書籍発売記念SS 第三騎士団緊急会議再び
本日、『ヒロインに転生したとはしゃいでいたら、実は転生悪役令嬢が主役の世界だった』の書籍がPASH!ブックス様より発売となります。
それを記念してのSSを書いてみました。
よろしくお願いいたします。
※誤字脱字報告いつもありがとうございます。
王都の中心街を南に抜けて、さらに進んだ先には数多くの飲食店が軒を連ねるエリアがあり、今宵も賑わいをみせていた。
その一画に店を構える『ミミズク亭』の店内も活気にあふれているのだが、一番奥の個室だけは、なぜか不穏な静けさが漂っている。
木で作られた円卓を囲むのは、第三騎士団の団員たち。
テーブルの上には人数分のジョッキと、様々な料理が並べられているが、誰も手を付けようとはしていない。
「なぁ、ウォルト。団長は一体どうしたんだろうな?」
右隣に座る同期のブレントが、俺にそっと耳打ちする。
アリスターのことで話があると、バージル団長から声を掛けられ集められたのだが……。なぜか、重たい空気を纏ったままバージルは黙り込んでいるのだ。
「アリスターは普段通りだったけどなぁ……」
小声でブレントにそう答えつつ、俺は最近のアリスターの様子を思い浮かべる。
大切な友人が帝国に行ってしまうと落ち込んでいたアリスターだったが、俺たちのナイスなアドバイスとアシストによって、先週末にその友人と歌劇へ行くことができたと喜んでいたはずだ。
……やはり、思い当たる節がない。
すると、バージルがその重い口を開いた。
「今日、皆に集まってもらったのは、アリスターについて話しておきたいことがあるからだ」
俺とブレントは慌てて口を噤むと、バージルへ視線を向ける。
「先週末、アリスターが友人と歌劇を楽しんだ話は、皆も聞いていると思う」
俺たちは肯定の意味を込めて無言で頷く。
「しかし、その友人が……ルネ・クレメント嬢ではなかったことが発覚した」
「ええっ!?」
俺の口から思わず大きな声が出てしまった。
他の団員たちも一様に驚いた表情をしている。
「アリスターはフィル・ロマーノという男と歌劇へ行ったらしい……」
「えっと、フィル・ロマーノって誰ですか?」
その男の名前を知らなかった俺は、素直に疑問を口にする。
第三騎士団の団員として王城に勤務するようになり、多少は貴族の家門も覚えるようになったが、まだまだ知らない名のほうが多い。
すると、男爵家の三男であるブレントが俺の疑問に答えてくれた。
「ロマーノ家は代々医師を輩出している家門なんだ……」
ブレントの説明によると、ロマーノ家の前当主は王城の医務局長を務めていたそうだ。
どうやら、そんな家門の子息とアリスターが歌劇を観に行ったらしい。
(クレメント嬢じゃなかったんだな……)
たしかに、アリスターは相手がルネであると明言していたわけではない。
しかし、魔獣襲撃事件での親しげな様子や、帝国への留学の件などもあり、てっきり彼女が相手だと思い込んでしまっていたのだ。
「魔獣襲撃事件の現場にもフィル・ロマーノはいたんだぞ」
「えっ?」
言われてみると、背の高い眼鏡の男子生徒が、ルネと共にアリスターの心配をしていたような……。
ルネとは違って、その男のことはあまり印象に残っていなかった。
「なんだ、デートじゃなかったのか」
「せっかく俺たちがアドバイスしてやったのに」
「本当にただ友人と遊びに行っただけかよ……」
他の団員たちが口々に不満気な声をあげる。
アリスターの初恋を応援しようと張り切っていたのが、肩透かしをくらった気分なのだろう。
「あの、それって……本当に友人なんですかね?」
そんな彼らの言葉に割り込むように、俺は声をあげる。
すると、皆の視線が一斉にこちらへ向けられた。
「どういう意味だ?」
「表向きは友人として接しているけど、アリスターの本心は違うんじゃないかなって……」
「なるほど……秘めた恋心か」
バージルが俺の意図を汲み、言葉を引き継ぐ。
この国では数十年前に同性の婚姻が認められ、同性恋愛も珍しいものではなくなった。
しかし、家門の存続を何より優先する貴族にとって、子を成すことのできない同性恋愛が認められているとは言い難く、同性の婚姻はほとんどが平民であった。
つまり、王族のアリスターに、同性を選ぶという選択肢は与えられていないことになる。
「いいじゃねえか、男だろうが女だろうが好きに選ばせてやれよ!」
「そうだよ!王子だからって恋に性別なんて関係ねぇだろ!」
俺と同じ平民出身の団員たちが声高らかに叫ぶ。
しかし、貴族出身の団員たちは複雑そうな表情で黙り込んでいる。
おそらく、バージルの重苦しい空気の原因がコレだったのだろう。
アリスターが叶わぬ恋に悩み苦しむことを、バージルは危惧していたのだ。
「それにしても、よく相手がわかりましたね。アリスターから教えてもらえたのですか?」
そんな中、ブレントがさらりと話題を変えた。
そのことにホッとしたような表情で、バージルは口を開く。
「いや、キースからの情報だ」
「ええっ!?」
今度はブレントが驚きの声をあげた。
実は、アリスターのデートを覗き……いや、見守るべく、デートの際の護衛を第三騎士団に任せてもらえないかと、バージルが上に掛け合ってくれたのだ。
