35. 振動
こんばんは。
暖かい水の大きな池を皆の楽しみのためにつくる。
そのために井戸を掘る、と豊穣の預かり手であるユーマが提案していたその様は、植物園の植物たちの葉から茎へ、そして根へ流れた。
ユーマの喜び、長の感嘆。
その他さまざまな想い。友愛。
2人の間で交わされた気持ちや感情が、当人から発し、彼等がそこを出た後にも、植物園には幽かに在り続けている。
ユーマと長から発した想いは、風を産む石の渦により、大きく薄く広がっていく。
植物園の植物たちの葉の先が、微かに震えた。
ユーマと長の想いを、葉の先の曲線で円く抱いた。
想いは、葉の表面に無数にある孔へ誘われた。
想いはさきほど放たれたばかり。
よく震えていて、“活き”がいい。
震えながら孔を通り明るい管へ流れ入り、“想い”は流れに引かれているのか押されているのか、管の中を進んでいく。
ふいに管は暗く冷たくなる。
想いが来た道のりを見上げれば、光。
そして植物の中にいる小さな生き物が忙しく働く。
自分のいるところにしか関心のない生真面目。
生真面目な彼等が遠ざかり、光も遠くなり、明るい暗闇の中を冷たい水と共に想いは流れていった。
入ったときとは異なる形状の孔が現れる。
結んで開いて。
閉じたり開いたり、まるで門のよう。
想いは振動しながら門の外へ押し出された。
明るい、暗い、温かい、冷たい。そんな場所。
明暗の差が限りなく近くて遠い。
冷温の境目がゆるやかでなだらかな。
そんな場所へ放り出されたあとに、想いは網の目のような水路を流れ出す。
この水路は終着点がある。
水と水とが粘り、繋がり、一滴が一滴を連れていく。
想いはその一滴に溶けて進む。
水が網の目のように細かな水路を進むのは、終着点へ集束するからだ。
終着点とは。
ユーマと長の想いは、植物の葉から茎へと流れ、根から土へ。
土の中で生まれた水の流れに乗り、地下の岩盤近くの水脈へ。
振動を保ちながら想いは流れた。
里融は、水の流れそのもの。
水の流れの躍動により波打ち、うねり、土中を飛翔する。
それは生き物のように見えるかもしれない。
水の精霊王と共にいる里融。
土のなかを泳いでいた里融は、心地よい人の気配を嗅ぎ取った。
そのにおいは希望という奴だと知っていた。
あれは楽しい。
里融は希望のにおいを追いかける。
土中の細かな水路を通りながら明るく震えているものを見つけた里融は、水の精霊王の揺無へ話しかけた。
「王よ。人がまた何かを拵えるようですよ?」
王と呼ばれた水の領域そのものは、友から話しかけられたので、応えを返せる人の形を取った。
「里融か。そのようだね。ああ、楽しそうだ」
精霊王の揺無は、水の、自身の中に小さく輝く雲母のような粒を見た。
「人は、面白いと思う」
一瞬で流れ去るように見える命の預かり手たち、人を想うとき。
水の王は降伏する思いに満ち溢れた。
「私にも“死”はあるのだが」
王は、揺無と名を送ってくれた人が放った想いが流れていくのを見送った。
-多すぎる水-
そのことに昔を思い出すのだが、希望の振動を放つことを確認すると王は微笑んだ。
「ユーマ。力を貸すよ」
水の王は人の形を解きながら言葉を紡ぐ。
その言葉は風に流れた。風の王の太い笑みが返ってくる。
土は当然、知っているだろう。
太陽の光は……水脈が地表の川へ出た時に知るのだろうか。
“もう、知っているさ”
太陽の熱と光の精霊王、富有馬の言葉がキラリと射し込む。
“植物たち、葉の奴等から漏れ聞いた”
「そうか…」
揺無は頷く。
水
風
土
熱と光
それらはユーマの友人だ。
これまでの豊穣の預かり手を知っている。
人と精霊が交わり、音と言葉に力があった時代。
滅びながら甦る、刹那と永劫を内包した不思議な生き物、人。
精霊たちは人と共にあった。
人は精霊たちと共にあった。
昔、昔の話だけど。
漢字が出てきたり、刹那とか仏教的な言葉がでてきたり。