密談再び 1
ロイ視点です。
俺は汗をかかない程度の速さでのんびり王都を歩いていた。流石に夜のこんな時間に王都の中心部から王都の外れへと向かう者はほとんどいない。今頃王都の中で賑わっているのは、酒類を提供する飲食店や歌や踊り等の演目を見ながら食事ができる店である。それ以外の店の者達は翌日の営業に備えて店を閉め、帰宅している頃である。
魔法屋へ向かって歩いていると時々、二人一組で哨戒中の騎士団員とすれ違った。怪しい者だと思われないように、すれ違う度に軽く会釈をしておいた。すれ違う者達の中に知った顔はほとんどいないが、一応俺の名前は騎士団に残っている。
ようやくマシューの店の近くまで来た。ここまで来れば魔法屋まであと少しだ。店の前を通るついでに軽く店の中を窓越しに除く。店内は客で賑わっており、客達は楽しそうに談笑していた。時々聞こえる野太い歌声はマシューのものだろう。王都の中心から離れているという立地の悪さにも関わらず、マシューの店は今日も賑わっていた。俺が騎士団にいた頃―――勿論、魔法屋ができる前のことだ―――は夜騒いでも怒られないマシューの店は本当に有難かったな。魔法屋の仕事をしている今となっては、昼は時々お世話になっているが、夜は―――言われてみれば、最近はほとんど行かなくなったなぁ。
俺は賑やかに同僚達と飲み交わした昔を思い出しながら、マシューの店の前を通り過ぎた。魔法屋に着くと、作業台に明日の朝食用の食べ物の入った籠を置き、更衣室へ向かった。ミリルは俺がさっき家に戻るついでに家の前まで送ったから、当然ここにはいない。今作業場にいるのは俺だけだから、更衣室の入り口に使用者の名札を掛けなくてもいいだろう。着替えと上着をロッカーの中にしまうと、台所のテーブルの上に籠を置いた。衝立の向こう側でサーラちゃんが眠っているのが見えたが、じろじろと見過ぎないようにしつつ、静かに台所を出た。
さて、エルデ様は書斎かな。
俺は書斎の扉を静かにノックした。応えはない。寝室と浴室―――とりあえず寝室から確かめるか。
俺は久しぶりにエルデ様の寝室の扉をノックした。こちらも返事はなかった。入浴中でいらっしゃったか。俺は脱衣所の扉をノックした。
「ロイ、今は使用中だよ。」
「はい、エルデ様。ただ今戻りました。書斎でよろしいですか?」
「うん、そうだね。書斎で待っててよ。着替え終わったら行くから。」
「畏まりました。お支度が終わり次第、書斎までお願いします。」
俺は扉の前で一礼すると書斎に入り、お茶の準備を始めた。二人分のカップとポットをトレーの上に乗せ、テーブルに置く。これでエルデ様がいらっしゃればお茶はすぐ出せる状態だ。俺は執務机側のソファーに腰を下ろした。いつもエルデ様が座っている場所だが今日はこの場所で問題ない。
「ロイ、お待たせ。」
髪をタオルで拭きながら部屋着を着たエルデが書斎に入ってきた。ソファーに腰掛けている俺と目が合う。
「ええと・・・、ロイ?」
「はい、エルデ様はこちらへお掛け下さい。」
俺はにっこり笑うとエルデ様を向かい側のソファーへ座るよう手で指し示した。エルデ様は軽く咳払いをすると、苦虫を噛み潰したような表情で俺の向かい側へ腰を下ろした。
「ロイ、話とは何だ。」
「勿論日中にも話しましたが、今後サーラちゃんに魔法を教えるときの心構えを、改めて私の方からお伝えさせて頂こうかと。」
私はテーブルの上のカップにお茶を注ぐと一つをエルデ様の前に、もう一つを自分の前に置いた。
「ありがと・・・ううっ!」
エルデ様は早速私の入れたお茶を一口飲まれたが、久しぶりの味に口を窄み、目を泳がせていた。
「お寛ぎの所だと思いましたが私の話が子守歌にならないよう、敢えてお飲み物は苦めにさせて頂きました。お口直しにお水でも飲まれますか?」
「いや、水はいらない。それに、この年で俺に子守歌もないだろう。目が覚める味・・・あー嫌な予感がしてきた。」
エルデ様が無意識に額の隅を指先で軽く掻いているのを俺は微笑ましく眺めていた。
「エルデ様にもお心当たりがあるようですね。これからお話させて頂く私と致しましても、有難い限りです。」
私は穏やかに微笑むと、エルデ様と同じ飲み物をゆっくり味わった。
「私には美味しいですが。エルデ様、そんなに苦かったですか?」
「いや、見た目から別の甘いお茶の味を想像していたから余計苦く感じんだと思う。」
「左様でございましたか。エルデ様、この部屋の防音は―――」
「ん?結界?」
「ええ、できたらあった方がよろしいかと。サーラちゃんが夜中起きてきた時に、私共が自分のことを話していると分かったら、気分を害されるのではないでしょうか。」
「ああ、前回はサーラが起きていたから結界を張っていたね―――うん、続けていいよ。」
エルデ様が結界を張ってくれたようだ。
「それでは、本題に入りましょうか。」
「その前に、ちょっといい?ロイって誰かに魔法を教えたことあったんだっけ?」
「ええ、騎士団に行った時は教えていますよ。私も最近は騎士団にほとんど顔を出せておりませんが。」
エルデ様が意外そうな顔をしていて驚いた。あの~俺、魔法屋の店員やってますけど、一応貴方の護衛も兼ねてましたよね。そのために騎士団にも名前あるはずじゃありませんでした?