その要望はもちろん却下された。
王族の警護を任されているのは近衛騎士団であり、魔獣討伐を担っている俺たちには任せられないという真っ当な理由での却下。
しかし、我慢ができな……いや、心配性な団員数名が、デートを見守ろうと中心街に繰り出したのだが、アリスターの姿を見つける前に『影』と呼ばれる護衛たちによって一網打尽にされてしまった。
ついでにお説教もされたらしい。
『影』とは、近衛騎士団所属の特殊なチームで、そのメンバーも人数すらも秘匿されている謎の集団。
今回はそんな『影』がアリスターの護衛を担当していた。
つまり、アリスターのデートの相手もその様子も、本来ならば知ることは叶わないはずなのだが……。
「キースは『影』にも伝手があるらしくてな」
「…………」
「デートの様子も事細かにあいつから教えてもらったぞ」
「…………」
『影』の弱味でも握っているのだろうか……。それとも、『影』に何やら恩を売りつけたのか……。
相変わらず、キース副団長の情報収集能力はえげつない。
そして、二人の歌劇デートの様子がバージルの口から皆に語られる。
「フィル・ロマーノ……めちゃくちゃいい奴じゃねぇか!」
「ああ。アリスターの喜ぶ姿が目に浮かぶな……」
「友達とのいい思い出が作れたんじゃないか?」
バージルから語られた歌劇デートの詳細によって、アリスターがデートを楽しむ様子とフィルの人柄の良さが伝わり、団員たちの空気が和らぐ。
「この際、恋愛だろうが友愛だろうが、アリスターが喜んでるならそれでいいじゃないですか!ね、団長?」
「ああ、そうだな……。よし、乾杯するか!!」
バージルの掛け声に合わせて団員たちは互いのジョッキをぶつけ合うと、一気に酒を流し込む。
アリスターのフィルに対する感情が何であるのかはわからない。ただ、アリスターがその一日を幸せな気持ちで過ごせたのなら、それでいいじゃないか。
そんな団員たちの反応にバージルも心動かされたようで、先程とは打って変わって明るい表情でジョッキを傾けている。
俺も、目の前に置かれたカットステーキ肉を自身の皿へと移そうとした……その時、個室の扉をノックする音と共に「お連れ様が参りました〜!」と、元気な店員の声が響いた。
姿を現したのは、肩までの明るい茶髪を一つに結い、眼鏡を掛けた琥珀色の瞳を持つ男。
その顔立ちは整っているはずなのに、なぜだか神経質そうな印象を受ける。
「おお、キース!やっと来たのか!」
それは、我が第三騎士団の副団長キースであった。
バージルは立ち上がると、遅れてやって来たキースに近付き、その肩をバシバシと叩く。
「ずいぶん遅かったじゃねぇか。今日は非番だったろ?」
「ええ。本日提出された書類に不備があると連絡を受けましてね。非番なのに王城に呼び出されていたのですよ」
キースはそう言いながら、意味ありげな視線をバージルへと向ける。
第三騎士団から提出する書類には、団長か副団長どちらかの承認印が必ず必要になるという。
副団長のキースが非番だったということは……。
「いや、今日はものすごく忙しい日で……その、なかなか時間が取れなくてだな……」
「しっかりと最終チェックをしてから承認印を押すようにと、何度も申し上げたはずですが?」
「あー、俺は昔から数字がどうにも苦手で……」
バージルは目を泳がせながら、必死に言い訳の言葉を並べている。
年齢も地位も実力も、その全てにおいてバージルのほうが上であるはずなのに、キースがバージルの手綱を握っているように見えるのはなぜなのだろうか……。
「まあまあ、団長へのお説教はそれぐらいにしませんか?」
「そうですよ!先に酒と料理を注文しちゃいましょう!」
ブレントが慌ててキースに声を掛け、バージルへの説教を中断させると、続けて俺がメニュー表を押し付けるようにキースへ渡した。
キースは溜息を一つ吐くと、メニュー表に目を通しながら指をさし、個室まで案内してくれた店員に酒と料理を注文し始める。
バージルは気配を消しながらそっと自身の席に戻ると、無言でちびちびと酒の続きを飲み始めた。
注文を終えたキースを、空いていた俺の左隣の席へと案内する。
「副団長がこういう席に参加するのは珍しいですよね?」
「ええ、まあ……」
俺がそう声を掛けると、席に座ったキースは曖昧な言葉を返す。
貴族と平民が入り交じる第三騎士団では、飲み会の支払いは割り勘だと決められていた。
まあ、バージル団長が一緒の時は、多めに支払ってくれることもあるのだが……。
そんな飲み会に、キースが参加することは滅多になかった。
(やっぱり、副団長もアリスターのことが心配だったんだな)
だから、この飲み会に参加したのだろう。
金銭にしか興味の無さそうなキースにだって、ちゃんと人の心はあるのだ。
「お待たせしました〜!」
明るい声と共に、店員がワインボトルとグラスを一つ運んでくる。
キースの目の前に置かれたそのワインボトルを何とはなしに見つめると、ワインに詳しくない俺でも知っている銘柄のラベルが目に飛び込んできた。
(あれ?これって……たしか、この店で一番高いワイン……?)
