9-5.我が中身を知るヒトぞ
(あれから4年ですか…。何故かあのまま残った尻尾とお嬢様の見つけた尾先、剣の刀身。<この男>に持たせ続ければ、<竜モドキ>へと戻るきっかけ、<竜核>が出現すると思ったのですが…)
セバスは抜刀した赤い刀身の剣を何度と構えなおし、装備の確認をする<この男>、グランを眺めながら思う。
<竜核>は未だ<この男>の中にあり、この4年間<竜モドキ>へと戻った気配、情報は無い。
(いや、彼が覚えていないだけで、これまでに<竜モドキ>へ姿を変えている可能性は否定できませんか…)
グランの出した行動履歴の報告書を再度眺めながら、セバスは溜息をつく。
この赤マントの男はあの時、あれ以前の記憶を何も思い出せておらず、唯一分かる事と言えば、自分が何者かも分からないという事だけ。
それは4年経った今も変わらず、セバス自身も先のグランの提案通り<竜核>の摘出を諦めるか、もしくは別手段を探すべきかもしれないと考えを改めだしていた。
「…」
「どうかなさいましたか?」
何時の間にか装備の確認の手を止めているグランの視線を感じた為、セバスは問いかける。
「あー、いや、何だか小難しい顔でこちらを覗き込んでいるので…。また、お小言タイムなのかなと…」
視線を逸らし、頬を掻きつつ苦笑いを浮かべるグランに対し、セバスは呆れたような顔をする。
「そうですね。グラン、そういえばその<剣>はどうしたのですか?ゼルゴ殿に試験材を届けに行った際、<修復>したと<コレ>には書かれていましたが。」
セバスは報告書を手の甲で叩きながら、グランが構える赤い刀身の剣に対し問う。
「あー、ははは、いやー、やっぱ、わかります?」
「わからない方がおかしいでしょう。柄の長さ、刀身の形状に重心、ほぼ別物と化しているではありませんか。」
グランはセバスの指摘に困ったように後頭部をくしゃくしゃと掻く。
「しかし、修復したとなるとゼルゴ殿がですかな?ですが石晶剣の修復は金属鍛冶師の彼には専門外のはずですが。」
「直した、まぁ殆ど改造…したのはミウルですよ。おやっさんの姪の。」
グランは剣を右腰の鞘に納め、ポーチに手を伸ばすと1枚の紙を取り出し、セバスに渡す。
そこには剣に施した錬金術による修復手順と、簡単な説明文が書かれていた。
「ほう、ゼルゴ殿の姪御さんが。では彼女は錬金術を?」
「<独学>で、だそうで。学ぶ気があるならこっちに来ないか勝手に誘ってはみたんスけどね。」
グランは肩をすくめ、苦笑しつつ答える。
セバスは渡された紙に書かれた内容を確認しながら、「フム。」と考え込む。
(錬金系の術式、それらの用具の作成技術、そして賢者の石からの修復まで行える程の技量…。彼女は中々の才能をお持ちのようだ。これは一度挨拶に伺う必要があるかもしれませんね。)
「それでは、何故に<修復>するハメになったのですか?」
「えー、それは…」
グランは言葉を濁しつつ視線をセバスには一切合わせずに様々な方向へ泳がせて答えだす。
「必殺技…?」
「必殺技。」
「的な…?」
「的な。」
「のが、閃いたというか、編み出したというか…?」
「閃いたか、編み出しましたか。」
「その反動といいますかを、ですね。」
「ほう。」
「誤って加えて、刀身を折った、というか、ヒビを入れてしまいまして。」
「それは、それは。」
「いやー、つい勢いが予想以上に余り余ってしまって。」
「それは是非、直ぐにでも拝見してみたいものですね。」
「…今…です?」
「今です。」
「……ハイ。」
―――
屋敷の裏庭に2人は移動し、向かい合う形で立つ。
「では、具体的にどうなさるかお教え願いますか。」
「端的に言いますと、足で<フォース>を放つ事でいつも以上の跳躍力を得る事です。」
「…<跳躍>…だけですか?」
「…ハイ。」
「……」
グランの視線に対し、半目で睨むセバスだったがすぐに目を瞑り、姿勢を崩さず溜息をつく。
そんなセバスの様子に少し怯むものの、グランは露骨な態度のセバスに対して食って掛かる。
「なんスか!?そのあからさまなガッカリした目は!!」
セバスは片眼だけ開けると呆れたような視線を送り、呟くように口を開く。
「いえ、別に…。まぁ、いいでしょう。一応は彼方の師として、その成果、見せて頂きましょうか。」
「あー、もー!見てろよ!」
