微笑みの領主就任式(1)
イツキ以外が神気に当てられて気を失って5分、1人、また1人と領主達は意識を取り戻し始めた。
そしてイツキは、本来なら祈りの始めに唱えるべき【神に捧げる祈り】を、美しく透き通る声で捧げていた。
「「「あぁ、なんて美しい祈りなんだ……」」」
先に目覚めたカイ領主、マサキ公爵、ヤマノ侯爵は、溢れ出る涙に戸惑いながらも、思わず感動し声にしていた。
その祈りの声を聞いていると、皆の体の痛みや腫れが徐々に消えていく。
次に目覚めたのはキシ公爵とカワノ領主とエントン秘書官で、床に倒れていたが起き上がり、イツキの祈りに耳を澄ますと、やはり清みきった声に感動し涙を流す。
「あれ?俺はいったい・・・」とテーブルに突っ伏し気を失っていたホン領主は、目を覚ますと背中の激痛が消えており、イツキの祈りの声に気付くと、やはり涙を流し始め「あぁ神よ……」と呟いた。
サイリスのハビテも目を覚まし体を起こすと、再びイツキの後ろでひざまずき、イツキの【神に捧げる祈り】を聞きながら、イツキが生きて祈っていることを神に感謝する。が、イツキの足下を見て、サーッと血の気が引き身体中が小さく震えだす。
凍えるような寒さだった部屋は、春の風?と思うような暖かい空気が何処からか流れてきて、体も心も温まっていく。
そして冷静に室内を見ると、バルファー王とギニ司令官、マキ公爵、ヘーデル侯爵はまだ目覚めていなかった。
イツキの祈りが終わりに近付いた頃、残りの全員が目を覚ました。
僅か4分くらい祈りを聞いただけだが、残りの4人もやはり溢れる涙に戸惑いながらも、体も心も癒されていった。
「悪神に染まりし魂が近付く時、そなたらの体に激痛が走る。今日の痛みと苦しみを忘れなければ、悪神に染まることはない。この者の血をもって願いは叶えられた」
その声は、恐らくロームズ辺境伯が発していると思われるが、ヘーデル侯爵の方を向いていて、誰も確認することは出来ない。
しかし、その声は決してロームズ辺境伯の声ではなく、何か、人成らざる者の声のような、天から響いて来たような・・・と感じたところで、ハッ!と全員何かに気付いて、慌てて椅子から飛び降りるようにして、イツキの方を向いて平伏した。
『これは、神の声だ』と全員が理解し、頭の中が真っ白になる。
「イツキ様、イツキ様しっかりしてください!イツキ様!」
平伏した王を始めとする領主達は、ハビテの悲痛な叫びを聞き顔を上げる。
視線をサイリス様の方に向けると、鼻から血を流し、白を基調とした服を真っ赤な血で染めたイツキが倒れていた。
よく見ると、床にも血溜まりが出来ていた。
【この者の血をもって願いは叶えられた】
その光景を見た全員が立ち上がり絶句する。
バンとドアが開き、部屋の中にイツキの教え子であり王宮警備隊のレクスが飛び込んできた。
「イツキ様、しっかりしてください!サイリス様、教会病院に運びましょう」
飛び込んできたレクスの目には、イツキ先生とハビテしか映っていなかった。
泣きながらイツキを抱きかかえて、レクスは急いで部屋を出ていく。
最近は殆どイツキの屋敷で働いていたレクスだが、今日はイツキの従者兼護衛として部屋の外で控えていた。
現在も所属は王宮警備隊なので、なんの問題もなくイツキを警護出来ていた。
本来イツキを守るべきフィリップが、自分の代わりに必ずイツキ様を守れとレクスに命令……というか、切なる願いをレクスに託していた。
突然イツキの祈りの声が聞こえ始めると、レクスは言い知れぬ不安に支配され、鼓動は激しくなり息苦しくなっていた。祈りが終った途端、その不安は我慢できないものになり、気付けば部屋の中に飛び込んでいたのだった。
◇ ◇ ◇
午後4時、ロームズ辺境伯の領主就任式に招待されていた客達は、貴賓館の受付で名前や身分を名簿に記入し、お祝いの品を事務長のティーラとハモンドに渡していた。
招待状を出した数は120通、しかし、遠方の領地に招待状が届いたのは昨日であった。そのため、出席する貴族や大臣や部長級クラスの役人が、夫人を伴えば200人足らずになるとの予想だった。
「ロームズ辺境伯は、ハキ神国と戦争した6月には領主に成っていた筈だが、どうして今頃就任式をするのだろうか?しかも急な決定だったが……」
カワノ領の伯爵が、同じカワノ出身の法務副大臣に質問する。
イツキを見たことがなく、王都で働いていない地方の貴族達は、同じように疑問を感じていた。そして、突然決まった就任式に少々腹を立てていた。
「それは、つい先日ロームズ辺境伯が成人したからだ。やっと15歳になったばかりの若い領主様だ」
「えっ!15歳?ロームズ辺境伯は成人前に領主に成ったのですか?」
カワノ領の伯爵は嘘だろう!と驚き、つい大きな声を上げてしまった。
同じような疑問を抱いていた他の地方の貴族や、王都ラミルに住んでいても、政治に全く関心のない貴族達は、2人の会話を盗み聞きし同じように驚いていた。
「まあ彼は特別な存在だからな。法務部では絶大な人気だ」
法務副大臣は、にこにこと笑いながらイツキのことを説明する。