まじまじとワインボトルを見つめる俺に、キースは愉しげな表情で口を開く。
「今夜はバージル団長に奢っていただく約束でしたので」
「えっ?」
「私が無料で情報を差し上げるわけがないでしょう?」
どうやら、今夜の飲食代と引き換えに、バージルはキースからアリスターのデート情報を聞き出したらしい。
ワインボトルを手にしたキースは唇の端を少し釣り上げると、キャップシールにナイフで切り目を入れ始める。
大衆向けの店なので、客自身でグラスに注ぐのがルールだからだ。
そんなキースをバージルが恨めしそうに見つめている。
「…………」
思わず無言になってしまった俺の代わりに、ブレントがキースに話題を振った。
「さ、さっきまでアリスターの話をしていたんですよ。歌劇デートの相手はクレメント嬢だと思い込んでいたので……驚きました」
すると、キースがふと手を止め、何かを思い出したかのように口を開く。
「ああ、そういえば今日の昼頃にクレメント嬢にお会いしましたよ」
「えっ!そうなんですか?」
「西地区の広場で偶然お見かけしたので、こちらから声を掛けてご挨拶をしました」
「へぇ……」
本日は非番であったキースは、西地区に出向いていたらしい。おそらく、その後に王城に呼び出されのだろう。
貴族の街である中心街とは違って、西地区には平民も利用する店が多く立ち並ぶ。
それは飲食店だけでなく、服飾店や雑貨屋などもあり、植物園はデートスポットとしても人気だった。
「デート中だったことに気付かず、うっかりお邪魔してしまいましてね」
「それって、クレメント嬢がですか?」
「ええ」
なんと、ルネにはすでに恋人がいたらしい。
「フィル・ロマーノ君とデート中でしたよ」
「は?」
キースの発言に皆が揃って無言になる。
「「はあああああ?」」
そして、団員たちの声がハモった。
「おいおい、それって……アリスターとクレメント嬢を二股してるってことじゃないのか?」
「そのフィルって奴、なかなかいい度胸してるじゃねぇか!」
「あんな可愛い子とデート……クソッ!羨ましい!」
「いや、うちのアリスターも可愛いだろ?」
「ああ、負けてねぇ!」
団員たちが真っ赤な顔で口々に声を張り上げる。
「身内贔屓がすごいですね」
キースが涼し気な顔でグラスにワインを注ぎながら呟いた。だが、その声は誰の耳にも届いていない。
「よし!それじゃあ、アリスターの魅力をフィル・ロマーノにわからせてやろうぜ!」
「どうするよ?」
「俺たちでアリスターの良さを語って聞かせるか?」
「それ、いいな!」
「でも、どうやって会うんだよ?相手は貴族だろ?」
「うーん……だったら、こっちに来てもらえばいいんじゃないか?」
「なるほど!お前めちゃくちゃ冴えてるな!」
そうして、夜は更けていく……。
◇◇◇◇◇◇
「なあ、フィル。今度の休みなんだけど、第三騎士団の訓練場に遊びに来ないか?」
「訓練場に……?」
「ああ。ちょうど公開演習があるんだよ」
「そんなものがあるのか?」
「団員の家族なんかが見に来るんだけど、せっかくだから友達を招待してやったらどうだ?って、バージル団長が言ってくれてさ」
「それって、私も見に行っていいんですか?」
「なんだ、あんたも興味あるのか?」
「はい!見てみたいです」
「じゃあ、フィルと一緒に見に来いよ」
「やったあ!」
「そうだな。ルネと一緒に行かせてもらうよ」
「だったら昼飯を一緒に食べようぜ!うちのシェフに頼んで用意してもらうからさ」
「いいですね!ロイヤルなランチ……すごくいいですね!」
「よし、決まりだな!」
「ランチが楽しみですね!」
「お前……ランチだけが目当てじゃないだろうな?」
「ち、違いますって」
「ルネ……」
「フィル先輩まで、そんな目で見ないでください!」
「そうだ、第三騎士団のみんなにフィルのことを紹介してもいいか?」
「ああ。構わないが……」
「あいつら、フィルのことを紹介しろってうるさくてさ」
「私のことも紹介していいんですよ?」
「俺、友達を紹介するの初めてだ……」
「あの、私のこともちゃんと紹介してくださいね!」
フィルを待ち構える第三騎士団の猛者たち……。
読んでいただき、ありがとうございました。
本日発売の書籍は、なろうに投稿した内容を修正し、約三万文字の加筆をしました!
こちらも、よろしくお願いいたします。