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12.ローガは踏んだり蹴ったりなようです。

 ベルニカが魔王の間から出て行った事を確認してから、俺は自分の席に着く。

 そして、魔王の間の端に積まれている青い紙を何枚か机の上に移動させ、承認の判断を始める。

 相変わらず酷い依頼内容に頭を抱えつつも、俺は淡々と業務をこなすことにした。


 その業務をしている間、気晴らしも兼ねて、フィレトに昨日の出来事を話す事にした。

 情報の共有は大事だからな。

 フィレトがどう思うかも聞く良い機会だし。


 という訳で、俺はまず、家に商人がやってきたこと、そしてその商人が狼王ローガであったことを話した。



「ローガが魔王様の元にやって来たのですか。あの詐欺師が魔王様に近付くなんて、あまり良い気分はしませんね」

「ローガって詐欺師なのか。俺から見たら、忠実過ぎて怖いほどの正直者に見えたんだけどな。偽名使わずに本名を名乗ってきていたしさ」

「まあ、魔王様相手ならばそうするかもしれませんね。彼には負い目もありますし、魔王様相手に悪い影響は与えないでしょうから、心配はいらないでしょう。私や側近など、周りの者は苦労するでしょうが」



 ハァとため息をつくフィレト。

 その反応からすると、あながち嘘を言っている訳ではなさそうだ。


 裕福そうな格好をしていたし、ローガが儲けているのは間違いなさそうだもんな。

 詐欺をしているかはともかく、利益率の高い何かをしているのは確実だろう。


 あれだけ脅したのだから、さすがに自重するとは思うのだが、俺も目を光らせておく事にするか。



 そういえば、フィレトの俺に対する呼び方がしれっと魔王呼びに戻っているようだ。

 その事についてフィレトに聞いてみると、「魔王様は魔王様ですから。呼び方は何でも構わないでしょう?」と言われて軽く受け流されてしまった。

 まあ、魔王呼びされることで何か不都合があるわけでもないし、別に構わないけども。



 それから昨日の話の続きをフィレトに話し始める。

 ローガとの契約を結ぼうとしたら、オークの襲撃に邪魔されて延期されたこと。

 オークの襲撃をローガ率いる狼の一族で防いだことをだ。


 ……あっ、そういえばローガは今日俺の家に来るんだっけ。

 完全に忘れてたけど、大丈夫だろうか?

 今、家に誰もいないんだよな。



 そう思っていたら、魔王の間に一人の狼人間が突如現れた。

 当然、その狼人間はローガである。


 ローガは非常に焦っているようで、俺の姿を見るなり、一気に近付いてきて、声をかけてきた。



「アレン様、ここにいらっしゃいましたか! ご自宅の中におばあ様の姿がいらっしゃらないのです! おばあ様を守ると誓ったばかりというのに、この失態……。ああ、どのように致しましょう!?」



 ローガはパニック状態になっているようだった。

 まあ、そりゃそうもなるか。

 俺に誓った翌日に、任された使命を果たせなかったかもしれないのだ。


 ローガにはちょっと悪い事をしたなとは思う。



「えっと、とりあえず落ち着け、ローガ。嗅覚の良いお前の事だ。この近くにばあちゃんのにおいは感じるんじゃないか?」

「こ、この近くにですか!? ……た、確かに。でも、一体なぜ魔王城に? も、もしや!? アレン様がおばあ様をここに連れて来た……のですか?」

「あっ、ああ。その通りだ。勝手に連れてきて悪かったな」



 そう俺が言うとローガがガックリとうなだれた様子を見せる。


 ……えっと、まあ、とりあえずローガ達の失態ではないから、気にしないでくれよ、な?

 そんな感じでしばらくローガを慰める事になった俺。

 その情けない様子からはローガが詐欺師である事を微塵も感じさせない。

 その様子を見ていたフィレトもさすがに苦笑いを浮かべていた。


 ローガが落ち着いた所で、それからの昨日の振り返りはローガも加えて三人でやる事になった。



「あれから捕らえたオークから事情を聞き出そうとしたのですが、奴ら、なかなか手強いですね」

「手強いって事は、なかなか口を割らないということか?」

「いや、話しはするんですよ。ですが、その話す内容がまるでかみ合っていないのです」



 それからローガはオークから聞いた話を具体的に話し始めた。


 その話によれば、例えばオークが俺の自宅に向かった理由は移動先にある食料を手に入れるためだと言った者がいれば、移動先の土地の食物を効率的に生産する方法を教えるためだと言った者もいるという。

 前者はともかく、後者の理由で襲おうと思うオークはどうかしていると思うのだが。

 普通、そういう理由なら、話し合いで協力関係に持っていけるものなのではないだろうか。


 だが、その事を二人に聞いた所、「魔物は自らの方法で生活する事を美徳にしていますから、それを変える為には武力で変えさせるしかないのです」とのこと。

 つまりは親切心でやってあげているつもりでも、相手はそれを望んでいない、おせっかい状態になっているのだそうだ。

 本当、魔物の考えは理解し難いものだな。


 とにかく、オーク達の話がかみ合っていない事はよく分かった。



「その様子だと、オーク達を率いていた黒幕は分からずじまいといった所か?」

「悔しいですが、仰る通りです。スペースコネクトは風属性の上級魔法ですし、土属性にしか適性がないオークどもには使えるはずがありません。オーク以外の何者かが裏で糸を引いているというのは間違いないのでしょうが」



