15-1.転移門市
潮風が頬を撫で、その風に乗る海鳥が鳴き声をあげ、町の建物と雲、海と空、白と青のコントラストの中を飛び交っている。
海に対して高台にあるこの港町の入り口、隆起の岩壁と正門には白い石造りの大きな壁門があり、多くの人々が忙しなく出入していた。
町に向かうものは大きく長い下り階段を、町から出て行く者はその階段を上へと互いが交差して足を進めている。
「中央の水平線の先、薄っすらと見えるドーム状の結界。あれが目指すは<魔法都・レテシア>だ。」
階段が分かれた吹き抜けの踊り場から一望できる水平線の彼方の先、巨大な半球体の結界は陽光を受けて淡く、白く輝く。
その光景を眺め、後続の一行に案内を語る、赤いマントと赤い襟巻きを潮風でなびかせた黒髪の男が1人。
そして、後ろの一行が水平線の彼方へと覗き込む。
「それで、右手に映るのが、そこへと繋ぐ<転移門>が置かれた社。」
次なる案内と同時に一行は右手側を向くと、そこには距離からして大きな石造の社が建っていた。
社は町から高台の頂上付近、海に面した崖の上で遠目からでも馬車が列をなして行き来する様子が伺える。
「更に、左手に見えるのが<転移門>在る所、必ず在りと謳われる、名物<転移門市>にございます。」
続く赤マントの男の言葉に、一行が左手側に振り返ると、これまた遠目でも大小様々な露天商、屋台が立ち並び、多くの人で賑わっている様子が目に入った。
そうして再び一行は前を向き直り、眼下に広がる海、眩しく、活気ある光景を目にしていると、海からの突風が吹き上がり正門へ抜ける。
通行人達は賑わいの声を上げるが、風が抜けると笑い声や話し声で溢れかり、また何事もなかったかのように通り過ぎていく。
一行も周囲と同様、潮風の歓迎に砕けた表情を互いに見せ合うと、案内役である赤マントの男は皆の先頭に立ち、先導しながら歩き出した。
「そいで、そいで、ウチが皆様をご案内する、<ペギー=ペリッタ>と申します~。皆様、以後お見知りおきを。」
その時だった、赤マントの男グランと一行の間に突如現れたるは、露骨な<オーク訛り>の<サテュロス族>の女。
女はまるで仮面のような丸眼鏡の奥からニコニコと笑みを浮かべて一行の方へ向くと、大きなキャスケット帽を外して胸に添え、軽く頭を下げて挨拶をする。
…
「わーッ!ワーっ!高い!高いですって!赤の旦那!降ろしてや!いや、そのまま手を離す意味ではないです!!旦那の足元に!足元にお願いします!!」
一行が唖然とした次の瞬間、現れた女はグランの腕に吊るされ、眼下に広がる景色を見渡しながら、甲高くも可愛らしい声で叫ぶ。
しばらく喚かせた後、海原を向いていた男は反転、女の言う通りに手を離すと女の身体はそのまま落下し尻餅を着いた。
「アタタ、いやぁ、酷い目に合いましたわ。も~、赤の旦那ァ~!幾らなんでもやりすぎですってぇ~。ウチ、そんなに旦那に嫌われてます?」
丸眼鏡を拭いては掛け直し、キャスケット帽の位置を調整してから、改めて男の顔を見る女。
「うん。超嫌い。」
男は腕を腰に当てて仁王立ちをし、まるで虚無に語りかけるような冷めた目付きで女に答えた。
「そ、即答ですかぁ…。いやぁでも、嫌い、嫌いも好きの内と申しますし?やっぱ旦那、ウチの事好きなんじゃないですかぁ~。心配して損しましたわぁ。」
「…そのポジティブさだけは賞賛するわ。超絶嫌いだけど。」
「いやいや、褒めても何も出ませんてぇ~。あ、アメ、食べますか?」
男の返答を待たず、懐から取り出した小袋の中から飴玉を取り出すと、それを手に乗せ差し出す女。
「…」
しかし、グランは眉間にシワを寄せたまま口を閉ざし、手にした飴をギリギリと握り締める。
そしてもう1人、一行の中にグランと同じく手を握り潰しながら険しい表情で佇む女が居た。
「…何、あの女。ダーリンに慣れ慣れし過ぎじゃない?ねぇ、フラナちゃん、処していい?処していいかしら?」
「だ、だめですよ。ナナリナさん…」
一行のナナリナと呼ばれた青髪のドラグネスの女は、にこやかな顔をしているも額に青筋を立てており、それを見て、隣に立つ青黒の翼を生やすバルログ族の少女フラナは冷や汗を流しながら止めようとする。
「…ははは、皮肉屋の赤法師殿がここまでたじたじになるとは、中々に強烈な御仁でござるな。」
そう言って苦笑ながらも爽快な顔を浮かべる、異国風貌なゴブリン族の青年。
「オー!ヒノモト!サブラヒ!ホンモノ!?ゲイシャフジヤマ!スシニンニン!!」
「…それは多分シノビの真似事にござるかな…?」
興奮気味に声をあげる<ペギー>と名乗った女は、丸眼鏡をキラリと光らせながら印を結ぶ真似事をして見せ、それにまたもや苦笑いを見せる青年。
「お前だって別にゴブリンには知り合いが居ないワケじゃないだろ?」
「サブラヒの方は初めてですー!いやー、凄いですなぁ、ホンモノの東方伝説の剣客集団の御方をお目にかかれるなんて!」
グランはソウシロウへと近づくペギーの襟首を掴み、引き戻すようにしては接触を遮る。
