9-4.我が中身を知るヒトぞ
「…目測で尾を除き3身弱、人型ではありますが…ドラグネスではありませんね…。ですが、直立する<ドレイク種>とも思えません…」
セバスが呟きながら観察している間、その<竜モドキ>は背中が裂けたデス・ワームの抜殻に足を掛け、何所を見ているかもわからず、ただ佇んでいる。
「…まだかッ!まだかッ!早く、早く来い!クソッ!クソッ!俺の、俺のここまで丹精込めて育てたペットを!俺だけの授かりモノのはずがあァァァア!」
突如として切り札を失った男は叫び散らし、地面に何度も蹴りを入れ、地団駄を踏みだす。
そして、ひとしきり暴れ、叫びあげるとピタリと止まり、再びデス・ワームの残骸を見上げた。
だが、愛しの<ペット>を足蹴に佇む<竜モドキ>が男の眼に入ると、途端に憤怒の形相を浮かべ、懐から再び黒い石を取り出し、それを口に当て、<竜モドキ>へと放り投げる。
「クソクソクソッ!ヤレッ!いけッッ!殺せッ!エスエスアール・マァァァークトゥゥゥゥッッッ!お前の兄弟の仇をとれェェェェッッ!!!」
投げられた黒い石が陽を受け、チカチカと照り返し、男の後方の地面から土煙が噴出し<柱>が再び姿を現した。
「デス・ワームをもう1匹だと!?」
1匹目とはずいぶんと小さいが、それでも荒野一と謳われる怪物を2度も目にするビルキース達は驚愕せずにはいられない。
「PoPoPoGrooooo!!」
現れたもう1匹のデス・ワームは、<竜モドキ>へ威嚇し、口を、中のアゴを開き牙を見せ、触覚を震わせながら突き進んでいく。
だが、向かうその先には何一つ動じる気配はなく、それはやや身をかがめ、その太い前腕と赤い指先をデス・ワームの進路に添えるだけであった。
デス・ワームの突進が<竜モドキ>を触れようとする、その刹那、その境。
デス・ワームの身体は上下に分断され、下半分はその自重でだらりと兄弟の上にもたれ掛かり、切り離された上半分は突進に残る慣性のままに宙に浮き、そして、先の岩へと叩きつけられ、砕け散る岩石と共に砂埃が舞い上がる。
ビルキース達の前には何事も無く、荒野の風が吹き抜け、ただ静寂だけが広がった。
「あー、あー、アハハハ!ヒャヒャヒャ!そんな、アヒヒッ!俺の俺の俺のォォォ<ペット>ぉぉぉおおおお!」
男は狂喜したように笑い声をあげていた。
それは勝利の雄たけびではなく、何かに取り憑かれたような奇怪な笑いであった。
「か、頭のデス・ワームが!?」
先の口笛で呼ばれたのか、馬に騎乗し、かけつけた装束の一団が惨状を見て慌てふためく。
「頭これは一体どういう?……まさか、奴がやったのか?」
その問いに対し、男はまだ肩を揺らしながら答えた。
もはや、その顔には狂気すら感じさせる程だ。
「ころ、コロ、ころせッ!コロセッッ!お前達!<アレ>を!<アレ>をだッ!殺せッッ!殺してくれェッッッ!!」
男が指差す先は未だ佇む<竜モドキ>。
その視線はどこか虚ろで焦点が定まっていないように見える。
指された方はと言えば、男とその一団に顔を向けてはいるものの、特に反応を示すわけでもなく、ただ尻尾をゆらゆらと揺らしているだけだった。
騎乗した者らの数名が一斉に剣を抜き放ち、互いに合図を送り合うと一気に飛び掛かる。
―――Yha! har!
