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赤い瞳の銀の鳥   作者: アマメ ヒカリ
第八章 Anywhere you are
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足 ~インターミッション~

弱味は強味!



疎開先ではお寺にお世話になった。

男子と女子は別れて眠った。



鬼のような先生がいて、なんでもないことで殴られた。

今思うと、あの男の人は先生だったのかどうかはっきりしない。

引率者だったのか、それとも疎開先に住んでいた誰かだったのか

、覚えていない。



愉快だったのは、誰もがその人をコンチクショウと思っていたようで、

大人になってからの同窓会では皆が皆その人と話さなかった。

その人はさすがにしょんぼりしていて、その姿を見たら、この人も大変だったのだなと思った。






俺は体が大きかったから、疎開先では人の二倍働かされた。

と、思う。


(くわ)も、稲藁(いなわら)も、(たきぎ)も、お前は大きいのだからと多く持つはめになった。


確かに俺は体が大きくて色白で力もあったから、浅草から一緒に疎開した裕ちゃんなどは、俺のことを「白くま」と呼んだ。

だからといって人の二倍を持てるかというと、そんなことはないのではないか。





おなかは、いつでも空いていた。

食事は頂いていたし、土地の人からの好意で野菜などをもらい受けることもあった。

だけど11才だった俺はいつでもおなかが空いていた。


空を見ると雲が流れて、オムレツやラーメンやハヤシライスや……

雲をごちそうに見立てて友達と遊んだ。

俺たちは子供だったから、おなかが空いても悲壮感はない。

笑いながら皆で雲を見て、腹へったなあ、食べたいなあ、と言い合った。




お寺の近くに赤紫蘇(あかじそ)が植わっていて、俺はその葉をいくつか採った。

腹の足しになるか?


干して、手で揉んで粉にする。

それをご飯にかけた。

何となく、満足したような気がする。

そう思うことにした。






今頃、家は、どんなだろう。

電車の線路に硬貨を乗せて、薄くペラペラにしたな。

怒られたな。

貸本屋の本は無事だろうか。

サンソ屋のおにいさんは無事に帰ってくるだろうか。

舗装道路、懐かしい。

店の反物は、また売ることができるだろうか。



そんなことを時々思い出しながら、日々を過ごしていた。







三月。

中学校に入学する年の子供は一旦、家に帰ることになった。

その時、俺はなぜだか、母親の足を思い出していた。

ひとつ上の学年の諸兄たちが帰る先には、俺の母がいる。父も。






母の足の親指は、小指側に向けてくの字に曲がっている。







あの足で、はやく走れるのだろうか。




教会の中は人でいっぱいだ。




逃げて。




コンクリートだけど危ないんだ。



川もだめだ。


逃げて。




逃げて!








おかしな夢を見た日から数日経って、俺たちの住んでいた町は空からの爆撃で焼かれた。

壊滅的だと聞く。



これまでにも何度も、何度も、空からの攻撃があった。

だから俺たち子供は疎開した。




母は、父は、無事だろうか。

貸本屋は、電車は、皆は。










あれからもう、ずいぶん経った。





母は無事で、父も逃げきった。


上野の入谷辺りは焼けなかった。


浅草は焼けた。





いろいろ、あった。





今では俺も年を取り、父よりも長生きだ。

母ほどは生きないだろう。



白い天井がぼんやりと目に入った。



母の足を思い出す。

曲がった足の指。




今ではそれを外反母趾と呼ぶと知っているが、子供のときは勿論知らない。

明治に生まれて、下駄草履で歩いてきたはずなのに、なぜ指が曲がるのか俺にはまるでわからない。



俺の娘達も外反母趾だから、これは遺伝かもしれないと思っている。






足の指を曲げる。



母の、娘達のようすを見ていると、まるで目的があって曲げているように思えた時があった。





何故曲げる?

ここから動かないために。

東京から離れたくないために。

なるべく離れられないように。




ばかな、とは思う。

だが、不思議と、その仮説は自分を納得させるものだった。






ああ、もう、そろそろか。






傍に父母がいる。

晴れやかに笑っていて、ありがたい。


サンソ屋のおにいさんもいる。


裕ちゃん。


妻も、微笑んで立っている。





白い天井は円く光り、俺の目の前に寄ってきた。

俺は帰るのだ。




……ああ、俺だ。


疎開先の俺がいるじゃないか。

円い光の中に11才の俺がいて、手を伸ばしている。

ずいぶん笑っている。




“来なよ。そら、あそこの山はきれいだよ。

なんにも楽しいことしなかったろう?

一緒にいこうよ。”





そうだな。

そうすることにしよう。





娘達、もういいからね。

遠くに、どこまでもおゆき。

俺は少し遊ぶから。



そう言い終わると、天井の円い光は俺を包み込んで浮いた。




ゆこう。

どこまでだってゆこう。

ずっとずっと先に、会いたい人がいるんだ。





円い光の中から声がして、遠ざかる景色、娘達、俺。







旅もいいもんだな、そんなことをふと思いながら、

円い光の中を俺は歩き出した。




さあ、ゆこう!

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