7-2.剣の募る日々に
「キミの本名だけではないよ。…ベルゼー。」
「はい。では<一部>を。」
ミカちゃんが視線を送ると、ベルゼー卿はどこからと書類の挟まれたボードを取り出して読み上げだした。
「ラミーネ。本名、ラゥ=ミーネ=リダ。出身はラの海の里。ラミアー衆、現ラゥ家の第二分家の次女。シャンフゥの魔術院卒業生。」
「…!!」
「シャオリー=フース。出身はシン大国ミィムン風廊渓谷の村の1つ。彼女もまたシャンフゥ魔術院卒業生。先と同門同卒ですな。」
身体の背筋がピンと張り、息が詰まる。
私が冒険者、パーティを組む前後での経歴はギルドに書類を幾度か提出している以上、追えても不思議は無い。
だが、私の出身の詳細に関してはリーダーであるフレインはおろか、付き合いの一番長いシャオリーにすら喋ったことはない。
<ネレイド族>の族衆、家名は例え同種族であっても階位が上であれば探るのは難しい。
それが、ましてや外部からなんて、最上階位やその身辺の族衆でもない限り出来様がないのだ。
しかし、現にベルゼー卿は私の衆、家名どころか家柄を調べ上げていた。
ベルゼー卿はチラリとこちらの顔だけを伺うと、再び書類ボードへ目を移し、ミカちゃんは目を瞑り、ただ聞き耳を立てている。
「アーカム=ケルディ。元は大陸西部の傭兵団斥候所属。ほう、大した経歴の数々ですな。」
「…」
読み上げられる彼の経歴はパーティ内なら誰もが周知の事ばかりで、アーカムは普段通りの寡黙のままで居た。
中には私達の知らない事も幾つかあるが、彼はそれに対して口を挟まず、その姿勢を動かす気配はない。
それ故に、彼の沈黙にパーティは信頼がある故に、調査の内容が的確である事を逆に示す。
事、間違いがあるのであれば、アーカム自身が口を開き否定をするからだ。
「ダッカ。本名、ダイゼン=ブラムボーン。亡国・ダーレン小国の騎士団長。」
「騎士団長!?」
「ダッカが!?」
ダッカにフレイン以外の視線が集まる。
私と同じ、知られる訳が無い<まさか>を探り当てられたのか、ダッカは腕を組み、表情は何かに覚悟を決めるような顔付きへと変わった。
そして、隣のフレインからも同じ顔付きが覗き見える。
今に思えば、このパーティは昔の事を語りだした事が殆ど無かった。
せいぜいシャオリーが故郷の手料理を振るってくれる際、彼女の村の話が出てくるくらいだ。
その話題に私が彼女の村で世話になってる間の話を乗せ、フレインとダッカが習慣の違いを語りだす。
2人の会話仕草、パーティを組む大分前から、2人は行動を共にしていたのはなんとなく感じ取れるものだった。
「それで、フレイン君。キミの本当の名は。」
「…待った。ミカちゃん。」
大きく溜め息を吐き、ダッカは何か観念したかの様に前へでると、フレインの前に太い腕を割り込ませ、2人の視界から遮った。
「ワシの調べが着いているのならフレインの事もわかっていよう。なら、そこから先は当人の口から仲間の耳に入れさせて貰えんか。一応はリーダーとしてのケジメの姿勢ってのを見せてやりたいからの。」
「…すまない。ダッカ。キミの言う通り、名を全て捨てるべきだったかも知れない。」
「何、気にするな、いずれバレる段階は来るだろうからのぅ。それが今だというだけじゃ。いや、バレる時には良い方じゃろ、なにせ眼前に居るのはかの有名な<錬金六席>。だ、そうじゃからな。」
ダッカはフレインに向かって声こそはあげないものの、何時もの大笑いをする表情を向ける。
「どうするんだい?フレイン君。」
「……一応、他人が耳を立てられない場所を用意してもらえませんか。」
「…わかった。じゃあ、休憩もかねて場所を移すとしようか。ベルゼー。」
「かしこまりました。準備が出来次第お呼びするので、しばしお待ちくだされ。」
ミカちゃんとベルゼー卿はそう言うと玉座を飛び降り、再びその奥へと消えて行った。
―――
しばらくの後、2人とは別の使用人が私達の前に現れ、案内されたのは屋敷の中庭であった。
一面は芝生の原っぱの公園かの様にだだっ広く、その中央にぽつんと円テーブルと並ぶ椅子が、そして、ベルゼー卿が視界に入る。
席へと通されると、ベルゼー卿と使用人はワゴンから菓子が盛り合わせられた皿と茶を並べていく。
「では、もうしばしの間、召し上がりながらお待ちを。」
そう言うとベルゼー卿は使用人と共に私達の前から去っていき、私達はまたもその場に取り残された。
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昼下がり菓子の盛り合わせとハーブティー
