10-3.サブラヒ
―――キンッ…
剣の鍔と鞘口が合わさり鳴ると、<大鶏>からは眉間、首元、胸中央か血飛沫を噴出させ崩れ落ちた。
瞬間に連続の三段突き。
グランは目の前で起こった事に理解が追いつかず、目を回し、脳が揺さぶられ混乱する。
戦闘など見慣れぬ女性は、何が起こったかも分からず、ただ口に両手を当てて固まっている。
(<見えない>!?動体視力に自慢、自信があるとワケじゃないが、セバっさんの動きを追い続けてきた俺が、動きを、一瞬すら捉えることが<できなかった>!?)
「…あぁ。赤法師殿。娘の目を覆って欲しいでござる。」
「何?」
掛けられる声に我に帰り、とりあえずはグランは言われたとおり、自分のマントをたくし上げ、女性に<大鶏>が視界に入らないようにする。
すると、<大鶏>の絶命しながらも伸び上がったままだった首がぐるりと捻れ、ズレ、ボトリと地面に落ちた。
実、四連撃。
ソウシロウの足元には踏み込みによって出来た足跡が強く残っており、それが<魔法>や<異能>では無い事を物語り、グランの経験からも読み取れる。
(ヒノモトはこんなヤツが他にも<戦闘集団>として存在するというのか?)
グランは背中から冷や汗が流れ出るのを感じつつ、ソウシロウの爽やかな笑みに対し、苦笑で返すしか出来なかった。
「さて、之にて一件落着でござるな!だが、場が荒らされて居る以上、村の男衆が気掛かりでござる。娘、火急の場合に心当たりは何か存ぜぬか?」
「え?え、えぇ…一時避難用の山小屋なら、この先にあります。そこに居るといいのですが…」
まだ状況が整理できない女性は、突然話しかけられ狼驚するも、何とか声を絞り出しながらその方角へ指を差す。
「さて、後は頂ける物頂いて、オサラバするとしましょうかね。」
グランはやや卑屈気味な態度をみせるもソウシロウは互いに頷き合い、一行は女性の指差した方へ足を進めることにした。
…
「…って、行かないんかい!」
だが、動かぬソウシロウに対して、進みだしたグランは思わず突っ込みを入れる。
肝心のソウシロウは大鶏の亡骸を眺め、アゴに手をかけながら何やら考え込んでいる様子だった。
「…待たれよ、赤法師殿。」
ソウシロウの表情は再び真剣なものに変わり、その目は真っ直ぐにグランへと向き、その表情にグランは思わず身構える。
「…この<大鶏>は食えるにござるか?」
その言葉を聞き、グランは全身の力が抜け、姿勢を崩した。
―――
「内臓の中に真っ黒とした部分がなければ瘴気に侵されてる心配はない。…と、本には書いてあるな。」
「ウム、<ワタ>は全部、キレイな色をしているでござるよ。」
そう言いながらソウシロウは袖を細い帯で括り、懐から取り出した短刀を振るって、亡骸の簡易的な処理作業を進めだし。
グランは掌大の図鑑を捲り、ソウシロウの質問をに答えながら解体のアドバイスを送っていた。
「さぁ、あとは適当な棒を拝借したら括って、運ぶとするにござる。」
「…ったく、この巨体相手に簡単に言ってくれるぜ。…その前に、ほらよ。」
グランは腰から1つ薄紙に包まれたモノを放り投げると、それは弧を描きながら宙を舞い、ソウシロウの手の中へと収まった。
ソウシロウは首をかしげつつ、包みを捲ると中からは白い棒状の塊のようなものが出てくる。
「汚れ落しだよ。これを泡立てて汚れ箇所に浸せば血も匂いも落せる。作業が終わったら使いな。」
「やや、これはかたじけない。赤法師殿は気配りが回るにござるなぁ。」
「こういうのはな、<気配り>でなく<見るに耐えない>って言うんだよ。」
童心が表情や仕草から露骨に出ているソウシロウに対し、グランは皮肉めいて答えつつも口元は微かに緩んでいた。
―――
それから程なくして、一通りの作業を終わらせ、3人は小屋へと向かい歩みを進め始める。
山小屋に近づくと窓枠から乗り出して、こちらを視認したのか一人の男が手を振っているのが見える。
そして、山小屋に引っ込むと、別の男、林業をしているというには些か細身が過ぎる男が盛大に扉を開け、駆けながら飛び出してくる。
「おまえーーーっっ!」
「あ、アナターーーっっ!」
3人の元へたどり着いた男は、女性の腕を掴むなりそのまま抱きしめた。
