コミカライズ連載開始記念SS お見舞いへ行こう
本日『悪役令嬢が愛される世界なら、正ヒロインの私は退場します!』に改題し、コミックPASH!neoでコミカライズ(漫画:うめお先生)連載開始です!
読んでくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
久しぶりのトリオを楽しんでいただけますと嬉しいです。
「ええっ!? フィル先輩が……お熱!?」
「ああ。今日は大事をとって休みだとよ」
昼休み。いつものように裏庭を訪れた私へ、アリスターがフィルの欠席とその理由を教えてくれる。
「昨日は元気そうだったのに……」
「帰宅してから熱が出たらしい。朝には微熱程度に落ち着いたし他に目立った症状はないから、おそらく軽い風邪だろうって話だ」
そこまで聞いて、ふと疑問が頭に浮かぶ。
「あの、どうしてアリスター殿下がそんなことまで知っているんです?」
フィルの欠席はともかく、症状までやたら詳しいような……。
「フィルに何かあったら俺に報せるように言ってあんだよ」
「…………」
誰がどうやってフィルの情報を手に入れアリスターに報せるというのか……。
その辺りを深く突っ込んでいいものなのかもわからない。
「はっ!? それじゃあ、私の情報もアリスター殿下に筒抜けってことですか!?」
「え?」
「だって、フィル先輩のことを報せるように言ってあるなら私も……」
「…………」
「あの、私も……」
「…………」
無言でそっと私から視線を外すアリスター。
なるほど。
どうやら私のことは眼中にないらしい。腹立たしいな。
「まあ、明日から休みだしな。来週には復帰すんだろ」
「…………」
そう言って無理やり話を終わらせるアリスター。
しかし、そうはいってもフィルのことが心配である。
(フィル先輩……大丈夫かなぁ?)
思い返せば、私が魔力切れで倒れてしまった時も、フィルは毎日のようにクレメント男爵家へ見舞いに来てくれた。
(これは私もお見舞いに行くべきなんじゃ……?)
そう。フィルの恋人として、風邪で弱っている彼を元気づけるべきではないだろうか。
そう決意した私は、帰宅後すぐにクレメント夫人を捕まえて相談を持ち掛ける。
何かといえば、フィルへの見舞いの品について。
さすがに手ぶらで押しかけるわけにはいかない。
フィルは毎回、見舞いの品にプリンやシュークリームなど私の好物を用意してくれていた。
しかし、それは私が魔力切れで寝込んでいたのが最初の一日だけで、あとは全て仮病だったため私の胃腸に甘味を受け入れるキャパがあったから。
今回、フィルはガチの風邪である。
症状は熱だけとのことだが、胃腸が弱っている可能性も大いにあった。
だから食べ物以外で、貴族男性へ贈るのに相応しい見舞いの品を知りたかったのだ。
「そうねぇ……」
クレメント夫人は少し考えたあと、刺繍入りのハンカチはどうかと勧めてくれた。
親しい貴族男性への見舞いの品としては一般的であるらしい。
「刺繍の柄は……ロマーノ家の家紋を縫うのはどうかしら?」
「え? 私が縫うんですか!?」
「そうよ? 『あなたの回復を願って一針一針想いを込めています』っていうアピールになるんだから」
そう言って、クレメント夫人は貴族家の家紋一覧表を持ってきてくれた。
「こんなものがあるんですね」
「ふふっ。格上相手に気に入られるためには必要不可欠なものよ」
どうやら貴族間の贈り物には、相手の家紋をモチーフにした品を選ぶなどのテクニックが必要になるらしい。
貴族らしい処世術である。
(フィル先輩のお家の家紋は……)
一覧から見つけたロマーノ伯爵家の家紋は、木の杖のようなものに蛇が巻き付いているデザインだった。
「これを私が縫う……?」
自慢ではないが私の刺繍の腕前はイマイチで、どれくらいかというと淑女教育担当の家庭教師からもイマイチだと太鼓判を押されるくらいイマイチなのだ。
そのことを思い出したのだろう。
クレメント夫人の眼差しが可哀想なものを見る目に変わる。
「家紋が無理なら相手の名前でもいいのよ?」
「名前……」
フィル・ロマーノ。
たいして長い名前ではない。
ただし、私の刺繍の腕では『フィ』くらいで本日は力尽きることが予想できる。
ちなみにクレメント夫人の刺繍の腕前はかなりのもので、家紋一つくらいなら複雑なデザインでも数時間で完成させることができるらしい。
「ふふっ。刺繍一つで相手の懐に入れるのなら安いものでしょう?」
頼もしい限りである。
しかし、フィルの見舞いの品をクレメント夫人に代行してもらうのはさすがに違うと思った。
フィルの回復を願う私の気持ちをちゃんと込めたい。
(名前も無理、家紋も無理ってなると……)
私は必死に頭を働かせ、フィルらしいモチーフを考える。
(あっ!)