「ウム。…圧が、強いで、ござるな…」
「…下手にソイツに触れるなよ、ソウシロウ。呪われるぞ。」
「えェー、旦那、酷いですー。」
グランの言葉に対し、ペギーは手足をバタつかせ抗議の声を上げる。
「そもそもお前、何処から湧いて出てきたんだよ。」
「冗談は止めてください。そりゃあ<アレ>からに決まってるじゃないですか。」
ペギーが指差すのは、崖下の入り江に建てられた社がある方角、つまりは<転移門>であった。
「<転移門>在る所に<転移門市>在り。旦那のおっしゃる通りです。ならば商人のウチが居ないワケありませんやんか。」
「ア、ハイ、マコトニソウデスネ。猛省シマス。」
グランは自分の発言に後悔し、ペギーの言葉に納得したのか、まるで機械のように棒読みで喋り襟首を離す。
「いやぁ、しかし偶然とは恐ろしいものです。ウチは昨日に渡って来て、今日は正門の様子を見に来たんですが。そしたら、風になびく赤の旦那が居るじゃありませんか!それも何時ものように一人旅でなくお連れと一緒!ウチも結構な間、旦那を見掛けて来たワケですが、いつも1人で黄昏に風を感じてましたからね。それが、こうして…うぅ…、なんだかウチ、涙が出てきてもうた…」
「なぁ、ソウシロウ、<ウチクビ>って処刑どうやるの?処していいよね?今、処していいよね?」
「止めるでござるよ。赤法師殿…」
大粒の涙を流して泣くペギーにグランの表情は険しく、怒りが拳を震わせていた。
「それで、それで、旦那もやはり<転移門>にご用があるんです?直ぐ出立ですか?何処へ行くのですか?その先に旦那の雇い主がおるんですか?そういえば、ウチが渡した代物は如何でしたか?気に入って貰えましたか?」
「さてな!」
矢継ぎ早に質問をするペギーに対して、グランは人の流れが緩くなった階段を下りながら、振り向き様に言い放つ。
一行もペギーを尻目に続いて階段を下りながら、その足は大通りへと向かう。
「ってもさぁ、オレ達の<転移門>受付は明日だろ?だったら、それまで時間潰そうぜ。」
階段を下りる一行の内の1人、ヒューネスの少年ユートが欠伸を噛み殺しつつ、何気なく先へと進む赤マントの男へ意見する。
「あ、バカ!」
「なんだよ。」
少年は赤マントの男の言葉に不満を見せた瞬間、ペギーその丸眼鏡の奥を光らせ、ニヤリと笑う。
「少年!キミは話が解りますなぁ!いや~、そうでしたか、時間がおありでしたか、出立は明日ですか!ならば、向かう先は<レテシア>か<タムレッタ>!いいところですねぇ!観光か、はたまたお仕事ですか!あ、では、宿は決まってます?その序でに市で買い物などはどないです?最初に言うた通り、皆様をウチが案内致しますさかい。」
「え?あ、あぁ、ウン…」
手を擦り合わせながら、詰め寄るよう、まくし立てるように言われ、思わず返事をしてしまうユート。
そして、それを聞いていたグランは頭を掻き、一行がペギーのペースに呑みこまれた事に溜息を吐くとペギーは満足そうに微笑を浮かべた。
…
階段を下りきった一行はそのまま大通りへと向かい歩く。
何時の間にか先頭は女商人のペギーが、続いて一行が並び歩き、最後尾には赤マントの男が腕を組み不機嫌そうな顔をしながら着く。
「ではでは、皆様、何所か希望はございますか?武具ですか?道具ですか?掘り出し物でもお求めですか?それともまずは腹ごしらえがえぇですか?」
前を行くペギーは上機嫌、鼻歌まじりに一行へと言葉を投げ掛ける。
「…好きにしてくれ、俺は俺で勝手に宿を探してくるぜ。」
赤マントの男は面倒臭そうにそれだけを言うと、身をひるがえしては別の通りへと、1人足を伸ばそうとした。
「しかし、赤法師殿、お主が人数分の部屋をとるには、お主の財布がいささか厳しいのではないでござるか?」
「あぁ、もー!だからぁっ!」
ペギーのペースから逃れんとする赤マントの男であるが、ソウシロウの言葉に再び頭を掻きむしり、立ち止まる。
「おや!も~、赤の旦那は水臭いでんなぁ。何時も通りに路銀にお困りじゃないですかぁ~!1泊だけでっしゃろ?なら、せやったら、ウチが面倒見ますさかい。でも、その代わりにウチにちょーっと、お付合いしてくださいな~。ね?ね?どないです?ど~な~い~で~すぅ~?」
ペギーはソウシロウの一言に嬉々として反応すると、赤マントの男にではなく、ユートへと詰め寄り顔を覗き込んで来た。
「う、うーん、まぁ、いーんじゃねーか?オレ達は特に決めてないし。」
余りにも急接近する女商人の顔に、ユートは戸惑い、後ろに退きながらも同意を示し、他の仲間達を見渡す。
それにつられて、他のメンバーは眉を潜めるも異論は浮かばない様子で、それぞれ特に拒否を示す事はなかった。
一行の態度を確認してから、ペギーは満面の笑みで赤マントの男に振り返り、その表情に苦虫を噛み潰したような顔で赤マントの男は渋々と了承する。
「嫌な予感しかしない…」
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