そのころ魔法屋ノーティスでは 3
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「俺が昨日見た感じだと、サーラは魔法がそこそこ使えそうなんだ。魔法が使えそうなら、うちの店の住み込み従業員として是非働いてもらおうと思ってね。王都でうちの店の従業員ができる人材はなかなか見つからないから、私にとっても有難い話だ。」
「こちらは彼女の保護を兼ねて衣食住を提供する。その代わりに彼女にはできる範囲でここの仕事をしてもらう。もちろん仕事といっても、最初は誰でもできる簡単なことからだろうね。まぁ、魔法についてどれくらいの能力を持っているか、まだほとんど見せてもらっていないから、兄上への報告は彼女の魔法の能力についてある程度見極めがついてからかな。」
大事な話なので、俺は一度深呼吸をする。
「それから。彼女が名前持ちだということを、俺は兄上とロイ以外には言わないつもりだ。あとは兄上が『誰』にこの話を告げるかどうかで、実際この件はどう動くか決まると俺は踏んでいる。俺は兄上へ報告の義務があるから、ひとまずサーラのことは名前の件も併せて報告をしなくてはならない。記憶が曖昧な名前持ちの娘―――しかもその名前は聞いた事の無いものだ―――の保護を王宮に任せたら、かえって面倒なことになりそうだと思わないかい?ロイはサーラ絡みで野心まみれの貴族達の相手をする気はある?俺は真っ平御免だよ、ふふふ。」
ロイは驚いてエルデの顔を見た。いつの間にかエルデ様ご自身の呼び方が「私」から「俺」に変わっている。いつから変わっていたんだろう。いつもは淡々としたエルデ様がこんな風に楽しそうな表情を見せられるのは久しぶりだ。
「女性の方に何度も年齢を聞くのは失礼かと思いますので、エルデ様に伺っておきたいのですが。サーラ様はお幾つなんですか。」
「ああ、十六だそうだ。だから俺もここで住み込みで働くことを提案したんだよ。」
「ふむ、十六か・・・十六ならば成人扱いできる年齢だから、ここで住み込みで働いてもらうのに問題はない。まあ年齢がエルデ様や私と若干離れているが・・・許容範囲か?それとも、これは犯罪の範疇なのか?しかし、他所で寝泊まりさせておいて彼女が名前持ちだとばれると、それはそれで問題になるだろうからなぁ―――私の家も彼女の身の安全はともかく、情報を秘匿するという意味では都合が悪い。ここはエルデ様がそれなりに結界を張って下さっているし、何しろエルデ様しか住んでいないから安全面だけではなく・・・」
ロイが小さな声で何やら呟いている。何がきっかけか分からないが、ロイが久しぶりに思考の泉に浸ってしまったか。『犯罪の範疇』なんて物騒な単語が聞こえたが・・・サーラを保護して雇うこと自体は犯罪じゃないはずだが、何のことだ?
「ロイ、ローイー?俺の話はまだ終わっていないんだけど。ロ~イ~、そろそろこっちに帰ってきてくれないかなぁ~。」
俺はロイの目の前で手をひらひらと振り、ロイを思考の泉から何とか引き揚げた。
「・・・っ、申し訳ありません。つい考え事をしてしまいました。」
「うん、分かってる。話を戻すと、サーラ自身の安全と王宮内の安寧のためにも、二つ目の名前は伏せたまま彼女をうちの店で雇うのが一番無難だと思う。サーラにも簡単に事情は説明して二つ目の名は名乗らない様に話してあるから、問題ないだろう。お店の常連さん達には、魔法が使える遠縁の者を新しく雇ったと言っておけば大丈夫だと思うよ。実際うちの店はそこそこ魔法が使えないと仕事にならないんだし。」
「ま、まぁ・・・魔法が使えるのならば、遠縁の者をここで雇ったという話で大抵の者は納得するでしょう。はぁ、それにしてもエルデ様。昨日はとんだ一日でございましたね。」
「ああ、本当だよ。俺も情けないことに動揺しすぎて、彼女にうっかり二つ目の名を名乗ってしまった。ああ、彼女はミリルと違って大丈夫だと思う。それでも・・・これから色々と楽しくなりそうだと思わないかい、ロイ。」
「左様でございますね。エルデ様、それにしても・・・またうっかり、ですか。お名前の件だけではなく、ご自身の事については十分すぎる程、用心して下さいませと普段より何度も申し上げております。エルデ様は、もう十分『うっかり』では済ますことのできないお歳なのですよ。立場上、私共にできる事は限られております。こう『うっかり』が続きますと、エルデ様たってのご希望で手に入れた今の生活ができなくなってもおかしくはないのです。いい加減、私もエルデ様にお小言は申し上げたくないのですよ。」
