師弟 5
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「馬鹿者っ、お主は魔法も足らんのかっ!」
エルデはベントレイの怒号を聞いた途端、ひょいと上半身を斜めにしてベントレイの背後を覗き込んだ。案の定、ベントレイが立った勢いで椅子が倒れかけている。エルデは自分の人差し指をこちらに招くような動作を数回繰り返し、ベントレイの椅子を静かに戻した。
「ベントレイ先生、急に怒鳴るとお身体に障りますよ。」
エルデは何事もなかったかのように平然とベントレイに向かって言った。
「お主に言われなくても分かっとるわっ!」
ベントレイは立ったままカップのお茶を音を立てて啜り、荒々しくテーブルに置いた。カップを置いた衝撃でドンっと音がしたが、防音結界を張ってあるので隣のハンナとサーラ達には聞こえないだろう。
「はぁ、お主の足らない尽くしは何とかならんのかのう・・・。」
そう言いながらベントレイは項垂れた。
「先生。ベントレイ先生、しっかりして下さいよ。」
エルデは「ああ、またか。」といった表情でベントレイに声を掛けた。いきなり怒鳴られても動じないのは、子供の頃ロイと一緒にベントレイに散々怒られ慣れているからである。
「ん・・・ああ、儂がお主に魔法を教えていたのは十年以上も前の話じゃ。まあ良い、とりあえずお主の話を聞くとするかの。」
ベントレイは気を取り直して椅子に座り直した。
「それでじゃ、お主が水の流れを分けて見せた後、サーラにも同じようにやってもらったんじゃろ?」
「はい。」
「して、サーラはどこまでできたんじゃ。」
「水の流れを四つから八つに分ける所までは成功して、十六に分ける所で私とサーラの二人共水浸しになりました。」
「まあ・・・そうじゃろう。お前さんのそんな教え方じゃ、どこかで失敗するわな。」
エルデは自分のやり方でサーラを教えた顛末をベントレイが察していたことに驚愕した。
「先生、何で分かるんですかっ?」
「エルデよ。お主・・・自分が魔法を教えてもらった時の事を忘れたんか?」
「え?」
そう言われたエルデの記憶には無いらしい。
「儂がお前さんに魔法を教えとった時、儂ができる魔法は全てお前さんの前でやって見せたはずじゃが?」
師弟の間に、しばし沈黙が流れた。
「ああ・・・そう言われてみれば・・・そう・・・でした・・・ね。」
「何じゃ、随分歯切れが悪いのう。」
己が師に指摘され、漸くエルデは自分が失敗した原因に思い至ったのだろう―――確かに、エルデにしては歯切れが悪い。
「そうですね。いきなり私が見せる魔法を変えたらサーラが混乱しますね。」
「そうじゃな。教える相手の能力を見極めてどこまでならできそうか、どこまでこちらが見せるのかを変えていくのが腕の見せ所じゃ。ま、愚直に教えるのも悪くはないがの。」
ベントレイはどや顔でエルデに自慢した。
「それから、水浸しになったのは調子に乗って防御結界を張るのを忘れたからです。」
「それは調子に乗ったんではなく只の阿呆じゃ。迂闊過ぎるじゃろ。」
「はい、先生の仰るとおりです。」
「ま、二人共水浸し位で済んで良かったの。」
「ええ、全くです。」
ベントレイは至極当然と言った表情で頷いた。
「まあ、お主の話から状況は大体分かった。一つ聞いても良いか?」
「はい。先生、何でしょうか。」
「お主・・・は、今まで誰かに魔法を教えたことはあったかの?」
「あると言っても、せいぜいロイに教えたくらいでしょうか。」
「あー、ロイはお前さんと付き合いが長いからの。お主のやり方に慣れておるから、言葉が全然足らなくても、自分で補って何とかなっとったんじゃろう。」
「そう・・・ですか。」
ロイのことをそのように見ていたなんて。自分が思ってもみなかった師の見方にエルデは舌を巻いた。
エルデはすっと静かに立ち上がると、師のカップにお茶のお代わりを注いだ。
「先生、どうぞ。」
「ああ、すまんの。」
ベントレイはカップを手に取ると、静かにお茶を飲んだ。
「ロイはともあれ、お主は今まで弟子も取っとらんかったんじゃ。お主の教え方が悪いのは仕方無いじゃろう。」
「そうなんですか?」
エルデは師の意外な言葉に驚いた。
「誰だって最初は皆、初心者じゃ。失敗は付き物じゃよ。特に魔法の失敗なんか、儂だって何でそうなったのか未だに分からんのもあるんじゃ。とにかく、用心するんじゃ。用心し過ぎたって何一つ悪いことはない。くれぐれも取り返しのつかんことにならんよう、十分気をつけるんじゃよ。」
