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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
100/232

22-1.断つ、繋ぐ

 冷たい潮風が海の水平線の彼方より吹き抜け、曇り空から僅かに覗かせた陽は海面、その先の<魔法都・レテシア>のドーム状の結界を照らしている。

赤い襟巻き、赤いマントをなびかせ、それらに身を包んだ男は街の外へと通じる大階段の踊り場に立ち、眼下に広がる海を見つめていた。

「赤法師殿~!すぐに発つ別の街へ向う馬車が見つかったにござる。ハンス殿が戻られ次第、このまま馬車停に向かうとしましょうぞ。」

赤マントの男を呼びながら階段を降りてくる異国風貌、額に2本の角を生やす<ゴブリン族>の剣士ソウシロウに対し、男は振り返る事もなく「あぁ。」とだけ返事をする。


「…思い返せば、あそこにも結構長く居座ったでござるな。」

男の傍らまで歩み寄ってきたソウシロウは感慨深げに、しかしどこか寂しげに呟くが、赤マントの男はただ黙って遠くに見える水平線の先の街を見ていた。

「お待たせ。ついでに飲み物と軽食を買ってきたよ。」

「おぉ、ハンス殿。これはかたじけない。」

そこへ眼鏡をかけた魔術師風の犬頭獣人の<コボルド族>のハンスが紙袋を手に持ちながら階段を上りながら戻ってくると、それを赤マントの男とソウシロウに手渡す。

そして、ハンスもそのまま赤マントの男の横に並び立ち、同じく街を見下ろす。

赤マントの男はハンスに視線を向ける事なく、受け取ったものを口にしながらは無言のままであった。

3人は各々、円錐状の包まれた紙に入った物を摘みながら、海を眺めては無言の時間を過ごす。


***********************


一口サイズの鶏肉と芋のフライ詰め合わせ


***********************


「グラン、よかったのかい?あそこに残らなくて。」

「…残ってどうするんだよ。」

「でも。それは…彼女の記憶が戻らないにしても一緒に居る選択だって…」

グランと呼ばれた赤マントの男が不機嫌そうに答えると、ハンスは困り顔で苦笑した後に口をつぐむ。

「お前も聞いてただろ?俺はより一層アイツの小間使いに成り下がって、こうして手元にヤツの仕事がある。以上は俺に選択肢がないってことよ。」

そう腰から封書を抜き出し、ひらひらと見せつけながらグランは言い捨てた。


「それよりも、お前こそ何であの街を出たんだよ。<龍天楼>とやらの仕事があったんだろ?」

手摺りに背中を預けたままグランは、隣に立つハンスに問いかける。

「大丈夫、そこは後任を呼んであるから。それより<龍天楼>としてはキミのボス、ビルキースさんが気になってね。」

ハンスは先程までの笑顔から一変し、真剣な面持ちで答えた。

「…え。もしかして、お前、あぁいう年増女が趣味なの?」

「ち、ちちち、違うよ!ビルキースさんの保有する技術や知識が<龍天楼>として確認しておきたいんだよ!そ、それにボクが本当に気になるのは…」

慌てて否定の言葉をまくし立てるハンスだったが、途中で言葉を濁すと、視線を逸らす。


「からかって悪かった。ハハ、お前はいいヤツが過ぎるな。だが、あの女を追った序でに俺の心配なんてしたら胃袋を数用意しなきゃならんぜ?」

グランはそう皮肉を語り手摺りから身体を起こすと、そのまま階段を上りだし馬車停の方へと歩き出していく。

「…少しは吹っ切れた。と、いうワケにはいかなそうにござるな。」

ソウシロウはグランの後を追うようにハンスの肩を叩きつつ、階段を上り追う姿勢をみせる。

「ささ、拙者らも向うとしよう、でなければ赤法師殿だけで行ってしまいそうにでござる。」

ハンスはその2人の姿を見送りながら、再び海の向こうを見下ろしていた。


~~~


