19-3.瘴気の行方
学院内の転移門から遺跡へと移動した一行は早速にコンパスを取り出しては向かい合わせる。
「…どうしたんだよ、ニヤついて。」
「ふふっ、噂の<不死身の赤マント>とこうしてコンパスを向かい合わせられるなんて光栄だと思ってね。」
各々の針がその中心を向くのを確認する中、グランは笑みを浮かべるハンスに怪しげに見つめ、そんな彼を見てはハンスは重ねて微笑む。
そして、<不死身の赤マント>という二つ名を耳にしたグランは渋い顔を浮かべている。
「なんだ、俺の事わざわざ探ったのか。」
「そりゃあボクとしてキミは命の恩人だから、少しはね。しかし、本当に普段は赤いマント姿だったんだね。」
ハンスはグランのその姿をまじまじと眺めながら、目を輝かせては返事をする。
赤いマントに赤い襟巻き、右腰の鞘から剣を抜き、その赤い刀身を覗かせ、グランは自身の装備を確認しながらにハンスからの視線を受け流す。
「そういえば、あの鉱山ではこのマントを羽織ってなかったな…」
ふと、グランはハンスと初めて会った時の事を思い出し、そんな言葉をポツリと口にしは頬を掻いた。
「…赤法師殿が他人と仲良くしてるとは意外でござるな。」
「おやおや、妬いちゃいましたか?なんでも以前、晶石鉱山で一緒に仕事をしていたそうですよ。」
そして、陣形を組みつつ、前衛へと立つソウシロウの呟きを聞き取ったエイミは茶化すように笑いかけるが、当のソウシロウは苦笑を浮かべては肩をすくめる。
「おい、それより赤マント!なんでアンタが後衛なんだよ!」
「そりゃ、目的地へ先導できるのがエイミだけだからな。戦闘になれば魔法で援護はするし、別にいいだろ?」
更にユートが前衛が立ち、残る3人が後衛へ移る際、納得いかない様子を見せながら文句を垂れるが、グランは腕を組んでは当然だとばかりに言い返す。
「オレはその<不死身>ってのを活かせって言ってるんだよ。」
「じゃあ、<リーダー>が下がるか?その盾と腰の武器を使う事が無くなるけどよ。」
「ぐっ…」
ユートが後衛に回れば彼の役割が無くなる事をグランは皮肉りながら指摘すると、ユート盾と腰の鞘に収まった武器を手にして言葉に詰まり、押し黙ってしまう。
そして、顔を背け、1人のしのしと歩き始め、後の前衛2人もユートの進む先を正しながら続いてゆく。
「えぇ、えーっと、ハンスさん、まずは第三層に向かえばいいのでしたか?」
ユートが先頭に立ってしまった事に慌てながらもエイミは地図を広げ、確認をとり、ハンスは笑顔で頷くと、グランの隣に並ぶ。
「…ったく。イチイチ突っかかるな、アイツ。」
「ははは。でも、意外だね。キミはもっと1人だけで容赦無く進んでいくタイプだと思ってたよ。」
それに対し、グランは溜息を吐いては頭を後頭部をくしゃりと掻き、視線を前へと移し足を進めだす。
「目的の場所と道順がわかれば何時でもそうするが、教えてくれるのかい<龍天楼>の学士様?」
「…ごめんね、キミを信頼して教えたくても、立場的にはやっぱりできないんだ。」
グランはチラリと後方へ目配せをしながら聞き返せば、ハンスも困ったような表情を浮かべては首を横に振る。
「…顔に似合わない腹芸染みた事させられてるな、お前さんも。」
そんな彼を横目に見ながらも、グランはそれ以上は何も言わず、前衛へとの距離を詰めていく。
―――
「イグニ、クル、ムー、イル、<エクスプロード>!」
「エルド、バト、フシャル、パレト、<マナクラッシュ>!!」
転移門を経由し三層へと突いた矢先、一行は早速に魔物と遭遇し戦闘へと突入していく。
グランとフラナが詠唱し、放たれた2つの魔法が小型の魔物の群れを飲み込んでは吹き飛ばす。
「PUGyeGye…!!」
「GyeyePU!?Gye…!!」
そして、炎に包まれたまま地面を転がりまわっていた、小型の魔物、<ケイブリン>達は断末魔を上げながら塵となって消えていった。
「…脇2人はエイミさんの前に!」
「おうよッ!」
「承知。…この程度なら、技を見せるまでもござらんな。」
ユートとソウシロウがハンスの号令に答えて前に出、魔法から逃れた魔物達を迎撃し始める。
2人それぞれの放つ一閃に断末魔を上げ、<ケイブリン>達は次々に数を減らす。
「GUMOMOooooo!!」
だが、続いて2人の前に<植物鬼人>が胸を鳴らしては姿を現し、そのまま突進し襲い掛かる。
