14.困っている少女を助けてあげることにしました。
図書室で何冊か本をまとめて借りて、その本をそのまま訓練室に持ち込む。
それから本を読みつつ、魔法の練習を始める。
本の内容は魔物の古代文字で書かれているようだが、ゼーレバイトの記憶を使えば読む事はあまり難しくなかった。
そのおかげで、ほとんどの魔法をあまり苦労せずに習得する事が出来た。
唯一苦戦したのは並列思考という魔法だろうか。
無属性の最上級魔法のようで、本に書いてある内容も相当難解なものだった。
だけど一つ一つかみ砕いて読んでみれば、理解できなくもない。
理解して並列思考の魔法を使うほど、俺の中で同時間で多くの事を考えられるようになるようになったし、非常に覚える意義があったと思う。
本を読破する頃には並列思考の魔法を使う事によって、いくつかの魔法を同時に発動させることもできるようになったほどだからな。
これで非常に生活が便利になるだろう。
きっと、ゼーレバイトの知識がない状態で覚えるならもっと大変だったんだろうな。
そういう意味ではゼーレバイトに感謝してもおかしくはない。
もっとも、あの大量にためこんだ書類がなければの話だが……。
気付きたくなかったのだが、あの承認後に放置されていた書類の中には、魔王様に〇〇してほしいみたいな依頼もそこそこ混じっていたんだよな。
いくらローガとはいえども、その依頼まではこなす事は出来ないだろうし、俺が片付けないといけない依頼はある程度残るだろう。
きっと戦い関連の依頼も多いだろうし、今から憂鬱な気分になるな、はぁ。
嫌な事を忘れる為に、俺は一心不乱に魔法の練習をした。
すると並列思考の魔法を活用して、俺の理解力が向上したこともあり、結局はわずか二時間程度で七冊分の魔法を一通り試す事が出来てしまった。
並列思考の魔法は非常に便利だし、これからは常時使う事にしようか、うん。
この魔法は無属性の魔法なので、並列思考を使う時は灰色の光が俺の体にまとわりつくのが難点だけど。
だがその難点も、先程覚えた魔力隠密の魔法を併用して使えば防ぐ事ができるから問題にならないな。
軽く説明すると、魔法の発動前や発動時には必ず属性に応じた光が発生する。
炎属性は赤、無属性は灰、闇属性は黒色という感じでな。
だから普通は誰にも気付かれずに魔法を使う事は難しい。
密談魔法でさえ、ほんのわずかに灰色の光を伴うのだ。
発生量が微量なので、気付きにくいだろうけども。
だけど魔力隠密の魔法を使えば、魔法発動に伴う光の発生を一切なくすことができるので、相手の不意をつくのに便利である。
何より自然体で並列思考の魔法を使えるようになるし、俺にとって欠かせない魔法だよな。
並列思考と魔力隠密の魔法を愛用して、快適な生活を目指すことにしよう、うん。
……さて、まだ時間はあるし、もう一度図書室に行って、新たな本を借りてくる事にしようかな。
そう思い立った俺は、借りた本を手に持ち、再び図書室へと向かうのだった。
図書室に入った俺は借りた本を返してから、魔法関連の本棚へと向かう。
すると、ぴょんぴょんとびはねているエルフの少女が目に入った。
って、まだやっていたのか、この子は。
まさか二時間ずっとこうやってたんじゃないだろうな……?
俺が遠目にその子の様子を見ていると、その子はこちらに振り返って、目をウルウルと潤わせてじっと見つめてくる。
……えっと、これは助けを求めているのか?
だけど俺が取っちゃったら、自分で取りたかったってゴネるよな?