「…それで、アナタはだぁれ?」

青く長い髪をした1人の<ドラグネス族>の女、ナナリナが部屋に押し入ってきた目の前の赤マントの男を不思議そうな表情で見つめていた。

「お、お前、何を…」

「あ、ご、ごめんなさい。さっき、青黒の翼の子と男の子がもお見舞いに来てくれたのだけど、私その子達の事を<知らない>じゃなくて思い出せなかったみたいで…」

慌てる様子のナナリナを見て、グランは横で看病していた女性、エフィムに向き直り目で現状を問い質すも、エフィムは黙ったまま首を横に振る。


「で、でも、それならアナタも私の事を知っているのよね?だったら、少しここに居てもらえる?私、今度は思い出してみるから。」

「ナナリナさん…!今は…」

エフィムは焦り、病み上がりの彼女を制止しようとするが、ナナリナはそのエフィムを手で制すると、言葉を続ける。

「…お願いやらせて。きっと、大丈夫!だって彼、こんなに<赤い>のだもの、思い出せるはずよ!」

そう言って彼女はグランの手を強く握り返し離すと、クスクスと微笑む顔は今までに何度となく見た、グランの知る彼女そのものだった。

そして、彼女は目を瞑り、眉間に力を入れると記憶を辿ろうとしているのか、沈黙する。

だが、それも僅かの間で、彼女は呼吸が荒くなり、胸元を掴むと涙をポロポロと零しだす。


それを見たエフィムは急ぎ、吸入器のマスクをナナリナに当てると背中をさすりながら介抱を始めた。

「…大丈夫、大丈夫ですよ。ゆっくり、思い出していきましょう。」

落ち着いた頃合いをみて、エフィムが優しく声を掛けながらナナリナの姿勢を楽なものにさせると、ナナリナは深呼吸をしながら何度も肯く。

グランはその様子に呆然としたまま距離をとりだし、そこに部屋に居たもう1人の赤い髪の女、エイミが割り込むと、部屋、更に宿舎の外へと連れ出した。

「…すみません。まだ、しばらくは、ナナリナから距離を置いてくれませんか…」

宿舎の玄関口で彼女は外へグランを押し出し、申し訳無さそうに頭を下げるエイミはただ一言だけ告げ、宿舎の入り口の扉は閉まる。

グランはただ呆然としたまま、宿舎に背を向けると、ふらりふらりとその場から離れて行った。



「やれやれ。元々は私が建てた家だというに、一服するのに追い出されてしまうとはな。」

宿舎から背を向け、少し歩いたその先、グランの見知った3人が木陰で立ち話をしている。

その内の1人、波打つ金髪をなびかせ、コートを肩にかけた褐色肌の女がキセルを片手に愚痴をこぼしていた。

「…ビルキース…。ビルキースッ!お前ッ!!」

グランは彼女を認識し、その名を呼ぶと同時に詰め寄り、彼女の襟首を掴み上げる。

しかし、ビルキースの方は一切動じる素振りもなく、いつもの調子で口を開いた。


「どうした、何を怒る。あの娘の命は約束通りに繋がっただろう?」

「止めるでござるよ!赤法師殿ッ!」

怒りのままにビルキースを殴りつけようとするグランだったが、隣に居たソウシロウによって羽交い締めにされ、引き剥がされる。

そんな光景を見ながら、ビルキースは心底愉快だと言わんばかりにキセルを吹かし呆れた笑い声を吐く。

「自分の手で助けられなかった分際で、感謝の前に殴りかかるか。」

「ビ、ビルキースさんッ!」

隣のもう1人、ハンスが咎めるように叫ぶが、ビルキースは激昂するグランを眺めながらただキセルを吹かす。


「…でも、グラン。ビルキースさんの言う通りなんだ。あの失血と瘴気の汚染でナナリナさん、彼女が助かったのは奇跡と言っても過言はないんだ…」

「じゃあ、なんで!記憶がッ!?」

「…その失った記憶も数ヶ月、つまりは拙者らと共に居た時間程度。命を繋げられた事に比べれば良しとも言えるにござる。」

「ソウシロウ、お前まで!」

ハンスに続き、ソウシロウまでもが結果に対して同意を示す言葉を口にし、グランは2人を睨み付けた。


