名前持ちとは 2
「えっ・・・?」
私に手を掴まれたサーラは口をポカンと開けたまま固まって目を見開いている。私はサーラの手をそっと膝の上に戻してから自分のカップからお茶を飲んだ。
「いきなり驚かせてすまなかったね。その態度からも、君は未婚の女性だということが分かるよ。お茶を飲んで落ち着こうか。」
「は、はぁ・・・・・・」
サーラは私に勧められるままお茶を飲んで返事をした。無意識に手にはお茶菓子を握っている。そんなにお菓子が好きなのか?
「さて、名前持ちの話に戻ろうか。他国出身の君が未婚の名前持ちだと周囲に知られると、国内の貴族達がこぞって君を養子として引き取りたがることが予想されるんだ。何故だか分かるかい?」
サーラは一応、こちらが促した通りに考えているのか、全く分からずにぼーっとしているのかは見ただけではよく分からない。それでも、先程からお茶菓子を手に持ったまま身じろぎすらしないというのは微笑ましい。説明する私自身だって気が進まないのに自分の名前と年齢以外はほとんどのことを覚えていなさそうな人物に、いきなりこんな話を理解しろと言うのは非常に酷な話だ。それでも名前持ちの話は、名前持ちであるサーラがこの国で生きていく上で知っておかねばならない大事な事だから、私も話さざるを得ない。今回だけでは多分理解できないだろうから、また生活が落ち着いた頃に改めて話をした方がいいかもしれないな。
「何でもいいから理由を思いついたかい?」
「い、いいえ・・・・・・。」
サーラは俯いて首を横に振った。ということは、サーラ自身は貴族階級に縁の無かった者なのか?それなのに名前持ちなのは何故だろう。私は自分の考えが自然と横道にそれたのに気付き、慌てて話を戻した。
「君はもしかすると貴族階級の人と関わったことがないのかもしれないね。それはさておき、だ。まず、君はまだ若いし、きちんと正装すれば美しい女性になるだろう。」
「そう・・・ですか?あまり・・・よく、わからないのですが・・・」
「君の見た目については私が保証するから大丈夫。こんな所で商売をしてはいるが私自身、人を見る目はそれなりに持っているつもりだよ。とりあえず今は君の外見の話ではなく『名前持ち』の方の話を続けよう。ここエルヴァトラ王国では君と同じ年齢位の名前持ちの女性だと、花嫁修業の一環で身分の高い貴族の家で行儀見習いとして働き始めるか、親が選んだ相手と婚約して他家に嫁ぐ準備を始める頃だ。」
サーラはお茶菓子をくわえたまま目を見開いている。先の反応同様、今まで結婚なんて考えたことがなかったのだろうか。
「サーラ、くわえたお茶菓子は食べてしまおうか。君がファルドの森にいた理由は無視して、とりあえず話を続けるよ。もし君が何らかのトラブルに巻き込まれて行方不明になっていた場合、君のご両親が君を探し出せたら君を連れて帰りたいと思うのは当然だろう。君のご両親が君を見つけるまでの間、君の身元を引き受けていた者が無事な君をご両親に引き渡せば、君の面倒を見ていた期間の謝礼を君のご両親に請求できる。君のご両親が豊かならば謝礼だけでも十分うまみがある。最悪君のご両親から謝礼をもらえなくても、困難な状況にあった御令嬢をご両親と再会できるまで親切にもてなしたという事実が国内に残る。それだけでもこの国の貴族にとっては大きなメリットがあるんだ。」
「は、はぁ・・・」
「あいにく君のご両親が見つからなかった場合でも、君を養女として引き取りさえできたら、君を利用しようとする輩にとっては十分だ。」
「私を、り・・・よう?」
サーラはもう何個目か分からないお茶菓子の半分を食べてから、ソーサーの脇に食べかけのお茶菓子を置いた。正直、今の時点ではサーラも事情を把握できないだろう。
「そうだ。正直身寄りの無い君を養女にする、という可能性については私もあまり言いたくはないんだが・・・もちろん、エルヴァトラ王国の国内に善意から身寄りの無い君を引き取って面倒を見てくれそうな貴族がいることはいるんだ。ただ、野心にまみれた貴族の方がそういった貴族達よりも若干うまく立ち回っているのがこの国の残念な現状でね。そういう輩に限って身寄りのない君を養女にしてやったという恩を勝手に押し付けて、自分達にとって都合よく利用できる駒にされてしまう可能性が非常に高いんだ。政略結婚という手段でね。ちょっと難しい話かもしれないが、今はとりあえずそういうものなんだと聞いておいてくれ。とりあえず食べかけたお菓子を食べてしまおうか。」
サーラが食べかけの菓子を食べ終わり、お茶を飲んだのを見計らって私は話を続けた。
「養女として身寄りの無い娘を引き取り、養女としてから貴族同士の政略結婚をさせた家については最近王都で少し問題となっていてね。嫁ぎ先に気に入られなかったり、子宝に恵まれなかったりした娘が離縁されて養親の家に戻ってくるのは以前から時々ある話なんだ。どうしても跡継ぎを欲しいが、妻を二人以上持つ余裕のない家では特にね。それでも、ね。」
私は一旦話を切って呼吸を整えた。
