15-3.転移門市
影は人形を1つ手に取り、数秒間しげしげと見つめ、店主に話しかける。
「ふぅん、コレ、ぜェ~~んぶ、頂く事にするワ☆」
そう言うと、貨幣の詰まった袋を店主の目の前に投げ落とした。
鈍い着地音から貨幣の重量を感じ、店主はその袋を慌てて中を確認すると、驚愕した表情をみせる。
中からは金色に輝く光があふれ、金貨が袋口からその顔を覗かせると店主は高速で手を擦り合わせ、頭を下げて感謝の言葉を口にしだす。
「な、なにしはるんですか!ウチがまだ買い物の途中でっせ!」
「アラ、ごめんなさい?でも売買が先に成立したのはア・タ・シ☆。悪いけど、その両手の品物も頂くワ。」
もともと細身の長身に加え、更に高いヒールを履く人物は黒塗りの鋭い眼鏡をスラリと外し、上着の胸元に仕舞うとニヤリとその唇を歪ませる。
丈の短い上着の下は全身が黒尽くめ、かつ身体の細身のラインを見せ付けるかのようなピッチリとした革ツナギ。
頭部周囲が刈上げられ派手に染まった髪、目と口が印象強く残る化粧がされた顔、一見すると女にも見える妖しい男。
ペギーは慌てて品物を身で包み庇うが、謎の人物はペギーの手から易々と奪い取って店主へ手渡してしまう。
そして、呆然としているペギーの頬に指を突きつけ、微笑みかける。
「またのお越しをお待ちしておりますワ。お客様☆」
「むヌぬ~~。」
悔しそうな表情を浮かべながらも、ペギーにはそれ以上の行動を起こす事は出来なかった。
「…何だか刺々しい視線を感じるわネ。」
突然現れた男は、一行の方へと振り向き黒い眼鏡を再びかけ直す。
「見たところ、このコのお手伝いみたいだけど。商談は商人同士のものヨ。アナタ達が口を挟める問題じゃないんだかラ☆」
女商人のペギーが勝機を掴めなかったのは確かに事実であり、一行はそれを見て反論する事は出来ない。
しかし、突如現れた謎めいた人物の大人げなさ、横暴さは少なくとも一行全員の反感を買っていた。
謎の人物は、息を長くゆっくりと吐き出し、腕組みしながら一同を見回す。
それは、どこか相手を威圧するような雰囲気を感じさせるものであった。
「フゥ~、ギャラリーの視線程度で折れるなんて、アタシも焼きが回ったワ☆。しかしそうね、アタシとの交渉の余地を作りたいのなら、何か興味引きそうなものを用意してもらわないと。」
「それは如何様なものでござる?」
ソウシロウは相手の言葉に乗っかり、その意図を探るべく会話を続ける。
その様子に気を良くしたのか、謎の人物はニンマリと笑い、口調も随分と砕けた調子となっていた。
「ウフフ、例えばアナタみたいなイケメンサブラヒにお茶でも付き合って貰う事かしラ?まぁ、そもそもヒノモトのゴブリン、それもサブラヒがこんな所に…」
そこで言葉を止めると、急に色眼鏡をずらし、眼光を鋭くさせ、ソウシロウを睨む。
「ワァァァ~ォッ!!サ~ブ~ラ~ヒ~ッ☆しかもォ、本当にイ~ケ~メ~ン~!モー、ゲイシャフジヤマー☆」
男が急に興奮した様子で叫び出し、その様子にソウシロウは思わず後ずさってしまう。
「エー!?それに、ヤッダァ~!バルログ族の女の子、シックな翼がステキ~☆あぁん、アタシもほ~し~い~☆ウラヤマァ~☆」
今度は別の方向を見やり、鼻息荒く叫ぶ。
「アラ~!更には美人のドラグネス~、鱗キラキラじゃなぁ~い☆それで肌までつるつるぅ~、ヤダ~、嫉妬しちゃう~☆」
次に男はペギーの肩を掴みガクンガクンと揺さぶりながら喚き散らし。
「えー?同族の少年冒険者ってだけでもうアタシ、キュンキュンしちゃう~。小生意気な顔がカーワーイーイ~~☆」
しまいにはペギーに抱きつくように飛びつき、腰をクネクネとさせながら熱い視線を送る。
余りに唐突な奇行の連続に、一同はポカンとするしかなかった。
