11-1.さすれば今より冒険者
「たのもう!」
大きな声が響き渡り、冒険者ギルド玄関口の扉が勢いよく開く。
そこには1人、周囲の住人達からは見慣れぬ身形、身細の男が中へとふらり敷居を跨ぎ足を踏み入れてくる。
羽織と旅装束の下にはローブやガウンの様なゆったりとした衣服、長身痩躯、長い髪を後ろで結わえ、顔立ちは小ざっぱりの優男。
そして、もう1人、赤い襟巻き、赤いマントにすっぽりと身を包んだ黒髪短髪の男。
…
突然の出来事にギルド内の人という人は一瞬、視線を玄関口に向け、呆気に取られて動けずに居たが、2人に動きがないとわかるやいなや、誰もが視線を戻し、いつも通りの喧騒を取り戻していく。
「…ご用件でしたら、こちらのカウンターまでどうぞ。」
ギルドの玄関から真っ直ぐ突き当たりのカウンター、その受付嬢の1人が書類に視線を向けたまま、勢いだけで入り込んだ佇む2人に声を掛ける。
「ははは、ついつい気合が入りすぎてしまったにござるな。」
「…俺をアンタの辱めに巻き込まないでくれ。」
長髪の男は後頭部を照れ隠しに掻きながら、となりの赤マントの男へ苦笑いを向ける。
対する赤マントの男はげんなりした表情で溜息交じりに応えた。
長髪の男は気を取り直すとカウンターへと勇ましい足取りで向かい、腰掛けていた受付嬢に声をかける。
「…ご用件は?」
「拙者を冒険者にして貰いたいでござる!!」
満面の笑みを浮かべ受付嬢を覗き込むように言い放った言葉はまるで子供の様に無邪気な物だった。
「…」
「…」
長髪の男と受付嬢の間に沈黙が流れる。
「…<紹介状>はございますか?」
「…しょーかいじょう、に、ござるか?」
先程までの笑顔から一転、真顔になり聞き返す長髪の男。
「はい、当領土連盟内での研究機関、学問機関等からの貴方の<紹介>をして頂く書状になります。」
淡々と応える受付嬢の言葉を聞き、長髪の男は腕を組み考え込み、眉を歪めた表情で隣の居る書類に筆を走らせる赤マントの男に首を寄せては耳打ちするように声をかける。
「赤法師殿!赤法師殿!<紹介状>とは一体何でござるか!?」
「…え、何それ、そんなの必要なの?」
赤マントの男は何のトラブルも起きえないだろうと思えていた手続きに、いきなり躓いている長髪の男の姿を目の当たりにし、思わず素が出てしまう。
そして、長髪の男の表情に見かねると、筆を止め、赤マントの男が助け舟を出す様に口を開く。
「…紹介状?ですか。」
「はい、ここでの登録には<紹介状>の提示が必要となっております。お持ちでなければ登録は出来ません。」
事務的に答える受付嬢の言葉が鋭く、的確に何とか食い下がらんとする長髪の男を突き刺していく。
「へぇ、ここの系列の手帳持ちだけど知らんかったわ。…残念だったな。」
「あ、赤法師殿!」
赤マントの男は肩を落とし項垂れる長髪の男にポンと肩を叩き、自身の手続きに戻ろうとする。
その表情は何処か憐れみを見せながらも、奥底では笑ってるのが伺えるものだった。
応対している受付嬢以外、カウンターの奥からはクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
「な、ならば、この者の紹介、推薦では如何でござる!?この者はここの<専属>の冒険者と聞くにござる!つまりはそれ相応の実力と実績の証明になるはずでござる!」
長髪の男は赤マントの男を手繰り寄せ、その手に持つ手帳の腕を突き出させると、カウンターに身を乗り出し、必死の形相で言葉を並べた。
詰め寄る男2人に対し、受付嬢は表情を変えず、身を逸らしながらもルーペを持ち出すと、赤マントの男の手帳を検める。
