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インキュバス-1

 サキュバスのインムちゃんを救った次の日、俺達は朝食を食べていた。

 もちろんいつものメンバーであるフェリスとまーちゃん以外に一人、ここにそぐわない人物がいる。

 ムーラだ。

 彼女のお目当てはここに顔を出すクリスが持ってくるであろう薬だ。

 ちなみにインムちゃんは朝になると、一旦店に戻ると言い出て行った。

 俺達は各々朝食を取り、そのうち来るであろうリスティとクリスを待つ。




 カランと鈴の音が何度目かの扉が開く合図が鳴らす。

 それと同時にムーラが立ち上がる。

 またか――だが、今回はどうやらお目当ての人物が来たらしく、俺の背後に近寄ってくる。


「ゆーくん、昨日の事聞きましたよ」

「そうか……それで? 薬は持って来たんだろうな?」


 俺は後ろを振り返らずに答える。

 もちろん後ろにいるのはリスティだとわかっているからだ。


「はい、クリス――例の物を……」

「はっ」


 そう言うと俺の横に小瓶が置かれる――恐らくこれがムーラの母親に必要な薬であろう。


「ムーラ、これを……」


 小瓶を手に取り落とさないように慎重にムーラへと手渡す。


「あ、ありがとうございます!」

「ああ、これでお前はもう汚い仕事はしないでいいだろ? 当分は露店かどこかの店でバイトでもするんだな」

「はい! そうします!」


 ムーラは嬉々とした表情でドアの外へと駆けていく。


「これで貸し借りなしだからな」

「貸し借りというより決闘の報酬だろ」


 クリスが「むぅ」と小さく唸る声を聞きつつリスティへと視線を向ける。


「今日はどうするんだ?」

「今日は――この後、用事があるので失礼します」

「珍しいな」

「そうでしょうか? こうみえても……」


 リスティが口を俺の耳元に近づけて小さく呟く。


「王女なので――」


 そういいながらクスリと笑うリスティはあまり王女らしくない。

 どちらかというと田舎娘の方がしっくりと来るような気がする――そんな事を思いつつ別れの挨拶をする。

 朝食を食べ終え、今からどうするか……と掲示板の前に陣取りクエストを眺めていると、まーちゃんが妙な提案をしてくる。


「本屋に行きましょう」

「また何で? お前は本をあまり読まないだろ?」

「暇な時にはたまには読むわよ。ちなみにゆーくんが買ってきた本は全部読んだわ!」


 まじかよ――俺でもまだ読んでないのが数冊あるのにいつの間に読んだんだこいつ……。


「新しい本をご所望か……」

「その通り!」

「わかった、フェリスも呼んでいこうか」


 そう言いつつフェリスを呼び、三人で本屋へと繰り出す。




 本屋に到着すると、いつも通りちびっ子店長のなっちゃんが店番をしていた。


「なっちゃん、遊びにきたのん!」

「うい! ドラゴン殺しのお仲間はまた本を買いに来たの?」

「そうなん。今日もなっちゃんの家に投資しにきたのん」

「ありがとう」


 会話をしているフェリスとなっちゃんを放っておき、目的の物を物色する。

 なっちゃんに聞いてもいいが、買い物というのは、まずは自分の目で色々と見るのが楽しいのだ。

 俺はまーちゃんに視線をやり、どんな本を所望しているのか聞いてみる。


「どんな本が欲しいんだ? お前の好みは確か……武勇伝的な物じゃなかったか?」

「そうよ、よくわかってるじゃない」

「もう何年の付き合いだと思ってるんだ……」


 実際四百年一緒にいるんだからこれ位の事はわかる。

 少しの間、店内を捜し歩くがこれといって興味が惹かれる物がない……。

 俺はちびっこ店長のなっちゃんにそれらしい本を紹介してもらう。

 武勇伝――基本は平民が神に選ばれて勇者となり魔王と呼ばれる存在を倒す物語だ。

 その他にも冒険者が色々な冒険に出かけ危うく死にかけるが、ご都合主義で何とか乗り切るという物語も一応は武勇伝に入るのだろう。

 そんな本を数冊紹介してもらい、俺はそれを購入する。

 まーちゃんはまだ見足りないのか本を物色していた。

 邪魔するのもあれなのでなっちゃんと話しているフェリスに面倒を任せ、手前にある地図屋にでも行く事にしようか……。




 フェリスに地図屋に行く事を伝え、本屋の手前――地図屋の扉を開ける。


「いらっしゃいませ」

「あれ、いつもの親父は?」


 いつもの不愛想な親父ではなく、若い男性がそこには立っていた。

 身長も高すぎず低すぎず、年齢も十八歳程か?

 茶色い髪に茶色の目、紳士的な服装でその上からエプロンを着ている。

 店の親父とは大違いだ。

 前髪が長く左目が隠れているが恐らく男だろう。

 もしかして子供だろうか?