◇
翌日の昼過ぎ、私はロマーノ邸へ到着した。
訪問の先触れは昨日のうちに送り、今朝には返事がきていたのだ。
(ここがフィル先輩のお家……! クレメント男爵邸も立派だと思ってたけど……)
ロマーノ伯爵邸は敷地の広さも邸宅の大きさも何もかもがクレメント男爵邸と比べものにならないくらいに立派だった。
「ようこそ。お会いできて嬉しいわ」
「は、はじめまして!」
出迎えてくれたのはロマーノ伯爵夫人。
(フィル先輩のお母様……か、可愛い!)
艶のある豊かな黒髪にフィルと同じ榛色の瞳。しかし、長身のフィルとは違って小柄な体格と童顔な顔立ちは、まるで少女のような雰囲気を醸し出している。
にこにこと愛想よく私を迎え入れたフィルママはすぐにフィルの部屋へ案内してくれた。
そして、扉は開けたまま席を外す。
「フィル先輩。体調はいかがですか?」
「ルネ。来てくれたのか」
部屋の中へ入ると、フィルはベッドから上半身を起こした。
少し掠れた声に無造作に下ろした前髪、そして何より……メガネをかけていない。
(こ、これは貴重……!)
出会ってすぐの頃、もっさりヘアに隠された素顔を見せてもらった時以来である。
「ルネ……?」
貴重な素顔を目に焼き付けようと凝視している私を訝しむフィル。
こんな時に不謹慎なのは重々承知しているが、ちょっとぼんやりしたフィルの表情をなんだか可愛いと思ってしまったのだ。
「フィル先輩が可愛いと思って」
「は?」
おっと、思わず心の声が口から出てしまったようだ。
「まったく。何を言ってるんだ」
そう言いながら、俯いたフィルは指でメガネを押し上げようとし……自身の指が眉間に触れたことでメガネをかけていないことに気がついた。
「ふふっ。メガネのないフィル先輩ってなんだか新鮮です」
そんな彼の仕草の一部始終を見ていた私が思わず声を出して笑うと、フィルも照れたように微笑む。
その時だった。
にわかに部屋の外が騒がしくなり、何事かと私とフィルが顔を見合わせていると、フィルママが血相を変えて部屋へ飛び込んでくる。
「フィル! あ、あなたにお客様が……」
「よお! フィル。大丈夫か?」
「アリスター殿下!?」
「お! あんたも来てたのか?」
動揺するフィルママの後ろからひょっこり顔を出したのはまさかのアリスター。
「殿下、何のお迎えのご準備もできないまま……」
恐縮するフィルママの言葉を遮るようにアリスターは右手を軽く振る。
「そういう気遣いは必要ねーよ。ただ、友達の見舞いに来ただけだから」
どうやら先触れも何もなしに押しかけてきたらしい。
こんなラフな感じだが、アリスターは紛れもない王族。
フィルママが動揺するのも仕方がない。
「そうだ! フィルに見舞いの品を持ってきたんだ」
そう言って、アリスターは手に持っていた袋から何やら白い箱を取り出す。
そして、箱を開けると中には甘い香りを放つ手のひらサイズの赤い楕円形の果物が入っていた。
「やっぱり風邪の時はこれを食べるのが一番だと思ってさ」
「ありがとう……って、おい、これってまさか……トロピカリナじゃないのか!?」
「ああ。フィルが熱を出したって聞いてすぐに取り寄せたんだ」
トロピカリナの見た目は前世のマンゴーによく似ており、柔らかな食感と濃厚な甘みが特徴で、なおかつ胃腸に優しく疲労回復にも効果的であるという。
アリスターの言葉通り、風邪の時に食べるには理想的な果物だ。
ただし、トロピカリナの木は魔獣の住み着く森でしか育たず、人の手による栽培方法が確立されていないため入手が非常に困難。
しかも、トロピカリナの実は追熟が早く、収穫してから数日しか保たないという。
そのため、トロピカリナは幻の果物と呼ばれているのだ。
そんな希少な果物をさらっと見舞いの品として持ってくるとは、さすがは第二王子である。