セバスの投げやりにも聞こえる言葉に少々頭に血が上げ、グランは左腕の小手から、埋め込まれた<楔>を2本引き抜くとそれを両足へ埋め込む。
そのまま腰を落とした状態で、両足を地に着け、ふんばると、グランは地面を強く蹴り垂直に飛ぶ。
地面が弾ける音を響かせ、一瞬にして屋敷2階に届こうかという高さまで到達し、着地する。
そして、セバスへと振り返り親指を自分に向け、立てながら得意げな表情を浮かべた。
「どうスか、どうスか?いやー、たかが<フォース>でこの跳躍力。我ながら凄いものじゃないですか?天才かなー?天才じゃないかなー俺。助走つけて横ならもっと飛びますよ?というか飛びましたし!1人抱えて!」
そんな事を意気揚々に自慢気に語るグランに対し、セバスは眼鏡を直し、冷ややかな目を向ける。
「…では、もう、何回か見せて貰えますか?」
セバスの言葉にグランは顔を引きつらせながらも、再度、地面を踏みつけ、空高く飛ぶ。
…
「…何をやっとるんだ。お前達は。」
「おや、ビルキース様。どうなさいました?」
呆れた様子のビルキースが裏庭に現れ、彼女は頭を押さえながらセバスへ問いかける。
「窓際から赤いものが何度もぴょんぴょん、ぴょんぴょんと気が散って敵わん。一体<アレ>は何をしているのだ?」
「何でも、閃き、編み出した必殺技だそうです。手の<楔>を足に移し<フォース>を使って。」
「ただ、飛び跳ねているだけだろう?……<楔>を足にだと!?」
驚くビルキースの隣に、顔を青くしながらグランが地面に降り立ち、腰を落としてはぜぇぜぇと息を荒げだす。
「ど、どうスか!?」
息を整えながらも自信満々顔を作り出そうとして複雑な表情になっているグランにビルキースは大きく溜息をつく。
「セバス。見せてやれ。」
「御意に。」
「…?」
上半身を起し、一旦不思議そうな表情をするグランはセバスの方を向くと、セバスは僅かに膝を曲げ、姿を消した。
見上げるビルキースを伝いグランは視線を上に移すと、そこにはセバスが屋敷の屋根に迫る高度を跳んでいる。
そのまま重力に従い落下してくると、軽やかで静かな着地音を立て地面に静止した。
「で、グラン。何が<必殺技>だって?セバスなら<気>の扱い1つで<普通に>できる事だぞ。」
グランは驚愕と呆然が混じった顔になっては固まる。
だが、とっさに我に帰ると対抗心を燃やしたのか、再び同じ様に<フォース>を使い、跳びだそうとする。
「…はレ…?」
が、何故か足は地を離れず、まるで重石を乗せられたかのように動けない。
それどころか徐々に重さが増していくような感覚に陥いり、姿勢を崩すと顔面からその場に倒れ伏す。
「ダメだな…コレは。」
「えぇ、ダメですね。」
頭を地に屈したグランを2人は見下ろし、ビルキースは手に持ったキセルでグランで突き出た尻を叩く。
「グラン、その<楔>は本来左腕ができない周囲の大気魔力との呼吸を代行するものだ。普段から呼吸のできる他の四肢に埋めれば一方的に体内の魔力を吐き出すだけになる。それをましてや<フォース>とはいえ魔法を使って促進させるなど…」
「…」
「目覚めて粥しか口にしていませんからね。おおかた血中に巡る魔力が尽きたのでしょう。」
「やれやれ、ガワは不死身でもこういった弱点は我々と同じか。…まったく、私の<竜核>を奪っておきながら無敵の超人とはいかんのか、この<駄不死身>め。」
「DA…DAFUJIMI…」
ビルキースの言葉を耳にしながらグランの意識が遠のき、視界は薄れゆく。
「…おい、聞こえているのか?」
「…」
「…世話の焼ける。セバス、運んで寝かせてやれ。しかし運の悪いヤツだ。今夜はご馳走でも出してやろうと思ってた矢先にこれとはな。」
「えぇ、残念です。」
2人の会話を聞きながらグランは意識を失った。
―――
白い、視界が白い、世界が白い。
何もかも白く塗りつぶされた世界に自身が居る、重力を感じる。
今までと繰り返す夢とは違う、何かが違う、<存在感>が違う。
そして、全てが白い中、何かの気配は感じる。
<ヒト>に近い何か。
しかし、それらは自身に何ら危害を加える事もなければ近寄ることもない。
興味がない、持たれない。
ただ、ただ気配の流れだけが感じられていた。
左腕だけが疼く、左腕だけが動かせる。
とにかく動かねば。
僅かに動く指先を這わせ、身体を動かそうともがく。
…いや。
…<身体>?
…<そんなもの>が何所に?