「そちらの手帳は確かに当系列からの発行したものの様ですが、<専属>はあくまで雇用主が限定されているにすぎません。私達が求めているのは<機関、組織>からのであって<冒険者個人>では<紹介>にはなり得ません。」
だが、事実を事務的に答える受付嬢。
まさに、取り付く島もなし。
長髪の男は表情を固まらせ、唖然とし、そしてカウンター越しに頭を抱え、崩れ落ちる。
「赤法師殿ぉっ!話が違うでござるよ!」
「そういわれても…俺はハナっから<専属>で登録してるから、一般の手続きなんて知らないし…」
泣きつくように助けを求める長髪の男に、他人事の表情を浮かべながら応える赤マントの男。
「……それでしたら、別の系列の冒険者ギルドをあたってみては如何ですか?そうですね、この街なら<マクダナス系列>の冒険者酒場でしたら登録も受け付けているかと思われます。」
赤マントの男とのやり取りを見ていた受付嬢は、カウンターの下から地図を取り出し、広げると、街の中央を指さしながら説明をする。
「そこを当たれば問題ないでござるね!?」
「さぁ。私はあくまで、<ここ>の職員ですので。保障は致しかねます。」
長髪の男は勢いよく立ち上がり、カウンターに身を乗り出しては受付嬢に問いかけるが、 彼女はあくまでマニュアル通りに返答するだけ。
しかし、それでも長髪の男にとっては十分であった。
長髪の男の表情はみるみると明るいものへと変わっていく。
「かたじけない!早速、向かう事にするでござる!さぁ、いくでござるよ!赤法師殿!」
「え?おい!俺は紙幣の換金手続きがだな…!」
長髪の男は、赤マントの男の手を取り立ち上がると、そのまま男を抱え込むようにし、駆け足でその場を離れていった。
受付嬢は静かになった玄関口にしばらく視線を向け、前髪を直し、溜息をつくと、再び仕事に取り掛かっていく。
―――
「あぁー?冒険者の登録だぁ?ニィちゃんがか?」
受付嬢から教えられた通り、街の中心から少し外れた所にある、木造の建物。
中に入れば先のギルドと違った喧騒。
昼前だというのに酒や料理の匂いが立ち込め、飲んだくれてる冒険者達が大声で談笑をしている。
その中で、大柄な体躯をした店主のスキンヘッドに髭面の男がジョッキ片手に聞き返す。
「いかにも!ここならば紹介状が無くとも、冒険者の登録が出来ると聞いたでござるよ!」
長髪の男が意気揚々と声を上げ、カウンターに身を乗り出すかのように乗り出して言葉を続け、強引に連れられた赤マントの男は隣で居心地悪そうにテーブルに膝をかけている。
長髪の男の様子に少し驚いた表情を浮かべながらも、 酒場の主人は顎髭をさすり、思案顔になる。
「…んで、<紹介状>は?あんのかい?」
「またにござるか!?」
長髪の男は驚きの声を上げると、カウンターに突っ伏す様に項垂れ、主人の顔を涙目、まるで雨の日に捨てられた子犬のような眼差しを向けた。
そんな様子を早朝から見てきたせいか、赤マント男には呆れた表情が露骨に出ている。
「…<また>…か。あー、オメェさん、さては先に<スファナ系列>の方に行ってきたのか。あっちの<頭でっかちな紹介>じゃあねぇんだ。ただ、あんたが冒険者足り得るかの最低限なツテが必要ってだけでよ。」
「…ツテ、に、ござるか?例えば?」
長髪の男はキョトンとした表情で問い返し、その言葉に今度は主人の方が困った表情を浮かべる。
「そうだな、この街に着くまでで何かやって来なかったのかい?系列外でも訓練所上がりなら既に案内されてるんだろうが、商隊の護衛や山狩りの数合わせでも構わないからよ。」
「あー…、だから<あの時>って<流れ>や<ハンター>が大量に参加してたのか。」
主人の言葉に何か無いかと長髪の男は頭を捻りだし、赤マントの男は自分が受けた依頼を思い出すかのようにぼやく。