雄叫びをあげ、装束の一団数名が馬の手綱を打ち、デス・ワームの残骸を駆け登りだす。
すると、一団の動きにピタリと<竜モドキ>の尻尾が一時的に動きを止め、デス・ワームの下半分に何か走り書くかのように<細工>を入れる。
続き、その尻尾でデス・ワームの残骸を叩き付けると、ブロック別けされた肉片が幾つか空中に投げ出された。
ビルキースは思わず目を見張り、背筋に冷たいものが走る。
<竜モドキ>の行動からは明らかに意思、判断力となるもの、知性が、本能だけではないものを感じたのだ。
そして、放り投げだされたブロック肉を1つ尻尾で突き刺すとしなりを利かせ、スリング投石の如し、装束の一団へ弾き飛ばす。
飛来するそれに気が付いた者は咄嵯に身をかわすが、幾人かは避けきれずに直撃を喰らい、鈍い打撃音と何かが砕ける音を同時に鳴らしながら押し潰されていく。
同じ動作でまた1つ弾くと、今度は別の者が、その次も1人、更に次の肉塊もまた装束の者達を1人と潰していく。
身体は一切動かさずに、尻尾のみがまるで別の生き物のようにうねり、しなり攻撃を続ける。
まさに蹂躙、次々に飛ばされていくデス・ワームの肉片と悲鳴、怒号が混じり合い、辺り一面は阿鼻叫喚の世界と化していった。
残る突撃中の装束の一団がそのに攻撃に巻き込まれぬよう留まると、<竜モドキ>はその行為を止め、再びその場で佇みだす。
だが、打ち上げられたブロック肉が次々と地面へと落下し、<竜モドキ>は攻撃を止めたというより、中断したかのようだった。
「入った!いける!殺せるぞッ!ざまぁみろ、このバケモノめ!!」
突撃を仕掛けた者達とは別にその後方に装束の1人が弩を構えており、その矢が<竜モドキ>の肩を射抜いたのだ。
装束の射手は歓喜をあげ、引き絞られた弦を解くや、矢を次々とつがえ、放つ。
しかし、それはどれも外す事になる。
いつの間に動いたのか、<竜モドキ>の居た場所には矢が突き刺さり、砂埃を上げているだけでその先にその姿はない。
騎乗する装束の者達も忽然と消えた標的をあちらこちら見渡すばかりであった。
「…は、はは!ハハハ!野郎、逃げやがったぞ!」
騎乗する装束の1人が得意げに叫けび、周囲も追従して雄叫びをあげ、拳を空に向かって突き上げる者や武器を振り上げ喜ぶ者もいるが、一矢を報いた射手の豹変に気付き始めた時はすでに遅かった。
そこには先ほどの射手が<何か>に頭上から串刺しにされて絶命している姿が目に飛び込んでくる。
その<何か>とは言うまでもなく、他の仲間達を葬った、まるで1本の槍の様に長く真っ直ぐとなった<尻尾>。
射手から視線をあげると腕を組み佇む<竜モドキ>の姿がおり、尻尾を緩めると、地面にゆっくりと足を着ける。
そこから数歩、装束の一団へ歩み進めると尻尾を振り回し、突き刺さった射手は肉片となって散らばり、更にその勢いで周囲付近に居た装束の一団数名が切り刻まれていく。
<竜モドキ>は肩の矢を引き抜き、砕くと、のしのしと、ずかずかと、まるでここが自身の縄張りであると言わんばかりの歩きをみせ、残る装束の者達を追い詰めだす。
…
「いけませんね 。あれ以上あの<竜モドキ>に暴れられてしまっては、馬を奪えなくなってしまいます。止めるしかありませんか…」
セバスは装束の一団と<竜モドキ>が交戦する中を見据えながらそう呟き、馬を奪い、離脱する為に身構え、タイミングを測っていた。
「…やれるのか?セバス。」
「体格が小さくなり、人型な分、デス・ワームより相手にはしやすいでしょう。…骨が折れそうなのは変わらなさそうですが。」
ビルキースの言葉に苦笑いで応えると、腰を落とし臨戦態勢にはいる。
そして、セバスは身を屈め、両手の掌に幾つかの小石を握り締めると地を這うように飛び出し、<竜モドキ>の方へと向かっていく。
荒地を踏み抜き、駆け、セバスの眼前に<竜モドキ>の後姿が迫り、握られていた小石を指弾で次々と撃ち放っていった。
背中、尻尾に数発と次々に撃ち放っていくのだが、いずれも決定打とならず、弾かれていく乾いた音が聞こえるだけ。
だが、効果はあった。
<竜モドキ>は装束達への侵攻をやめ、死角から受けた不意の攻撃に対し警戒するように尻尾の動きが変わる。
そして、尻尾がセバスを捕捉すると一瞬動きが止まり、セバスに向かって尾が貫くように直進しだす。
(やはり狙い所ですか…)
向かってくる赤い尾先をセバスは姿勢低く、脇へ跳躍する事で回避し、尾先は地面へと突き刺さった。
伸びきった尾に沿って踏み込み、そのままその根元へと向かってセバスは駆る。
「奇襲で申し訳ありませんが、まずはこの悪戯が過ぎる尾は処理させて頂きます。」
―――ザンッ!
セバスの手刀により<竜モドキ>からその尻尾が切り離され、宙を舞う。
<竜モドキ>は尻尾を失った事によりバランスが崩れ、地面に落ちる尻尾と共にその場に片膝を着いた。
瞬間の隙、セバスは追撃を加えるべく即座に間合いを詰めて接近。
しかし、<竜モドキ>の上半身、そして頭部が突如振り向き、その赤い嘴がセバスの視界に飛び込んできたのである。
(…これは、嘴というよりは…牙、兜、いや、まるで仮面…?)