「う、うん・・・元の生活には戻りたくない。俺も気をつけるよ。」
「分かって頂けたようで何よりです。それから、サーラ様でしたか・・・。お顔はまだ拝見できておりませんが、私もエルデ様からお話を伺っているだけでお目にかかるのが楽しみになって参りました。」
「そうそう、そう来なくっちゃ。それでこそ俺の護衛兼、使える店員だよ。」
俺がニヤリと笑ってロイを見る。
「護衛だなんて、今のエルデ様にとってはただのお飾りでしょうに。」
ロイも自嘲気味に笑いながら俺を見る。
「そうだね。ちゃんとした護衛なら、それこそロイにも住み込みで働いてもらわなければならないもの。寮で学院生全員が暮らす学院生だった時はともかく、魔法屋の建物やその近辺に好き勝手に結界を張っても良いことになっている現在の俺に護衛は必要はない―――結界が壊されない限りはね。」
「勿論、結界に干渉された時点で俺には分かるから、結界が壊される前に十分対処は出来る。そもそも今の俺にとって護衛自体はお飾りなんだけどさ。それでも護衛をつけろつけろって、兄上がうるさくて仕方がないからロイに名前だけでも護衛になってもらっているんだ。兄上も、ロイなら昔からよく知っているから安心だって言われたよ。ロイも悪いけど兄上の心配性に付き合ってあげてよ。」
「はい、エルデ様が幼い頃より重々心得ておりますので問題ありません。母からもそのように言付かっております。」
「ははは、いい返事で助かるよ。それから、サーラの件で余分な仕事が少し増えてしまうのは申し訳ないと思うけれど、宜しく頼む。」
「大丈夫ですよ。ミリルもおりますし、私共にお任せ下さい。」
いつの間にかオウも店に戻って来ており、いつもの止まり木で居眠りをしていた。
ドンドンドン。店の入り口の扉を叩く音が響いた。
「○★◇▲□~」
いけない、防音結界を強めに張ったから、いつもより外からの声が少し聞こえにくいんだった。
「ロイ、この話はいったんここで終わりにして結界を取るよ。この件は他言無用で。」
「畏まりました。」
ロイが頷いた後、俺は慌てて結界を解いた。
「こんにちは、マシューの店です~。エルデさんいらっしゃいますか~。お食事をお持ちしました~。」
店の扉を叩いているのはマシューのようだ。ロイが店の鍵を開けて扉を開いてくれた。
「こんにちは、待たせて悪かったね。お昼を持って来てくれたのかな。」
「はい、エルデ様とロイ様の二人分です。」
「ありがとう、食事はここのカウンターの上に置いておいてくれるかな。お金を持ってくるから少し待ってて。」
俺は書斎へ戻ってお金を持ってくるとマシューに支払いを済ませた。
「空いた器は夕方までに裏口に下げておくから、裏口へ取りに来てくれるかな。それからマシュー、夕方来てくれる時に・・・をお願いしたいのだけど、今から頼んでも間に合うかい?」
「大丈夫ですよ。エルデさんにはいつもご贔屓にして頂いていますから、その程度のことならお安い御用です。それでは、また夕方お伺いしますね。」
マシューは軽く頭を下げて帰っていった。
「さて、ロイ。俺達も食事をしようか。きっと今頃ミリルはサーラを引き連れて王都での買い物を満喫していると思うよ。昼食を済ませたら店を開けよう。この先、もしかしたら何日かは店を休みにしないとならなさそうだからね。今日は話が長くなりそうだから、ここで食事を済ませるとしようか。」
いつもは台所で昼食を取るが、今日は特別に店のカウンターでロイと昼食を取ることにした。俺はロイに聞かれるまま、覚えている範囲でロイにサーラをここまで連れて来た時の話をあれこれとした。ロイは俺の話にびっくりしたり目を丸くしたりと、始終驚きっぱなしだった。
俺の話を聞いてロイの表情がこんなにくるくる変わるのは久しぶりだ。俺はこれから来るであろう日常の変化が楽しみになった。
筆が滑った割には見直す度に手直しの連続でした。お留守番組の話はひとまず終了です。次回はまた王都組のサーラとミリルのお買い物の話へ戻ります。
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