9-2.我が中身を知るヒトぞ
荒野、僅かな草木が点在する程度の礫砂漠が広がり、そのど真ん中にある遺跡郡の1つ。
乾いて熱く焼けた風が吹き抜け、砂塵を巻き上げ舞い上がる。
2人の人物が日除け程度の簡易的な天幕の中で採掘された品々を吟味していた。
1人は白髪の老人で、もう1人は黄金色の髪に小麦色の肌、彫の深い顔立ちをした女。
女は細身ながら、豊満な胸元ながら、その立つ姿勢だけでも雄々しき雰囲気を放ち、身に纏う衣服にも気高さがまず感じ取れる。
傍らには、大きな背嚢が幾つも置かれており、その中には大量の鉱石やら採掘に使われる道具と思われる品が詰まって並んでいた。
そしてこの日、彼女はこの砂漠地帯の遺跡群を巡り、覇王時代に残る文明の遺物の蒐集を行っている。
…
「あぁ、間違いない。休眠状態ではあるが…これは<竜核>だ。」
そう言って、女は並べられた遺跡からの蒐集品が納まる箱の1つの中身を手に取り掲げ見る。
女の掌に収まっているそれは、拳大の大きさの宝玉、いや、まるで虹色に照る球状の油膜、シャボン玉の様な水晶球。
手にしたそれを天幕内の光源にかざし、女は様々な角度から見ては、指先に圧をかけたり、手の平の上で転がしたりと、その感触を確かめていた。
<竜核>とは成体となった竜に備わる器官であり、それまでの成長過程に魔力を蓄え、竜にとってのもう1つの心臓のような役割をする。
故に、損傷なくこの器官が摘出されれば、高純度の魔石、晶石を凌駕する生ける魔力の触媒、または動力源として利用できる。
もちろん成体した竜が、この<もう1つの命>を使いきる前に取り出さねばならず、また摘出するには竜体内の知識が必要とされる為、必然的に稀少な部位となる。
それが遥か500年以上も昔に滅びた遺跡から出土するとは、思わぬ<掘り出し物>に興奮したか、女の顔は紅潮しだし、目が輝いていた。
一方の老人は、そんな様子の女の横顔を眺め、平静な態度ではいるが嬉々とした表情でいる。
「なんと、ではお嬢様。」
「<お嬢様>は止めろ、セバス。」
「申し訳ありません。ビルキース様。我が主人。」
セバスの訂正の返答を聞き、ビルキースと呼ばれた女はその手に持った宝玉を箱戻すと、あごに手を当て考え込む仕草をする。
「含有、生成できる魔力は計測してからだが、これは木端の古代魔導学書や技術書とは比べものにならん。よくやってくれた、セバス。これは計画が前倒しになるかもしれんぞ?」
「光栄でございます。ですが、この発掘は私の力だけではなく、作業員の鉱夫達の力あってこそです。彼らへの報酬をお忘れなく。」
セバスはそう言いながら頭を下げると、ビルキースは「ウム。」強く頷き答える。
2人が今いる場所はかつて覇王が君臨したとされる土地で、覇王の眠る首都遺跡からは若干離れた周辺都市の遺跡群である。
都市機能が停止して幾百年、かつての栄華、栄光を極めたという伝説の都市も人の手がなくなってしまえば陽の光に晒され、灼かれ、朽ちていくものであった。
広大な砂漠の中、僅かだけが遺跡は地表から顔を見せており、かつて地上にあったはずの都市は塵積もる砂や地盤沈下によって地下深くまで押し込まれてしまい埋没している。
しかし、それでもなお、この地に眠る古代の遺産は数知れず、特にこの辺り一帯は覇王時代の文明、技術を強く残す遺跡が多く、それらの利用価値は高い。
ビルキースはこの一帯の遺跡群を定期的に訪れては、こうして<発掘作業>を行っていた。
「旦那!旦那!た、大変です!」
ビルキース達が今後の計画を立てている最中、慌てた様子の男の声が響き、駆け込んできたコボルドの鉱夫に、ビルキース達は振り返り天幕から出ると、何事かと尋ねる。
鉱夫はセバスに渡された一杯の水を一気に飲み干すと、息を整えてから報告をあげた。
…
「何?死骸がですか?」
「賊か旅人の行き倒れか何かか?それなら珍しくもないが…」
<死>は採掘、発掘には付き物だ、それは冒険者達程に日常的なものでは無いにしろ、珍しいものではない。