 ローガは眉間にシワを寄せてそう言った。


 なるほど、オーク以外の何者が黒幕、か。

 オークの長が黒幕なら話は早かったんだけどな。

 この様子だと、長が黒幕である可能性は低そうだ。

 実に厄介だな。


 どうせオークの集落には依頼の関係で立ち寄る事にはなりそうだし、長に話を一応聞いてみる価値はあると思うのだけれども。

 あまり成果は期待出来なさそうだ。



 さて、これで昨日の話は大体終わったかな。

 あっ、そうそう。

 ばあちゃんが調合師ベルニカだったという事を伝えてなかったな。

 それを俺が伝えると、ローガは目を見開いていた。



「ちなみに、ベルニカはローガの事を狼の王様だって言ってたし、元からバレバレだったみたいだぞ」

「うっ、何たる不覚。まさかこのオレが騙されるなんて……」



 そう言ったローガはまたグッタリとうなだれてしまった。

 うん、俺もベルニカにはしてやられたと思ったよ。

 気持ちは分かる。

 まあ、詐欺師と言われるようなローガが逆に騙されるなんて事は一生の恥とも言えるんだろうけど。


 ローガはそれからベルニカに会いに行ってくるとの事で、調合室へと向かっていくのだった。

 あっ、今のベルニカが若返っている事を伝え忘れたけど、分かるかな、ローガの奴?

 分からなければ聞いてくるだろうし、放っておいても大丈夫だとは思うが。


 ローガの様子を見ていたフィレトがそれから少しして声をかけてきた。



「あれが今のローガですか。なんと情けないことでしょう。フフッ、良いものが見れました。感謝しますよ、魔王様」

「そんなに珍しいのか? 俺はああいうローガしか見てないんだが」

「ええ、そうです。彼は何だかんだいって色々と策を講じて事にあたる人ですから。まあ、今は相当感情的になって、冷静さを失っているのでしょうね。良い気味です」



 フィレトはそんな感じで、それからしばらく上機嫌で仕事を進めていた。

 フィレトもそうだが、魔物達って本当に仲が悪いよな。

 もう少し仲良くやれれば良いのにといつも思ったりする。


 魔物達の問題だから、業務に支障ない限りは俺が口出すつもりはないけれども。



 それからは昨日と同様、ひたすら青色の紙の承認作業に取り組み、何とか今ある分を全て片付ける。

 その後で訓練室に向かおうとしたのだが。



「あっ、魔王様。書類を片付けて頂けたのは良いのですが、そろそろ承認した依頼を片付けて頂かないと」

「……うっ、うぐっ。承認したら終わり、じゃないもんな?」

「当然ですとも。あそこに積まれている黄色の紙束は全て未対応のものです。早く対応しないといけないですね」



 フィレトはそう言うと魔王の間の端を指差す。

 その方向には、高い壁になってそびえ立っている黄色の紙束が何列も積んであった。

 ……って、あそこに積まれているのは既に対応が終わっている紙束じゃなくて、まさかの全部未対応のものなのかよ!?


 というか、未対応でも長年何とかなってきているなら、今更少し位サボっても問題ないと思うのだが、俺は間違っているのだろうか?

 それにこの状況じゃ、せっかくやってた俺の承認作業も全く意味がない気がするんだが。

 だって、承認しても、あの紙束の山の肥やしになるだけだろ?

 承認した依頼は一体いつになったら実行に移されるのか、俺には想像がつかない。



「それに、ゼーレバイト様が承認したものもたまってますので、そろそろ手をつけないとダメですね」

「ゼーレバイトって、おい!? まさかその依頼も俺がこなせって言うんじゃないだろうな、フィレト!?」

「別に魔王様が全てをこなす必要はありません。何のために配下がいるのですか?」



 そう言って首を傾げるフィレト。

 ……ああ、そうだった。

 別に全部俺がやる必要はないんだよな。

 なら、早速面倒そうなのを配下に押し付けて……。



「あらかじめ申し上げておきますけど、私は執務で手一杯なので無理ですからね。あと、ガーレオン達も戦いの準備があるからそっとしておくべきでしょう」

「えーっと、それはツッコミ待ちなのか? その理屈で言えば、俺もそっとしておくべきなんじゃないですかね、フィレトさん?」

「戦いの準備などしなくても余裕で勝つのが魔王ですよ、魔王様」

「うわぁ、コイツ、悪魔だ」

「ふふっ、私は悪魔ですから当然ですとも」



 そう言ったフィレトは満面の笑みを浮かべる。

 うわぁ、コイツ、本当性格が悪いな。

 悪魔の中の悪魔だわ……。

 誉め言葉ではなく、精神的な意味で。


 とはいえ、このずっと放置され続けた依頼のせいで俺の貴重な魔法の練習時間を取られては敵わない。

 ということで、俺は決死の交渉の末、ローガを生贄に差し出す事で、無事に練習時間を確保する事に成功。


 ――――ローガは犠牲になったのだ。

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