「結婚後に良くない噂が立っていた家から養親の家に戻る娘の数が少なすぎるんだよ。結婚してしばらくは元気だった彼女たちが数年たった頃、病気や事故で亡くなったという知らせが王都に届くんだ。それで、彼女たちが適当な理由をつけて消されているのではないかという疑いがあってね。特に自分達の血を分けた娘がいるにも関わらず、わざわざ養子を取って貴族の一員と仕立ててから嫁がせる輩が特に怪しくてね。」
「え・・・?」
「王宮の方でも不審に思っていて調査はしていると聞くんだが、どうやら向こうもなかなか上手く立ち回っているようでね。現状では残念なことに彼らの否を認めさせるのに十分な証拠が集まっていないらしい。もちろん、養女として嫁いだ娘が結婚相手にとても気に入られて幸せな人生を送った例も全く無い訳ではない。しかしながら私が知る限り、そのような話は養女として嫁いだ娘達の数からすると、ほんの一握りなんだ。」
サーラは呆気にとられているようだ。もう彼女の理解の範疇を越えていても仕方があるまい。
「要するに、私が君をここへ連れて来たが故に、君をエルヴァトラ王国内のそういったややこしい事情に巻き込みたくはないんだ。身寄りのない名前持ちの娘というだけで、国内の貴族達にとって君自身には利用価値がある。更に、君の場合は見た目も悪くないから君の価値は一層高くなるだろう。私も正直なところ昨日ここへ来たばかりの君に、こんな話はしたくなかったんだが、これがエルヴァトラ王国の名前持ちを取り巻く現状だ。どうか自分の身を守るためにも、下の一族の名前は名乗らないでおく、ということだけは覚えておいてほしい。しかしながら、君に事情を説明するだけでも、改めてうんざりしてくるな。はぁぁぁ~。」
ひとしきり事情を説明し終えた安堵からか、私の口から魂が抜け出て来たような溜息が出た。
「うーん・・・そうなんですね・・・あんまり、よく・・・分かりませんが、ファリュージャは使わないよう気をつけておきます。あれ・・・?そういえば、エルデさんのお名前も・・・なまえ・・・もち、ということですか?」
「ああ、そうだよ。真に残念なことにね。まあ、私は家を継がなくてもいい立場だから、こんな所で呑気に商売をさせてもらっているがね。貴族の付き合いは面倒臭いから自他共に認める変人、ということで表向き親族とはなるべく関わらないようにしているんだ。実は先程、うっかり君に名乗ってしまったのは私の不覚だ。申し訳ないが、私の下の名前については知らないふりをしていてくれると有難い。」
「そ、そうなんですね・・・。」
「私自身の名前もそうだが、今まで説明したような非常に面倒臭い理由があるので、これから君の名前はサーラと呼ぶことにするよ。」
「わかりました・・・。」
サーラは頷いてお茶を数口飲んだ。
「それから、お仕事って・・・何をすればいいんですか?」
「そうだねぇ。正直、君の能力次第・・・なんだよね。」
「私の・・・のうりょく・・・ですか?」
「ああ。君の力によって任せられる仕事の内容が変わってくるからね。できたら早めに詳しく調べたいとは思っているんだ。私の見立てだと、君はおそらく魔法が使えると思う。それもきちんと使い方を教えれば、かなりの使い手になると思うんだ。」
「えっ?まほう・・・・・・ですか?」
「もしかして、魔法についてもよく分からない?」
「は、はい・・・。本当に名前と年・・・くらいしか覚えていることがなくて・・・。」
「そうか。それなら、ロイやミリルではなく私が直接見たほうがいいか。・・・となると魔法については開店前か閉店後に私と一緒に試してみることにしよう。魔法以外の仕事については、色々とロイとミリルに教わるといい。私もある程度何を教えたらよいかミリル達に伝えておこう。」
「分かりました、よろしくお願いします。」
サーラは深々と頭を下げた。うん、素直で礼儀正しいな。
あらかた話がまとまった所で、扉をノックする音が聞こえた。いいタイミングだ。
私は扉の鍵を開けてミリルを中に入れた。
「お待たせしました。」
ミリルがサーラの服を麻袋に入れて持って来た。
「サーラ、それでは着替えてこようか。着替えは、そうだな・・・脱衣所を使うといい。着替え終わったら、すぐに出かけられるように今着ているローブを服の上から羽織っておいてくれ。サーラが着替えている間にミリルも買い物に出かけられるよう支度をしておいてくれないか。」
「はい、分かりました。」
ミリルは書斎から出て、支度に向かったようだ。私はミリルが書斎を出たのを確認すると、サーラに小声で話しかけた。
「これから王都へ買い物に行く間に、ミリルに何か聞かれたら、名前と年齢位しか覚えてないことは話してもいいよ。それから、ちょっと言いにくいんだが・・・今、君が着ている私のシャツは、そのまま君が持っていてくれないか。自分で洗濯ができるようになったら洗って荷物の中にしまっておくか、適当に処分してくれ。返して貰っても、君が一度袖を通した服を着るのは私自身、気が引けてしまうからね。」
「そうなんですね、分かりました。」
サーラは微笑んで了承してくれた。




