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8.「え、約束したよね?」

 

 2人と別れた天満は校庭から離れるようにして走っていた。行く先はぼんやりとしか決まっていないが、虎とまた顔を合わせる予感はある。



(宗仁郎は光流がいるからこっちにはこないだろうし、組のやつらも見つけられるか微妙だな…)



 光流は護衛としての責務を全うして宗仁郎をギリギリまで引き離してくれるだろうし、天満的には手の借りを返すためにも一度虎と2人きりで話してみたいと思っている。もちろんはなから連絡するつもりなんてない。

 奴の目的がわからない今、危険な気もするが手のハンデがあっても天満はかなり強いのでなんとかなるだろうと少し楽観していた。


 敷地内を走り抜け曲がり角を迎えたその時、ほとんど死角からまたもやソレが飛んできた。が、それは咄嗟に避けて飛んできた方向から距離を取る。



「さすがにおんなじ手は効かないか〜」



 ニタニタといやな笑顔を浮かべるくせに、いやに存在感のない男ーーー虎がそこに立っていた。


 彼を見据えた天満はしかし、違和感に少しだけ目を細めた。その違和感は名前をつけられるほど大きなものではないし、すぐになくなったような気もするのだが、あえて言葉にするのなら、



「気持ち悪い…?」



 曖昧だけれどそういうことだ。



「人の顔見て気持ち悪いなんてひどいじゃないんじゃないのー?」


「自分の行動顧みて発言したほうがいいんじゃない?」


「そりゃそーだ」



 ははは。と空笑いが上がる。

 

 お互いある程度の距離を保っているが、すぐに攻撃に入れてしまうその間に生温い風が吹いている。周りには誰の気配も感じず天満の希望通り2人きりの空間だ。


 校舎裏の滅多に人が寄り付かない雑木林の前、死角になるため校舎からは見えず誘い出すのにはぴったりな場所。…色の群青が言っていた通り、情報に精通しているらしい。



「一体何の用できたのかな、君は。」


「遊びに来ただけだよ〜ん」



 ふざけた声に若干苛立つ天満だが、いつも通り意識できる限り平然を保つ。総長と命名されてからはそういうことが増えたから決して苦ではない。



「その割に物騒なもの投げてきたみたいだけどね。」



 そう言いながら、天満を通り抜けて落ちた投げナイフを拾い上げ手遊びするようにくるくると指の間を行き来させる。利き手じゃないと少しやりにくいし、みていると右手が痛みを主張してくるような気がしてきた。



「さっすが上手だね〜。そういうセンスは一流って聞いてたけどやっぱ才能かなぁ?こりゃ榊組も安泰だぁ!」



 知ってているのか、純粋に見たままを言っているのか。どう考えても前者だが、なんにせよ面倒くさい。いちいち突っかかるのも虎の思惑に乗るようなものなので答えたりはしないけど。



「組と私は関係ないけど、安泰だとは思うよ。それで、神宮寺組と色に玉、取り入って何をしようとしてるのかな。」


「あっはは!取り入ってるだなんてひどくな〜い?そんなことしてないしー」


「そう。答える気ないのはわかった。じゃあ君、何者?」


「さぁてね。ご想像にお任せしますよ。」



 何も答える気は無いらしく、会話らしい会話もできなそうだ。けれど、それならなぜ天満を呼び寄せるようなことをしたのか。

 虎という男がどういう人間か知らないし情報も少ないがそれでも意味のない行動はしない、用意周到で頭が回る奴だということわわかる。



「…どういうつもりで来たのかは知らないけど、ここに手を出すつもりならそれ相応の覚悟をしてほしいな。」



 にこり、笑う天満だが明らかな殺気に流石の虎も少し身震いをする。



「さっすが夜叉。群青とは違うね〜。覇気がある。ほんとアンタの欠点なんて女ってことくらいじゃな〜い?そりゃもう榊の組長も惜しがるだろうねぇ。組員だってアンタが組を継いでほしいとか思ってる奴、少なからずいるんじゃなあい?」