特にこのような地であれば尚の事、この地に訪れた先人、もしくは迷い人の死体など、過去に幾度となく発見されている。
自らが起こした発掘の事故であるならば由々しき事態ではあるが、それ以外ならばさほど気にすることでもなかった。
だが、今回発見されたものはただの死骸ではないという。
「焼け焦げた様な真っ黒な死骸は胸が引き裂かれて、ぽっかり穴が開いてるんです。まるで何か気味の悪い儀式にでも使われた感じでして…。しかもその死骸の在り方や周りだけ真っ赤に染まってるんですよ!?」
鉱夫の男は早口でまくし立てる様に説明をするが、2人は要領を得ず首を傾げるばかりであった。
確かに奇妙な話ではあったが、それだけではどういった状況なのか見当もつかない。
「わかった、案内しろ。セバス。」
「かしこまりました。後にそちらへ伺います。」
ビルキースとセバスはお互い顔を見合わせ、頷き、ビルキースは鉱夫の先導に従い現場へと向かうことにした。
―――
かつて覇王と呼ばれる存在が君臨していた時代に建造された土地の地下には、巨大な空洞が広がっていた。
まるで地下岩盤層を切り抜かれたように空間が開けており、そこには柱も兼ねているのか、天井にまで届く塔が建ち並び、当時の繁栄を物語っている。
地上の砂漠とはうって変わり、流れる地下水の清涼さと毀れ射す陽の弱まった光で廃墟は植物が生え、この地下に広がる楽園は静寂で満たされていた。
そして、その中の一角、かつては荘厳な造りをしていたであろう、他とは概観に神秘性が見受けられる塔の中へ踏み入れると異様な光景が飛び込む。
ビルキースと追ってセバスが部屋の奥を見上げると、目の前には鉱夫が言うとおりにまるで炭化した様な真っ黒に干乾びた死骸。
だが死骸は横たわったものではなく、まるで壁から生えて、いや、<壁から羽化>するように上半身のみが突き出していた。
死骸を中心に広がる、その血の如き赤色の正体は結晶で、結晶そのものは部屋全面を覆っていたが、他は白、無色なものであった。
ビルキースは死骸へ慎重に近づき観察すると、赤く染まった結晶に塗れた壁へ手を触れる。
「…塩か。」
言葉通り、結晶の壁表面は塩で覆われており、触れれば崩れ落ちてしまうほどに脆く、そして指先には結晶が付着した。
そしてツンと鼻に刺さる刺激、ビルキースはその正体を知るために指先のそれを舐め取り、目を細め確信を得る。
強い苦味があるものの、それは紛れもなく<塩>。
つまりこの死骸は全身を塩の壁に埋め込まれ、閉じ込められている状態であった。
だが、何故そんなことをする必要があるのだろうか。
…
「おい、コイツを掘り出せ。報酬は2倍だしてやる。」
ビルキースは集ってきたこの区分の鉱夫達にそう指示を出すが、彼等は互いに顔を見合わせて困惑するばかりで返答らしいものはない。
「…ならば3倍だ。」
更に、報酬を上乗せしてみると、ようやく何人かが動き出し始めるも、今度は手を止める者が現れ始めた。
どうにも歯切れが悪い反応にビルキースは眉間にシワを寄せながら、もう一度、声を上げる。
「…5倍だ。」
「だ、旦那ァ…簡便してくだせぇ…」
鉱夫の1人がビルキースの前に出、両手を広げて立ち塞がり、その表情は今にも泣きそうなくらいに怯えている。
その姿を見たビルキースは額に手を当て溜息をつく。
「アッシらは遺跡に奥まで踏み込んでまで日銭を稼ぎたい連中は少ねぇ…。コレまで通り、瓦礫の撤去や運搬はやりまさぁ…。だが、こういった得体の知れないモンには関わりたくありゃしませんぜ……」
鉱夫達からすれば当然の反応である。
未知の物体、それも明らかに異常をきたしていると思われるモノに自ら進んで関わろうとするものは余程の物好きか、命知らずぐらいのものだろう。
ましてやその死骸の有様はあまりにも異様で、不気味でしかない。
ビルキースはチラリとセバスの方を見ると、彼は真剣な視線の後、無言のまま首を横に振る。
「わかった、私がやる。お前達はセバスから指示を受けて別の区分に回れ。」
「す、すみません!旦那ッ!悪く思わないでくだせぇ!」