「で、なんでアンタはそんなに全身真っ赤なのヨ。幽鬼か怪異か何か?さっきまでの勢いが冷めちゃうじゃない。」
「ほっとけ!」
男はペギーから離れ、再び腕組みをして、グランを見るとフンと鼻息を鳴らす。
「…ナ・ル・ホ・ド☆。見たところ各々理由があって組んだ日の浅いパーティってトコかしら。だったら尚更話を聞いてみたくなったワ☆」
男の態度は先程とは一変し、非常に友好的な雰囲気の表情を見せながら改めてペギーへと向き直り、口を開く。
「しかし、お話するに、その荷物じゃ邪魔ね。アナタ達、何処に向かうつもりだったの?」
「…先の港に、ウチが借りてる倉庫があるんです。」
ペギーは相手の変わり様に戸惑いながらも、質問に対して素直に応える。
それを聞くと、男はニヤリと笑みを浮かべ、人差し指を立てて見せた。
「アラぁ、ご近所だったノ。アタシもその区の倉庫を使ってる所なのヨ。じゃあ、まずはそっちへ向かいましょうか☆」
謎の男の申し出を断る理由もなく、一行は互いの顔を見合わせると、男についていく事にする。
「商品が無くなればここも用はないでしょう?しばらくは店を預かってもらっててもいいかしら?」
その言葉に店主は呆れながらも、仕方ないとばかりに首を縦に振るが、更なる追加の支払いで店主の顔は再び手を擦り合わせていた。
「さ、倉庫へと行きましょうカ☆」
「…資金力の違いを徹底的に見せ付けられてるな。」
「ぬぬぬ~。」
グランの呟きに、ペギーは悔しげに歯噛みをし、それを見る一行は互いに顔を合わせて苦笑いをする。
その様子に謎の男は愉快気に笑い声を上げ、一行は目的地へと向かう事になった。
―――
辿り着いたのは潮風の香りが漂う、海沿いの倉庫地区の一画。
ペギーが借りているという、その中の一棟、さらには端の小さな倉庫へ案内される。
中も外観と同じく薄暗く埃っぽい場所であり、壁際に積まれている木箱からは、得体の知れない数々の品が見て取れた。
一行は散々持たされ続けた品々を、ペギーの指示の元に置き、2階へとあがるとようやく腰を落ち着かす。
「…まさか宿って…」
「えぇ、そうです。赤の旦那と皆様には、明日までこちらで寝泊りして貰ってかまいませんて。」
2階にあるものは古びた長いソファーはテーブルを境に向かい合う形で2つ、後は小さい椅子が置かれくらいで他に寝具などは無い。
「拙者ら男は今晩、雑魚寝でござるな。」
「ハァ~…、柔らかいベッドで寝れるのはまだ先かぁ~…」
ユートは溜息を吐き出しながら埃が残る床を眺めてそう言う。
しかし、流石に今から宿を探すとなると時間と予算の都合もある為、断念せざる得なかった。
「お待た~☆。腹が減っては何とやら、とりあえず適当に食事としましょう☆」
すると階段を上ってくる音が聞こえ、例の男が再び姿を見せた。
手には軽食が入ったらしき箱が詰まった袋と、もう一つ飲み物の入った袋を抱えている。
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砂糖まぶしの揚げベーグル
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「ふはぁ~、まぶされたナッツと砂糖が焦げた香ばしさがたまらなぁ~い♥」
ナナリナとフラナが幸せそうな表情で、男の持ってきた頬張った揚げベーグルを味わっている。
「この町名物でも更に隠れた名店の甘さ控えめのヤツ☆好みが解らなかったから、ソースで好みに合わせて頂戴ナ。」
謎の男がそう言いながら更に差し出したのは、ハチミツやヨーグルト、ジャムなどの様々な種類のソースだ。
それを各々好きなようにつけ、食べていくと、口の中に広がる芳しい香りと味わいに舌鼓を打つ。
「あ~、なんか、ハム挟んで食いてぇ~、コレ。」
