⑵ 頑張ってたんだ
碧が改まって話しはじめた。
「じつは、スコッチの主任から、結婚を前提に付き合って欲しいと言われまして……でも今までの様に、ただ断ってばかりでは、いけないと思いまして……」
「はい」
「お付き合いしてみないと、解らない事ってありますよね」
「はい」
「すごく真面目で、良い方です」
「はい」
私は、碧の話に相槌を打っていた。
私もその様に思えるからだ。
「でも……どうしても、彼の後ろに貴方を見てしまう」
「……」
「そして、もうそろそろ、貴方は帰ってくる」
「……」
「そんな事を考えていた時、入社面接の席に、明里さんが現れたのです」
「明里の面接、碧さんが担当されたのですか」
「はい。彼女は査読付きの国際会議で口述発表を行っていました」
「……そうですか」
「査読を担当された方の評価はExcellentとGoodです」
「え、えくせれんとぉ?」
……その時、私は改めて思った。
査読付きの国際会議で口述発表まで漕ぎ着く……簡単ではない。
おそらく研究室に泊まり込んで研究に向き合っていたのだろう。
心の余裕等、なかったはずだ。
しかし、自分の全てを傾けても、結果を出せない人がほとんどだ。
そんな中で、明里は査読評価でExcellentを叩き出したという。
私の知らないところで、明里は大化けしたのかもしれない。
そう、6年前、明里は言っていた。
『……かなわないです。私、水瀬さんには、かなわないです。
……諦めたら、そこで試合終了だって言われた。だから絶対に諦めない。
……私、おじさんと同じ様に、大学院へ行きたい。そして、おじさんと同じ職場に就職したい。
私の大学からおじさんの会社に、就職出来ます?』
『明里の大学だったら、大学院でそこそこ活躍すれば、入れるんじゃないかなぁ。査読付きの国際会議で口述発表1本。国内学会で3本ぐらい研究発表すれば』
それから明里は大学院を目指して勉強を始めた。
その時の私は、まだ何も気付いていなかった。
明里が碧と同じステージに立とうとしている事を……。
「明里さんは大学受験の時に貴方から学んだ考え方が、今の自分の基礎になっていると言っていました」
「……そうですか……私は教育には3種類あると考えています。
1つ目は、遅れている子を普通レベルにひき上げる教育。
2つ目は、普通レベルの子を優秀なレベルにひき上げる教育」
「で……3つ目の教育とは?」
「3つ目の教育とは、凡人を天才に育てるあげる教育」
「……」
「私は明里に休日の晩、受験勉強から離れて3つ目の教育を行ってきました。大学受験には向かない教育です。良く大学に入れました」
「……そうだったのですね……私は明里さんが書いた論文を読んで、貴方が書かれた論文を読んだ時の美しさを感じました」
「私は明里が書いた論文、まだ見ていません」
「その時、私は思ってしまったのです。ああ、私、この娘に、かなわない……って」
「それは……」
……それは、以前、明里が碧に向けて言った言葉だ。
「話は変わりますが、明里さんの配属先、チーム・スコッチを考えています」
「ああ、彼の下ですね……いいんじゃないですか」
「明里さん、各チームから、是非うちのチームへ配属してもらいたいって、大変ですよ」
「……そうですか」
「明里さん……可愛いし」
「心配だな~」
「正式な発表は明後日になります。あ、もし彼が明里さんを口説こうとしたら、教えて下さいね」
私は、恐る恐る訊ねた。
「そうしたら、どうなっちゃうのでしょう……」
碧は微笑んで言った。
「お付き合いを解消します」
「うわ~」
「……」
「……」
私は碧に訊ねた。
「私と明里との関係を知っているのは……?」
「はい、彼にも言ってません。明里さんが貴方と生活している事を知っているのは、この会社では私一人です」
「ありがとうございます」
碧は、悪戯そうな笑みを浮かべて言った。
「こんな事、皆さん知ったら犯罪者って呼ばれてしまいますよね」
「……はい」
「私も最初、その事を知った時、信じられませんでした」
「……はい」
「家出していた女子高生を自宅に連れ込んで、その子に英才教育を行って」
「いや~」
「どんな性癖の持ち主なのでしょう」
「さ~」
「私は今、本気で嫉妬しています」
「ええ?」
「私も貴方の英才教育、受けたかったです」
「いや~」
「そういえば、以前、明里さんが卒業したら結婚するって言ってましたが、その話は?」
「……ええ……そうなんですが~」
「?……ええ?」
「……」
・・・・・・
部長室で碧との話を終えて、私は自分に用意された部屋へ向かった。
会社が私に与えてくれた肩書だが、主幹研究員との事で、現在この肩書が付いているのは私だけとの事。
正直言って恥ずかしい。
まあ、役職手当は主任研究員より良い様だから、それはそれで良い事にしよう。
私に用意された部屋に着いた。
社員証で扉を開けて中に入って……ぶっ飛んだ。
なんだぁ?
この部屋、さっきの碧の部屋と同じ作りだ。
ええ?……もしかして……私って部長待遇なのぉ?
実は、碧さんがおじさんを部長職に推したのですが、
会社からの評価は今一つのおじさん。
そこで部長と主任研究員の間を取って主幹研究員。
急遽作られた肩書でした。
それでもおじさんは、役職手当は良いとの事で、喜んでいるようです。
次回:歓迎会




