日の沈んだ研究所
あの日、何であんな事を言ってしまったのだろう。
たけちゃんの噂話を聞いてから1週間後。
人類滅亡、ママと観光が始まる1週間前で、ママが人類滅亡を決定してら3週間目になる。
人類滅亡を決定した直後、研究所の人達はやっきになって国の偉い人達に話して、原因のロケットを中止にしてもらおうとしてた。
でも誰1人として耳を貸してくれる人なんていなくて、1週間、2週間とたち研究所の人達の滅亡を阻止しようという士気は下がっていった。
そして昨日、とうとう所長が『ロケット中止活動を断念する』と宣言し、事実上、人類滅亡を受け止める事となった。
でも、完全に諦めたわけじゃなくて。万が一、ママが決定を取りやめてくれるかもしれないと、ママの声が聞こえる私に最後の希望を託していた。
でも、ママは何も発言してくれない。希望の目を向ける研究所の人達に申し訳なかった。
家に帰って たけちゃんの手料理を食べる気にもなれず、沈んだ表情をした親やたけちゃんの両親を見たくなくて、人目を避けるようになった私の行動範囲は限られていた。
屋上も逃げ場所の1つ。
「仲原さん、タバコ、吸ってたんですね」
先客の仲原さんは所長の息子だけれども、威張ったりすることはなく、人の良さそうな人だったのに…その手には煙が立ち上る。
「学生の頃、興味本位で吸ったことがあるんだ。高いから続かなかったけれども」
「続けちゃあ、駄目でしょ」
「高いし、体に悪いし、吸わない人には嫌がられるけれども。
もう、いいや」
そう言って吸い込んだ彼は、大きく咳き込んだ。
「格好つかないもんだね、最後まで」
「まだ10日残ってますよ、滅亡まで」
「もう10日しかないんだ」
「ごめんなさい。ママは何も言ってくれないの」
「栞音ちゃんのせいじゃないよ。悪いのは、海の向こうの人達になるんだから」
「…………」
返答できる言葉が見つからなくて、無言で仲原さんの隣に移動した。知人レベルに間を開けて、手すりにもたれる。
「もう、何もかも終わりなんだね」
「せっかく受験勉強して高校に受かって。ギリギリだった学年末テストも頑張って2年生になれたのに」
「僕も。2年浪人して良い大学に入れたのに」
先のない未来が大きくのしかかっているのと、もともと仲原さんと長い会話なんてしない仲もあって、途切れた会話を繋げる気にはなれず、屋上を後にすることにした。
下につなぐドアに触れたところで、仲原さんは声をかけてきた。
「貯める必要がなくなった金で『夢のような国』で泊まりがけで楽しもうかなと考えているんだけれども、栞音ちゃんも一緒に行かない?」
『夢のような国』に耳が傾いてしまったが、お泊まりの付加があったので断った。
仲原さんは、本当に『夢のような国』を純粋に楽しむだけかも知れないけれど、何も起こらないと限らない。
たけちゃんの噂話を聞いたとしても。
でも、彼は諦めてはいなかった。
仲原さんは、周りに誰もいないのを狙って現れるようになった。お泊まりデートのプランが毎回アップグレードされていく。
彼が足を止めてくる距離は少しずつ狭まってきた。
3日目には手首をつかんで去ろうとするのを止めた。
「家に戻ろう。たけちゃんの手料理が食べたい」
そう思いたった時はもう遅かった。
「なか、はらさん…」
研究所にある宿泊施設。
大きな研究所にあるホテルみたいなのと違い、LOVE地球研究所のは、最低限泊まれるだけの簡素な二段ベッドが1部屋に2台ずつ置かれていた。それが2階と3階にあって、男性は2階、女性は3階。暗黙の了解で男性が3階に上がって来ることはなかった。
所長の断念宣言で日を追うごとに寝泊まりする人は減って、今日、ドアを開けたら誰もいなかった。
明かりを消し、下段のベッドで眠りについたけれども、朝になる前にまぶたが再び開いて、目の前に人を映し出した。
仰向けで寝ていた状態で。
遮光しない安物カーテンから満月の光が差し込み、はっきりと見えないけれども、誰かは分かる。
「騒いだところで、両隣の部屋には誰もいないよ」
宿泊部屋に鍵はない。でもそれは研究所員が規律を守っていて、いつも見えない鍵がかかっていたから。
でも、人類滅亡という絶望の力で、規律という鍵は壊れてしまった。
世の中には、力のない女子供を守るため防犯カメラや様々なセキュリティーサービスがあるけれども、ニュースは毎日、世の中から事件はなくなることはない。
それは『自分は大丈夫だろう』とか『ここで起きることはないだろう』と、無防備にしてしまうから。様々なセキュリティーサービスの死角から入り込んだ犯罪者は、そんな無防備な人ほど格好のターゲットはないのに。
狙われる者はいつでも危険を予測し、防ぐ術を考えなけらばならない。
いつもの安全な場所は、本当に安全だとは限らない。
時間や環境が変われば危険な場所になると頭に入れておかなければならない。
そう、気づけた時には、もう遅かった。
「やぁ、栞音ちゃん。やっと2人っきりになれたね。
初めて君に会った時から、君は僕にとって特別な子だと思っていたよ」
タバコ臭い息が不快に覚醒させる。
馬乗りという最悪の状態ではないけれども、その一歩手前で、前のめりになった奴の胸部は、密着しようとしていた。
身動きも声も出てこない私に奴は、信じられない事を言った。
「人類滅亡がなければ、栞音ちゃんや研究所の皆に公表する予定だったんだけれどもね。
栞音ちゃんと僕は結ばれる予定だったんだよ」
衝撃の言葉に目が見開く。
「そう、許嫁。地球の声が聞こえる栞音ちゃんは、我がLOVE地球研究所ではなくてはならない存在で、僕は未来の所長。結ばれて当然だったのに。
でも、僕は諦めないよ。
だから、今、2人の契りを交わそうじゃないか」
タバコ臭い息が荒々しく変わり、それが近付いてくる。
「あぁ、栞音ちゃん。やっと僕の物になるんだね」
ナメクジみたいな気持ち悪い、奴の唇が感触が首に吸い付いた。