「何か意外だなぁ。ロイが魔法をねぇ・・・。」
「お言葉ですがエルデ様。私もエルデ様と一緒に学院を卒業しております。エルデ様はお忘れかもしれませんが、今でも騎士団に名前は残しておりますから、ごくたまに鍛錬に寄ったついで位ですよ。」
「ああ~うん、忘れてた。ロイはロイだから、まあその辺の事はどうでもいいや。」
え、どうでもいいのか?と俺は内心で突っ込んだ。
「エルデ様。貴方は表向き私の雇い主なんです。きちんとして下さいよ。」
「確かに書類上は雇い主だけど・・・商業ギルドに出す書類に、一従業員が騎士団所属の護衛なんて書けないじゃないか。」
「ええ、分かっておりますとも。せいぜい用心棒とか警備担当とかしか書けないでしょうよ。」
まぁ、商業ギルドのギルドマスターであるグラントは、エルデ様や俺と共に学院で学んだ仲だから知っているだろうが、他の商業ギルド員は知らないだろうしなぁ。
「まあいいや、話を戻そう。それで、ロイは騎士団で騎士達にどんなことを教えてるの。」
「最初に教えるのは、学校や学院出身者には簡単な魔法を使った身の守り方ですね。中には本人の適性で防御関連の魔法が使えない者もおりますので、そのような者達や元々魔法の適性の無い者達へは騎士団から防御の魔道具が支給されます。魔道具を支給される者達はその使い方からですね。」
「攻撃魔法からじゃないんだね。」
「そうですね。攻撃魔法からと思われがちですが、まずは自分の身を守る手段を得ることを優先させています。追いつめられると必死になって、想定外の手段で攻撃してくる者も中にはいますからね。」
「そこは手負いの魔獣と似たような感じかなぁ。」
「だと思いますよ。騎士団に入りたいと憧れる者はそれなりにいるんですが、騎士になれるかどうかは魔法とは別の適性が求められますし、実際に一人前の騎士として仕事ができるようになるには、ある程度時間がかかりますから。」
「身を守る手段を優先かぁ・・・。」
エルデ様は腕組みをして少し考え込んでいらした。
「エルデ様、サーラちゃんに魔法を教える順序は騎士達と同じ身を守る手段からと、拘らなくてもよろしいのではないでしょうか。」
「と言うと?」
「騎士は任務遂行のためにも守るべき対象を守りつつ生き残ることが必要ですが、彼らは立場上生命を賭して戦わざるを得ない状況に身を委ねなければならないこともあります。騎士にとっては日々の鍛錬でいかに己の身を守る術を一つでも多く手に入れることが優先されますが、魔法屋でサーラちゃんの扱いは非戦闘員になりますよね?」
「ああ、無論そのつもりだ。ミリル自身も最低限の自衛手段は持っていると思うが、彼女も非戦闘員という扱いだ。ミリルの帰りにロイが付き添ってもらうよう頼んでいるのはそのためだ。ああ、ミリルのことは余談だな。」
そう言ってエルデ様は苦いお茶を少しずつ口に含まれた。
「いえ、以前から私が帰りにミリルを送って行くのはその為だろうと思っておりましたので、全く問題ありません。」
「そう。やっぱりこのお茶、苦いなぁ。」
「ちゃんと話が終わるまで起きていて頂かないとなりませんので。」
俺は自分のカップに二杯目のお茶を注いだ。
「うえぇ~ロイ、お代わりするんだ・・・」
「私はこのお茶の苦みが若干癖になりつつあるので、それ程苦にはならないのですよ。」
俺はエルデ様に微笑みかけると、お茶を優雅に楽しんだ。
この話はあと2回続く予定です。皆様の想像していた二人でしたでしょうか。他の二人を想像してた方、よかったらどの二人を想像していたかを感想欄で教えて下さい。
今回も最後までありがとうございました。




