13-3.無想の夢想
先の悪態思考が<命令>として正しく発動したと言うことだろうか?
ならば、<命令>に対して<反応>させるだけでなく、<指示>を与える事もできる。
私は出来るだけ、この男が私に言う事が無いであろう言葉を選び、深呼吸を、気持ちを整え、座る位置を整えると再度、グランに向かって心の中で声を掛ける。
(私に<美しい>って言って見なさい。)
私は手を腰にあて、胸を張って、上から目線で告げると、グランは虚ろな目をしたまま、カクカクと首を揺らすと、先程と同様に虚ろな目のまま口を開く。
「ユァ…ビューチホー…」
「…今度はなんで<古アールヴ語>なのよ…」
何処か義務的というより機械的な言葉に、私は不満げに頬を膨らませる。
まぁ、<美しい>という言葉自体は正しいので私の<命令>を遂行していると言えばそうなのだが。
「…じゃあ、<私>の事は…どう…思ってる?」
少しだけ照れくさく、グランの虚ろながらも赤く灯る瞳を見つめて私は問う。
だが、これはあくまで実験、深層心理を引き出せるかどうかの実験なのだからと自分に言い聞かせる。
私の問い掛けに、グランは再びカクカクと首を揺らし、赤い襟巻きが揺れ動く。
「……マスター。」
「…マ、<マスター>…か。」
その答えに私は複雑な表情を浮かべてしまうが、<命令>に対する回答は間違ってはいない。
「ま、まぁ、コイツは私の名前すらも知らないし、しょ、しょうがないわよね。うん。」
勝手な何かを期待し、膨らませていた自分を諌め、気を取り直す。
だが、これで<呪術操作>というのはどういったモノなのか、漠然と理解できた気がする。
とりあえず、この呪具の使い方は、<命令>を対象の思考で介し、<判断と価値観>を呪具で実行させる、といった所か。
どこまで対象の深層心理を思考反映できるか、その点は呪具を使う際に失敗しているようなものなので、この呪具の基本的な使い方のみで慣れて行こう。
「ちかれだ~~~…」
しばらくの試行錯誤の後、私は疲れ果て、ベッドに倒れ込む。
正直、呪術の使用には思った以上に精神力が磨り減り、かなり疲労感を感じる。
要求する動作、制度の加減を一々と命令しているとそれだけでもかなりの労力だ。
「ねぇー…、マッサージして頂戴。」
私は姿勢そのままグランにざっくりと命令すると、グランの身体が動き出し、ギクシャクとした動作音を立てで私の背後へと回る。
そして、ゆっくりと両手を私の肩に触れると、私は突然襲った痛みに顔を歪めた。
「イーッ!?タタタタタッ!?」
グランの指が、私の肩を握り潰さんばかりに力を込めていのが解る。
「弱くッ!弱くしてッッ!!」
私は慌てて命令を飛ばすと、グランの力は弱まり、私の肌に食い込むような圧力は消え去った。
「はぁー~~…」
これは中々面倒だ、と私はグランから今度は物足りない指圧のマッサージを受け、溜息を吐き出しながら思う。
命令次第で加減の調整が効くようだが、突発的な<命令>を出してしまうと今のように想定外の事態が引き起こされる可能性がある。
つまりは対象が適切な<命令>の内容を認識できなければ、自分の思い浮かべた通りに動いてくれないのだ。
(なるほどね、これなら<呪術>事態が冒険者に浸透しないのも無理ないか…)
更に高度かつ、複雑な命令を出そうとすればそれだけ術の練度を必要とし維持の難易度もあがる。
冒険者の評価筆頭目となる戦闘でこれだけの手順を重ね、且つ常に意識を張り巡らせなければならないとなると、確かに実用的ではないかもしれない。
半ば自分から選び取った道では無いとはいえ、自分の道がどれほど険しく厳しいのかを再確認した気重になる。
私の身体がゴロリと転がって仰向けになり、グランの指圧を受けながら、私は依頼の解決方法を考えだす。
ともかくは、<呪術操作>による消耗を考え、この男を出来る限り適切、かつ少ない<命令>で自然体にチェックアウトさせなければならない。
宿泊費の支払いをするだけで、どれくらいの手順を踏む事になるかも想像できない。
そう、眉間にシワを寄せながら考え込んでいると、頬が摘まれグイっと引っ張られた。
まぶたを開くとグランの顔が目の前にあり、彼の虚ろで赤い瞳が視界に入る。
そもそも何故、何時の間に仰向けに!?いや、マッサージで仰向けに施術される事ってあるの!?