どうやら夫婦であったらしい。
女性は目元を潤ませながらも無事を確かめるように男の胸板へ顔を埋めている。
そんな2人の様子を見て、ソウシロウも胸を撫で下ろし、グランはどこか呆れながらその様子を眺めている。
山小屋からは何時の間にか男達が出ており、2人をからかいながらに指笛やら野次やらで茶化し始めていた。
…
「も、申し訳ありません!その様子だとあの<大鶏>を討伐して頂けた様で…。彼女はボクの妻で、えーっと、あ、あの…」
落ち着きを取り戻した男性は改めてグラン達に頭を下げると、今度は自分の妻を紹介しようと試みるも、何やら歯切れが悪い。
それを察した妻は男性の脇腹を突き、促すと男は意を決したかのように一歩前へ出て姿勢を正したその時であった。
「…余計な事を、勝手にしくさりおって!!」
突如、男性の言葉を遮るように怒号が響き渡る。
声の主の方へ視線を向けると、そこには年齢を感じさせながらも筋骨隆々の男性の姿があった。
「と、父さん!あ、えっと、父です…。私達の村の長をやっています…」
先程まで安堵していたはずの女性が父と呼ぶ男の剣幕に押され、再び委縮してしまう。
<村長>は一歩また一歩、そして、夫婦の間を割きながらグラン達の方へ近づき、その眼光は鋭い。
「…お前がその2人を呼んだのか。」
「はい。わ、私です。」
「…金を、渡したのか?」
村長の短いながらも強い言葉を聞き、女性は肩を震わせながら俯く。
村長は女性、自分の娘の返事に対し目を閉じ、天を仰ぐ様に息を吐き出す。
「直に日が暮れる、ワシは客人をもてなす為に村へ戻る。お前達は現場の復旧にかかれ!」
そう言い残し、村長は足早にその場を立ち去り、夫婦もその後を追う。
取り残された者達はお互いに顔を見合わせると、誰もが気まずそうな表情を浮かべていた。
グランは呆れた溜息を吐き、女性の方へ向かい歩き出し、ソウシロウもその背を追う。
―――
「いいのか?あの肉を譲ってしまって。」
一軒の屋内、その客間に案内、残された2人、グランは出されたお茶を口に含みつつソウシロウに尋ねる。
「自分達が食べられる量は取り分けたにござるよ。それに、残った男衆も食事に在りつければ、少しは気が晴れるにござる。」
ソウシロウは遠慮がちに笑いながら答えた。
「ま、誰も食った事は無いから味は保障できないけどな。」
「ハハハ!腹を壊さない事を祈るだけでござるな。」
グランは鼻を鳴らしぶっきらぼうにぼやき、それにソウシロウは苦笑する。
…
―――さらにあの4倍を支払えだと!!!?
村長の怒号が響き、その声を聞いたグランは項垂れて小さく舌打ちをした。
「あ~あ、ったく、こっちにまで聞こえる声で怒鳴り散らしやがって…」
忌々し気に呟いた後、テーブルに肘を突き、手を組むとその上に顎を乗せ、思案し始める。
仔細は聞き取れないものの、村長がその娘に対し叱責している事は察しが付く。
ソウシロウは目を閉じて静かに耳を傾けているようだ。
やがて話が終わった様で客間の扉が開くと、村長が姿を現しこちらを一睨みすると黙って玄関へ向かっていった。
次に夫婦が肩を寄せ合い姿を現し、申し訳無さそうに夫が頭を下げる。
「お2人共、よければ今夜はここ、ボクの家で休んでいって貰えませんか。御礼もかねた、えっと、食事でも、と…」
夫の言葉を受け、妻の方は不安げに視線を交わし合うと、夫は再度頭を下げ、妻もそれに続く。
「そうだ、ならば、この<大鶏>の肉で拙者が腕を振るうとするにござるかな!」
ソウシロウはぽんと掌を拳で叩き、嬉々とした様子で提案してきた。
「そ、そんな、滅相も無い!ただでさえお世話になっていると言うのに……」
夫婦はずかずかと節介を焼き出す恩人に戸惑いを隠せない。
「心配めさるな!こうみえて隊に勤めていたときはトシ爺に料理を教え込まれ、何度と料理番をしたものにござるよ。ささ、そうと決まれば厨房をお借りしたいのでござるが。」
戸惑う夫婦を他所にソウシロウは立ち上がり、満面痛快な笑顔を向けながら夫婦2人に案内を促しだす。
グランはそんな状況を尻目に何処か不安な表情を浮かべ、暖炉の火を眺めていた。
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