「フム、黒蜜や黄粉が無いのが非常に残念でござる。」
「どないです、お2人さんウチが組み合わせたソースは?」
等々と各々が感想を口にする面々に謎の男は満足そうに笑みを浮かべ、自身もまた1つの揚げパンを手に取り、齧りつく。
…
「で、オレ達に聞きたい事って?えーっと…」
粗方食事を済ませ、お茶を飲みつつ落ち着いた所で、ユートが話を探るように切り出す。
「そういえば、自己紹介はまだだったわネ。アタシの名前は<カルマン=オー>。こう見えて<錬金術ギルド>のけ~っこう、偉い立場な・の・ヨ☆」
謎の男改め、カルマンはそう言ってウィンクをしながら投げキッスをして見せる。
「れ、<錬ギ>のエライさんですか…」
ペギーは驚きつつも、その態度に何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
それは他のメンバーも同じようで、その言葉を信じ切れずにいた。
「…それで、話というのは?」
グランは残った揚げベーグルを片手に持ちながら、話の続きを促す。
それを聞くと、カルマンは手に持っていたカップを置き、姿勢を正した。
「まず、アナタ達の<冒険者手帳>を見せて貰えるかしラ?」
「そういうアンタだって<錬金術ギルド>の重役と証明できるものがないんだが?」
グランの言葉にカルマンは肩をすくめる。
「ヤッダー☆。それもそうだったわネ。じゃあ、見せてくれたらアタシ個人に対して<貸し>1つって事でどうかしら☆」
カルマンのその言葉に、全員が互いの顔を見合わせ、その視線だけで誰が自分のを先に開示するかを互いに牽制しているのが見て取れた。
そんな中、最初に動いたのはフラナであった。
「そ、それならその<貸し>で、あのお人形をペギーさんへ少しでも譲ってくれないでしょうか?」
「フ、フラナはん…」
思わぬところから出てきた助け船に、ペギーは驚いた様子を見せる。
フラナはペギーの方へと振り向き、笑顔を見せた後、すぐにカルマンへ真剣な眼差しを向けた。
そんなフラナの様子を見たカルマンは一瞬目を丸くしたが、すぐに戻り、少し考える素振を見せ、口を開く。
「えぇ、いいわよ。ただ商人って人種が数個譲って満足すると思わないケド。ま、この後に交渉には応じてあげるのを約束するワ。」
「うわ~ん。フラナはん。おおきに!お~お~きぃにぃ~!!」
ペギーは感極まったのか、涙目になりながらフラナの手を握りしめ、ブンブンと上下に振る。
「…今まで俺がお前の尻拭いした分も、そうやって泣き喜んで欲しいもんだね。ったく。」
嫌味を言いながらも、フラナに続きグランも手帳を覗かせ、残りも連なってカルマンの前に提示する。
「へーェ。赤いアナタだけ<専属>の冒険者なのネ。じゃあアナタがこのパーティのリーダー?」
「このパーティの<リーダー>はコイツで、俺はただ同行してるだけ。それで…?」
グランはそう言いながら、ユートの方を親指で指し示す。
「そうね。証明された以上、話を進めるワ☆。…アナタ達、最近、怪しい人物を見たことは無い?」
カルマンが全員の顔を見渡すようにしながら問いかけると、一同は赤マントの男へと顔を向けた。
「こっち見んな。そもそも<怪しい>だけならごまんと居るだろ、俺の目の前のも含め。」
そう言いながらグランはカルマンへと指を突きつけ、指された当人は困ったような表情をみせる。
「んモゥ☆アタシの何が怪しいのかしラ。ファッションセンスがキマリ過ぎてるのは自他共に認められてるケド☆。でも、聞き方から探りを入れすぎたわネ、反省するワ☆。」
そう言うと、カルマンは椅子に座り直し、両手を組みアゴを乗せる。
そして、そのまま僅かな沈黙、緊張感が漂いだすとカルマンが再び口を開く。
「…じゃあ改めて、<異能者>を知っているかしら?」




