17-1.己の立つ足元には
ここ<魔法都・レテシア>、その魔法学院のとある講義室の一室ではいつも通りに授業が行われていた。
教壇の前では長い赤い髪を横でまとめる若い女教諭が教科書片手に生徒達へ講義を行っている。
それで授業に向かう生徒達は黒板、ノート、教科書など、それぞれを交互に目を移しつつ、彼女の話を熱心に聞いている様子だった。
「…であって、魔法の代表である<四門魔法>は4つ、<魔導魔法>、<真聖魔法>、<霊巫魔法>、<万理魔法>、というように分類でき、そこから外れたものを大まかに<秘法・秘術>と分類しています。」
教壇に立つ彼女は生徒達に視線を度々送り、淡々と説明を続けながら、生徒達はそれを聞き逃さぬよう集中して耳を傾ける。
「そして、それぞれの分類は呪文の詠唱姿勢を表し、念令、祈律、囁願、説応と…」
「せんせーい。」
突然、1人の生徒が手を挙げて質問、赤髪の女教諭はその声にピクリと反応し顔を向ける。
「どうしました?」
「あのー…さっきから教室の入り口によりかかった人がいるんですけど…。なんです?アレ…」
そこには作業用のツナギを着込んだ、赤い襟巻きを首に巻く黒髪の男が立っていた。
「あぁ、気にしないでください。彼はなんというか…ただの用務員さんですから。」
女教諭はやや引きつった笑顔を見せつつそう答え、<用務員>の男は2本指を突き出した手を上げて挨拶をしながら大あくびをする。
「…で、用務員さん。私の授業が退屈なのでしたら、他の場所で寝て頂いても――」
女教諭はチョーク入れを無造作に掴むと片脚を頭上高く上げ、身体を大きく反らす。
「おぉッ!エミせんのチョーク投げ!久々に見た!」
1人の男子生徒が興奮気味に言うと他の生徒たちも沸き上がる。
「――構いませんよッ!」
女教諭はチョークを掴んだ腕を振り下ろし、空を裂く音を立てては男に目掛けて飛んでいく。
―――パァンッ!!
「フッ…」
男の笑みの後、乾いた音が教室内に鳴り響いた。
女教諭の鋭い投擲を、用務員風の男はその立てた2本の指を前に出し防御したかに見える。
「やるぜ!あの用務員!あの速度のチョークを受け止め…」
しかし、次の瞬間、粉々に砕け散ったチョークが男の額から零れ落ち、男はそのまま仰け反り倒れた。
「いい…チョークだったぜ…」
「…られてない。」
教室内は唖然とし静まり返る中、女教諭は咳払いをした後に教壇を手で叩き、その音で我に帰る生徒達。
「さぁ、彼は放っておいて、皆さんは黒板のを書き写してくださーい!」
―――
「なぁ、オレ、あの<赤マント>の身体そのものが<異能>だと思ってるんだけどさ。おかしいだろ?アイツの自己治癒能力。」
大勢の生徒達が食事や談笑を楽しむ食堂は今日も例に漏れず賑わっている。
しかし、そんな中でもテーブル席の1つに、4人の男女の一際目立つ集団があった。
ヒューネスの少年剣士、異国風貌なゴブリンの剣士、ドラグネスの女狩人、バルログの少女魔術師の4人。
誰一人ここの学院の制服を着ておらず、各々が冒険者のような出で立ちと、如何にも部外者の成りであった。
「…アレ。もしかして、気付いてた…?」
少年剣士は己が発する言葉に対し、特に変化のない他3人の反応に表情が硬くなり、他3人は表情をそのままに黙る。
「拙者は赤法師殿がその胸を貫かれるさまを見ていたにござるからな。」
「私はダーリンが飛竜に噛み砕かれてるのを目の当たりにしたから。」
「あ、亜空間に飲まれたとき、人形達の攻撃から庇ってくれたので…そのとき…」
「なーッ!?ソウシロウさん、ナナリナさんだけでなく、フラナまで!?オレだけかよ、気付かなかったの!」
頭を抱え、愕然として叫ぶ少年剣士に他の3人は目を逸らしつつ、肩を震わせた。
「それにユート殿。赤法師殿のあの<身体>は<異能>ではなくちょっとしたワケありのものだそうにござるよ。」