私は咄嗟に両頬を掴むグランの手を内側から払う。
グランの手はベッドに落ち、互いの顔がより近くなり、私は思わず声に成らない声を上げてしまった。
頬を赤らめ、潤んだ瞳で上目遣いに見上げる私に対し、グランもまた、虚ろな瞳のまま、赤い襟巻きを揺らしながら、私を見下ろす。
ゴクリと私の喉が鳴り、心臓が大きく跳ねる音が聞こえてくる。
無意識に両手が伸びて、彼のハネた髪を撫でつける様に触れ、その手触りに心地よさを感じてしまう。
グランもされるがままで身動ぎひとつせず、ただ赤い光が灯る視線だけが私を捉えている。
赤い襟巻きを避け、頬を手で包み込むと、私は垂れ下がっていく赤い襟巻きとは逆へ、まぶたを閉じ、顔をゆっくりと近づけてゆく。
(…そのまま。)
―――コツン。
私の額に<何か>が当たり、それが跳ねる。
「……塩と脂、それに甘い、……ベーコンにジャムの匂いか…?…そうだ、朝飯食わないとなー…」
続くこぼれる声にハッとし、私は咄嗟に口を手で抑え、起した身体をもう一度ベッドの上へと沈めた。
グランの額に棘針が無く、虚ろな目は徐々に赤く爛々と輝きだし、私を真っ直ぐ見据え意識を取り戻しつつ有るのが解る。
…
「…えーっと、それで、なんで、またお前が俺のベッドに…?…そもそも、俺は何故こんな姿勢で寝てたんだ…?」
「…ふ…、ふ…、ふ、ふぎニャーーーーーっッッ!!」
私は羞恥心からか、どうやってだか、尾脚をグランの股下から引き抜くと、そのまましならせ、状況を整理している最中のグランの顔面へと叩きつけていた。
「RIFUJIN…!?」
グランは驚きの声を上げると同時に、私の尾撃に吹き飛ばされ、壁に激突し、大きな音と衝撃が宿内に響き渡ると床へ落下する。
「大丈夫かい!?お嬢ちゃん!?」
少しの間の後、大きく駆け足の音を鳴らし、宿の女将が飛び込んで来きては、私の安否を確認してくれる。
「は、はひ。だ、大丈夫です。な、なんでもないニです。」
私の返事を聞き、女将はホッとした表情を浮かべるが、床に転がる赤マントの男が視界に入った途端に形相険しく男に詰め寄りに行った。
「い、イチチチ…一体全体何が…どうなって…」
「…お目覚めは、如何です?お客様。」
女将はグランを見下ろし、鋭い眼光を向けながら言葉をかける。
「…あー、えーっと…お、おはよう、ございます?」
まだ意識が覚醒しきっていないのか、それとも現状に理解が追いついていないのか、戸惑うグランに女将は呆れたように大きな溜息を吐き出た。
いや、まぁ、この状況だけなら、殆どが私のせいであるのだが…
―――
「なんだい、お嬢ちゃんはこの人の知り合いだったのかい?」
「えぇ、まぁ…ちょーっと以前にですけど。それで、ちょっとコイツは<特異体質>でして、深い眠りから起こすのに、ちょーーっとしたコツが要りまして…はは、あははは。」
女将はグランに急かすように荷物をまとめさせると、早々に部屋から出て行く様に促し、私達は玄関口のカウンターへと移動していた。
「何で一度ベッドの中へ勝手に潜り込んできた女が、俺のコツ等を熟知してんだよ…」
グランは不満気に呟くが、私は肘でグランの腕を小突き、睨みを利かせて黙らせると、咳払いをして話を戻す。
眉間にシワを寄せながらも、渋々といった様子で押し黙る赤マントの男。
「まぁ、いいけどねェ。うちとしては宿泊費さえちゃんと払って頂ければ。」
「ハイ。その点に関しては申し訳ありません…。えーっと、それで延滞は半日程ですか?」
「何、言ってんだい!」
女将は請求書をグランの目の前に突き出し、グランは目を細め、それを覗き込むと声を上げた。
「た、高ッ!?これなら1週間近い宿泊費じゃないですか!?」
「当たり前だよ!アンタもう、4泊もしてるんだよ!?前金を貰ってるならまだしもだけどね!いくらガサツな冒険者だからと言っても、限度があるよ!?」
女将の怒りの声が玄関口に響き渡り、グランが気圧されているのが解る。
「…4泊。…あれから4日後が今日。え、アレ!?じゃあ、出立の馬車は!?」
「そ、ん、な、事、より!」
女将は手に持っていた請求書をカウンターに叩き付け、グランへと詰め寄る。
私は慌てて間に入り、女将を宥めると、グランは困った顔をしながら、後頭部をくしゃくしゃと掻いた。
「ハイ、わかりました。払います!払いますから!トホホホホ…先立つものが…」
グランは懐の財布を取り出し、肩を落として項垂れながら、貨幣を女将の前へと差し出した。
「はい、毎度あり!」
「はぁ…、そ、それじゃあ。」
「お待ちな!」
女将は玄関へと向かうグランを呼び止め、私を指差す。
私はキョトンとしながら首を傾げていると、女将はまたも怒りだしそうな表情になる。
「まだ、何か!?」
「ちゃんとこのコにも謝礼を払わないとダメだろう!?アンタを起こしたのはこのコだよ!」
女将の言葉に、グランは驚いた顔をすると、私の顔を見つめてくる。
そうであった、私は依頼で此処に訪れたのだから、当然報酬が出る筈である。
グランは様々な困り顔を財布の中身を覗き込みながら浮かべ、しばらくすると封筒1枚を私に向かって押し付ける。
「わ、悪い!これで簡便してくれ!一応は通貨ではあるから!」
「ちょ、ちょっと!これは!?」
「おっーとっと、そうだった。後は狭い世間に感謝しないとな。」
私が受け取った封筒に気を取られている隙に、グランは更に何かを脇から取り出し、私の手へ更に押し付けた。
「ホレ、以前の忘れ物だ。じゃあな、<ラミーネ>。おっと、いけねぇ、いそげやいそげ。」
「…な。」
(なんで、その名前を…?)