「ああ、店長は今留守にしてますよ?」

「まさかあの親父に子供がいたとはな……」

「いえ、僕はアルバイトです」

「なるほど……」


 どうりで親父に似てないわけだ。

 それにしても何で地図屋なんかでバイトなんてしてるんだろうか?


「もしかして地図が大好きとか? こんな所でバイトなんて普通しないだろ」

「いえ、ここに下宿させてもらっているんです。下宿させてもらえる所がここしかなくて……」

「へー、そうなんだ」


 違う街からの放浪者だろうか?

 そんな事を考えながら、壁に掛けられた上質な地図を眺める。

 世界地図とまではいかないが、このファルス王国周辺のかなり詳しい地図である。

 羊皮紙も上質な物を使っており、恐らく貴族以上が持つような物だろう。

 なので額に掛けられまるで絵画の様に扱われている。


 入り口がの方からカランと鈴の音を鳴らしながらまーちゃんとフェリスが入ってくる。


「お……もういいのか?」

「ええ、とても興味深いわね。あの本屋は……色々欲しいものはあったけど今日はゆーくんが買った分で満足するわ」

「そうだな……荷物を持ちたくないという理由じゃないよな?」

「当たり前でしょ?」


 俺の両手には、紙袋がぶら下がっている。

 もちろん今日買った本だ――数冊とはいえページ数が多いと結構な重みになる。


「本当に?」

「しつこいわね! 私はスプーン以上の重い物は持てないの! かよわい女子なのよ」

「かよわいねぇ……」


 酒に酔って杖でドラゴンを殴打したり、金品に目がくらみ鞄にお宝をたらふく入れ込み、それをダンジョンから持ち去ろうとした人物が言う事か?


「ところで……なんでインキュバスがここにいるわけ?」

「へ?」


 俺は辺りを見回す……しかしモンスターなんていない。

 そんな俺を見かねたのかまーちゃんがある一点を指さす――


「インキュバスよ……あの店員」


 指さされた所に目線を向けると、その先にいた店員は顔を逸らす。


「え……と、インキュバスなの?」

「何の事ですか? 理解できません。お客様……そろそろ店を閉めさせてもらいます。お帰りを……」

「いや、まだお昼だよ? 何言ってんの……」

「ええ! そうですよ! 僕はインキュバスですが何か? 悪い事なんてしてませんし、あなたにとやかく言われる筋合いはありませんよ!」

「確かにその通りだ」

「ちょっと! インキュバスは魔族よ! なら魔王である私に敬意を表しなさいよね」

「はぁ――そういう魔王多いんですよね……特に女性の魔王は僕を何だと思っているのか監禁までしようとするし……」

「監禁? どういう事だ?」

「インキュバスはサキュバスのように人に淫夢を見せる事ができるんですよ。ですがサキュバスは男性にしか、インキュバスは女性にしか淫夢を見せられないんです」

「ほうほう……それで?」

「魔王免許を持った女性はなぜか威張って僕に淫夢をみせろと言うんですよ。僕はただ普通に生きたいのに……」

「なるほどな」


 つまりは女性もいい夢見たいって事か……。

 しかも厄介なのは魔王免許は珍しいらしく、爵位を領地付きで貰えるらしい――まぁ余計な事をしない様に監禁だろうな……。

 そんな中、鬱憤をはらすにはインキュバスはうってつけという事か。


「サキュバスは色々な国で店まで出してるらしいぞ? お前も出そうと思わないのか?」

「僕にはそんな野心も野望もありません。ただ普通に暮らしたいんです」

「ふむ……」

「それにインキュバスはサキュバスみたいに数がいないんです。店を出しても従業員なんて集まりませんよ」


 俺はある提案を思いつく――ただ普通に暮らしたい……その願いは簡単に叶えられる。


「お前もサキュバスのように夢をみせて料金を取ればいい」

「ですが僕には羽なんてありませんよ」

「大丈夫だ。俺に任せてほしい」

「はぁ……」

「とにかく、この地図屋のバイトを辞めて俺の部屋に来てくれないか?」

「え! ですがこのバイトを辞めると住む場所が……」

「それも任せてほしい」

「信用できません」


 確かにその通りだ。

 いきなり来てバイトを辞めろと言われても信用出来る訳がない。


「ならこの金貨をお前に預けるよ」


 俺は肩から下げている鞄から小袋を取り出す。

 そしてそれを受付にドスンと置く。


「これは?」

「今持ってる財産だ」


 もちろん全財産ではない――財産の大半は自室のベッドの下にある革袋に入れてある。


「これを担保に信用をしてほしいんだ」

「はぁ……えっ?」


 最初は怪訝そうな顔をしていたが、小袋の中身を確認しインキュバスが目の色を変える。

 本屋で使った分を差し引いても小袋の中身は三十金貨程あるはずだからだ。


「あの――本当に?」

「ああ、もちろんだ」


 俺は表面上では紳士的な作り笑顔を浮かべる。

 そして内面では――これから数年に渡り入ってくる仲介料という名の金貨を想像し、邪悪な笑みを浮かべてしまう。

 さぁ、サキュバスの次はインキュバスで商売をしようじゃないか――

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