「こなくそぉッ!」
勢い良く振り下ろされる<植物鬼人>の両腕にユートは盾を割り込こませその攻撃をいなす。
そして、盾で受け止めた鈍い音が遺跡内の空間に響き渡り、<植物鬼人>は姿勢を崩した。
「…どっせいッ!」
「ヨポッ!…エルド、<ルーンバレット>!」
「YoPo!」
その隙を突いて、エイミの飛び蹴りが放たれ、更にフラナが詠唱を省き、魔力の飛礫を立て続けに<植物鬼人>へ追撃をかける。
「GU…GUMOooo…」
<植物鬼人>は身体をフラつかせると勢い良く仰向けに倒れ、そして足場の無い崖へと落下していった。
戦闘が終ると遺跡内の空気は再び静寂を取り戻し、一行が整える息の音と、遺跡内の吹く風が響き渡る。
遺跡は侵入時は廃墟が並ぶ姿から巨大な吹き抜けの洞窟へと変わり、天井からは空が覗く大穴は消えうせ、変わりに光苔の星空が広がっていた。
その為なのか、洞内は僅かながらも不思議と草木の自然が茂り、ここが地下深くだという事を忘れさせてしまう。
「フラナちゃん、最後の一撃お見事ですよッ!」
「使い魔の扱いが板についてきたじゃないか、嬢ちゃん。」
「は、はい…。まだ使う分だけの魔力の調整は難しいですが…」
エイミとグランに褒められ、息を切らしながらもフラナは照れくさそうにはにかむ。
しかし、それでも彼女の戦い方は安定し、ユートやソウシロウに負けないくらいの動きを見せていた。
「しかし、それとしてエイミ、お前も一応は護衛対象になるのだから切り込んでいくなよ。基本は2人に任せろっての。」
「あははは、いやぁついつい、敵を目の前にすると、どうしても身体が勝手に動いてしまって…」
グランに釘を刺され頭を掻くエイミだが、瞳の奥には自分が「大役」を担っている事に動揺を隠せないでいた。
「…交代だ、交代。やはり俺が前に出る、嬢ちゃんを気遣ってやりなよ<先生>。」
グランはエイミの肩を叩き、フラナの方へ押し付けるように突き飛ばすと入れ替わるように前へと出る。
「へッ、最初からそうやって前衛に居りゃいいんだよ。ま、この程度の敵なら、今のオレ1人だけでも前衛が勤まりそうだけどな。」
そして、それ見た事かと、ユートは武器で盾を鳴らして見せ付け、その様にグランは鼻で笑い返す。
『赤法師殿、赤法師殿、ユート殿は新調した武具を自慢できる相手が欲しいのでござるよ。』
「…」
そう、ソウシロウに耳打ちをされ、グランは仕方なしにとユートへと視線を向ける。
「なんだ、武器を剣から鉈に変えたのか。ますます山師らしくなってきたじゃないか。」
「鉈じゃねーよ!剣だよ、剣!よく見ろ、この刃の輝き、刀身の重量感、東方のシンから流れてきたっていう業物だぜ!」
(どう見ても長鉈だが。)
戦闘終ったにもかかわらず、ユートが自慢げに晒す、内に反り返った抜き身の刃にグランは呆れながらに突っ込む。
「鉈とか手斧とか山賊とか海賊の武器だろ。オレは剣士なの、だからコイツは<剣>なんだよ。」
(別に使い手次第だし、剣士が長鉈持っても悪いとは思わんが…)
だが、確かにユートが自慢げになるのも頷ける。
彼が新たに手にした長鉈からはそこらの武器からは品質の違いを感じ取れた。
何よりソウシロウがその点を茶化していない辺り、業物なのは間違いがないのだろう。
「2人とも、先に進む前に回復はいいかい?」
「大丈夫ッスよ!見てろよ、ここらの魔物100匹纏めて掛かって来ても相手にできるぜ。」
ハンスの問いかけにユートは自信満々に答えると、1人先へと進んでいく。
その後姿を見て他はフラナに視線を向けると彼女は申し訳なさそうにするだけであった。
―――
「…3匹が限界でござったな。」
「うぎぎぎ…」
その先の、別の戦闘が終るとユートは天地を逆転させて倒れこみ、ソウシロウが眉を歪めて覗き込む。
「な、何だよ笑えよッ…」
「…」
醜態を晒し、ヤケクソ気味に喰って掛かるユートに対し、グランは横目に黙って赤い剣で空を振り払って鞘に収める。
「ほらほら、フラナちゃんの前で格好つきませんよ。」
「…チ、チクショぉ。」
「いやいや、だがあの巨人が如き魔物の攻撃をいなしきったのでござる。胸を張るにござるよ。」
ソウシロウの励ましの言葉と手を借りて、ユートは渋々と身体を起こし立ち上がると虚栄を張り直す。
―――ぐうぅぅぎゅるるる…
