過日の輝き
2021/6/28 前回投稿分で一部内容を改めました。話の大筋は変わっておりませんが、気になる方は一つ戻って二回分お楽しみ下さい。
所変わって、王立魔法研究所職員宿舎―――
ここは研究所の所長が代替わりしてからできた職員向けの施設だ。王立魔法研究所に所属する職員で希望する者はここに住まうことができる。王都は他の王国内の都市に比べて家賃が高いため、かつて優秀な人材に王都に住む場所が無いことを理由に研究所への就職を断られたことが複数回あった。それを憂えた所長が、住まいを理由に断られるのなら断られないようにしてしまえばいい、という経緯でできた施設だ。
研究所では頭脳労働に勤しみ、ひとたび集中してしまうと寝食を忘れがちな者が通常の職場よりも多いようだ。このため、近くに作るのだから通勤の時くらいは頭ではなく身体を使え、という所長の方針で敢えて宿舎と研究所と棟続きになっていない。宿舎は学院と学校の学生寮と棟続きになっており、正式名称が長いので大抵の者は皆「宿舎」と呼んでいる。ちなみに学院と学校の学生寮は「寮」で通じるそうだ。研究所に就職して寮からそのまま宿舎に行くが一番楽な引っ越しだよね、いやあれはほとんど部屋の移動だけで引っ越しと呼ぶものではないだろう、等と学院生の中で卒業先の進路が決まった者達の間で密かな話題となっている。
宿舎も研究所同様に互いの身分を明かす必要がないため、それなりの理由で申請して受理されれば宿舎に入ることができる。宿舎には独身者向けの他に家族向けの部屋があることにはあるが、結婚して子供が生まれ、子供が大きくなると手狭に感じるのか騒音を気遣ってか宿舎を出る者が多い。その一方で、代替わりをしたから子供達に気兼ねなく住む場所が欲しい、と壮年をやや過ぎた者達が家族向けの部屋に戻って来る場合もある。
そう言った事情もあってか、宿舎の住民は学院を卒業したばかりの者達から子供がまだそこまで大きくない者という比較的若い世代と、子供達が独立した比較的年齢の高い世代のみといった不思議な構成になっている。
そんな宿舎のある部屋の窓を、一羽のフクロウがコツコツと叩いていた。物音に気付いた老人が窓を開け、中にフクロウを招き入れると窓を閉めた。老人は伸びた白髪を後ろで一つに束ね、口には白い顎鬚を貯えている。
「ほう、お前さんはオウじゃったか?久しぶりじゃな。お前さんの主は元気にしておるかの?」
老人はニコニコしながらフクロウの足とリボンで結ばれた手紙を受け取り、内容を確かめた。
「どれ、探し物が見つかったら返事を書くから、しばらく待たせるぞ。その間にこれでも食べて休んでおいとくれ。」
老人はお湯で柔らかくした干し肉を小皿に乗せ、窓辺にいるフクロウの前に置いてやった。フクロウはしばらく嘴で干し肉を突いていたが、満足したようで少しずつ食べ始めた。
「さてと。どこにしまったかなぁ。」
老人は室内の書棚を探していたが、探し物は見つからないようだ。
「ハンナ、ハンナ。」
彼は部屋を出ながら妻のハンナを呼びに行った。
「あら、あなた。お呼びでしたか。」
妻が私に声を掛けてきた。今日も妻は穏やかである。丸顔で昔から髪を一つにまとめ、後ろで簪という外国の髪飾りで留めている。
「ああ。すまないがハンナ、儂の探し物を手伝ってくれんか。」
「いいですわ。一体、何をお探しなのです。」
「ええと、儂がエルデとロイに魔法を教えた時の教育記録じゃ。研究所にしか置いてなかったかのう。」
「正式な記録はそうですわね、ですが―――。」
「ですが?」
「控えと言いますか・・・記録を提出するためにまとめた草稿は家に保管してありますよ。」
「儂が担当した者、全員分か?」
「ええ、勿論ですわ。せっかく貴方が苦労してまとめられた物ですもの。研究所にいる時は研究所の物を見ればいいですが、家で自分で書いた物を見るためだけに、わざわざ研究所に行くのも面倒でしょう?草稿とはいえ、内容もさして変わらないのですから。」
「儂は研究所に納める奴を書き終えたら処分する所に入れておいたから、てっきりハンナが処分してくれたと思っていたわい。ありがとう、ハンナ。」
「まあ、そんなの当たり前ですわ。伊達に研究所で『ベントレイ』の補佐も兼ねている訳ではありませんもの。」
ハンナは優しく微笑んだ。儂の妻は家でも優秀だったらしい。
「それでベン、どなたの記録がご入用なのかしら?」
「エルデとロイの二人分じゃ。」
「あら、そのお二人ですか。貴方にしては珍しく二人一緒で教えていらした子供達ですわよね。」
「ああ。シャルとソフィーの二人に頼み込まれたんじゃ。仕方がないじゃろう。」
「確かに・・・あのお二方から『お願い』されたらさすがの貴方でも断れませんね。」
