10-2.サブラヒ
「して、赤法師殿。何故に<馬車停>に?拙者、早く冒険者になってみたいでござる。」
「子供かアンタは。」
赤マントの男は辿り着いた宿場町の馬車停の日定表を眺めていると、ソウシロウが急かす子供の様に話しかけてくる。
先程までの礼儀正しい態度はどこへやら、地団駄を踏むソウシロウは今はすっかり砕けた口調になっていた。
「酒場ならあっちに見かけたでござるよ!依頼を早速受けましょうぞ!」
酒場の看板に指を向け、その場で足を駆けるソウシロウ。
そんなはしゃぐ男の様子を見ては、グランは後頭部をくしゃくしゃと掻き、呆れながらも酒場へと向かう。
―――
「…な、拙者では依頼を受けられないと申すか!?」
「…まずアンちゃん、<冒険者>じゃないだろ…<手帳>はどうした?」
カウンターの前で酒場のマスターに向かって抗議の声を上げるソウシロウであったが、あっさりと断られてしまい愕然としてしまう。
酒場には食事をする僅かな客が居るが、姿、格好から誰もがこの近隣の者達ばかりで冒険者らしき影は見えない。
その中で1人、ソウシロウだけが異質な雰囲気を放っている為、皆遠巻きにこの珍客の様子を伺っている様だった。
「な、ならば赤法師殿!赤法師殿が依頼を受け、拙者も共に行けば!」
「赤いアンタ、そっちは冒険者なのかい?」
グランは赤いマントの奥から手帳を掲げ、その革表紙を覗かせ、酒場のマスターに見せる。
「へぇ、専属のか。珍しい、こんな所じゃまずみないね。」
「輸送の護衛等はあるか?できれば大きな街に着きたいんだが…」
「ふぅむ、ここは<中継>だからな。護衛の人員補充はそういった馬車が通ったらの話だな。」
酒場のマスターの言葉に、グランは眉を歪めて後頭部をくしゃくしゃと掻き、思案する。
「何でもいいでござる!何か集めたり、何か退治はござらんか?」
「あってもアンちゃんにはやらせられないよ。こっちの赤い方が受けてもアンちゃんには参加はさせられねぇ。」
「何故にござる!?」
「<信用>だよ、信用。得体の知れない連中に仕事を回す。それが<専属>が連れた<未登録の流れ>だなんて知れたら他の冒険者が来なくなっちまうよ。特にこんな場所じゃ尚更な。」
ソウシロウは説明を求めるかのように、赤マントの男をじっと見つめるが、赤マントは何も言わず目を逸らしながら溜息を吐く。
「何度か問題になってるんだよ。人数や資産の羽振りが良くなったパーティが依頼を片っ端から請け負って依頼を取れなかった冒険者や<流れ>に<売る>ヤツがな…。ただの冒険者がやれる事を後ろ盾のある<専属>なんかが尚更やるワケにはいかんでしょうよ?」
グランの解説に頷きながら腕を組み、眉を曲げるマスターの表情に、ソウシロウは肩を落とす。
「…左様でござるかぁ…」
「現にその手口で荒らしまわってるヤツがまた最近出てきてな…。悪いなアンちゃん、せめて目の届く範囲は防がないとよ。」
そう言っては酒場のマスターは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、グラス磨きを再開する。
「とはいえ、馬車に乗るにしろ待つにしろ、先立つものが必要だな…」
財布をチャリチャリと鳴らし、こめかみをトントンと指で鳴らしながらグランは呟く。
―――バタンッ!
その時、酒場の入り口が慌しく鳴り、1人の女性がカウンターまで息を切らし走って来る。
女性は腰下まである金髪を揺らしながら、カウンター目前で倒れ込み、ソウシロウは慌てて女性に手を差し伸べる。
「やや、娘。如何なされた、大丈夫にござるか!?」
ソウシロウの手を取り、上半身を起こしてもらった女性は、乱れた呼吸を整えつつ胸元を抑えていた手を離す。
そして彼女は蒼眼を大きく見開き、ソウシロウを見上げると、見慣れぬ彼の井出達に困惑した様子を見せる。
「あ、彼方は…」
「お前さん!外れ村の村長の娘さんじゃないか!どうしたんだ?」
マスターはグラス一杯の水を持ちカウンターから出ると、彼女にグラスを握らせ、口へと運ばせる。
一頻り水を飲み、落ち着いたと思いきや、彼女はマスターにしがみ付くように声を上げた。
「…マスターさん!討伐を!急ぎの討伐をお願いしたいんです!」
その様子を見て、ソウシロウは再びグランに目を向けるがグランは首を肩を傾げる。
「急ぎ!?…急ぎか…」
「えぇ!そして、急いで村に帰らないと!父さん達が……!」
必死の形相でマスターに訴える彼女であったが、マスターは困ったような顔をして彼女の両肩を掴み落ち着かせる。
「…現地用の<空き依頼書>くらいあるんじゃないか?」
「それは…今月分はもう全部無いんだ…」
グランの問い掛けにマスターは額に汗を滲ませながら苦い表情を浮かべて答える。
「…なるほど。そういう事ね。」
