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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
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19-7.瘴気の行方

 シリンダー瓶は部屋の中央、台座とグランの元へと宙を回って飛んでいく。

ハンスはその様を目をただ見開きながら見つめている中、隣のビルキースが更なる動きを見せていた。

彼女は腰の銃を抜き、シリンダー瓶に向け、何の躊躇もなく引き金を引いたのだ。

射出された弾は寸分違わず、シリンダー瓶の中央を撃ち抜き、砕く。

「な、何を…」

「<アレ>を<呼び水>にする。」

砕け散る<瘴気石>は霧散していくとグランの周囲を覆うように舞う。

だが、それは僅かな間だけで、次に瘴気の霧はある一点へと収束を始める。


同時に行われていた<要の精霊>と呼ばれる存在の召喚。

その過程で発生した魔力の光は瘴気の霧を勢い良く吸い寄せ取り込んでいく。

何時しか、その光は<瘴気石>の様に黒く、しかして虹色の輝きを放ち形を成す。

そして、ハンスへつき返された石英板には瘴気の反応が映し出され埋め尽くしていった。


「…これは、精霊の召喚、実体化を上書き、利用して瘴気を吸い取らせているのか。」

「そうだ、<炉>までの経路が確立され、瘴気が活発化した場合、<それ>は魔力、エーテルではなく瘴気と結び付いてゆく。」

ビルキースの言葉を聞きながらもハンスは、目の前に現れた<それ>を見続けていた。

<龍心堂>の心臓部であるその<炉>にこびりついた瘴気、もしそれが<汚染>と呼べる浸食をみせた場合、<龍天楼>はこれまで汚染源を<剥ぎ取る>形で処理を行う。

だが、ビルキースの手段は違った。

<瘴気>という性質を逆に利用する事で、<炉>にへばりつくそれを根こそぎ吸い上げる事を目論んだのだ。


「だが、問題点が無いわけではない。だからこそ、かつての<龍天楼>はこの方法を封印したのだろう。」

「ど、どういう…」

突如として部屋中央からは突風が吹き始め、ビルキースの肩に掻けるコートがなびき、ハンスも帽子を押さえた。

「…<瘴気>の滞留によって起きる問題点は何だ?」

「その土地が毒性を持つ事、動植物の魔物化…。…つまりは精霊も!?」

「それでは、<物質界アッシャー>ではなく<星幽界アストラル>の代表する魔物とは何だ?」

ビルキースは更に問い掛ける。ハンスは答えに詰まりつつも、視線を逸らさずに考えを口にする。

「…<悪魔デーモン>の召喚!?」

「ビンゴだ。」


ハンスの言葉を受け、ビルキースは満足げな笑みを浮かべる。

それと同時に、中央の台座の影が実体を作り上げた。

その陰影から既に屈強な肉体、大きな翼、鋭い爪、青く冷たく、それはしなやかでありながら、鋼の如く照り返す表皮。

剥き出しの牙の隙間から吐き出される息は白く、金色の瞳がその異形でありながらも神々しく灯る。

「まさか、<上級悪魔>、<グレーター・デーモン>!!」

ハンスは叫ぶ様にその名を呼んだ。

実体化が完了し翼を広げるその姿はまさに<悪魔>と呼ぶ怪物に相応しい姿。

だが、ビルキースの表情は何所か芳しくないものが見えた。


―――FuuuuFlruuu…


言葉とも音ともつかない鳴き声と共に、<上級悪魔>は周囲を眺めるとビルキースとハンスを見る。

そして、鼻先で何かを嗅ぐような仕草を見せると、すぐに興味を失ったようにまた眼前にある巨大な扉を見た。

「扉の結界を強化しろ!流石に出すのはマズイッ!」

「わ、分かりました!」

ビルキースの指示でハンスは石英板を操作して、扉に幾重もの結界を張る。

それを感じ取ったのか<上級悪魔>が次に興味を示したのは左腕に翻弄されるグランへと向く。


―――Amar、Vant、Bel、Croom、《Frost Bite》…


「な、魔法!?」

<上級悪魔>が披露した攻撃はその見るからに強靭な肉体、爪、牙ではなく、氷の息吹であった。

瞬時に床一面が凍結し、グランもそれに巻き込まれ全身が凍り付いていく。

そして、グランが沈黙をするのを確認すれば、<上級悪魔>は再び周囲を見渡し始めた。

次に狙いを定めたのは当然の如くハンスとビルキースである。


<上級悪魔>は巨大な翼を広げると、その巨体は宙に浮かび、そのまま滑空するように二人に向かってきた。

