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囚人と、パーツと  作者: トネリコ
二章 眠れる少女
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第一九話



 

 意外…というのでもないのだろうか、回り始めたお爺さんとの生活は存外穏やかなものであった。


「おっじいさーん」

「ん?どうかしたかの」

「暇だから何かお話聞きたいな~」

「ほほ、近頃はそればかりじゃの」 

「だって暇なんだもーん」


 手を合わせ態とらしく小首を傾げておねだりすれば、お爺さん仕様のない子供を見る目で私の頭へと手を伸ばした。

 ためらいがちに撫でられる感触に、むしろくすくすと笑みが零れる。

 最初のころは慣れぬ感触に石の如く固まってしまっていたが、それを見て申し訳なさそうに慌てて手を引っ込めるお爺さんを見てしまったら、どうして拒絶できようか。

 驚いただけで、意識してしまえば硬く大きな手の重みは、人の温もりに飢えていた私にとって心地よい安らぎをもたらすものであった。

 抵抗せずに目を細め、何かを思い出そうとする郷愁には無意識に蓋をする。

 父方も母方の祖父も、私が生まれて間もない頃には亡くなっていた。

 居たら、たぶんこんな感じだったのかなぁなんて重ね合わせたり。

 最早記号に近くなった父のフリを、母のフリをされていたら、まるで乗っ取られるかのような感覚に私は嫌悪と拒絶感に溺れてしまっていただろう

 勿論、この考察も何年か後に思い返してみて分かっただけで、無意識の内にだ。

 少しして私はカサついた指先の持ち主へと努めて明るい声を上げた。


「えーっとねー、じゃあ食事! これが一般食なの? 液状とかおかゆ系ばっかりだし、薄味だしで正直食欲湧かないよ」

「いや、むしろ雑穀や植物を粉にし、それを固めたものが一般的じゃのぉ。これは其方の胃がびっくりしないよう敢えて食べやすくしとるだけじゃ」

「じゃあじゃあそっちを食べたい!! 味! 味はもっと激辛がいいな! いや、激辛じゃなくてもいいから塩味とか胡椒感が欲しい!!」


 私はこの病人食に断固抗議する!と言わんばかりに勢いよく挙手する。

 食欲が湧かないと言ったが本音を心の中で言おう。めっちゃ不味い

 若干というか命掛かってますレベルの決意でもって真剣にお爺さんを見上げる。いや、ほんとに生活改善において食はかなり大事な要素だしね。じぃっと見つめていると、お爺さんはほっほと笑い顎に手を当てた。どうやら考えてくれるらしい


「ふむ、そうじゃのぉ、そんなに元気であればもう大丈夫そうじゃしの。一応確認を取ってからになるが、色々と便宜は図ろう」

「いやったあー!! お爺さんありがとー!!」

「喜んでくれて何よりじゃ。しかし辛いとはキビの実の辛さかの? あれは喉の奥まで焼ける辛さじゃが大丈夫か?」

「喉の奥が焼ける!? いや!そんな辛くなくてこう舌先がピリッてするくらいのピリ辛的な感じで」


 慌てて身振り手振りで示す。いや、示すっていってもばたつかせたり、親指と人差し指でちょっとだけと強調したりするだけなんだけど

 まさか喉が焼けるやつまで食べようとするとは、こわやこわや


「ふむ、キビの実は保存時に使うくらいじゃから一応聞いたが、どうやら違うようじゃの。しかし手頃な辛さのものか…、というと我が国では辛味のものとなるとほぼ輸入に頼っておるでの。今の情勢状手に入れるのはちと厳しい所があるのぉ」

「いや、食べてみたかっただけで勿論無理にとは言わないし!!」


 今度こそぶんぶんと慌てて首を振る。そうか、この国は辛いものは無くて輸入に頼る感じなのか

 勿論そうまでして食べたいわけではない


「もう味が濃くてお肉とかあったら嬉しいだけです」


 謙虚さ?食の改善の前では風前の塵に同じよ

 握りこぶしを見せて力説したら、お爺さんは可笑しそうに笑ってまた頭を撫でた。

 お爺さんは正直子煩悩というか、子供好きなんだと思う


「そうかそうか、遠慮せず言うんじゃぞ? 儂の倅も其方くらいの可愛げがあればよかったんじゃが、背やら口やら態度ばかりすくすくと成長しおって可愛げも何もあったもんじゃないわい」