「ど、どういう事でござる!?」
状況の読めないソウシロウと女性。
グランは後頭部をくしゃりとかき、何所か納得した表情を見せていた。
「なぁ、アンタ。今出せる金はどれくらいある?」
女性は唐突なグランからの質問に戸惑いつつも、懐に入れている財布を取り出し、口を開く。
そこには一般的な討伐を依頼するに、十分な金が入っているのをグランは覗き見て確認する。
「今は、こ、これだけしかありませんが、どうかこれで……!」
グランは女性から財布をひょいと取り上げ、女性をまるで見下しながら提案を続ける。
「成功報酬は更にこの4倍。案内はアンタ自身、危険な目に遭いかねない。それでも文句が無いならアンタの依頼を<個人>で請けてやるよ。」
「お、おい!何を勝手に!」
女性の返答を待たず、一方的に条件を突きつけるグランに酒場のマスターは思わず口を挟むが、グランは睨み、いや何かを見透かしたかのように、軽蔑や侮蔑の色を含めた視線をマスターに向ける。
「ぐッ…」
「この件は互いに<信用>は<賭け>だ。それをアンタが決められるのかい?」
「は、ハイ!どうか!どうかお願いします!」
「商談成立ね。」
グランは財布の貨幣を全て抜き出し、自身の財布に入れ、空の財布を女性に投げ返す。
「さて、邪魔の入らぬ内に膳は急げだな。で、どうするソウシロウさんよ?これは冒険者としては非正規の、個人のやり取りで、<冒険者ごっこ>になるが。」
「乗るに決まってるでござろう!何より眼前に困っている女子が居ながら、助けなければ男が廃るというものにござる!」
ソウシロウは鼻息荒く力拳を掲げると、ふんすと胸を張り、その決意を見て肩を竦めながら、グランはアゴでソウシロウに女性を立たせるように促す。
「ご主人!邪魔したでござるな!」
ソウシロウは女性の背中を押し、酒場を後にしようとするが、酒場のマスターはその2人を呼び止めようとする。
「…」
だが、グラン、赤マントの男は酒場のマスターに視線を向け、その言葉を遮ると、2人の後を追って酒場を後にした。
―――
酒場を飛び出したソウシロウは依頼人となった女性を抱え、外れの村までの林道を風のように駆けていく。
その後ろではグランも赤いマントと襟巻きをなびかせ、ソウシロウに負けじと、全速力に近い速度で追いかける。
「赤法師殿~!もっと急いで欲しいのでござるが~?」
「お前が…速すぎる…んじゃいッッ!」
グランの言葉を受け、速度を落としたソウシロウであったが、グランからは既に疲労の色が見え隠れしていた。
「情けないでござるなぁ。お主はもっと健脚があると思っておりましたぞ?」
一方、ソウシロウはまだまだ余裕といった様子を見せており、抱えられた女性は事の顛末もあってソウシロウの腕の中で目を回している。
「う、うるさい…、ただの浮かれがっ…!」
グランのぜぇぜぇと、息を荒くし、その足腰からは疲労が伺え出していた。
それに気付いたソウシロウは一度立ち止まり、グランの方へ振り返り、笑みを浮かべ呆れたように溜息を吐く。
「して、娘。場所はまだ遠いのでござるか?」
女性を一度腕から降ろし、彼女の背に手を添えながら、話が出来る状態まで落ち着くのを待つ。
その間にグランは追い着くと、膝に手を当てながら肩を大きく上下させ、呼吸を整えていた。
「は、はい。私達の村はこの森林一帯の林業をしている村の1つですので、ここからはそう遠くありません……」
「…で、討伐するのは?魔物か怪物か山賊団か?それを何処で見かけた?」
続いて息を整え終えたグランが上半身を戻しつつ、女性に質問をする。
「こう言って信じて頂けるかわからないのですが…、討伐して頂きたいのは巨大な…その、<鶏>なんです…」
「鶏…!!…に、ござ、るか…?」
女性は困惑気味に答えたが、その内容を聞いたソウシロウは思わず大声を上げてしまう。
「あぁ…<グレート・ガルス>。そのまんま<大鶏>ね。」
グランは後頭部を掻きながら、何かを思い出しているかのように、面倒くさそうな表情を浮かべる。
しかし、女性にとって、思い出した事に恐怖だったようで、涙を浮かべ、今にも泣き出してしまいそうになった。
ソウシロウは慌てて女性の両手を取り、慰めるが、グランは対照的にやれやれと言った様子であった。
「それで…その<グレート・ガルス>とは一体どのようなモノなのでござるか?」
女性をなだめつつ、ソウシロウはグランへと視線を向け、グランも女性の様子を見ながら、説明を始めた。
「だから、そのまんまよ。くそデカい<鶏>。雑食で好奇心は旺盛なのに神経質で気性が荒い、くそデカい鶏。」
「ふむぅ…?」
ソウシロウにはいまいちピンと来ていないようで、眉間にしわを寄せ首を傾げる。
「アイツらの特に面倒なところはその<好奇心>がトラブルの発端とするところだな。」