「ああ、全くだ。」
ハンナは堪えきれずにくすっと笑った。二人が夫である自分に頼み込んでいる姿が思い浮かんだんだろう。
「家の教育記録は古い順に並べて保管しておりますの。その二人の記録なら、同時期の教育になりますから、大体同じ場所にあると思いますわ。今すぐお持ち致しますね。お茶でも飲んで待っていて下さいな。」
そう言うと、ハンナは資料を取りに書斎へ入って行った。お茶でも飲んで待っていてと言ったハンナが茶を淹れるのではなく、茶を淹れるのはベントレイ自身である。ベントレイもそれを当然のこととし、ハンナと自分の分のお茶を淹れて食卓に並べると棚から菓子を持って来た。
「資料はこちらですわ。あら、私の分のお茶も淹れてくれたのね。ベン、ありがとう。」
「これ位は儂だってするさ。資料を取っておいてくれて助かったよ。まさかこのような日が来るとは思わなかったがね。ハンナ、ありがとう。」
「いえいえ。さ、資料をご覧になりたいのでしょう?私はお茶を頂いておりますから、遠慮なさらずにどうぞ。」
「う、うむ。それでは遠慮なく。」
宣言通りにお茶を飲み始めたハンナは、資料に目を通したくてうずうずしているベントレイの事をよく理解している伴侶であった。
パラパラパラ・・・とベントレイが頁をめくる音が部屋に響く。
「ああ、この頃は―――っふっふっふ。」
「あら、そんなに面白いことでもありましたか?」
「ああ。儂も研究の先陣を切り続けることより最前線を後進に譲って、次を担う子供達の教育に舵を切り替えた頃じゃったな。」
「そうでしたね。私もベンが突然後進の育成を始めると聞いて、とても驚きましたもの。」
「まあ正直内心、儂も若い物達にはまだまだ負けないつもりだという気持ちはあったがの。」
「ええ、人は誰しも己の老いを認めたくないですもの。」
「それで、アークを皮切りに色々な子供達に魔法を教えておったが、シャルとソフィーに『どうしても』と何度も頼み込まれて二人一緒に面倒を見始めたあの二人じゃったが・・・まあ~あれは何とも凄かった。」
「私も多少はシャルとソフィーから伺っておりましたが、とても元気なお子様たちでしたね。」
「元気じゃと?あれを『元気』の一言で片づけられるとはハンナも相当じゃな。」
「ふふっ。良くも悪くもそうとしか言いようがない、とも言えますわ。やんちゃ、と言ってもいいのかしらね。」
ハンナが穏やかに笑う。いつ見ても人を和ませる笑顔だ。
「子供に関する仕事に必ず着替えを持参するようになったのも、あいつらの面倒を見始めてからじゃったからなぁ。」
「そうでしたわね。見慣れない方がいらしたのかと思ったら、あちらでお借りした服を着て帰って来た貴方だった、なんてこともありましたねぇ。」
「ああ。うちの子供達に不審者さながらに見られた時は堪えたわい。さすがに手持ちの着替えまでやられるとは儂も思ってなかったからのう。」
その時の事を思い出したベントレイは苦笑した。
「それでも、儂らの子供達を育てた時よりも、かなり大らかに接することはできたとは思っとるぞ。」
「ええ、ええ。さぞかし孫みたいなものでしょう。当時は私達に本当の孫はおりませんでしたが。」
「ははは、そうじゃのう。皆、可愛い子達じゃ。さて、そこで一休みしているオウもそろそろご褒美が無くなって暇になる頃じゃ。暇潰しが無くなる前に、返事を書いてやらんとの。」
ベントレイは空になったカップを自分で片づけると、今しがた座っていた場所で手紙を書き始めた。手紙を書き上げると内容を見直し、うむと頷いて手紙を丸め始めた。ベントレイは己の書いた手紙をオウのリボンに結び付けてやると、
「ほれ、待たせたの。お前さんの主の所まで持って帰ってくれるか。」
と言って部屋の窓を開けた。オウはしばし周囲の様子を見てから、静かに飛び立って行った。
「ふむ、帰ったか。」
ベントレイはそう言いながら窓を閉めた。
「ところでハンナ、エルデを呼ぶのはここにしようと思うんじゃが。」
「あら、研究所ではなくて?」
「エルデは研究所に必要最低限しか寄り付かない奴じゃ。儂の所に来るついでに他の奴らに捕まったら可哀想じゃろう。」
「ここも似たようなものじゃありませんか?」
「すると、ここでもない方がいいか?ハンナ、どこか密談できるいい場所はないかのう。」
「あらあなた、密談ですか。」
ハンナはくすくすと笑い出した。
星の数ほどある投稿作品の中から拙作にお付き合い下さり感謝しております。
また、登録並びに評価ありがとうございます。宣伝等苦手なので本当に有難く思っております。
次回に続きますが、展開の都合で次回のタイトルは変わります。
そのうちエルデとロイの子供の頃の話も書いてみたいです。
今回も最後までありがとうございました!