驚愕する私とフィルを横目に、アリスターはトロピカリナを箱ごとフィルママに渡すと、切ってフィルに食べさせてやってくれと伝えていた。
(まさかこんな凄いものが登場するなんて)
これは……霞む。
どう考えても私の用意した見舞いの品が霞んでしまう。
フィルママがトロピカリナとともに退室すると、私は思いっきりアリスターにクレームを入れる。
「あんな権力にものを言わせた品をお出しされたら、私はどんな顔でフィル先輩にお見舞いの品を渡せばいいんですか!?」
「はあ? 何言ってんだ? 見舞いの品なんて比べるもんじゃねーだろ? 気持ちが大事に決まってんじゃねーか」
とても純粋で真っ直ぐなアリスターの意見なのだが、あんなロイヤルっぷりを見せつけられた後では私の心に響かない。
だって、トロピカリナだ。
一生に一度口にできる出来るかどうかの代物。
私だって食べてみたい。
「それで? あんたは何を持ってきたんだ?」
そして、この流れである。
これでは私の見舞いの品を披露しないわけにはいかなくなってしまった。
私は渋々持ってきた袋をフィルへ渡す。
「これって……」
フィルが袋の中から取り出したのはグレーのハンカチ。
その隅には小さくメガネの刺繍が入っている。
「あの、ロマーノ伯爵家の家紋とか、フィル先輩の名前を刺繍しようかとも思ったんですけど、私の刺繍の腕前じゃどうにも間に合いそうになくてですね……」
速攻で言い訳をする私。
フィルらしいモチーフを考えた時に、メガネしか思い浮かばなかった私の貧相な発想力もついでに顕になってしまったことを恥じた。
しかし、フィルはハンカチを見つめながら柔らかな笑みを浮かべる。
「熱を出した俺を心配して、恋人が刺繍入りのハンカチを贈ってくれるなんて……。俺は幸せ者だな」
「メガネの刺繍なんて、まさにフィルって感じだもんな」
そして、アリスターも笑顔でフィルの言葉に同意をする。
「ありがとう。ルネ。大切に使わせてもらう」
「いえ、そんな……えへへ」
秒で機嫌を直す私。
「ん? 他にも何か入っているな」
出てきたのは紙で作られた手のひらサイズの折り鶴である。
フィルもアリスターも不思議そうな表情で折り鶴を見つめている。
「ああ、それは紙を折って作った鶴……ええっと、鳥なんです。私が以前住んでいた地域では病気の回復を願ってこの鳥を贈る風習がありまして……」
これは、私の前世を知るフィルに日本の文化を話のネタにするつもりで同封したものだった。
しかし、まさかアリスターが現れるとは思わず、平民として暮らしていた地域の習わしだと慌てて誤魔化す。
「紙を……折る?」
しかし、二人はそもそも折り紙の概念がよくわからないらしい。
そこで私はフィルから一枚紙をもらい、それをだいたい正方形に切ると、一から鶴を折ってみせた。
「す、すげーな! 紙一枚からこんな鳥が作れるなんて天才じゃねーか!」
「えへへ。どうも天才です」
秒で調子に乗る私。
それからは自分でも作ってみたいと言い出した二人と折り紙講座が始まってしまう。
「なんか……ピシッとならねぇんだけど」
「一折り一折り、その都度ちゃんと折り目をきっちり付けてください」
「なあ、ルネ。俺は今どこまで折ったんだ?」
「わからなくなったら広げて一から始めましょう」
「それにしても、何で紙で折った鳥なんだよ?」
「実は一羽だけじゃなく、正式には千羽の鳥を糸で繋げて贈るんです」
「千って……狂気じゃねぇか……」
「失礼なこと言わないでください! それだけ想いが込められているんですよ!」
「お、おお。悪かった」
「なあ、ルネ。俺は今どこまで折ったんだ?」
こうして、私たちはやいやいと騒ぎながら紙で鶴を折り、三人の中だけで空前の折り紙ブームが巻き起こるのだった。