「えー? お爺さんの子供なら立派そうなんだけどなぁ」

「ふん、まだまだケツの青い子どもよ」


 そういいつつもお爺さんの目は優し気だったので、思わず私は目を逸らした。


「ふむ、そろそろ時間みたいじゃの、いつも急ですまぬな」

「うんん、お爺さんいつもありがとね!! あ、食事楽しみにしてる!!」

「はっは、あい分かった。それにしても、味の濃いものを好むとはやはり其方は村娘じゃったのじゃなぁ。なら塩味はクルトの実を言うておくとして、肉は田舎でよく食べられる姿焼きで注文しておくでの、楽しみにしておれ」

「やったあ塩とお肉……、って姿焼き? 村娘? ええと…お爺さんなんかよく分かんないけど私たちもう少しお話をすべなんじゃないかなぁという予感がひしひしとしてて特に何の姿焼きかについてええ―――」


 シュン…という軽やかな音

 晴れ晴れしい笑顔で透明となり一瞬で消えるお爺さん

 ああ、完全に会話途中なのに…

 悲しきかな思わず一瞬で崩れ落ちる私


 なんにつけても姿焼き…、一体何なんだろう姿焼き

 味覚の違いこわい。姿焼き…


「はぁ…、せめて顔つきじゃないといいなぁ…」

 

 そんなことを呟きながらお爺さんが消えた場所を遠い目で眺め、思わずため息が零れる私であった。




























「やあやあ眼球さん!ミミーさん! いよ!今日も男前! え?適当言うなって? 何言ってるんですか~、私つまらない嘘なんてつきやせんぜ旦那~」

「…」


 にまにまと口角を上げ、わざわざ肘で突つく素振りをしている。何というのか、愉しそうで何よりである

 慣れというのか、この監視の日々もいつの間にかルーティンの如く日常として回り出した。しかし、いつ来ても彼女は俺に新鮮さを与える。

 …まぁ若干絡み方が人間で言うところの中年親父の様であるが


「というか眼球さん今回は少し早かったですね~。食事時に来るなんて珍しい! というかいやん! なんか食べてるところ見られると恥ずかしい気が!」

「…」


 木製のスプーン片手に態とらしくもじもじする彼女。もしかしたら実際に恥じらっているのかもしれないが、体をくねらせつつも食事を食べる手は止まっていない。

 脆く繊細で変に図太い彼女なので演技なのかどちらか俺には判別出来ないが、ふと食事内容に興味をそそられたのでパーツを近付ける。

 内容的には一般的な庶民の食事が白くなってしまっている以外普通に見えた。

 何の気なしに見下ろしていると、彼女がスプーンで悪戯気に突つこうとしてきたので慌てて上へとパーツを逃がす。彼女の白い指先が踊る。

 片肘を付いた彼女がまた一口掬うと、紅い舌が踊ってぴちゃりと肉を舐めとった。


「んふふー、眼球さん興味ある感じー? 何の気なしそうに見てるけど、なんとなんと、これは我が努力の結晶なのですぜ眼球さん!」

「…?」

「それはそれは聞くも涙、語るも涙の物語でして―――、長いのでダイジェストにすると、視覚的暴力と薄味という名の味覚的暴力がトラウマになったので、もう主に料理係さんが頑張りに頑張ってお爺さんと料理係さんと一緒に私でも食べれそうなのを試行錯誤して――」

「…」

「そう! そうして出来たのがこれ! ビバ熱意の結晶! アイラブ食事! 衣食住はめちゃ大事! 今日のメニューはこっちの世界風なんだけど、頼んだら偶に日本風にもしてくれるの~。これもこっちでは一般的な見た目でしょ?」

「…」

「でしょでしょ、でも実は味付けが日本風になってて食べやすいんだ~。もう料理係さんマジ神。愛してるぜいって感じで」

「…」


 んふふー、と心底美味しそうに食べる彼女

 種族柄食に対して執着の無い俺にとってはそこまでの熱意に共感を示しづらい

 だが、自身でも眉間に皺が出来、指先が不規則に机を叩くのが分かった。

 「頼めば」という一言。どうやら彼女は「料理係さん」とやらと連絡を取り合っていたらしい。それが今も続いているのかは分からないが、幸せそうな吐息を吐く彼女の口から、冗談気味とはいえ吐かれたもう一つの言葉が何故か俺を苛立たせた。

 

 「料理係さん」とやらを突き止めてやろうか、もしかしたら深い仲にあり今も親密に連絡を取り合う者がいるのだろうか。総統はその情報を知っているか、いやその前にまず報告すべき情報か