「なに…?」


「アンタが思ってる以上にアンタは周りに慕われてるってこーと。だからおれっちみたいなのはすんごいやりやすいんだ・け・どっ?」


「何が言いたい」


「それくらい自分で考えてよね〜。ああでも、今回はほんとに遊びにきただけなんでご安心を。ちょーっとキレイなおねぇさんにイタズラしたくらいだからさ?それじゃあ」



 くるり、身を翻す動作を見せた虎にすかさず天満は駆け出し距離を詰める。が、虎は素早く反応し懐から出したのはーーー拳銃。



「ッッ」



 まさかそんなものを出してくるとはおもわず、射程範囲を脱し切るまえに防御の体制になってしまった天満。引き金を引かれたら何の意味もない。つまり悪手以外何者でもない受け身だ。



(これ、またお祖父様にどやされるやつだ)



 頭の隅に浮かんだのはそんなどうでもいい思考。直後、掠れた発射音が静かな空間を通り抜けた。



 一瞬



 戦いにおいて目を閉じることだけはするなと身にしみた教えを守り、その隙を逃さなかった。

 隙を見せたのは虎で何が起きたか判断が遅れたその隙にすかさず天満の横殴りの蹴りが脇腹に決まる。そして、流れるように次のモーションにうつるが虎は苦い表情1つ見せず大きく背後へ飛び退いた。



「チッ」



 思わず漏れた舌打ち。



「あーあ。流石に無傷じゃ帰れなかった、か。ざーんねん。」



 虎、逃走。


 タイミング良く組の黒服達も現れたため、深追いは彼らに任せることにした。


 さて、その場に残ったのは天満、そして光流、宗仁郎の3人。


 片手に拳銃を握る光流は鋭い気配はそのままに優しげな笑顔で天満を見る。その背後には不安げにまぶたを揺らす姿もまた美しい宗仁郎の姿が。



「なんでいるの」



 来ないと思ってた2人の登場に、天満は若干むくれ面で目を細める。


 虎が銃を出した時、打ったのは虎ではなく光流だった。彼が打った弾は見事、虎の拳銃に命中し、まさかの出来事に動揺した虎の隙をついた天満が蹴りを入れたというわけだ。



「来なかったらお前死んでたかもだろ?テン」


「それは…そうだけど」


「ほんとはもっと早く来るつもりだったんだけどなー。ま、しゃーない。」



 それでも言い淀む天満をみて口を開いたのは宗仁郎。



「テン、私のことを心配してくれるのは嬉しいけどね、だからと言って自分を危険に晒すのはやめてほしいな。」


「でも、宗次郎は堅気じゃないんだから危険な目に遭わせるわけにはいかない。巻き込むくらいなら私が…「テン」」



 咎めるような声音と合わせられた視線に思わず口をつぐむ。宗仁郎のいざという時の言葉には昔から他人を黙らせ話を聞かせる不思議な力があった。だからこそ前総長になれたわけだが。



「テンが今更そんなことを言うのも珍しいね?そんなに虎に煽られちゃった?」


「そんなこと…」



 ない、と言い切れなかった。ただ、まだモヤモヤと何かが天満の中でグルグル渦巻いている。怒りなのか嫌悪なのかよくわからないけどそういった胸糞の悪い何かだ。

 考えれば考えるほどそれは回り続けていて、よくわからなくなる。


 と、



「はいっ!」


「いったっ!?!?」



 突然頰を走った衝撃に思わず大きな声が出た天満。その両頬は赤く、じんじんと鈍い痛みを主張してくる。



「急に何かな!?」


「え〜だってテンってばらしくもなく混乱しちゃってるんだもん。少しはスッキリしたでしょ?」



 ニコニコと両手を合わせて頰にくっつける姿はとーーっても可愛らしいが騙されてはいけない。男である。



「ハハッ。いつも余裕ぶってるテンも宗仁郎の前じゃほんとかっこつかねえのな。可愛い可愛い」


「なに!?馬鹿にしてるよね!?喧嘩なら買うけど!」


「おーおーこえーこえー。」


「うふふ。…って、あ!テン、またちょっと傷開いてる!」


「え?ああ、ほんとだ。」



 宗仁郎の両頬への喝に調子も戻って、通常運転の天満だが指摘されて手の痛みに顔をしかめた。本当に、いつになっても治らないものだ。本人的にはそんなに無理をしているつもりがないのだから恐ろしい。無理しまくりだ。怪我人という自覚が全くない。痛覚おかしい。


