第二話 夢の中の英雄(一)
※試験的に行間を開けてみました。
詰めるべきか、開けるべきか、読みやすいのはどちらか、ご意見をお聞かせください!
寂しげな空き地が広がっていた。
奥まった雑木林の間から、常夜灯の明かりが見える。
聞き慣れたエンジンの排気音と、街の環境音。
空には半分欠けた月と、瞬く星々。
今日は三月二十二日。春の匂いが、そこまで来ていた。
「ここは……帰って来たのか……?」
カグラが呟いた。
カグラの目には、一瞬で景色が切り替わったように見えていた。そう、間違ってはいない、一瞬で現世に戻って来たのである。
「因果ノ消失マデ、残リ十秒――」
不意に、カグラの背後からルインの声がした。カグラが振り返ると、仄かに明滅する光を纏ったルインがいた。
カグラは、そっと息を吐いて言う。
「因果の消失とともに第二形態を解除、空の環へ回帰。因果が満ちる、その刻まで」
「畏。因果ガ満チル、ソノ刻マデ……」
ややあって、ルインは光の粒子となって消えた。
そのとき、グウウ……と、子牛の鳴き声のような音がした。カグラが音のした方に目をやると、地面に横たわるナギがいた。
「ナギ、大丈夫か! どこか怪我――!」
カグラは慌ててナギを抱え起こす。すると再び同じような音がした。
それはナギの空腹を報せる音であった。
「お腹が空いて、力が出ないよ……。何か食べ物、持っていませんか……?」
ナギが懇願するように言った。
カグラは呆気に取られた顔で訊く。
「腹が空いて……それだけ?」
「それだけなのよ、このままだと腹ペコモグモグ丸が目覚めるのよ……。何か食べ物、持っていませんか……?」
「悪いが何も持ってないんだ。何か買ってきてやってもいいんだが、おまえをここに置いて行くわけにもいかないし……。ところで、ここはいったいどこなんだ?」
「ここは風碧学園の校庭、わが青春の学び舎よ……」
「学校か、何だってそんなところに?」
「特秘事項よ、言えないわ……」
「そうなのか?」
「ええ、言えば叢雨に消されるわ。知ったあなたも……」
「それは……穏やかじゃないな」
「冗談よ……」
「どっちなんだ」
「ナギという木を隠すには森が必要だったの……」
「森……? それで学校というわけか?」
「特に意味はないわ……」
「おまえさあ……」
取り留めのない会話が続き、二人は黙り込んだ。疲れていたせいもあっただろうが、火照った体に心地良い夜風がそうさせたのかもしれない。
カグラは、常世での出来事を思い返していた。
あのとき、ナギの言葉とともにナギの剣が赤黒く変色し、三倍にも膨れ上がった。そして剣全体から放たれた閃光が、世界を割ったのだ。
そして剣がナギの体に吸収されるように消えていく様を、カグラは目にした。ゆかりから話だけは聞いていたが、聞くのと実際目にするのとでは、その印象は大きく違っていた。
「ところでさ、家に帰れば何か食べ物、あるんじゃないのか?」
カグラが口を開いた。
一陣の風が吹き止んだ頃、心地良い風は冷たい夜風に変わっていた。
「そうだ、家! 帰らないと、家に――」
突然そう言って立ち上がったナギだったが、すぐにふらりとなって地面にうずくまった。
「お腹が空いて、力が出ないよ……」
これである。
「まったく……。ほら乗れ、家まで連れて行ってやるから」
カグラはしゃがみ込んでナギに背中を向けた。
「ああ、こんなところに優しい人が……失礼します……」
「帽子は被っとけ、今夜は冷える」
「うん……」
カグラはナギを背負って立ち上がり、拾っておいた野球帽を手渡す。そしてナギが指示する方向へと歩き始めた。
するとまた、ゆかりの言葉が脳裏に蘇った。
――死なずの操をずっと背負っていると疲れるわよ。注意して。あなたのような好奇心の強い人は特に……。
そう、カグラは実感していた。ナギの体重がほとんど感じられないことを。それは『死なずの枷』と呼ばれるものであった。枷が重いほど体重は軽くなるという。
◇ ◇ ◇