「フン。原因を1つあげるなら、今のあの娘の血の殆どをキサマの<竜核ドラゴンハート>を介して得た血と瘴気に汚染された血が占めているからだ。」

ビルキースはグランの怒りなど意にも介さず、キセルから吸い上げた煙を吐くと淡々と説明を始める。

その態度に余計に腹を立てるも、グランは<竜核>の単語を聞き、耳を傾けざる得なかった。

「…<イデア>の欠如…ですか…」

「何でござる?…その<いであ>とやらは。」

聞き覚えのない言葉に、ソウシロウは首を傾げる。

「万物に宿り、肉体と魂の両方に刻まれる記憶のようなものかな。特に血液は<固>のもつ最新の<イデア>を蓄え、肉体と魂の記憶を相互に繋ぐ役割をしてると言われてるんだ。」

ハンスが代わりに答えるが、ソウシロウはアゴに手を当ててより首を傾げていた。


「もちろん、肉体自体に記憶も蓄積される。だが、そのままでは本の<記録>と変わらん。肉体と魂、どちらかが欠けてはいかんのだ。」

「その為の血にござるか。つまりは、ナナリナ殿は失血により記憶喪失より記憶障害に陥っていると?」

ハンスの説明に補足するようにビルキースが口を開き、ソウシロウの問い掛けに肯き返す。


「記憶が戻るとすれば、あの娘の本来の血が体内を巡りだし、欠如した<イデア>を補えた時。だが、<イデア>は相互性のものだ、そのままでは難しいだろう。」

ビルキースはそう言って煙を吐き出し、キセルの火皿を手持ちの灰皿に叩きつけては仕舞う。

「それは常に行われており、<今>の<イデア>を持たぬ血は肉体と魂の持つ<記憶>に差異が生じさせていく。」

「本来の記憶のが異物に成るっていうのかよ。」

「何を悲観する?我々はそもそも<忘れる>生き物だ。ならば、あの娘にとって数十年先の事を足早に経験したようなもの。ただ死ぬよりは良いと思うがな。」

「いずれ思い出せたとしても、それは誰かから伝聞したものに相応しいという事にござるか…」

それは、今までのナナリナとの日々を否定するような発言だった。

グランはそれに再び怒りを、拳を上げるも、すぐさまに顔面に便箋と分厚い封筒をぶつけられ動きを止められる。


「ま、感謝の言葉は別にいい。だが、わざわざ私を働かせた上にまたも<竜核>を諦めさせたのだ。きっちり働きで応えて貰おうか。」

投げつけられた物を拾うグランを尻目に、ビルキースはその場を立ち去ろうとし、最後に通りすがりに用件を吐き捨てていく。

「封の中は支度金、そっちの便箋を<ミウル>へ届けろ、それが次のキサマの仕事だ。」

「は?ミウルに!?何でまた…、いや、確かにアイツの望みかけていた事だが、アイツをお前の配下に誘うってのか!?」

しかし、ビルキースは問いには答えず、金色の髪を揺らし、ただキセルを振ってその場を後にした。


―――


「<イデア>か…」

ハンスは水平線の向こう、<魔法都・レテシア>を眺めながらこれまでの出来事を振り返える。

グランに初めて晶石鉱山で出会ったときの外的回復、治癒を弾きながらも驚異的な<復元>を見せる肉体に、欠損から復元を成しても不自然なまでの<漆黒の左腕>。

そして、<真なる竜>と言われる変貌した姿に、その要因となる普段は体内、対外にもその姿を見る事が出来ないという<竜核>。

<人>なのか、<竜>なのか、それともまた別の何かなのか。

他様々に見てきた中で、あの赤マントの男だけに収まりの悪い<イデア>という言葉にハンスは違和感を拭えずにいた。


潮風が強く吹き、ハンスは物思いにふけるのを止めると風の向う方へ視線を誘われ、大階段を見上げる。

その先に赤い襟巻き、赤いマントが風を受けなびかせる男はただ静かにハンスを見下す。

互いの視線が合うと赤マントの男は腕を振ってハンスを招き、再び大階段を上りだし、ハンスは首を振って違和感を頭から振り払いうと男の下へと走り出した。


―――


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