16-4.怪人現る!魔法学院を襲う赤マント
突如として室内に入り込む一陣の風と影に2人は覆われた。
いや、それは既に室内に<入り込んで>いたものだと認識する。
ぼんやりとした、床の僅かな光がその正体を照らし出すと、エイミはその瞳を恐怖に大きく開いた。
巨大な<蛾>である。
それも今まで見てきたような掌に収まる程度のものではない。
その細身の身体だけでも人間程もある蛾の怪物が、2人の目の前にその存在を現したのだ。
放たれる鱗粉が青白い煙となって周囲を漂い始め、シータとエイミの肌に纏わりつく。
…
入り口周辺の壁に群がっていた蛾達が一斉に飛び去り、グランは異変に感付くと2人の進んだ先を振り向いた。
その瞬間、2つの影が入り口から飛び出すのが見え、蛾の大群は瞬く間に姿を消していく。
同時にその影からシータの怒声とも悲鳴とも言える叫びが上がると、グランはすぐに走り出し追いかける。
やや開けたところに2匹の<巨大蛾>の着地している姿が見えた。
2匹はエイミとシータに向かって襲い掛かろうと翅を広げている。
シータは<巨大蛾>から覆い被されながらも得物を用いて攻撃を必死に耐えているが、一方のエイミはぐったりとしたまま動かない。
グランは即座に右腰の赤い剣を抜き、その場に屈む。
「ったく、アンタが真っ先に伸びてるのかよ、バケツ女!」
そして、左腕に残る2本の楔を抜き、それを足に突き刺すと、左脚で地面を強く蹴りつけ、エイミに覆い被さる<巨大蛾>へ突進していく。
振りかざすは赤く煌めく一閃。
しかし、その剣戟は空を斬り、地へと叩きつけられた。
<巨大蛾>は羽を広げ、後方へと跳躍し回避しており、そのまま、羽をこすり合わせ、鱗粉を放ち始める。
グランは倒れるエイミを左手で抱え、咄嗟に跳躍して後退する。
「おい、しっかりしろ!アンタの相棒がピンチだぞッ!」
グランはエイミを抱えながら揺らし、そう叫ぶとエイミは薄らと目を開き、震える声で言葉を返した。
「…アクラ、ザザ、マム、ピリス…。<リフレッシュ>…ッ!」
すると、彼女の身体を淡い青色の光が包み込み、次の瞬間には消え失せる。
グランはエイミの様子を確認すると、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「…ご心配かけました。もう大丈夫ですッ!」
「あの1匹は俺が引き受ける。アンタは自分の相棒を何とかしな。」
グランの言葉を聞くと、エイミは力強くうなずき、視線を<巨大蛾>に向けると右手を前に突き出し、深呼吸をし始める。
そして、意識を集中させるように目を閉じて呟いた。
―――<ヴァルナ・ウィヤッド>ッ!!
その言葉と共に目を開いたエイミの手から放たれたのは<魔法>でなく、水の<闘気>の奔流。
細いながらも高速でうねり、一直線に<巨大蛾>へ直撃すると、水飛沫が周囲に散っていく。
だが、それを受けてもなお、<巨大蛾>は健在だった。
そして、羽広げると鱗粉が放たれ、シータの身体は一瞬にして包まれてしまう。
彼女は苦しげにもがき、その口からは掠れた声が漏れだすと手にしていた長棒を離してしまう。
「シータッッ!!」
エイミが叫ぶ、と同時にもう1匹がエイミの方へ飛翔を始め襲い掛かる。
グランはすぐさま前に出ると、両手で握る赤い剣構え、間に割り込むと迎撃態勢を取った。
「行けッ!!」
その言葉に弾かれる様にエイミは駆け出す。
しかし、シータに覆い被さる<巨大蛾>は口吻を伸ばし、向かってくる者へあざ笑うかのように弱りきった彼女へと突き刺した。
「あぐッ!、あッ、あぁぁァッッ!」
シータの悲痛の声が響き渡ると、エイミの瞳が大きく見開かれ、怒りの感情が沸々と湧き上がる。
「…ンの、野郎ッッ!!」
エイミのらしからぬ口調、その声色から発せられる威圧感にグランは思わず振り向くと、そこには全身から青白い光を放つエイミの姿があった。
そして、彼女が踏み出した一歩は地面を大きく陥没させ、瞬く間に距離を詰めると、身を捻り、脚による渾身の一撃を繰り出した。
その攻撃は<巨大蛾>の胴体を捉え、衝撃により鱗粉を撒き散らしながら吹き飛ばす。
エイミはその隙を逃さず、すぐにシータの元へ駆けつける。
「シータッ!しっかりしてくださいッ!」
彼女は抱きかかえながら声を掛けるが、シータは虚ろな瞳のまま荒い息を繰り返すだけで反応が無い。
一方のグランは剣を構え直し、連続斬りを<巨大蛾>へ踏み込むも、その動きは精彩を欠き2回空を斬る音を鳴らす。
そして、エイミ達からやや離れた所で対峙する2匹の怪物。
「…許さないッ!」
「熱くなるな!」
冷静さを欠いているエイミに対し、グランは声を上げると、彼女は我に返る。
その時、<巨大蛾>は羽を広げ、飛び立とうとしていた。
「相棒を引き戻せたんだ、ここは退くぞ。」
グランはそう言うと、エイミを庇うように立ち、剣を構えるも、エイミは動こうとはせず、静かに<巨大蛾>を睨み続けていた。