法務副大臣は、大臣のマサキ公爵からロームズ辺境伯のことを色々と聞いていた。もちろんイツキが教会の関係者だとかは聞いておらず、上級学校の学生をしながら特産品を作ったり、大臣の子息を襲撃犯から守ったりした話である。
また、法務部の事務官が3人も殺された警備隊本部襲撃事件では、ロームズ辺境伯の指揮者振りと、心を込めて死者に祈りを捧げて貰ったという話を部下から聞き、ロームズ辺境伯を尊敬に足る人物だと彼は確信していた。
軍や警備隊や王宮勤務の上層者は、いろいろ思うところがあっても、ロームズ辺境伯に成るために国王が出した条件の厳しさを知っており、実際にロームズ辺境伯があれこれと実力を示しているので、聞こえるように不平や悪口を言うものなど居ない。
しかし、200人近い男女の貴族が集まれば、ぽっと出の聞いたこともない者が、どうして領主に?と納得できないと話す者もいる。
そもそもイツキは成人前だったので、社交界にデビューしていない。
しかも親が居ないので、「どちらの貴族家のご子息なのかしら?」という、世間一般的な質問をされても「さあ・・・?」となってしまう。
就任式は午後5時から行われ、その後直ぐに就任パーティーが始まる。
しかし午後4時には受付を開始し、簡単な軽食やアルコール以外の飲み物が出されるので、就任式開始までの間、貴族や大臣達は社交場として交流を深めていた。
◇ ◇
領主達は2階の豪華なパーティールームで、夫人と一緒に就任式が始まる時刻を待っていた。
夫人同士は流石に領主の正室という豪華なドレスを身に纏い、お茶を飲みながら楽しくお喋りに花を咲かせているが、領主達の表情は固い。
「イツキ君は戻ってきたのだろうか?」(マキ公爵)
「いや、まだ到着していないようだ。あれだけの出血をしていたら……」(ホン領主)
イツキの回復を祈りながら待っていた領主達の所へ、秘書官がやって来た。
「ヘーデル侯爵(ヤマノ領主)は、先程ラミルの屋敷に帰らせた。屋敷は軍本部の監視下に置かれ、面会は【祈りの3番】を唱えられた者に限られる。王様は領主を辞任するというヘーデル侯爵の申し出を認められたが、次の領主選定は、ミノスの大掃除が終わってから行われる」
秘書官のエントンが、王の決定事項を領主達に告げる。その表情は厳しい。
またもや自分達のせいで、大事な大事なイツキを大変な目に遭わせてしまい、国王と秘書官は自分を殴りたいと猛省し、申し訳ない思いで一杯だった。
しかも領主就任式という晴れの日にである。今はなんとか回復して戻ってきてくれるのを待つしかない。
益々暗くなった一同の元へ、緊迫する事態を告げにヨム指揮官がやって来た。
「秘書官、領主様、ミノス領の招待客全てを、隣の控え室に集めました。夫人を含めた人数は18人、その内【祈りの3番】を唱えられなかった者が3名おります」
ピシッと姿勢を正しヨム指揮官は報告する。しかしその顔はすこぶる不機嫌である。
それは2時間前のこと、ヨム指揮官が王宮警備隊の部下達に、ミノス領の招待客を会場に入れず、2階の控え室に連れていくよう貴賓館の前で指示を出していた時、領主会議を警護していた部下が、血相を変えて緊急事態を報告に来た。
「ヨム指揮官、た、大変です!ロームズ辺境伯様が、大量の血を流されて倒れられました!レクス中尉がこれから教会病院に運ばれるようです」と。
ヨム指揮官は慌てて通用門へと走り、病院に向かおうとしていたロームズ辺境伯の馬車を止め、レクスとサイリス様から要点だけを聞いた。
レクスに抱えられていたイツキの服は血で染まっており、顔面蒼白で意識も無かった。意識が無いのは出血のせいもあるが、【禁忌の祈り】が原因だろうとサイリスのハビテは説明した。
ヨム指揮官は親友であるフィリップから、くれぐれもイツキ様を守って欲しいと頼まれていた。ヨムとしても可愛い剣の弟子であり、主であるアルダスと同じくらい大切に思っていたので、持てる力を全て使い守る気だった。
しかし、リース様としての活動を止めることなど出来ない。
いつも無茶ばかりするのだとフィリップに聞いてはいたが、何故ここまで、どうして自分の命を削るように……と、ヨムは何も出来なかった無力な自分が情けなかった。
「分かった。ではその3人を此処に連れてこい。申し訳ないが、ご婦人方には先に下の会場にお入り願おう」
エントン秘書官は厳しい顔をして、領主達に夫人を部屋から出すよう指示し、祈りの3番を唱えられたミノスの者達も、下の会場に移動させると決めた。
ヨム指揮官には念のため、この部屋に警備隊の隊員を10人配置するよう命令する。
「おいお前達、どうして我々だけ別行動なんだ!」(伯爵A)
「手を離せ無礼者!私は侯爵家の人間だぞ」(侯爵代理の長男)
「警備隊は、躾がなっていないようだ」(伯爵B)
急遽応援に駆け付けた警備隊本部の制服組上官5人に対し、ミノス領の貴族3人は悪態をつきながら大声で叫ぶ。
そして無理矢理隣の部屋に連れてこられると、部屋の中に居たメンバーを見て言葉を失い固まる。
「お前たち3人に、少し聴きたいことがある。質問するまで決して口を開くな。分かったな!」
秘書官は凍るような視線を3人に向け、厳しい口調で命令した。
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