長髪の男は、椅子の上で胡坐をかき、互いの袖に手を通しながら腕を組み考えだす。
「…そうだ!ご主人、ここに<聖堂協会>というものはあるでござるか?」
しばらく唸った後、何かを捻り出せたのか、まるで長髪の男の頭上に明かりが灯り、ポンっと手を叩くと懐から十字架を引き出し尋ねる。
「そいつぁ、ここの聖堂の十字架か?そうか、ならその持ち主の名や住まいを坊さんが知ってれば紹介状を出して貰えるぜ。」
「まことにござるか!?では、早速向かうとするでござるよ!」
「次も何か<紹介>を求められたりしてな。」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、椅子を倒す勢いで立ち上がる長髪の男に対し、赤マントの男は背筋を伸ばしながら皮肉交じりに呟く。
「あぁ、でもな、きっと坊さんの<手伝い>を…って、もう行っちまったのかい。」
長髪の男の姿は既に無く、酒場の主人の目の前には椅子の座面が回転しているだけであった。
「…赤いニィちゃん、あんたはついて行ってやらんのかい?」
「はぁ?なんで俺が。」
主人は空の椅子と赤マントの男を見比べるように訪ね、男は不機嫌な様子を隠しもせず鼻を鳴らす。
「いやよ、それがそこの坊さん…、ちょっと面倒な事で<有名人>でな。悪い事はいわねぇ、ついていってやんな。そもそもあのござるのニィちゃん、聖堂の場所わからねぇだろ。」
「……ったく世話がやけるな。」
<有名人>という言葉に反応し、赤マントの男は後に巡ってくるであろう面倒事を感じると身震いし、小さく溜息をつくと席から立ち上がった。
―――
街の中心部から外れ、街を囲む外壁の近くに<聖堂協会>の建物はあった。
外壁と同じ、くすんだ石材の建物はまるで尖塔を思わせる造りをしている。
扉を開けば、中は広い空間となっており、正面奥の祭壇が燭台と窓からの光に照らされ輝いている。
「何か御用ですか?」
祭壇の前で祈りを捧げていた1人の信奉者が訪問者の足音を耳にすると、ゆっくりと立ち上がり、振り向く。
それはヒューネスの女性で、栗毛色の長い髪が振り向き際にふわりと舞い、両手で眼鏡の位置を直しながら、訪問客に微笑む。
そして、彼女の胸は<とても>豊満であった。
特に柄や装飾の無い信奉者の修道服だが、その胸部は隠しようがない主張をしており、僅かな動作でも揺れる髪の様にたゆたう。
「突然の訪問、御免にござる。拙者の名はオキタガワ=ソウシロウ、ワケ在ってここの主を訪ねに参ったのだが、今はご在宅でござるか?」
「まぁ、珍しい、<ヒノモト>、<ゴブリン>の方がお見えになるなんて。私はエフィム=アルーと申します。司祭様は今、留守にしておりまして、代わりに私が用件をお伺いしますが?」
長い髪の男、ソウシロウの名乗りを聞き、少し驚いた表情を浮かべると、彼女は再度微笑みながら名乗り返す。
その仕草は育ちの良さを感じさせ、上品でありながらも、緩やか、柔らかさが見て安心感を得られるものであった。
「あと、そちらの方は?」
エフィムはソウシロウから視線を移し、もう1人の来訪者、赤いマント男に問いかける。
男の何時もの態度であれば皮肉や嫌味でも言いそうなものだが、無言のままに何度と腕で曲線をなぞる様に空を撫でていた。
「あぁ、彼は拙者が慣れぬこの地を案内してもらっている者で…」
「…グラン…です。」
ソウシロウが説明をしようと口を開くと、それに被せるよう、咳払いをし、背筋をシャンとしながら、普段の男からは想像できないような態度で男は名乗る。
その姿にソウシロウは何処か呆れた表情を浮かべ、エフィムは思わずといった風にクスリと笑い声を上げる。