そして、<巨大蛾>が羽ばたきだすと、1匹、シータを襲い掛かった方に変化が現れだす。
羽の色が赤く染まり始め、それは徐々に範囲を広げていき、やがて4枚の羽は紅蓮へと染まった。
「…あれが、アイツらが…」
<巨大蛾>の2匹が羽ばたくのを止めると、同時に勢いよく滑空を始める。
グランとエイミは咄嵯に身を屈め、回避行動を取ると、その頭上を凄まじい速度で通り過ぎていく。
「…<赤マントの怪人>ッッ!」
エイミがシータの傷口や状況から察し、そう口にする間、2匹は上空へと舞い上がり、2人の視界から外れていった。
―――
「シータ。具合はどうですか?」
「…問題ないわ。今までの被害者より軽傷ですもの。まぁ、当然ね。」
翌日、シータは学院内の診療所にて治療を受けていた。
幸いにも、外傷は少なく、出血は僅か程度で済んでいたが、それでも腹部には浅くとも例の刺し傷があり、大事を取って入院する事になったのだ。
彼女はベッドの上で上半身を起こしており、エイミは椅子に腰掛けて様子を確認している。
そして、彼女の顔色は良くなっており常にエイミをたしなめる何時もの態度に戻っていた。
「まったく病み上がりもいい所なのに、早朝から色々と質問をされて大変よ。貴女の顔を見る方が気が休まるとは思わなかった。」
「私もついさっきまで、色々聞かれ聞かされで、頭がパンパンです。」
シータは溜息混じりに愚痴を口にすると、エイミは苦笑いを浮かべて返答をする。
すると、ドアがノックされ、返事を待たずして開けられた。
そこには、グランが赤いマントからツナギへと着替えた姿で入ってくる。
「…調子はどうだい?」
「お陰様。あの場にエイミだけだったらどうなってたか…。礼を言うわ。」
シータは彼に微笑むと、感謝の言葉を伝え、その言葉にグランは少し照れ臭そうな表情を見せると頭を掻く。
「でも実の所、鱗粉の毒は問題なかったのだけど…うぐッ!」
突然、シータは腹部を押さえ苦しみだした。
慌ててエイミは彼女に寄り添うも、シータは手で制す。
そして、彼女は口元を歪ませながら言葉を続ける。
「口吻からの毒が身体へ僅かに残ってこの様。<毒消し>や<魔法>じゃどうにもならないそうよ。…だから、しばらく講義くらいはできても実技、実践はできそうにないわね…」
その口調は普段とは違い、やや早口でまるで何かを誤魔化すかの様な話し方だった。
「…すいません。私がもっとしっかりしていれば…」
「何を言ってるの、先に踏み込んだのは私よ。反省するのはこっち。…私も貴女みたいにバケツでも頭に乗せたほうがいいかしら?」
「えー、それは言わないでくださいよッ!」
エイミは顔を真っ赤にして反論するが、そんな彼女を見てシータは笑みと眼差しを向ける。
「ほら、そんな顔しないの。それに昼休みが終ってしまうわ。貴女、食事抜きで生徒達に講義できる?」
シータに言われ、エイミは自分の腹具合を確認すると、空腹を感じ始めており、確かに今の状態では昼食を抜く事になるだろう。
エイミは気まずい顔をしながら、首を横に振ると、シータは呆れた様に笑った。
そして、エイミは立ち上がると手を振って部屋を出て行く。
「赤マントさん。少しの間、あの子に付き合ってもらえないかしら?」
「…俺は俺の目的ができるだろうが、ま、善処はしてみますか。」
その言葉にグランは肩をすくめ、気休めな言葉を返し、シータはそれを解ってか小さく笑うと目を瞑る。
グランは何も言わず席を立ち、エイミの後を追うように退室していくのであった。
…
「ま、いいじゃないか。アンタの相棒に命の別状はなし、<怪人>の正体は判明、一気に事件は進歩したんだ、気ばっかり落とすなよ。一方、俺はまだマント姿で出歩けなさそうだがな。」
「…」
グランの言葉を聞いているのか否か、エイミは廊下を足を止めずに黙々と歩いていく。
気がつけば中庭、そして先日の売店の前に辿りついていた。
「おや、いらっしゃい。今日は珍しく1つ残ったよ、やきそばパン。」
店主の女性はいつも通り笑顔で出迎えると、エイミは無言のまま残る1つのパンをただ見つめる。
それを見てグランは呆れた息を吐き出すと、硬貨を取り出してパンを買う。
「…ホラ、食いなよ。」
グランはパンを手に取り、そのままエイミの前に差し出す。
しかし、エイミは受け取ろうとせずに、そのまま立ち尽くしている。
「シータ、何か言ってましたか?」
「しばらくアンタの相棒になってくれ。だとさ。」
その言葉を耳にし、しばらく沈黙の後、エイミは目を見開き両頬を両手で音を鳴らし叩く。
「いけませんね!気持ちを切り替えねば!」
そして、グランからパン受け取り、半分に分けると1つをグランの方へと差し出した。
「…今後しばらく、よろしくですよッ。<相棒>ッ。」
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魔法学院特製やきそばパン
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