出発しましょう
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「ベン。今のエルデなら、どこでも密談できるんじゃなくて?」
ハンナは落ち着いた声でベントレイに言った。
「そうじゃなぁ・・・儂も研究所よりは、ここに来てもらった方が楽じゃな。」
「それに研究所でそういった部屋を借りる手続きをすると、シャルやアークにもエルデが来ることが伝わってしまうのじゃないかしら。」
「うんうん、そうじゃのう。」
ベントレイはハンナの話にニコニコしながらうんうんと肯いている。ハンナを見つめるベントレイの目はいつも通り優しい。
「それでも、宿舎だって何かしらの魔道具で誰が来たのかは記録に残るはずじゃ。」
「そうですわね。私達があれこれ心配するよりも、ここで密談するための準備はエルデに全て任せる、と伝えておけば十分じゃないかしら。」
「うむ。儂の愛弟子を信頼して任せることにするか。せっかくじゃから、エルデの新しいお弟子さんも連れて来るように言っておくか。」
「それはいいですわ。宿舎には子供達や孫達といった職員の家族が来ることがある位ですもの、研究所よりはエルデもお弟子さんを連れて来やすいと思いますわ。それに・・・実際に私達が直接お会いした方が何か掴めるかもしれません。」
「それならそうとエルデに伝えねばな。ホーレイ!」
己の名を呼ばれた白い鳩がクルゥと鳴き、部屋の隅から飛んで来てベントレイの肩に留まった。ベントレイは薄い紙に何やら書きつけると細長く折り畳み、己の使い魔の足にそれを結び付けた。
「ホーレイ、魔法屋のエルデ宛じゃよ。奴の所に手紙を頼むのは久しぶりじゃが、場所は覚えとるかのう。」
ベントレイはホーイレの背中を優しく一撫でしてやりながらそう話しかけた。ホーレイはベントレイの腕に止まったままクルゥ、と一鳴きした。
「ふむ。大丈夫そうじゃの。ではホーレイ、頼んだよ。」
ベントレイがホーレイの止まっていない方の手で窓を開けてやると、ホーレイはパタパタと飛び立って行った。
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一方、こちらはお馴染み魔法屋―――
ベン爺からの手紙をオウが持って帰って来た。
エルデはオウにご褒美の干し肉のひとかけらをふやかして皿の上に置き、ベン爺からの手紙を読み始めた。すると、程なく書斎のオウ専用の小窓をコツコツと叩く音がした。あれは白い―――鳩か?
「おや、珍しいお客さんだね。」
エルデは小窓を見上げると独り言ちた。来客が小窓の結界を越えられるよう結界を組み換えると、エルデは立ち上がり、左腕を出して来客を笑顔で歓迎した。白い鳩はエルデの左腕に止まるとクルゥ、と鳴いた。エルデは小さな来客の足に結び付けられていた手紙を右手だけで器用にそっと外すと、オウの小皿の隣に水と穀物の種を入れた小皿を置いてやった。
「ホーレイ、お疲れ様。返事を書き終わるまで、少し休んでて。」
小さな来客は隣にいる自分よりも身体の大きいオウを物ともせず、目の前の餌を啄み始めた。
エルデは机の上にオウが先に持ちかえって来た自分宛の手紙と、ホーレイが持って来た追加の手紙を並べた。
「草稿で良ければベントレイ先生宅に記録があるのは助かるな。それから、サーラも連れて来いって言っておきながら自分達の身は自分で守れ、か。先生も相変わらず手厳しくていらっしゃる。」
エルデはフフッと笑いながら自分の予定を確認した。
「最短で三日後かな。あとは先生のご都合次第、と。」
エルデは薄い青色の紙に返事をしたため、細く折り畳んだ。
「ホーレイ、書き終わったよ。」
呼ばれて飛んできたホーレイをエルデは己の左腕に止まらせたが、今度はホーレイを執務机にそっと下した。足を傷つけないように細く折り畳んだ手紙を結び付ける。
「これでよし、と。ホーレイ、ベントレイ先生の所までお願いね。」
エルデはもう一度ホーレイに腕を差しだしながら話しかけた。ホーレイは執務机から軽く羽ばたいて一旦エルデの腕に止まったが、すぐさまクルゥと返事をすると小窓めがけて飛び立って行った。
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それから何度かオウとホーレイが王都内を飛び交い、とうとうエルデとサーラがベントレイ宅へ訪問する日になった。いつかと言えば、結局エルデが最初に提案した最短の三日後である。
エルデはいつもの濃紺のローブ、サーラは魔法屋の制服でもある紺色のワンピースを身に着けていた。外出するということで、サーラは魔法屋内で着用している白いフリルのエプロンは外している。二人は店の出入り口から外へ出てきたばかりだ。