 そんなこんなでひとまず校庭の方へ戻ろうと言うことになり歩き出した3人。お説教モードになった宗仁郎に辟易しながら左から右に話を聞きながしていると大事なことを思い出して「あ」と声をあげた天満。



「そういえば虎が多分義母さんに何かしたようなこと言ってたんだった。やばい報告しなきゃ。」



 しかし、携帯を出したところでどこからともなく黒服達がぬっと現れた。



「すいやせん。虎を逃しやした…。」



 少し服が切れていたりする様子から頑張ったようだが、案の定と言ったところか。とはいえ天満はちゃっかり虎の助骨を折ったはずなので彼らの力不足というより虎の逃げ方が上手かったのだろう。



「そっか。じゃあお祖父様の報告と一緒に母さんに何か仕掛けられてないか調べといてくれる?虎が、不審なこと言ってたから。」


「わかりやした!」



 リーダー格の男がビシッと声を張ると、後ろの黒服達を引き連れて颯爽と走って行ってくれた。



「さて、それじゃあテンは保健室だね。」


「んー」


「無理して傷開いたんだから、罰ゲームだしね」


「ん!?」


「え、約束したよね?無理して傷が治らないようなら罰ゲームって」



 キョトンとした顔で 天満を見下ろす宗仁郎の顔は至極真面目で冗談を言っているようには見えない。光流は吹き出して笑っているが、宗仁郎の言葉に冷や汗ダラダラでそれどころじゃない。


 そういえば体育祭で応援団をやるやらないでもめた時、そんなことを言われたような記憶がうーっすら残っているようないないような。いないような。



「しかも虎を見つけたら連絡するって約束もしたのに破ったでしょー?」


「うっ…はい。いや、でも「破ったよね?」…はい。」



 天満は昔からどうも宗仁郎に強く出れない。

 諦めモードに入りつつも少し抵抗を試みる天満の腕を楽しげに引く宗仁郎。そして、それを見てニヤニヤしている光流。


 一先ず虎との邂逅が終わり、体育祭も佳境にさしかかっていた。



 *****



 白い特攻服を翻し宙を舞い、刹那、見えた空は抜けるような青。着地して前を見据え、カラカラの喉を振り絞って出した最後の蛮声は仲間たちに伝播し野太く快活な合唱となって場を支配した。

 二度、太鼓の音がなり月海の晴れ舞台は幕を下ろした。前を見据えた時に、霞む視界の中で祖父がどのような顔をしたかは分からなかったが今はそれ以上の達成感が湧き上がり自然と口角も上がる。

 

 天満が直接見れなかったことを悔やむくらいいい顔をした月海であった。


 が、その高揚感も数分後には吹き飛んだ。



「あ!!ありやした!!!姐さん離れてくだせぇ!!」


「あら、本当。危ないわぁ。」



 緊迫し焦った声とは裏腹に母の声は呑気なものだが目の前の光景は全く穏やかではないし、何事かと近くにいた組員に尋ねる月海。ここでやっと、天満が虎と相見えた事、それから今まさに母の所持品から発見された詳細不明の薬品の説明を受ける。


 自分が応援団をしている間にとんでもないことが起こっていた事実に、天満が処理した道理はわかってもそれをうまく処理できず溜め込んでしまう。月海の悪い癖だ。


 自分が跡取りであるはずなのに、いつも義姉が先へ進んでしまう。

 応援団を果たす事で少しは緩和されるはずだったその呪いのような劣等感は根深いもので、まだ根を張り続けとどまることを知らなかった。




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