ビルキースは銃の引き金を引くが、その射出された弾丸は軽い音を鳴らし<上級悪魔>の表皮を僅かに削っただけで終わる。

「何をしているッ!戦え、グランッ!さもなくば私が、ここの彼が、そのバケモノに殺されるぞ!キサマは彼の<味方>なのだろうッ!?」

ビルキースの叫びに反応するかのように、グランは自身を覆う霜を砕いて飛び上がり、肥大した左腕、赤く煌く爪を<上級悪魔>へと振り下ろす。

だが、その一撃は<上級悪魔>の尻尾により受け止められてしまい、床へと叩き付けられた。


幸いとみるか<上級悪魔>の敵意はグランへと移り、床に足を着けると2人には見向きもしなくなっている。

「…ホントのホントに、悪党がッ!賭ける命はテメェのだけでやれってのッ…!」

膝を震わせ、左腕を敵へと向けて立ち上がりながらグランは呟く。

(…左腕が勝手に…?この腕も俺と同じでこのバケモノを<敵>と認識しているというのか?…いや、まず何で腕自体に意思があるんだよ。)

そう思うも、今はそんな事を考えている余裕はない、青い鋼皮の巨影からは2本の腕が赤黒の腕に目掛けて伸ばされた。

(くそッ!まるでぶかぶかの砂袋を振り回してるみてーだ!)

左腕でその爪をいなすも、勢いに負けて壁際まで飛ばされてしまう。


<上級悪魔>は再び翼を広げ、グランを追い詰めるべく、距離を詰める。

(しかし、全身に<楔>を打ち込んだみたいに動けるが、身体が勝手に動かされる!?俺でなく俺が左腕から体内へ突っ込まれているのか!?)

グランは迫ってくる爪に対し再び左腕でいなすも、反撃へと転じる事が出来ない。

その隙を突くように<上級悪魔>はまたもや氷結の息吹を放つと瞬時に足元が凍結し、その冷気はグランの全身へと絡み付いていく。


―――Frluuu…lrFuruu…


(じゃあ、<左腕>に全てを任せるか…?いや、ダメだ…)

全身が霜と氷で覆われ、身動きが取れなくなったグランであったが、思考は冷静であった。

自身の意識ははっきりとしており、全身の自由が効かない訳でもない。

それでも、その<左腕>から伝わる感覚は、確かに自分のものではなく、それは<誰か>のもののように思えたのだ。

(意識が途切れたら、俺はきっと<左腕>に呑まれる、喰われる!そんな確信が持てる!)

グランの左腕は高熱を帯びて凍結を破ると、そのまま左腕を薙ぎ払うように振るう。

すると、<上級悪魔>はそれを避けようと身を翻したが、その爪が僅かに掠め、青黒い血飛沫が舞った。


―――AhFu……Flruuaa!!


怒りを伴った、唸るような声が3人の頭の中に響き渡り、<上級悪魔>は勢いよく踏み鳴らすと床の霜が剥がれ巻き上がる。

グランはただ左腕を盾にし、耐える事しか出来なかった。

せいぜいに右腰の剣を引き抜くも、依然として身体の自由は利かず、間合いも猛る左腕が邪魔をしてしまっている。

その赤い剣、<ファイアブランド>は部屋に流れる膨大な魔力を受け、グランの胸元様に赤々と輝くも、身体を巡る魔力は左腕に吸い上げられていく。

(どうする!?どうやってこの左腕を御して戦う!?)

必死に考えるグランだが、答えが出る前に<上級悪魔>は飛び掛かるように襲い掛かってくる。


そして、戦闘は徐々に一方的な戦いへと変わっていった。

<上級悪魔>の爪はグランの左腕の鱗を徐々に剥ぎ、こちらからの攻撃は空を切りだしていく。

身体は依然として自由にならず、グランには防戦する以外に術はなかった。

しなる尻尾が再びグランに目掛けて振り下ろされ、左腕はそれを掴み防ぐも、そこから先の攻撃手段がない。

左腕が爪を立てるも<上級悪魔>の尻尾にすら今や通じず、遂には振り回されて床に叩き付けられる。


剣を支えに立ち上がるグランだが、<左腕>はただ眼前の敵に向かおうとするだけ。

そうしてグランの身体を勝手に動かし、無策のままに突撃していき、一方で<上級悪魔>は翼を広げ、全身を魔力で覆う。

決着、このままでは敗北は必至。

「…静かにしろッ!この身体は…俺のォッ、身体だァッッ!」

グランは剣を己の左腕に突き立て、貫いた。

激痛からか腕は手開いては伸びて硬直し、グランはその隙に剣の柄で操作し砲身のように<上級悪魔>へと向ける。


―――<ファイヤーボール>ッッッ!!


咄嗟の反撃、叫びに呼応するかの如く、赤い剣と左腕、胸元からは眩い輝きが溢れだす。

現れたのは小さな火の弾。

だが、その発射の反動でかグランは大きく後方へと吹き飛び転がった。

そして、放たれた火球は<上級悪魔>目掛け流れるように飛んでいき、その顔面を捉え直撃するも弾けて消える。



―――パンッ!