二人は夜の校舎に背を向け、広い運動場を横切って雑木林のほうへ歩みを進める。
雑木林の奥は、高さ二メートルほどある金網だった。
「そこの金網は、押せば開くようになっているの」
カグラがナギが指差した金網を手で押すと、隅の部分から半分が切られており、人が通れるようになっていた。ナギによると、遅刻した生徒救済のために先輩たちが作ったのだという。
二人は無事金網を通り抜け、道路に出た。
カグラは外套の内ポケットから携帯端末を取り出し、地図を開いて現在位置を確かめる。時刻は午後八時三十分。ナギの家までの道筋を頭に入れ、歩道を歩き始めた。
「なあ、ナギ。少しいいか――」
しばらく沈黙していたカグラは、ナギに話しかけた。
「いろいろあったが私は諦めちゃいない。私にはおまえの体が必要なんだ。おまえが何を疑っているのかはわからないけれど、私は嘘は言っていない。それだけは信じてくれ……」
「私は魔法使いとか魔女とか、そのあたりの者です。とある理由で千年以上もの間、転生の旅を続けてきました。今世ではあなたの体に転生するはずだったのに、失敗してしまいました。魂を入れ換えるので体を返してください。魂を入れ換えないと私の魂が消滅してしまうのです。どうかよろしくお願いします。私の家はお金持ちです……」
ナギは多少早口でそう言ってのけた。
カグラは笑い声を漏らす。
「ははは、そう言われると、私はとんでもないことを言っているな。でも嘘じゃない。何ならもう一度説明しようか?」
「もういい、一回で十分よ」
「そうなのか?」
「返事も、もう言ったからいいでしょ」
「ああ、あとは振り出しに戻るだけだ」
「ふん……」
大きな貨物自動車が、ガタガタと大きな音を立てながら二人の横を通り過ぎて行く。住宅街のそこは人通りもなく、閑散としている。
「ゆかりは、何か言ってた……?」
再び訪れていた沈黙を破ったのは、ナギだった。
カグラは少し考えてから答える。
「そうだな、いろいろ言ってたぞ。いろいろ教えてもらったし。その髪についても話だけは聞いている。悪かったな、ルインが切っちまって。色は、しばらくすれば元に戻るんだろ? 見るまでは信じられなかったが、本当に白くなるんだな」
人間はマガリガミに触れられると体毛が白くなる。だがそれは一時的で、時間が経てば元に戻るという。なぜそんなことが起こるのかは不明とのこと。
「別に、気にしてない……。髪なんてすぐに伸びてくるし」
「はは、違いない。ところでおまえ、どうしてマガリガミに抵抗しなかったんだ? あれだけのことができるのなら、あのマガリガミだって余裕だったろうに」
「あなたたちが静かにしていればよかったのよ……」
「静かにって、おまえさあ……。まあ言いたくないのなら構わないけど。あとは、そうだな、常世で会ったらよろしくとだけ」
「そう……」
「なんだ、不満か? そういや常世ではゆかりの名を出した途端に祇力が消えたけど、何だったんだあれ。動揺してただろ完全に」
「別に、何でもないわ」
「友達なんだろ、ゆかりはそう言ってたけど……。ああ、何か弱みでも握られているなら言ってくれ、魂を入れ換えた後でゆかりにガツンと言ってやるよ。はは、驚くだろうなあいつ――」
「仲間よ……」
「ん?」
「ゆかりは大切な仲間よ」
「そうか」
「ええ、だから余計なことは言わないで」
「はいよ」
カグラは再び携帯端末を取り出して、地図を確認する。時刻は午後八時四十五分。夜だから道を見落としたのか、現在位置はナギの家から少し離れた位置を指していた。
「次の交差路を右よ」
不意に背後のナギから指示が入った。
それからカグラは、ナギに言われるがままに歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
次回、『第二話 夢の中の英雄(二)』
お楽しみに!
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