王太子殿下はこの婚約に大変不本意なご様子
ゾフィー・アレクサンダー公爵令嬢は、学園で妙な噂を耳にした。
『ゾフィー様がコンラッド王太子殿下の婚約者に選ばれたのは、実家のおかげ。』
それは否定しない。
だって、国内最大派閥のアレクサンダー公爵家だもの。
『王太子殿下は、このご婚約、大変不本意だとか。』
ほぉ……それは、初耳ですわぁ。
10歳の時に、『一目惚れした!』と3か月も足繁く公爵邸に通った挙句に、『ゾフィーじゃないと嫌だ!』と駄々を捏ねまくり、周囲をドン引きさせてたのは……どこの誰かしら?
『公爵家の横槍があったとか何とか。』
王家に対する不敬ですよ?下手したら、国家案件になりますわよ?
『殿下は近頃、ヨーク侯爵家のベアトリーチェ様と仲のよろしいご様子。』
『ベアトリーチェ様でほぼ確定していたと聞きましたわ。』
『まぁ!では、引き裂かれたのね!』
『なんて、ひどい!』
『強欲な方ですこと!』
ほぉ……喧嘩なら言い値で買いますわよ?よろしくて?
たかが侯爵家と伯爵家の娘が随分と舐めた口をおききになる。
貴女のお家、焼け野原にして差し上げましょうか?
私にとっては、朝食前のティータイムでしてよ?
廊下を歩くゾフィーは立ち止まる。
少し後ろを歩いていた乳姉妹のドロシー・サンゼッド男爵令嬢も立ち止まった。
「お嬢様?」
くるりと振り返ったゾフィーは真顔だった。
ここで、普通の令嬢なら、泣くか、怒るか、落ち込むかのどれかだろうが……。
「ドロシー、噂について調べてちょうだい。」
「かしこまりました。」
どこまでも冷静だった。
「ところで、ゾフィーお嬢様。
……あの馬鹿ども、〆ます?」
ゾフィーは少し考えて、首を横に振る。
「別にどうでも良いわ。ドロシーの体力の無駄になるわ、放っておきなさい。」
「はぁい。」
学園内で囁かれ始めた噂話は瞬く間に広まり、ゾフィーは後ろ指刺されるようになった。
数日が過ぎても、噂は収まるどころか広がる一方だった。
ここで普通の令嬢なら、反論する、実家の名をチラつかせて脅す、無視するだが……。
「ドロシー……。何よ、そのメリケンサックは!?」
「4、5針はいくと思います。」
「片付けなさい!学園内で殺人事件とか勘弁して!」
乳姉妹のドロシーを止めるのに必死だった。
噂の事は当然、王太子の母たる王妃ヴィクトワールの耳にも入る。
「へぇ……ほぉん……そんな噂が流れてるのね〜。」
めちゃくちゃ笑顔だが、目が笑ってない。
そして、ヴィクトワール王妃は侍従へ静かに命じた。
「今度の土曜日、ゾフィー嬢を招待するわ。」
「直ぐに公爵邸へ使いを出します。」
そして、土曜日。
ゾフィーはいつものようにドロシーを引き連れて、王妃の離宮へやって来た。
離宮の侍女の案内で温室へ入ると、ヴィクトワール王妃と……
何故か、国王ジョン7世まで居た。
(あらま。陛下、怒ってらっしゃるわ。)
ジョン7世が立ち上がったので、ゾフィーとドロシーは素早くカーテシーの体勢を取る。
「よく来てくれたな、ゾフィー嬢。それからドロシー嬢、久しいな。」
「国王陛下にお目通り叶いまして」
そう言い掛けたが、ジョン7世に遮られる。
「ああ、挨拶は良い。今日はプライベートだ。さぁ、座りなさい。」
「失礼いたします。」
そして、4人のお茶会はスタートした。
「噂の事だけど。」
最初に切り出したのは、ヴィクトワール王妃だった。
ここでよくある令嬢ものなら、『どういうつもり?どうしてそんな噂が流れているの?王太子の婚約者、未来の王太子妃としての自覚はあるの?』と、令嬢を責めるのだが……。
「誰が言い始めたの?未来の王太子妃に喧嘩売るなんて、良い度胸してるわね。」
ヴィクトワール王妃は和やかにティーカップを傾ける。
「それに関しましては、現在ドロシーに調査を命じております。」
「ふむ。」
ジョン7世はティーカップをそっと置く。
「どうだ?ドロシー嬢よ。掴めそうか?」
「一先ず、下位貴族の子女たちからの聞き取りをと思いまして。
いつからそんな噂が流れたのか、誰が言い出したのか、と伺いましたら、皆、首を傾げておりました。」
「そうか。」
「ところで、ゾフィー。コンラッドとは最近どうかしら?会えてる?」
ゾフィーはティーカップをそっと置いた。
「めちゃくちゃ塩対応されております。
ご挨拶にと生徒会室に伺いましたら……忙しい、後にしてくれ、と言われました。毎度です。
私は、生徒会に所属していないので分かりかねますが……そんなに忙しいものなのでしょうか?」
すると、ジョン7世は首を横に振る。
「生徒にそんなホイホイ権限を与えぬ。
精々、クラス発表会の運用、管理。それから、クラス委員会の司会進行、予算案の作成ぐらいだ。」
「そうなのですか。」
「まぁ、国家運営の実践訓練のようなものではあるな。
……すまん、少し話が逸れたな。」
ジョン7世は姿勢を正したので、ゾフィーとドロシーも自然と背筋を伸ばす。
「此度の件、ゾフィー嬢はどう受け止める?
遠慮は要らぬ。ズケズケとズバズバと言いなさい。」