着弾、僅かな間の後に<上級悪魔>の上半身は軽い音を立てて破裂し、支えを失った両腕、残った下半身が床の上に崩れると爆散した。

苦悶の叫び、断末魔を上げることなく、<上級悪魔>は消滅する。

「…か、勝った?」

突如とした爆風に呆然とするハンスに対し、ビルキースは勝利を確信しては一目散にグランの元へと駆けだし、ハンスも追う。


「…チッ、<竜核>が潜んでしまったか。やはり、コイツの意識の有無でどうにかなるものではないか。」

だが、ビルキースが真っ先に行ったのはグランに対する激励でも、労いの言葉でもない。

上着と襟巻きをめくり胸元を漁ると<竜核>を回収しようとするが、既に手遅れだったらしく落胆をみせている。

「ビ、ビルキースさん…グランの手足が…」

グランの四肢は燃え尽きた灰砂のように崩れては床に散らばっており、追い付いたハンスはその無残な姿に顔を背けた。

「心配するな、その手足は魔力放射で<イデア>が四肢から崩壊しただけだ。それはもう観測済みだ、本来なら戦いの前に起きている。」

ビルキースは残った身体の診断を淡々と慣れた手付きで行ないながら答える。


「…ビルキースさん…貴女は何故、こんな危険な真似を?」

「危険?あぁ、そうか、召喚されたのはたかが<上級悪魔>だったな。」

「た、たかが!?<上級悪魔>ですよ!?」

余りにもあっさりと、しかも雑に言い捨てるビルキースにハンスは思わず声を荒げ、対しビルキースは小さく鼻息を鳴らして応えた。

「あの程度だったならセバスでも倒せる。私が望んだのは<魔神>の召喚だ。だがまさか、部分召喚にすら至らないとはな。」

次々と理解を越えた言葉にハンスは困惑し、そんな彼に構わずビルキースは続ける。


「しかし、キミの言う<危険な真似>で様々な事に確信が持てた。それに付き合わせた<貸し>ではなく礼として理由を教えてやろう。」

「ビルキースさん…その前に…」

グランの方へ視線を向けるハンスにビルキースも釣られて見る。

「…彼が、何やら頭だけで凄い怒っているようなのですが…」

首から上だけをできるだけ起こし、伸ばしてはグランはこちらを睨み付けていた。

その表情はまるで怒り狂う獣のようであるも、当人はどうやら必死に喋ろうとしているらしいが声が出せていない。

「…聞き取れなくともキサマの抗議など聞き飽きた。話の邪魔だ、手足どころか口まで出せないのなら、そのまま寝ていろ。」

ビルキースが立ち上がり、グランの腹元を思い切り踏みつけ捻ると、カクリと首から力が抜けては動かなくなった。

2人の関係性にもはや自身の常識が通用しない事を改めて実感しながらも、ハンスは話を聞くべく耳を傾ける。


「フム。さて、理由だったな。コイツの<竜核>も目的ではあるが、私には数多くの敵が居てね。その中でも<確たる敵>、その目的、目標を確認しておきたかった。」

「貴女が<魔神>を喚ぶにまでいたる<確たる敵>ですか…そこから先は知れば、後戻りはできなさそうですね…」

ハンスはビルキースの言葉を想像すると、あまりの恐ろしさに身震いした。

「知りたいか?顔に出ているな。知ればキミは私の脅しに屈するのではなく、意識を向け続けなければならない。己の行動に疑問を持ち続ける事になるぞ。」

ビルキースは挑発的な笑みを浮かべると、ハンスはゴクリと唾を飲み込みながらも意を決して聞く事を決めた。

「貴女の言う、かつての<龍天楼>、ボクはそれを知らなかった。<龍天楼>に属しながら教えてもらう事もできなかった。それをボクは知りたい。」

真っ直ぐに見つめてくるハンスの瞳にビルキースは一瞬だけ目を見開くも、すぐに目を細めて笑う。


「…私の敵は<錬金六席>。」

「…<錬金術ギルド>そのものが、敵だというのですか…」

驚愕もあったがこれまでの発言、視点を考えれば不思議ではない事にハンスはただ納得する。

「フッ。それ以上は<先生>へ報告した後にしておこう。私へのお説教のが長くなるかもしれんがな。」

その顔付きを見るやビルキースは撤収の素振りを見せ、ハンスは頷き、それに従う事にした。



部屋の後始末を終えてハンスは自身の荷物に加え、最後に床に倒れるグランを肩に背負う。

「キミがソイツを運ぶ必要はないぞ。後でセバスがどうにかしてくれる。」

「…いえ、ボクに彼を担がせてください。そう、彼と約束しましたから。」

ハンスは赤いマントをなびかせ、その重みを感じながら部屋を出た。


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