昨日の今日ですが 1
登録ありがとうございます。今回はロイ目線です。
手紙を書き始めたエルデ様を邪魔しないよう書斎から台所へ下がった俺達―――俺とミリルとサーラちゃんの三人―――が先程の打ち合わせで使った食器を片付けていると、図面を丸めた紙筒を持ったエルデ様がいそいそと商業ギルドへお出かけになられるのが見えた。
外出時にあれだけ機嫌の良いエルデ様を見るのも珍しい。エルデ様のあの状態では、図面を丸めた紙筒を振り回したり、どこか道端で小躍りかスキップでもしそうな勢いだ。まあエルデ様の事だから、図面を振り回したり、あの濃紺のローブ姿で小躍りやスキップをしたりしても、また何か新しい魔法を使っているのだろうと思われるのが関の山だろう。
俺自身、エルデ様に対する周囲の反応が予想できてしまうのは、それこそ立派な職業病である。
他国ではどうなのか俺は良く知らないが、商業ギルドとはエルヴァトラ王国内で商いを営む者が必ず加入しなければならない団体である。個性の様々な商売人達を束ね、健全な手段により互いの利益を最大限追及することを目的としている。ギルドの名のもとに、人身売買や犯罪行為により利益を得ようとする輩は徹底して排除され、二度とギルドの管轄地内で商売ができないように手を回される。利に聡く、清濁を併せ呑みながらも、決して後ろ暗いことに手を出さない者が、あの商業ギルドを仕切るギルドマスターとして君臨しているのだ。
それに、商業ギルド内での迂闊な発言は自らの首を絞めることになると有名だ。優しい言い方をすれば、言質を取られることの恐ろしさを身をもって学べると言ってもいいだろう。それなりに痛い目にも合うこともあるが、名前持ち達と商売をする前にギルド内で学習しておいた方が、結果的に授業料としては安くつく。名前持ち相手の商売で失敗したら、それこそ自分の一番大事な物で償うしかない場合が多いからだ。
しかし、エルデ様はあのしち面倒臭い商業ギルドへ行くのがそんなに嬉しいのか?あの食えない爺さんに会ったところで、世間話をしながら腹の探り合いばかりするのは楽しくないだろう。いや、楽しいどころか気を引き締めていないと色々と抉り取られるはずだが。あれ、そう言えば商業ギルドのマスターは何年か前に代替わりしたんだっけか。ええと、新しいギルドマスターの名前は確かグラント・・・え、グラント?
・・・・・・・・・まさか、あのグラントか!!
「ああっ!!」
「えええっ?」
「何?ロイってば、どうしたのよ。」
俺がグラントの事を思い出して急に大声を出してしまったため、ミリルとサーラちゃんの二人に驚かれてしまった。
「いや、何でもない。ちょっと昔のことを思い出しただけだ。はあぁ。」
俺は学院時代の黒歴史を思い出して溜息をついた。ええ。それは、ご機嫌でしょうとも。俺はエルデ様が機嫌よくお出かけになられた理由に甚く納得した。
俺が商業ギルドに行ったことがあるのは、エルデ様が研究所の所用でどうしても都合がつかず、代理として魔法屋を開く手続きをしに行った時だ。その時、グラントはまだ商業ギルドの一職員だったはず。それがいつの間にか商業ギルドのギルドマスターときたもんだ。あいつも知らない間に随分出世したな。
俺もその時はグラントに会ったというか、ギルドで仕事をしている姿を見かけただけだから、あいつは直接言葉を交わしてはいない。エルデ様とグラントが会うのは一体何年ぶりになるのだろう。エルデ様が学院を卒業して以来なら、七年ぶりか?