そして、その<仮面>の顎が左右に開き、奥から<白く並ぶ歯>が覗かせるや、空気が張り詰める程の殺気が漏れ出し始めたのだった。
(ブレス!?いや、ハウリングか!)
セバスが気づいた時にはもうすでに手遅れであり、口内からは高密度に圧縮されたかのような無音の衝撃波が吐き出され、セバスの身体は高熱を帯びだし、全身が焼かれ、痺れだす。
咄嵯に両腕を交差させ防御するも、セバスの身体は後方に吹き飛び、地面に叩き付けられていた。
衝撃で肺の中の酸素が強制的に押し出され、息が詰まるような感覚を覚えつつ、なんとか意識を保つ。
ぼやける視点を定め、顔を上げると<竜モドキ>の姿が覗き込むように見下ろしている姿があり、その赤く輝く仮面と角の奥から感じる視線がセバスを捉えていた。
(…これは、四の五の言ってる場合じゃ無いようですね。少し身体に鞭打たなければなりませんか…)
<竜モドキ>がセバスに踏み潰さんと足を持ち上げ、その足の影を目の当たりにしたセバスは、目を見開き全身に力を込め<気>を巡らせる。
セバスは咄嵯の判断で<竜モドキ>の足元を身を転がしながら潜り抜け、背後に回り込み、間髪入れず首元へ目掛けて跳躍する。
「もう1つ、その<竜核>は<お嬢様>のものです。度々申し訳ないですが、返して頂きます。」
そう呟くと同時に、セバスの手刀が<竜モドキ>の首筋に、そして、胸部中央へと減り込ませ、脇下へと切り裂いた。
血飛沫が上がり、セバスの頬に血潮がかかるも、すぐさま身を引き、距離を取る。
今度は<竜モドキ>の左腕、左胸が跳ね飛ばされ宙に舞う。
セバスはそのまま着地し、<竜モドキ>は両膝を着けると何の叫び声もあげず、全身に乾いた音と共にヒビが走り、その亀裂は徐々に広がっていく。
破砕音が荒野の風に乗せ響き渡らせて、<竜モドキ>の崩れ行くその巨体は砂塵と化し、消えていった。
その光景を眺めながら、セバスは小さく安堵を漏らす。
そして、<竜モドキ>の居なくなったその跡には、左腕と胸部の一部を失った、全身が屍肉色の男が1人、赤い幌を纏ったまま横たわっていた。
(まさか、この男はあの<ミイラ>?ならば、<竜核>は!?)
セバスは急ぎ男を担ぎ、仰向けにすると、胸元を確認する。
そこには確かに<竜核>が男の胸から僅かに顔を覗かせており、セバスは急いでそれを抜き取ろうとするが、<竜核>は胸の奥へ沈んで行く。
すると、男のそれまで屍肉色の肌がボロボロを崩れ、血色が戻りだし、更には傷が塞がり、それどころか刎ね落とした左腕が再生していく。
(…これは困りましたね。<竜核>が取り込まれてしまったようです。)
どうしたものかと、考えあぐねるセバスの耳に、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「セバスッ!無事か!?」
ビルキースは戦闘が終わったと判断したのか、辺りを見渡しつつ、セバスの方へ駆け寄ってきた。
「えぇ、なんとか…。ただ、少々厄介な事になりまして……」
セバスが苦笑いを浮かべつつ答えると、ビルキースはこちらを向く前のセバスの視線を追い、それに気づいた。
その先には纏っている幌から<竜モドキ>の残骸、そして、それがあの<ミイラ>だという事に気付く。
「…死んでいるのか?」
ビルキースの言葉にセバスが首を横に振る。
「いえ、見てください、私は<竜核>を抉る様、左胸部を切り飛ばしたのに、胸部が復元し、今も尚、腕が再生しつつあります。」
「それでは<竜核>は!?」
「申し訳ありません…。恐らくですが、このミイラ、いえ<この男>に取り込まれてしまったようです。」
頭を下げ謝罪をするセバスにビルキースは髪をかき上げ、頭を抱えはしていたが、その言葉に驚く様子も無く、むしろ納得したかのような表情でいる。
「仕方あるまい。<竜核>は、この男を連れ帰ってどうにか摘出できないか考えるとしよう。」
そう言いつつも、セバスに対して責めるような事はせず、ビルキース自身もまだ、この状況に困惑していかのようだった。
「フン。それにしても、この男はいいご身分だな、すやすやと熟睡とは。目が覚めたら私の手駒としてコキ使ってやる。」
ビルキースのそんな言葉にセバスは思わず笑みを溢してしまう。
その様子にビルキースは眉間にシワを寄せつつも、セバスと同じように微笑む。
「さぁ、お屋敷に帰りましょう、お嬢様。」
―――