そう言って、ソウシロウと呼ばれた異国風貌なゴブリンの剣士は少年剣士をなぐさめるように肩に手を置く。
「なんスか。そのちょっとしたワケってのはー…」
「そ、そういうのは本人が話さないなら、聞かないほうが…」
不貞腐れたような態度を取る少年剣士に、向かいに座っているフラナと呼ばれた少女魔術師が慌ててフォローする。
「んな事言ってもよぉ、アイツが自分の事を口にするヤツじゃないだろ?」
「ま、噂をすれば何とやらにござる。機会が巡れば自ずと話してくれるでござるよ。」
ソウシロウが言い終わると同時に、ドラグネスの女狩人は不意に立ち上がって周りを見渡しだしす。
「あー…、ナナリナさんの<ダーリン病>が出たか。」
女狩人の行動をユートが呟くと、彼女は何かを見つけたのか急に駆け出していった。
…
「おー、いてて、まだヒリヒリする。少しは加減してくれよ<相棒>。」
「確かに、今後は<任務>では組む事になりますが、別に職務にまでついて来る必要はないんですよ?<相棒>。」
赤髪の女教諭が用務員風の男に説教めいた口調で告げると、彼は頭を掻きながら面倒くさそうに答える。
「仕方ないだろ、俺はまだここの構造を理解してないんだ。アンタとはぐれたらあの更衣室と中庭くらいしか行き来できないんだよ。」
「私と行動を共にするのはいいですが、せめて生徒の前ではちゃんとしていてくださいッ。」
そんなやりとりをしつつ2人は食堂へと入り、空いているテーブルを探す。
「なら、ツナギでなく、ここの学生服が欲しかったね。<先生>。」
「それは、流石に年齢を考えた方がいいですよッ。」
用務員風の男は肩をすくめ、皮肉を込めつつ言うも、女教諭は呆れた息を吐き、男の腕を引っ張って空いた席に誘導する。
「…ダーー、ァーー、リーー、ン~~ーーッ♥」
そのとき、ナナリナと呼ばれたドラグネスの女狩人が、用務員風の男に向かって走り込み、そのまま勢いよく抱きつく。
女教諭は咄嗟の事に男の腕を離すと後方へ飛んで避ける。
一方、用務員風の男は身を反らすだけで、抱きつこうとするナナリナに相対した。
そして、2人が激突するかと思われた瞬間、用務員風の男はその身を回転させ、気がつけばナナリナを両手で抱きかかえている。
「…お前さんは、相変わらずだな。」
何時もと変わらぬ仏頂面で用務員風の男が呆れ気味挨拶すると、ナナリナはただ頬を赤くし、目を見開いたまま固まった。
「赤法師殿~ッ!」
そこへテーブル席から顔を覗かせ、手を振るソウシロウの呼び掛けに、赤法師と呼ばれる用務員風の男は近付いていく。
「おい、赤マント!アンタ、また黙って消えやがったな!」
そして、席に顔を覗かせた矢先、男に怒鳴りつけるのは少年剣士のユートだった。
「…悪かったって<リーダー>、俺も急ぎの都合だったんだよ。それに一応は置手紙残しただろ?」
男はユートに対して素直に謝罪するも、ユートは納得いかない表情のまま腕を組んで顔を背ける。
その様子に男は困った顔を浮かべながら、会釈するフラナとただ頷くソウシロウを横目に見つめる。
「おや、学院の方々ではありませんねッ。皆さん、赤さんのお知り合いで?」
男の後ろからひょっこりと先ほどまで隣に居た女教諭が顔を出して現れる。
「あぁ、ここに着くまでに俺が同行してた連中でね。」
その面々に一通り目を通しながら、女教諭はユート達を見て感心したような声を出す。
「ふーむ。と、なると、皆さんとお喋りするにはここでは手狭ですね。わかりました、いい場所にご案内しますよッ。」
そう言って女教諭は胸を拳で叩きながら笑顔を見せると、先導するように歩き出し、他は互いに見合うと、とりあえず彼女の後へ続く事にした。
…
「…あの、ダーリン…」
「どうした?」