俺はエルデ様とグラントの事を頭から追い払い、自分達の昼飯の心配をすることにした。
「さて、ミリル。今日のお昼はどうするよ。」
「そうですね、今日は昼食は三人分、明日からは昼食が四人分。夕食は今日からエルデさんとサーラさんとの二人分を作ることになりますよね。サーラさんはここの食事作りについて何か聞いている?」
「ええと、き、昨日ミリルさんからロイさんとミリルさんが交代で作っていらっしゃる、としか。」
サーラちゃんがあたふたしながら答えている。昨日買い物に出かけている間にミリルに聞いたのだろう。
「まあ、サーラちゃんは昨日ここの生活に必要な物を買いに王都へ行ってきたばかりだろ。ここの仕事もできることから始めてもらうとしかエルデさんからも聞いていないし、今日の午前中は皆、お茶菓子とここの改築の話になっちまっただろ。まだサーラちゃんの仕事の分担は何にも決まっていないんじゃないか?」
「そうですわね。今慌ててサーラさんの仕事の分担を決めなくても、今日のお昼ご飯は外へ食べに行けばいいんじゃないかしら。後でオーランの店まで行くとき、私も近くなるので助かりますわ。」
「ああ、そうか。ミリルは王都に行かないとならないんだったな。それより、今日の夕食ってお店にある食材で足りるのか?俺も昨夜の残り物があったとはいえ、今日の朝ご飯ここで食っちまったし。」
「お昼を外で済ますのならば、今日の夕食の分は足りると思いますわ。オーランの所へ寄るついでに王都で少し見繕って来ましょうか。明日以降に使う分ならば、今日手配してくれば十分間に合いますし。」
「そうだな。そしたら、食材の手配もミリルに任せてしまっても大丈夫か?」
「ええ。せっかく王都へ行くのに、オーランの店に行く用事だけでは勿体ないですわ。ついでに私が手配しておきます。」
「それは有難い。それなら、マシューの所へ三人で昼飯を食べに行くか。」
「ええ、そうしましょう。」
「なら、善は急げだ。サーラちゃん、三人でマシューの店へお昼ご飯を食べに行くよ。」
俺は店の財布を持つと、サーラちゃんに声を掛けて出かけようとした。
「あ、ロイ。ちょっと待ってよ。お店の食材がどれだけ残ってるか出かける前に確認させてっ。」
ミリルはバタバタと台所の食材の入っている棚を慌てて開け閉めしながら在庫を確認した。
「痛ぁ~」
ミリルがどこかで指を挟んだらしい。まぁ、あれだけ慌ただしくバタバタやってたら、どこか挟むよな、そりゃ。
「やっぱり挟んだか。相変わらずミリルはそそっかしいなぁ。」
俺はミリルの手に治癒魔法をかけようとして手を出したが、
「大丈夫ですわ。これ位、自分でできますもの。」
と言って、ミリルはさっと自分で挟んだ指に治癒魔法をかけた。ははーん、なるほどね。俺はピンときたのでミリルに聞いてみた。
「もしかしてさ。ミリル、愛しの騎士様に何か言われてる?」
俺はミリルに向かってニヤリと笑った。
「ま、まぁ・・・じ、自分の魔法で治せるものは、自分で治せって。」
珍しくミリルがあたふたしている。俺はちょっと遠い眼をしてミリルの夫である愛しの騎士様を思い出した。確か、彼は魔力の痕跡を辿る能力に長けていたはずだ。
「あーもしかして、愛しの騎士様は誰の魔力かを嗅ぎ分けられるのか?」
「誰、とまでは聞いたことはありませんわ。少なくとも私自身の魔力と、私以外の者が私に向けて使った魔力は・・・性別位なら確実に分かるようです。」
「おうおう、愛されちゃってるねぇ~。」
俺に指摘されてミリルが真っ赤になっている。へぇ~、ミリルはエルデ様相手でも態度がでかいから、元々面の皮が厚い奴なんだと思っていたが、そんなミリルでも照れるんだな。まぁ一応、こいつも人妻だしなぁ。俺はミリルを茶化しながら、愛しの騎士様の意外な能力に舌を巻いた。確かに、それだけの能力があれば一般騎士とはいえ、騎士団には欠かせない人材であろう。
「それは勿論、当然ですわっ!こちらの確認は終わりましたので、皆さん食事に出かけますわよ。」
俺がのんびりそんなことを考えていると、ミリルは真っ赤な顔のまま俺の手から店の財布を引っ掴むとすたすた裏口へと向かってしまった。まずい、早く追いつかないと食いっぱぐれる。
長くなったので二回に分けることにしました。次回もロイ目線で続きます。
魔法屋は王都の一番外れにあるため、魔法屋のメンバーは王都中心部やその近辺の店の多いエリアの事を総称して『王都』と呼んでいます。




