる。
「恐らく秘書官も王様も、きちんと答えてはくださらないでしょう。・・・だが、サイリス様がひざまずかれ、【神に捧げる祈り】を唱えることが出来て、サイリス様がイツキさまと呼ばれた……それがロームズ辺境伯の、イツキ様の全てではありませんか?」
マサキ公爵(ヨシノリ先輩の父)は、戸惑う領主達に向かって諭すように言う。自分だって初めてイツキ君の正体を聞いた時は、もの凄い衝撃を受けた。だから今、同じように衝撃を受けている領主達の気持ちはよく分かる。
「ロームズ辺境伯は、常に命を懸け、いや、命を削るようにギラ新教と戦っておられます。ヤマノ領は、ギラ新教と戦う使命を持つイツキ様に救われたのです」
ヤマノ侯爵は、そう言いながらその場で正式な礼をとりひざまずいた。
「今は、イツキ君が無事に戻ってくるのを祈りながら待つしかない。一つだけ俺から言えることがあるとしたら、イツキ君は教会での立場を秘密にしている。だから、これからも今まで通りイツキ君と呼ばれることを望むだろう。そして、新米の領主として普通に接して欲しいと望むだろう。……分かっているとは思うが、今日のことはレガート国の、いやブルーノア教会の最高機密事項だ」
エントン秘書官はそう言うと、イツキの回復を神に祈るためひざまずき、手を胸の前で組み頭を下げた。他の領主達も、あれ程の血を失いながら、自分達の願いを叶えてくれたイツキ君が、どうか早くよくなりますようにと祈った。
時刻は午後5時になり、秘書官も領主達も下の会場へと向かう。
下に降りると、領主の夫人達や王妃様、側室のエバ様、2人の王子と王女、そして王様がドアの外で待っていた。
今日のように正式な式典や祭典の時は、領主は夫人を伴い、名前を呼ばれてから式場に入場していく。その次にエントン秘書官、そして王族、最後に国王が入場する決まりだった。
「イツキ君はまだなのか?」
「はい王様……主役が居なくては領主就任式は始められません」
バルファー王の問いに、秘書官は困った顔をして答える。
その時、貴賓館の前に1台の馬車がやって来た。ロームズ辺境伯家の馬車である。
皆はは~っ良かったと安堵の息を吐いたが、馬車の中から降りてきたイツキを見て固まった。
1人では歩けず、レクスと教会病院のパル院長に両脇を支えられながら、歩くのも辛そうで顔色は青白く生気がなかった。
「あら、主役は王様より遅れてやって来るものなのかしら?新人の領主は礼儀を知らないようですわね」
王妃カスミラは、全く空気が読めなかった。誰が見ても具合が悪そうなのに、イツキの方を向いて見下すように言ってしまった。
マキ公爵とカワノ領主は思った。『なんと無礼な発言なんだ』と。だが、少し前の自分だったら同じことを言ったかもしれない。
目の前で懸命に歩こうとされているのは、シーリス様かリース様である。本来なら平伏したいところだ。それに、我等の願いを叶えるために、……こんなお労しいお姿になられているのだ……
『申し訳ありません』と、国王も秘書官も領主達も心の中で深く頭を下げ、実際は下を向くことしか出来なかった。
「お待たせして申し訳ありませんでした皆様」と話すのも辛そうにイツキは詫びる。
「いや、今揃ったばかりだ。大丈夫かねロームズ辺境伯?歩けるかい?」
これまで行った数々の無礼な態度を深く反省したマキ公爵は、心から心配してイツキに歩み寄る。
「ありがとうございますマキ公爵様。王様、就任式が終わったら、その後のパーティーは、椅子に座っていてもいいでしょうか?」
「何を言っているロームズ辺境伯、君は入院が必要な体だ!式が終わったら直ぐに病院に戻りなさい」
パル院長は、領主達に聞かせるよう強く言う。実際に目覚めたこと自体が奇跡的なくらいだ。それに、倒れた原因が領主会議の総意を叶えるために、命を懸けて【禁忌の祈り】を捧げたと聞き、なんで、どうして・・・と納得がいかなかった。
「ハーッ、いつまで女性を待たせるのです?少しは迷惑を考えなさい。貴方は……」
「王妃、病人に対して、君は気遣うことも出来ないのか?」
バルファー王は王妃の言葉を遮り、少しキツイ口調で注意した。
王妃は申し訳なさそうにすることもなく、イツキのせいで皆の前で恥をかかされたと思い、イツキを睨み付けた。
王妃カスミラは、本来なら王妃であり美しい自分がチヤホヤされるはずなのに、男性達がイツキに優しくしているのが許せなかったのだ。
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