0 ソレ
「勇者よ。この度の活躍もまことに見事でした。改めてお礼を申し上げます」
頭の中に声が響く。
何処までも続く青い草原の中、俺はただ2つ置かれた木の椅子の片方に腰掛けていた。
「いや、まぁ振り返ればいい経験だった。」
『何度か死にかけたことを除いてな』と苦笑しながら俺はもう片方の椅子に向かってそう答えた。
椅子にはだれも座っておらず、傍から見れば椅子に向かって話しかけるかなりアレな光景だが不思議と俺にはこれがしっくりくるのだ。
声の主『ソレ』によれば、俺の頭に響く声もこの一面の草原も椅子もその全てが俺がそう認識している故にそう聞こえそう映るらしい。
ソレが流す情報は同一だが、受け取る人間次第でソレは椅子の上の虚空ではなく女神の形態をとったり、空間も神殿のようなものであったりするそうだ。
初めてここに来た時は混乱もしたが、今となっては心地よさすら感じる空間だ。
「それでも命を取り留めあなたは世界を救った。それは素晴らしいことです。」
ソレはそこまで言うと一拍置いてから言葉をつづけた。
「あの世界を救ったことで私のリソースにも空きができました。これは私にとってもあなたにとっても喜ばしいことです」
ソレは朗らかにそう告げる。
姿は何も見えないが、なぜか目の前の空間が温かくなったように感じた。
「それでは勇者よ。世界を救った褒美を言いなさい。叶えうるものは叶えましょう」
(そして今度は居住まいを直したように感じる・・・不思議なものだ)
同じ声色だというのに不思議なことに、そこに込められる言葉の質の違いを感じる。
「俺の願いは初めてここに来た時から変わらない。元の世界にもどしてくれ」
俺は歯が冷たくなるような心地を感じつつ、そうソレに告げた。
たいがいな修羅場をくぐり抜けてきたはずだが、ソレの前にでると心臓を鷲掴みされるような心地がする。
「願いを受け入れましょう。あなたの先に実りがありますように」
ソレの声が響く。
「あぁ、ありがとう。じゃぁ」
そう言って俺はいつの間にか俺の椅子の後ろに現れた、どこか見慣れた地下鉄の入り口の階段を俺は振り返らず降りて行くのだった。