食堂を出て廊下を歩く中、男に抱きかかえられたままのナナリナが小声で話しかけると、男は小首を傾げて彼女に聞き返す。
「お、降ろして欲しい…かな…」
「…あぁ、わかった。」
男は首を少し傾げるも、彼女の意見を素直に受け入れて、ゆっくりと彼女を床に立たせた。
ナナリナは両足を地に着けた途端、後方のフラナの背中へと隠れてしまう。
その様子を見て男はソウシロウへと振り返るも、彼は肩をすくめ苦笑いを見せる。
「…あの時につっぱねたのがいけなかったか…?」
後頭部をくしゃくしゃと掻きながら、男は今までのナナリナと何か調子が合わない事にぼやく。
―――
「おー、となると、フラナちゃんは<特待生>に選ばれたんじゃないですかッ!おめでとうございますッ!!」
案内されたのは学院と塀の隙間にある小さな中庭のような場所、そこに建ついわゆるガゼボ、その内のテーブル席に座る。
そして、互いに自己紹介を済ませた後、<エイミ>と名乗った女教諭はフラナに祝福の言葉を送った。
「<特待生>…?」
「えぇ、不定期にですが、外の街で一般の方の魔力の測定を行って、優秀な若人をスカウトしてるんですッ!フラナちゃんは抽選器に偽装した魔力測定に適ったみたいですね。」
「アレ…偽装かよ…、っていうか一歩間違えば詐欺や拉致に等しくねぇか…?」
「ははは、手間をかけているにござるなぁ…」
疑問の答えに納得しつつも、ユートは呆れた息を出し、ソウシロウも乾いた笑みを見せつつ同意する。
「更に校内の実施試験を合格できたとなれば<特待生>候補!その気があるのでしたら直ぐにでも入学できますッ!」
「…へぇ、嬢ちゃんがねぇ。今まではそんな高い魔力を感じた事がなかったが、あの亜空間での戦いで一気にレベルアップしたのかもな。」
エイミの説明に男は興味深そうな表情を浮かべ、アゴに手を当てて思案していた。
その視線の先には、恥ずかしそうにうつ向くフラナの姿がある。
「あ、あの、何でもいいから使える魔法を放てと言われただけなので…」
彼女はもじもじと指を絡ませながら上目遣いに話し、エイミはうんうんとうなずきながら話を聞く。
「いや~、スゴイ、スゴイ!<特待生>の先輩として私も鼻が高いってもんですッ!」
「…は?」
その言葉に男は目を丸くし、ソウシロウ達は一斉に彼女を見つめる。
一方のエイミはキョトンとした表情を浮かべ、その反応の様子に首を傾げた。
「いや、私、<特待生>でここに入学して、そのままここの教諭になったんですよ。」
…
「「「「「…見えない。」」」」」
「流石にそこまで声を揃えて言われると傷付きますよ!?」
一時の唖然、沈黙の後、各々が同時に声を上げ、それにエイミはショックを隠せない様子だった。
そのやりとりにフラナはクスリと微笑んでしまう。
「それで、どうします!?、いや、もう入学ですよね!折角の才能ですッ<先生>バンバン背中を押しちゃいますよッ!」
「あ、でも、入学したいのは、山々なんですが…」
「…まぁ、オレとフラナとの問題だよ。オレ達は何かしら<稼ぎ>が必要だし、無いと正直ここの長期滞在もできないっつーか。」
食い気味に迫るエイミの提案に対し、フラナとユートは言葉を濁し、どこか言い難そうにしている。
エイミは首を左右に傾げ、そしてすぐに理解したような表情を見せると、ポンっと手を叩き、口を開いた。
「あぁ~、大丈夫ですッ!<特待生>は特待生向けの<任務>を受けられますからッ!」
「…<任務>?」
「おい、エイミ。」
「はぎゃっ!?」
2人がエイミから言い出された単語に目を点にしている中、男は何時の間にか席を立ち、エイミの頭上に手刀を落す。
エイミは頭を両手で押さえ、涙目になりながら男の方へ振り返る。
「お前な、今は<怪人>騒動があるだろ?嬢ちゃんを巻き込んでどうするよ。」
「…か、<怪人>?」