だがそれは、彼の腹の虫によって台無しとなり、更には遺跡内の空間を反響して響き渡り、ユートを責める。
「くっそー。本当に格好がつかねぇ…」
「…一旦、何所かで休憩を入れようか。」
苦笑いを浮かべながら、ハンスは一行に提案すると全員が同意し、一行は広い通路を進んでいった。
…
あえて遮蔽物の少ない、広い見通しの立つ場所を選び、一行は腰を落ち着けると各自の道具袋から携行食を取り出し始める。
晶石の簡易コンロを組み立て、火を付けるとその上に水を入れた飯盒を並べ、携行食を投げ込んでいく。
そうしていると、湯気が沸くと共に良い匂いが立ち込め始める。
一行は自然と簡易コンロを中心に腰を掛け、それぞれのカップに食事を配り終える頃には、辺りには美味そうな香りが漂っていた。
***********************
煮溶かした携行食粥
***********************
「そういえば、こういった冒険者らしい食事というのも随分久しいでござるな。」
「任務の前後に食事は済ませてしまいますし、帰還も簡単ですから日を跨いで遺跡内に居るって事はまずありませんでしたねッ。」
ソウシロウが他のものとは違う椀で粥をすすりながら呟いた言葉に、隣に座っているエイミが相槌を打つ。
しばらくは街での充実した食生活が続いていたためか、野営の際の質素な食事を懐かしむように口にしていた。
「オレはともかく腹が膨れれば何だっていいさ。」
ユートの方はというと、自分のカップを早速空にして、2杯目の粥を飯盒から盛り付ける。
何時もの流れならばフラナがユートの世話をするのだが、彼女は自分のカップの中をぼんやりと眺めているだけであった。
「どうかしたのかい?」
隣に座っていたハンスがフラナの異変に気付き、声をかけ、その声で我を取り戻したフラナは、慌てて首を横に振る。
「す、すみません…ちょっと考え事をしていて…」
「悩み事ですか?ならば、ここにアナタの学院の教諭、エイミ先生が居るじゃないですか!どんと相談してくださいッ!どんと!」
そう、エイミは胸を張って得意げに言うと、フラナの隣に近付いては覗き込むように見つめだす。
だが、当のフラナの反応は薄く、あまり乗り気でない様子でエイミの圧に余計に気圧されてしまう。
「ムムッ、言い難い事ですか?ははぁ~ん、さては、学院内で誰かに言い寄られましたね?フラナちゃんも女の子ですねッ!」
エイミのすっ飛んだ発言にユートが喉を詰まらせ、咽返りそうになり、それを見たソウシロウが背中を軽く叩いてやる。
「ちちち、ち、ちがい、違います…!ただ…」
「ただ、なんです?」
そして、フラナが否定しても尚、食い下がってくるエイミに対してフラナは観念し口を開く事にした。
「わ、私も<魔導魔法>以外にも何か、出来る事を増やした方がいいのかなって思いまして…」
「…以外にも?」
フラナの明かす悩みにエイミは的を得ない感じで首を傾げる。
「せ、先生は、<真聖魔法>以外にも格闘で戦えますし、赤マントさんも魔法以外に剣が使えます。ハンスさんも、癒しの術は専門というワケじゃないでしょうから…」
エイミはフラナの続く言葉から、何に迷っているか漠然と察しが付くと人差し指を立たせた。
「それでは私が格闘術の先生、いや師匠から学んだ言葉を1つ、お教えしましょう。」
「は、はいっ。」
そう言って、互いに座る場所と姿勢を正すエイミとフラナ。
「<千の拳は万の脚に立つ>。1つの事に専念する為には普段それ以上の動作を他に必要とする意味だそうです。」
エイミの言葉にフラナは考え、その思考が背腰の翼の傾きに表れる。
「まぁ、要するに私は格闘術を鍛錬する前に、信奉者としてがむしゃらになってた時期というのがあるだけなんですね。今の私はそうやって成り立っているのです。」
「ほう、中々に興味深い言葉を残す師でござるな。名は何と申される?」
説教に照れて頭を掻くエイミの会話に興味を示したソウシロウが入り込みその名を問うと、エイミは自慢げに答えた。
「フフフ、その人の名は<セバス=ギャリー=タスキス>。かつてのここ大陸西部では超、超有名な拳闘士なのですッ!」
「…呼びましたか?」
一行の誰とでもない声を聞き取ると、何時の間にか簡易コンロの前には白髪をオールバックにした眼鏡をかけた老人が腰を屈めてポットを手にしていた。