「はい、分かりました。」
エルデはしっかりとベントレイの顔を見て頷いた。
「儂が今思い当たるのはこれ位じゃな。お主は他に思い当たったことがあったかの?」
「はい。最初はロイと二人で検証していたのですが、私とロイは学院に入るまでベントレイ先生に魔法を教わりましたので・・・。」
「ん?それが何じゃ?」
「私達は、初心者が魔法を習うやり方で魔法を教わっていないのではないかと思ったのです。」
「そんなの当たり前じゃろうが。個別に教えるんじゃから、教え方は教える相手によって違うに決まっとるわな。」
「・・・ですよね。」
ベントレイは何を今更、と言った顔で弟子の顔を見た。
「で、お主が言う所の初心者が教わるやり方って何じゃ?」
「学校で魔法を習うときのやり方と言えばいいでしょうか。私は学校へは通っておりませんので、実際に学校で魔法をどのように教えているか知りませんから。」
「まあ基本的な所が終わったら学校も学院と同じで、個人の適性によるはずじゃがの。」
「私が先生にお尋ねしたいのは、その基本的な所なんです。」
「あ~お主らは、儂がやって見せるとすぐにできてしまってたから、その辺はあっという間じゃったな。」
「と言うことは、あまり詳しくやっていない、ということですか?」
「そうじゃったかのう。お主達を教えてから他の子達も教えたから、他の子を教えた時の記憶が混じってるかもしれん。お主達の記録の最初の方を後で見れば分かるじゃろ。」
「はい、後で確認します。分からない所は先生にお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、その時はわざわざお前さんがここへ来なくても、手紙を寄越してくれれば十分じゃ。」
「分かりました。」
「それで、学校でどうやって魔法を教えてるか、ということか。」
「はい。幸運なことに、先程話したもう一人の従業員が学校の卒業生だったので、教えてもらいました。」
「成程。それは丁度よかったな。」
「ちなみに、その人は何で魔法を習うことになったんじゃ?」
「先祖返りだったそうです。」
「そりゃまあ・・・大変じゃったろうな。学校で一から学ばなきゃならんじゃろうて。」
ベントレイは先祖返りだったかつての教え子が色々と苦労していた事を思い出した。
「ふむ、それはまあ良い。他には何か試してみたんか?」
「カップに入れた水で試してみたところ、魔法がサーラのイメージに左右されるようだというのは分かりました。」
「ほう。例えば?」
「サーラに『熱くして』と言うと、サーラがカップの上に手を翳してしばらくすると、中の水が沸騰しました。」
「ほう。」
「それから、その水が沸騰した状態でサーラに『冷たくして』と言ったら、中の水が凍りました。」
「ああ~恐らく、サーラは魔力が多いんじゃろうな。」
「先生、それだけで分かるんですか?」
「ああ。話がずれるから魔力の話は後じゃ。他に試してみたことはあるかの?」
「はい。これはロイの案だったのですが、カップの中の沸騰した水を『冷まして』とサーラに頼むと、凍らず水になりました。」
「ほうほう、これは対象興味深いのう。ロイも良い所に気付いたもんじゃ。」
ベントレイはニコニコして頷いた。
「それでサーラに聞いてみたところ、『熱い』と『温かい』では『熱い』方が温度がより高く、『冷たい』と『冷めている』では『冷たい』方がより温度が低いように思う、と。」
「そこまで分かりやすく差が出るとはのう。恐らく無意識でそんなんじゃろう?」
「はい。」
エルデがゆっくりと肯いた。
「そうか。それで、サーラの魔力はどうなんじゃ?」
ベントレイが興味津々といった表情でテーブルから身を乗り出し、エルデに尋ねてきた。
「それがですね・・・。」
やっぱり今回で終わりませんでした。次回に続きますが、今度こそ次回で終わりたい(予約投稿時、次話執筆中)。
ベントレイがエルデに魔法を教えていた頃は散々手を焼かされたた弟子でしたが、大人になってからは二人して魔法談義に花を咲かせられるようになりました。やんちゃな弟子が頭角を現したのですから、ベン爺としても魔法を教えた甲斐もありますし、鼻も高いでしょう。
今回も最後までありがとうございました。