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「…行ってしまったのぅ。また場所移し変えるんじゃろうか?」
「さて、僕達はとりあえず指示に従うだけにしておこう。」
フレインとダッカは先の緊迫感が何処かに残った顔付きで、去っていく2人の背中を眺めていた。
「んんん~~~~、このベリージャムのタルトおいしいぃぃ~~♥」
そんな少し肩に気が張る2人を見兼ね、私は小皿に1つのタルトケーキを移すや、早速先端をフォークで分け、口へと運ぶ。
複数のベリー果実の各々の食感、煮詰められた砂糖の粘り気、タルト生地の歯ごたえと乳脂の香り、それぞれの造詣が整った味は大衆酒場で出される菓子じゃ味わえるものではなかった。
そして、ゴクリと喉の奥へと送り、私は自然とフォークを走らせ、次を口の中へと頬張っていく。
「…って、お前、もう手を着けてるんか。あぁ啖呵を切った割りには、相手の出すものへの警戒心や反目姿勢が無さ差過ぎるというか。」
「ふぇー?だって召し上がって待てって言ってたんだし、いいじゃない。食べ物を粗末にしたらいけないのは万国、万人共通でしょ?」
「あのなぁ。」とダッカは私に呆れた顔を浮かべてくるが、それを無視し、ニコニコとシャオリーに菓子のおいしさを伝え、推し進める。
「まぁ、お茶だけでも頂きましょう。私もなんだか喉が渇いてしまいました。」
そして、シャオリーは私の送る笑顔に根負けた苦笑で答えると、ティーカップを手に取る。
アーカムも既にお茶へは口を着けはじめ、現状の安全性が確認され、休憩を取らない姿勢が劣勢となったフレインとダッカも堪忍し、肩の力を抜きだした。
私もパーティの空気が何時もの様になったのを見て、また一口、タルトケーキを頬張ると、茶を口に着ける。
「ねぇ、シャオリー。コレ。」
「はい。ラミーネ。」
茶を一口啜った直後、私とシャオリーは互いの顔を見渡した。
「「苔丹茶!」」
「タイダンチャ?なんじゃそりゃ。」
「えぇ、私の住む地方の赤見がでて玉状になった水苔をお茶にして飲むんですが…」
「はぁ~、苔がのぉ。まぁ土地次第じゃ木の根や石片も茶にすると言うからの、不思議ではないか。」
とは言うものの、ダッカは茶に口を着ける度に繭を曲げて疑問が引っ掛かった顔をしている。
「あははは、なっつかし~味!宿庵の住み込みで修行してたときは生活費稼ぎにいっぱい摘んで、嫌って程飲んでたのに。」
「えぇ、でも、不思議ですね。確かにあの味なんですが、すごく飲み易いといいますか。」
「そうそう、最初の口当たりにすっごーーーく、エグ味があるのにね。」
「まぁ、元々とは薬茶に使うものですからね…」
「気に入ってくれたかい?馴染みの味の様でよかったよ。」
「ミカ…ちゃん。」
雑談が弾みだしたとき、テーブルの空席、その後ろからまだ私達に馴染みの無い少女の声が響く。
「うん、うん、お待たせ。」
「では、また何処かに移動を?」
フレインは彼女が現れたと認識すると即座に席を立った。
「フレイン君は酷いなぁ、ボクが用意したお茶をボクは飲む事すらできないのかい?それに、この中庭はちょっとした<仕掛け>があるし、周囲はベルゼーが見張っているよ。」
ミカちゃんは皮肉を一言、そしてフレインは彼女の視線の動きに気づくと空席を引き、そこへエスコートした。
そこへ先での謁見の間の様にぴょんと跳ねては座り、テーブルのタルトケーキを行儀悪く手掴みで取りあげる。
「だから移動は無しだ。ホラ、なんだっけ、シンのことわざだったかな?<カベニミミアリ、ショウジニメアリー>。壁に囲まれてる事が密談の場所ではないのさ。」
フレインが空のティーカップにポットの茶を注ぎ、ミカちゃんは「うん、ありがとう。」と礼を述べると、掴んだタルトケーキに齧り付いた。
「…それは、ヒノモノのことわざですね。」
シャオリーは苦笑いを浮かべながらやんわりとミカちゃんの諺を訂正する。
「それに、キミ達側も警戒を怠っているわけじゃないだろう?」
ミカちゃんは残りのケーキを頬張り、指に着いたジャムをしゃぶりとりながら、チラリ、アーカムへ視線を向ける。
アーカムは普段通り、静かな姿勢のままではあるが、その背中からは張り詰めた空気を漂わせている。
「まぁ、それはそうじゃがの…」
「うん、うん、それじゃあ、互いの<目的>を摺り合わせよう。リーダーのフレイン君が<専属の冒険者>に成る事は、金銭や名誉が<目的>ではないのだろう?」