鉱夫は頭を何度も下げると、他の者達を引き連れて、そそくさとその場から離れていった。
残されたのは2人だけ。
ビルキースは鼻息を荒げると、再び死骸に目を向け、その異様な姿に再び顔をしかめる。
「お嬢様。」
「<お嬢様>は止めろと言っただろう。フン。もう少し気骨と浪漫がある奴等だと思ったのだがな。」
「申し訳ございません。ですが、こればかりは致し方ないかと…」
「わかっている。…私はこれから作業に入る。お前は鉱夫達をコキ使ってやれ。」
「かしこまりました。」
強く指差されたセバスは困った顔を少し見せると、頭を下げ、そのまま部屋から出ていった。
1人残ったビルキースは改めて死骸へと向き直る。
結晶によって埋め尽くされた死骸は一体どれ程の間、ここに放置されていたのか。
ビルキースは死骸から血液の如く広がる結晶へ触れようと手を伸ばした時、視界のあるものが映る。
それは一面に赤く広がる結晶の一部分、他の結晶とは違う、違和感ある形をした箇所。
ビルキースはその部分を注視しながらゆっくりと近づくと、それは<剣>であった。
「これは…、周囲の塩の結晶ではなく…晶石、<火の晶石>の刀身か。」
目の前に死骸と同じくし、まるで壁から浮き出したかのような状態で存在する赤い刃。
ビルキースは手袋を締め直し、刃に手をかけると体重を乗せ、一気に壁から引き剥がす。
バリバリと音を立てながら砕け散っていく周囲の結晶の破片と共に現れたのは紛れもない、火の魔力を帯びた純度の高い、高密度の晶石。
柄は既に腐食しており、本来であれば刀身までも朽ち果てていたであろう状態だが、恐らく死骸と同様にこの晶石もまた、この場に閉じ込められていた為、劣化することなく残っていたのだと考えられる。
しかし、この死骸の状態といい、この剣といい、この場で何があったのか。
ビルキースは興味深く死骸を見つめながら、剣を適当なもので包むと採掘の準備をしに、一旦この場を離れた。
―――
「お嬢様、作業は如何ほどでございますか?」
あれから数日、幾度かセバスがこの場所を訪れ声をかけるも、ビルキースは組まれた足場の上で異質の死骸の埋まる壁を眺め、一心にノミを振るっては作業に没頭する日々が続く。
そんな彼女を邪魔しないよう、セバスは黙々と彼女の差し入れや周囲の片付けをする毎日を送っていた。
「<お嬢様>は止めろと言っているだろう。」
だが、今日はセバスが部屋の奥を声をかけながら覗きこむと、返事をする彼女は何時ものように足場にはおらず、小さなテーブルによりかかり、セバスの差し入れた温ワインを小さなグラスで口にしている。
「フン、ずいぶんお前には世話になっていた様だな。そっちこそ、作業はどうなっている?」
「もう既に日程は終え、鉱夫達と共に撤収の準備が出来ております。後はビルキース様だけですよ。」
ビルキースはワインを喉に詰まらせそうになるのを堪え、ゴクリと飲み込むと、深い溜息をつく。
「…今は私が一番予定を遅らせていたか。だが後は<コイツ>を運び出すだけだ。明日にもかからんさ。」
そう言ってビルキースは足元のシートで被せられた<何か>をアゴで指し示し、セバスは壁を見上げ死骸の部分が掘り出し終えている事で察する。
「承知しました。それではさっさと運ぶと致しましょう。でないと最初に吹っ掛けた鉱夫達の費用よりも嵩みそうですからね。」
「あぁ、全くだな!」
二人は顔を見合わせると互いに笑い飛ばし合った。
―――
翌朝になり、辺りが明るくなる中、撤収作業を終えたビルキース達は早々に馬車で荒野を駆け抜けていく。
雲一つない澄んだ青空が広がり、地平線から朝日を浴び、輝く別の遺跡群が目に映る。
前方には鉱夫達が乗る馬車の荷車が2台連なり、彼女達の馬車はそれを追うように走っていた。
御者席に座るセバスの隣にはビルキースが頬杖をつき、目を細め、流れゆく景色を見ながら呟く。
「…<ウィザーク>…か。」
「…<塩の柩と賢人>の逸話ですか。…確かに、話の結末と死骸の惨状を考えるとその通りですね…」
…