面倒ではあるが、とはいえ、何もしないで放置すると、ずっと俺の事を見てきそうだし、気が散ってまともに本を探せないだろう。
仕方ない、何とかする方法を考えるか。
あの子は本まで手が届かなくて困っている。
それでも本は自分の手で取りたい。
なら、あれをしてやると良いか。
なんとかする方法を思いついた俺は、まず少女に近付く。
少女の前まで来たら背を向け、低い体勢をとってから声をかけた。
「俺の背中に乗るか? 高い所まで手が届くぞ?」
「……えっ、いいの、です?」
「ずっとそこで頑張っているのを見て見ぬふりするのは辛いからな。まあ、気が乗らないのなら無理にとは言わないが」
「の、乗る、です!」
少女はそう言うと勢いよく俺の背中に飛び乗って来た。
おおぅ、もうちょっと優しく乗ってもらいたかったな。
もう遅いけど。
少女が背中に乗ったことを確認すると、俺は少女が欲しかった本に手が届くように高さを調整してあげた。
すると、少女は自らの手で本を手に取る。
「と、取れた、です!」
「良かったな。それじゃ、おろしても良いか?」
「あっ、まだ、です。あれとあれも欲しい、です!」
どうやら少女が欲しかった本は一冊ではなかったようだ。
俺は少女が他の本に手が届くよう、移動したり、高さを調整してあげることに。
結局、少女は三冊の本を手に取ると満足したようだった。
欲しい本を少女が手に取った事を確認した俺は、少女を地面におろした。
「さて、これで満足したか? なら、借りる手続をして、自宅でゆっくり読むが良い。もうすぐ日が暮れるしな」
「ありがと、です。えっとボク、なにかお礼したい、です」
「お礼? そうは言ってもな……」
少女は俺の事をじっと見てくる。
どうやら本気で俺に対してお礼をしたいらしい。
とは言っても、こんな幼い子にお礼してもらうっていうのもな……。
大体俺がしたことといえば、少女をおんぶしただけだし。
そんな大した事はしてないからな。
まあ、適当に流しておくか。
「そうだな。最近忙しいから、俺の代わりに仕事をしてくれる誰かが欲しいとは思ってる」
「うん、わかった、です。それなら影武者作る、です。名前教える、です」
うんうん、影武者ね。
影武者がいたら代わりに俺の仕事してくれそうだし、便利そうだよな、うん。
――――って、ええっ!?
影武者作るって、訳が分からないんだが!?
少女が頑張ってくれるとしても、せいぜい「それならボク、お仕事手伝う、です」とか言う程度だと思ったんだけど。
小さな子にお願いできる仕事は大してないだろうから、気持ちだけ受け取ろうと思ったのに。
予想外すぎるだろ……。
あっ、そうそう、名前を聞かれてるんだから答えないとな。
「俺の名前か? 俺の名前はアレンと言うが……」
「アレン、覚えた、です。ボクの名前はエル、です。研究やってる、です。アレン、今度研究所に来てほしい、です」
あれ?
エルって名前、どこかで聞いたことがあるような?
それに研究所に来てほしいってことは、エルは研究所に普段はいるって事だよな?
……って、もしかして!?
この子、魔王軍幹部の”研究姫エル”じゃないか!?
ゼーレバイトの記憶には名前が出てくるだけで、その姿を見ることはなかった。
だから姿を見ても全く分からなかったのだが。
まさか幹部がこんな幼い姿をしているとは。
この子はエルフのようだし、見た目よりは年長なのかもしれないけど、それにしても驚いた。
エルは三冊の本を借りる手続を終えると、俺に軽く礼をし、瞬間移動で図書室から姿を消した。
去り際のエルはとても嬉しそうな表情をしていたし、良い事をしたと思う。
影武者の事に関しては、できたらうれしいけど、あまり期待せずに待つことにするか。
それからは、エルが図書室を去っていったことによって、俺は落ち着いて本を物色することができた。
そして、良さそうな魔法の本を数冊借り、訓練室で魔法を覚えてから再び本を返した所で、ちょうど夕暮れの時間となる。
そろそろ自宅に帰ろうと思うし、ベルニカを迎えに行かないとな。
ベルニカはまだ調合室にいるのだろうか?
とりあえず向かってみよう。
こうして俺は調合室まで移動する。
調合室の近くまで来ると、だんだんと色々な薬草のにおいが漂ってくる。
このにおいの強さからすると、早速ベルニカは調合をしていそうだな。
果たしてどんな薬を作っているのか……。
若干恐ろしいものを想像しつつ、俺は調合室の中に入っていった。