私は動揺を隠せずにいると、グランは赤いマント、赤い襟巻きをたなびかせ、既に小走りで宿を出て行ってしまう。
渡された紙包みを開くと、それは私が冒険者として初めての報酬で買った櫛が包まれていた。
「あーもー、馬車停は逆だよ!逆!まったく人騒がせな客だね…ホントに!」
「…」
―――
「カーッカカカカッ!それで偶然再会した赤男からの謝礼がその札1枚だけときたか!」
「うるさいわね…結局ダッカはずっと暇潰ししてたくせに…」
私は不機嫌さを露にして、酒場に戻っては私はパーティに報告という名の愚痴を零していた。
ダッカだけでなく、フレイン、シャオリー、アーカムも一同に酒場に集まり、私の報告を聞くなり笑い合う。
「あー、いやいや、しかしまぁ、魔導具はモノ次第じゃ高く買取ってくれるからの。どれ。」
そう、ダッカはニヤニヤとからかい顔で言うと、テーブルに置かれた<謝礼>の封筒を手にとっては覗き込む。
次の瞬間、ダッカは驚きに目を大きく見開き、先ほどまでの笑い声を潜めた。
「…いや、これは大層なもんじゃぞ。伊達にビルキースの<専属>というのは誠のようじゃの。」
皆の視線が集まる中、ダッカは封筒を開き、中の札を抜き出す。
「…<紙幣>!確かに一介の冒険者が持ち歩くものではないね…」
フレインはアゴに手を当てて呟きながら、興味深そうに見つめる。
「しへー?なぁにそれ。食べられるの?」
「食べられるってものじゃないですよ、ラミーネ!コレはお金、しかも大金です。」
「えぇ~、だってこれペラペラの紙切れじゃない。」
「レート次第じゃがな。この紙切れ1枚で金貨10枚相当にはなるじゃろ。」
「金貨10枚相当!?」
私はその金額の大きさに思わず生唾を音を立てて飲み込んでしまう。
そして、ダッカは封筒に<紙幣>を仕舞い直すと、「ホレ。」と一言漏らすと、私に差し出した。
「え?でもそれなら大金はパーティに納めないと…」
私はそう言いながらも、つい<紙幣>を受け取ってしまった。
「ワシらはなーんもしとらんからな。それに赤男がお前に渡した報酬だ、貰う筋合いはないわい。お前の懐に納めておけ。」
ダッカがそう言うと、フレインもシャオリーはうんうんとダッカの言葉を肯定するように微笑んでいる。
私は戸惑いつつも、嬉しさを噛み締めるように紙幣を握った。
「いいの!?…エヘヘヘ、じゃあ~、みんなにも好きな物頼んでもらって、今夜は久しぶりにお酒をいっぱい飲んじゃおうかな~?」
「あー…でもラミーネ、言い難い事なんだけど…」
「そいつは貨幣に換えないと一般での通貨としてはまず使えんぞ。」
フレインとダッカの言葉に、私の高揚感は一気に冷めていく。
「……は?」
「対応した換金所で両替しなけりゃ、それはただの紙切れじゃ。」
「換金しないにしても、使える場所は紙幣1枚じゃ満足に買い物ができない場所だろうね…」
呆然とする私の肩をポンッと叩きながら、ダッカは笑いを堪えているのか小刻みに震えていた。
「そんなぁ~…」
私は使えぬ紙幣を手にとりながらテーブルに突っ伏し、その反応を見て、皆はまた愉快げに笑う。
考えてみればグランが財布の貨幣を残し、この紙幣だけを押し付けてきた時点で怪しかったのだ。
涙目になりつつ、私は謝礼の封筒を眺める。
だが、まぁ、その手にした封筒から、私はどこか満足気な表情を無意識に浮かべていた。