今度はフレインに視線を送り、ミカちゃんはティーカップの茶をぐいっと一気に飲み干し、フレインはまだ手に残ったポットの茶を再びティーカップへと注ぐ。
「…僕達、いえ、<僕とダッカ>の目的は<コレ>です。失礼します。」
2人が合わせ、頷くと、フレインは席を立ったまま、何時も帯剣しているのとは違う剣を鞘から抜き、テーブルに置いた。
それは、淡い翡翠色を基本とし、いくつかの色光が混ざり、輝く、<石晶剣>。
だが、剣の刀身は鞘に比べると半身程しかなく、切先は砕けている様だった。
「その折れた剣は?」
「<聖輝剣>。ダーレンの…<大龍心洞>に<宿っていた大精霊>より賜った剣です。」
「…へぇ、そうか、そうか。うん、うん、やはりダーレンに<大龍心洞>か…」
ミカちゃんはそれまでの何処か、常に気だるそうな表情、特に目の色が変わりテーブルに置かれた折れた剣を覗き込む。
「ベルゼー卿が言った通り、ワシは今は亡き、そのダーレンの騎士団長。そしてフレインは…」
「僕の本当の名はフレイン=ヒム=ヴァンダーレン。ダーレン王家の遠縁者で当時最高評議会の内の一人の息子です。」
「と、いうわけじゃ。そして、ワシらはこの<聖輝剣>を直す手段を探していたワケじゃ。」
「説明してもらっても、いいかい?」
フレインは剣をそのままに、席へ座り、やや俯きながら話し出した。
「…僕達は<大精霊>から、この<聖輝剣>で<大龍心洞の浄化>を託され、その中枢部であり浄化先の<龍脈炉>へと向かったのです。」
「だが、いざその<龍脈炉>の一戦で、この<聖輝剣>を砕いてしまってな。<浄化>は失敗、ダーレンは地盤崩壊を引き起こし、生き延びたワシらはこうしておめおめと名を伏せて、恥をさらし回ってた…。というワケじゃ。」
空気が重くなる、それは後悔や懺悔、悔いるという過去からの鎖が周囲を取り囲み縛り付け圧し掛かっていく。
真面目なフレインはまだしも、ダッカもこの話題を口にした途端、何時もの豪胆さが沈み失せてしまっていた。
「何故、<浄化の失敗>が<ダーレンの崩壊>となったんですか?」
「…それは。」
「…まず<龍脈炉>。その浄化を必要とした理由は<魔神の寄生>だね。フレイン君達はその排除に失敗した。」
「!?…ミカちゃん、お前さんこの件何処まで知っておるのじゃ。」
シャオリーの質問にミカちゃんが割って入る。
ダッカその答えに驚き、ミカちゃんへ聞き返すが彼女は茶を口にしてフレインの回答を待っていた。
「…はい。ですが崩壊は<魔神>によるものではありません。<聖輝剣>が砕け、浄化ができないと判断した<大精霊>による<龍脈炉の暴走>によるものです…」
「その決定打となる<聖輝剣>を砕いてしまった以上、ワシらもダーレンの崩壊原因の一旦があるという事じゃがな。」
………
場はより重苦しくなる。
数年とパーティを組んでいたというのに、私とシャオリーは今の2人にかける声を見つけられないでいた。
だが、ミカちゃんは淡々とフレインへの質問を続けていく。
「…それで、剣を直す理由は何でなんだい?損じたとはいえ役目を終えた道具を持ち続ける理由はないだろう?」
「……ただの自己満足…に、なるのかもしれません。剣を直した所で、ダーレンは復興するかわからない。亡くなった人々も戻ってくるワケでもありません。」
「ですが、僕達は再びあの場所へ足を向け、その結末を、この目で確かめる義務があると思うのです。いや、確かめなきゃいけない事が僕にはあるッ。」
「フレイン…」
今まで奥に溜めていたものが吹き出たのか、フレインの拳から握り締める音が鳴る。
「…なるほど。だいたいの事情はわかったよ。」
ミカちゃんは空になったティーカップを皿に戻し、大きく息を吐く。
「うん、うん、そして、キミ達とボクは互いに協力を結ぶ事ができるのが確信できた。もっと詳しい話を聞きたい所ではあるけど、今度はボク側の事情と目的だね。いいかい?」
「は、はい。是非。」
淡々とするミカちゃんの進行にフレインは我に返り、握り締めた拳を緩める。
そして、パーティの面々は互いに視線を送り頷きあうとミカちゃんへと向き直した。
「…今、<錬金六席>は意見が対立し指針が纏まらない案件が増えたんだ。急速な世代交代ってのもあるんだけど、頻繁にあがる議題が1つあってね。それが…」
こちらに視線が集まったわかると、ミカちゃんは話を続けながら再びタルトケーキを手掴みで取り上げ、そのまま齧り付く。
「<魔神>さ。」