グランは顎に指をあて、思い出す様に言葉を続ける。
ソウシロウは女性の手を離すと、グランの話に耳を傾け始めた。
<グレート・ガルス>はその名が示す通り巨大で、その身は3身弱が殆どと、下手な竜種にも並ぶ。
見た目は一般的な養鶏、放逐畜産しているものとほぼ同じであるが、大きさそのものだけが違う。
好奇心旺盛な性格をしており、他の生物、音の鳴るもの、光モノ見つけるや積極的に、接触行動を仕掛けてくる。
「…放っておいて瘴気の溜りでも突いて変異でもすれば厄介だな…。それで、最後は何処で見た?」
「私は村の中で<大鶏>を見まして…。その後、森へ姿を消したんです…。森には村の男衆が総出で林業をしているのです。その中には私の父と大切な人が居て…」
「…林業の作業場!!」
「村の中なら家に隠れて静かにしてれば大体やり過ごせるが…作業場は<大鶏>には<好奇心>の塊だな。」
「急ぐにござるよ!」
「…今の作業場ならここから直ぐです!お願いします!」
「承知!」
ソウシロウは再び女性を抱きかかえ、林の中を駆け抜けていく。
グランも溜息を付くと、また赤いマントをなびかせ、その後を追いかけた。
―――
木々の間を抜けると、開けた場所に辿り着く。
そこには木材を組んだ獣避けの柵で囲まれ、その中に材木を切り出すための伐採された木が置かれていた。
だが、その場は所々荒らされた様子が見受けられ、その空間の中央では巨大な羽毛の塊が丸くなって鎮座している。
よく見るとそれは丸まった鳥で、時折翼を少し広げては羽ばたき、長い尾羽を振り払っていた。
赤々とした鶏冠、ぶら下がる肉垂れ、羽毛の模様に長く強く跳ねたカーブ画く尾。
どうやら、アレが女性が目撃した<大鶏>で間違いが無いようだ。
ソウシロウは女性を下ろし、周囲を見渡す。
作業場には女性の言っていた男衆の姿、人の気配が感じられない。
作業場は木材運搬用らしきの荷車が横たわって放置されており、切り出された丸太や作業道具が散乱している。
しかし、血痕などはなく、争った形跡もなく、どうやら最悪の事態はだけは免れたていたようだ。
3人は木陰に隠れ、<大鶏>の様子を伺い息を潜める。
大鶏は時折首を伸ばしては周囲を見渡し、僅かな違和感にも敏感に反応しているようであった。
『見た<大鶏>は、あの1羽だけでござるか?』
『は、はい1羽。アレで間違いありません。』
ソウシロウはグランに視線を移し意見を求める素振りを見せる。
『群れで動くなら、見かけたときは既に複数は確認できてるはずだ。アレは単独で群れから外れたものだろうな。』
『なるほど…、で、あれば、今が討取る最大の好機、にござるな。』
ソウシロウはグランの言葉を聞き終えると、<大鶏>に向かってゆっくりと歩みを進め始める。
その足取りは非常に落ち着いており、まるで散歩でもするかのような自然さである。
『おい…!』
『ここは任せて欲しいでござる。赤法師殿の<技>を隠れて見た手前。今度は拙者が<剣>を見せる番でござるよ。』
ソウシロウのそう言うが瞳は真剣そのもので、グランはその目を見て言葉を飲み込む。
そして、木陰からその姿を晒すと、腰に差していた鞘から剣、彼の国ヒノモトの象徴とも言える<カタナ>を抜くと、回り込むように<大鶏>へと歩き始めた。
一方の<大鶏>も接近してくる存在に気付いたのか、首を回し、ソウシロウへ視線を固定すると、その身体を起こしては態勢を合わせてゆく。
巨体。
首を伸ばしソウシロウを見上げるその姿、その高さは成人男性の2倍以上はある。
その大きさ、威圧感たるや並大抵のものでなく、対峙するものを委縮させるには十分なものであった。
以前、まだ一般でも遭遇しうる竜種の<飛竜>と対峙した事のあるグランも、今度は端からの見学とはいえその比に思わず唾を飲む。
…
両者の動きが止まると、間に緊張感が高まり、空気が張り詰め出していった。
ソウシロウはゆっくりと息を吐きながら、正眼でカタナを構える。
「…特に恨みは持たないが、お主の首、貰い受ける。」
その表情はそれまでのおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、代わりに研ぎ澄まされた手に持つ刃のような鋭い雰囲気を放っていた。
一方、<大鶏>はソウシロウを視界に捉え、その身を起し、翼を大きく広げながら威嚇行動に入りだしている。
辺りは風、葉擦れの音すら聞こえないほど静けさに包まれるも、ビリビリと肌を刺激するような緊迫感が漂い、木陰の2人の肌が粟立つ。
そして、一陣の風が木陰へと吹きぬけたその瞬間であった。
ソウシロウはその場で空を斬り払うと剣を鞘に納めはじめる。
「終わったにござるよ。」
ソウシロウの表情は穏やかな顔つきに戻り、口元には笑みを浮かべながら2人の方へと振り返る。