 業務上気になるだけだと考えつつも彼女を見下ろしていると、食べ終えた彼女と目が合った。

 敏い彼女は俺の苛立ちを読み取ったのか、慌てて手を合わせる。


「ご、ごめん眼球さん! 一人勝手に食べながら話し掛けたりとか不愉快だよね! 今度から辞めるからどうかそのお怒りをお納めくださいい」


 パっと合わせた手を頭の上に乗せ、全力の前傾姿勢で頭を下げる彼女。いつかの出会い頭のスライディング土下座を思い出させる様な素早さだ。

 伏せられ、黒髪に覆われてしまった顔に焦ってしまう。

 そもそもが監視とはいえ急に出現しており、苛立ちでさえ自身でも不可解な程なのだから彼女に非があろうはずもない。

 あの後に起こった時の様に彼女が揺らいでしまったらと思うと、不死身の如き心臓が一瞬凍り付いた。

 そして敏い彼女から見ても苛立っている様に見えたという事実に少なからず動揺してしまう。


「!」


 その動揺に動作がワンテンポ遅れ、そうしてまた前と同じ様に出遅れてしまったと一瞬の後悔と愚鈍な自身への苛立ちに舌打ちした。

 ひとまず目を合わせなければとパーツを操作し、まろぶように彼女へと近付ける。

 大丈夫か?そんな声になれぬ声を掛けようとして――

 ―――少しして彼女の異変に気付いた。


「ふく…くっ、くっ」


 ……揺れている、のは


「…」

「ふはっ、あーもう眼球さんめっちゃ可愛いんだから!」


 言葉を理解する前に伸びて来た腕から、反射的に逃がそうとパーツを動かす。

 しかし、呆気なく捕らえられてしまった。というより、状況が分からないという心身状態がリンクにも反映されたんだろう、鈍い動きしか出来なかったようだ。

 物理的に揺れている視界越しに、笑い過ぎて涙目な彼女を見上げる。

 

 …どうやら彼女に一杯喰わされたらしい


「ふは、眼球さんが苛立ってたのは分かるけど、もしかしてお昼前だったとか? ごめんごめん」

「…」


 遊ばれたことに思わず憮然とした心地と、愉快気に浮かぶ笑窪に一雫の安堵が浮かぶ。

 昼餉は既に終わっていたが、どうやら勘違いしたようなので努めて不機嫌な心地を全面に押した。敏い彼女に見破られることへの恐怖と、今後も遊ばれていては監視の際に面倒だからだ。

 舐めるなよと無言で伝えていると、彼女はすんなりと手の平を広げた。

 これ幸いとパーツを逃がす。


「ふくくっ…、分かってるって、こんなこと歴代の眼球さんの中でも眼球さんにしかしたことないよ?」

「…」


 それはそうだろう、誰もこんな気味の悪いパーツで遊ぼうとは思わないだろうし、囚人と監視員というのは気安い関係ではない。

 まぁ舐められるのも本意ではないが、自分と彼女の立場を改めて考えその距離に焦燥が腹の奥で湧いた。腹の奥、楔で封じた先、蠢く熱に自身で不可解で――尾でもあったなら今頃横に何度も薙いで気を紛らわしただろうに


「眼球さんや、眼球さんや」

「…?」

「だぁーからぁ、もう女の子から言わせるなんて眼球さんはいじわるだなぁ」

「…」


 言動の意味がよく分からないと疑問符を浮かべていると、いつの間にか終わっていた食事をいそいそと片付け、木のスプーンをくるりと回して彼女は言った。


「眼球さんはこんなことじゃ怒らない…でしょ? 見くびるな だもんね」


 そうしてまるで信頼しているかのようにぱっと満面の笑みを浮かべるものだから



「ッッ!」

「ふえっ!? が、眼球さんミミ―さん!?」


 気付けば一瞬にして接続が途切れ、強制的に切れたために割れ鐘のような頭痛が頭部を襲う。

 痛みに思わずこめかみを押さえると、視界が明滅した。激流の様に激しく流れる血流が鼓動の速さを知らせる。

 おいおいと思わず自分を皮肉ってしまう

 

「まさかまた強制切断とは…」


 気を紛らわせるために意識して未熟さへの自嘲を声に出せば、先程の笑顔が一瞬で浮かんだ。

 慌てて頭を振る。


「ッう」


 勿論、結果としてその後痛みですぐに後悔することになった。












 


 

 

「眼球さんミミーさん急用だったのかなぁ」

「…」

「あ、そうだ情報へのお礼お礼…っと、ましろこれちょっと手伝ってね~」

「…」

「それにしても、眼球さんとミミ―さんを同一人物なんだから個体別で呼ぶべきか否か…」

「…」

「え? どっちでもいい? それじゃあ会話続かなくて暇じゃんかましろー」


以下続く


トネコメ「さらっと流される重要情報。また別話にて。はい、そんなことよりも儂はミミーさん呼びも気に入ってま…←」

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