―――
「いってぇッ!!」
ガコンと<何か>を額にぶつけ、その勢いで<何か>は目の前に倒れ、埃が舞い上がる。
ふらつきながら踏み出し、まぶたを開けると、そこは薄暗い部屋の中で、自身は立て掛けられるかのように寝かされていたようだ。
足先の<何か>が当たり、周囲を見渡しながら振り向くとそこにはフタの開いた棺桶が鎮座している。
「本当に棺桶に寝かせるヤツ居る!?」
思わずグランは1人で突っ込みを入れ、その声が部屋中を木霊が反響した。
「……って事はここは屋敷の地下になるのか…」
今朝方にセバスが言った通り、部屋には窓も無く、僅かに灯る照明の部屋内は棺桶以外にも様々な道具と箱が散乱し、雑多な雰囲気を醸している。
セバスの手が行き届いてない当たり、本当に地下室を<見つけた>ままなのだろう。
グランは身体中を手で触り、自分の状態を確認する。
身に着けた装備は裏庭で気を失う以前のままで、せいぜい<楔>が左腕に戻されているくらいであった。
―――ぐぎゅるるるるる…
グランの腹の虫が鳴り響き、再び部屋が反響する。
「いかん、この場に居ては余計腹が減る…」
とりあえず、倒れた棺桶のフタを一応は元に戻し、グランは部屋唯一の扉を開く。
廊下に出ると通路には殆ど光源がなく暗闇であったが、その突き当りには上から射しかかる光を見つけ、少なくとも巨大迷宮に迷い込んではいないと安堵の息をつく。
長い廊下を一応は壁伝いに進み、光の位置に到着すると、上への階段とハッチがあり、そして、階段の上に口の閉じられた紙袋が1つ、あからさまに置かれている。
中は便箋に包みが2つ。
便箋には気を失った後の日付が記され、筆跡からセバスのものだと判断でき、2人はもう既に屋敷には居ないのだと察する。
「…もしかして俺、置き去りでは…?」
とりあえず、グランは紙袋を脇に抱え、まずはハッチを開こうとするも、ハッチまるでビクともしない。
「くそっ、何だ?堅い?重い?開かないッ!?あの2人の嫌味もここまで来ると犯罪的だな!」
苛立ちながらも力任せに何度もハッチを押し開けようとするが開く様子は無い。
息を切らすとグランは階段に座り込み、仕方なく、持っていた紙袋の包みを1つ開く。
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保存食のサンドウィッチ
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包みをめくるとそこには乾パンに挟まれたチーズ、干し肉のサンドウィッチが入っていた。
空腹に耐えかね、躊躇せず一口頬張るも、それはボソボソとした外側とネチネチとした内側の食感、塩味の強い味付け、噛み切るのにも呑み込むにも一苦労な一品。
「…いや、まぁ、あの場では寝起きのサンドウィッチ大好きとはいいましたけどね…」
頬杖を付き、口の中を保存食の欠片でいっぱいにしながら、噛み続けたまま思考を巡らせる。
「……はぁー、せめて、テコでもあれば……テコ、…テコ…テコか!」
グランは何かを思い出したかのように立ち上がり、口中と残るサンドウィッチを無理矢理押し込み水で流し込むと、左腕から再び<楔>を抜き取り、両足に埋め込む。
そして、階段とハッチの間に自身を<挟みこむ>と力いっぱい足を踏み締め、腕にハッチを当て着けた。
「なればいいんだよ!俺自身が強靭な<テコ>に!」
気合を入れ、呼吸を整え、意識を集中し足に魔力を促す。
イメージは先に見たセバスの跳躍。
そして、2人への怒りを少々。
足に魔力が送られ、<フォース>が放たれる。
腕を押し上げるとメリメリとハッチは音を立て、徐々に隙間を広げていく。
―――バキィッ!!
乾いた炸裂音と共にハッチの縁と中央が裂け、隙間から風が吹きぬける。
だが、腕にはより強力な重圧、新たな抵抗が加わり、グランを潰さんと圧しかかる。
それに耐え、跳ね除けよう、更なる足に魔力を送り込むその時だった。
不意に、まるである筈の無い心臓が大きく跳ね上がり、全身の血流が一気に加速していく感覚に陥る。
左腕が激しく脈打ち、それが全身を焼くような熱となって膨らんでいく。
その熱を足に向けて促し、グランは解き放った。
何かを砕く炸裂音が再び鳴り、衝撃が幾重にも響き腕に伝わる。
足から放つ<フォース>により、勢いよく噴出したグランは瞬く間にハッチを砕き、その先、その上の重圧を砕いていく。
最後の重圧が弾け飛び抵抗が無くなると、同時にハッチも大きく吹き飛び、中からグランの頭が突き出ると、その先には陽の光と外の風景が広がった。
「な…」
そして、その光景を見た時、グランは絶句する。
「な…」
目の前に広がるのは見渡す限りの瓦礫の山々。
落下したハッチの衝撃に瓦礫が崩れ、見知った天井の一部が顔を出す。
「なんじゃこりゃーーーーーーーーーッッッ!?!?」
全壊した屋敷から頭を覗かせ、赤マントの男はただ吼えた。