「サーラ。これから移動するけど、俺がいいと言うまでローブの袖を握ってて。」
「こう・・・ですか?」
サーラはエルデに言われるまま、エルデのローブの袖をきゅっと握った。ローブの袖はゆったりとしているから端の方でも十分掴みやすい。
「うん、それでいい。さっき俺と俺の物に触れている者全てを対象として認識阻害と防音の結界を張った。サーラが俺のローブに触れている限り結界の中にいることになる。」
「にんしきそがいと・・・ぼうおん?」
「認識阻害というのは、ここに人がいるのは分かっていても、俺とサーラがいるという具体的な特徴までは相手に分からなくする結界のことだ。防音の結界は色々な種類があるが、今張ったのは外からの音は聞こえるが、俺達の話し声は他の者達に聞こえないというものだ。魔法の勉強を始めたら教える予定だから、今はそういうものだと思っていればいい。」
「あの・・・前にミリルさんと買い物に行ったときは、こんなこと・・・しませんでしたよ?」
「ああ、ごめんね、これは俺の個人的な事情なんだ。今はこれ以上のことは言えないけど、普段サーラが出かける時はこんなことしなくても大丈夫だから。」
「そう・・・ですか。」
「うん、しばらく俺と出かける必要のある時は不自由かもしれないけれど、慣れてくれると有難い。ローブの袖が困るのなら、手を繋いでもいいんだけど?」
「へ?」
「ああうん、何でもない。サーラならそう返って来ると思った。今のは忘れてくれ。」
「忘れる?」
「ローブの袖を握るのは忘れないようにね。でないと、サーラも俺を見失ってしまうから。」
「見失う・・・?」
サーラは何を見失うのか状況が分かっていないらしい。
「何なら移動する前に、今ここで試してみようか?」
「は、はい・・・。」
サーラは不思議に思いながらも頷いた。
「サーラ、ローブの袖をすぐに掴めるようにしておいて、一旦ローブから指を離して、また少ししてからローブに触れてみてごらん?」
「はい、分かりま―――ええっ!?」
サーラがエルデのローブから指を離した途端―――目の前にいた人物の姿が様変わりしたことに驚き、サーラは目を瞠った。
確かに、目の前に誰かがいるのは分かるが、これがエルデだと言われても本当にエルデ本人かどうなのかよく分からない。
「あの・・・エ、エルデ・・・さん?」
不安に思いつつ、サーラはエルデに声をかけつつ離した指を元に戻した。サーラの指がエルデのローブに触れた途端、目の前の不確かであった人物がエルデの姿に戻った。エルデは何やら歌を口ずさんでいる。
「はわわわわ・・・。エルデさんがエルデさんじゃなくなって、エルデさんに戻りました。」
サーラは今しがた自分が目にしたことに非常に驚いていた。エルデはサーラの反応を見て微笑むと、歌を口ずさむのを止めた。
「ああ、サーラにはそう見えるだろうね。それから、サーラは俺を呼んでくれたよね。」
「は、はい・・・。」
サーラはエルデの問いかけにコクコクと肯いた。
「それから、俺はサーラがローブから手を離した時からさっきまで歌を歌っていたんだが、サーラには全く聞こえてなかっただろう?」
「え?あ~ええと、確かに歌は聞こえて・・・なかったです。」
「サーラも結界というものについて少し分かってくれたかな?」
「はい・・・。」
「ね、結界魔法って色々できて面白いだろう?」
「ん~、そう・・・ですね。分かっていたらおもしろい・・・かもしれないです。」
「分かってなかったら?」
「えっと・・・いじわる・・・かな?」
サーラの思いもよらない返事に最初エルデは笑いを堪えていたが、ついに耐え切れず声を出して笑い始めた。
「はははっ、そうか。サーラにとっては意地悪なのか。っくくく。」
口元に手を当てているにも関わらず爆笑するエルデを見て、サーラは「なんでこの人はこんなに笑っているのだろう?」と不思議に思っていた。
「コホン。さて。冗談はさておき、そろそろ出発しようか。こっちだよ。」
エルデは気分を改めるように咳払いを一つするとサーラに声を掛け、二人は歩き出した。
ちょっと裏話。
普段はなかなかこのようなことはあまりないのですが、最初はエルデとベントレイが別の場所で会う展開で書き始めたところ、途中から筆が進まず本話のゴール地点に辿り着かず。これはまずいと思い直し、エルデ達がベントレイ宅を訪問する展開で別話として執筆した所スムーズに話が進んだため、こちらを本稿として公開することにしました。サブタイトルもしっくり来るものがなかなか浮かばなかったのですが、サーラの心の中の声を拾ってみたらこうなりました。
次回はようやく師弟が再会しますよ。お楽しみに!
今回も最後までありがとうございました。




