話し合い?
「出かけるって?どこにどうやって?」
改めて言うがここはビジネスホテルの3階。襲撃を防ぐためドアも窓も開かない。
カジュマルは歩き出し、ママさんに報告する形で俺の問いに答えた。
「ママ、今度は北にある大陸の人間どもが、また 移住計画ロケットを打ち上げると言う可笑しな行動している」
「あら、困った子ね。仕方ないわ。
私の可愛い子供たち、ちょっと出かけてくるから、お留守お願いね」
姿は見えないが、まるで隣にいるぐらいの音量で、ママさんの声が届いた。
違和感があったが、それどころではない。風呂場に向かったカジュマルが、栞音と引き換えに入っていったのだから。
つまり、栞音が姿を現した。
「ドーベル、留守中にママの体を見張っててくれ。そこに年頃の男がいるから無防備にできない」
「ドーベル、お願いね」
「ママの頼みならもちろんです」
ドーベルは素直に風呂場に向かい、部屋は2人っきりとなった。
と言うよりユニットバスに3人って狭くないか?カジュマルは?ママさんは遠隔操作だから体を置いて行けるけれども、カジュマルも遠隔操作ボディなのか?
……くそう、確かめてみたいけれども、入れない。
「変態」
この思考を知らず、ただお風呂場の方向を見ていた俺に栞音が吐き出した言葉は、それだった。
「何も着ていないママに何かしようなんて、変態」
「何が変態だよ。そっちだって何してるんだよ。人を種にして。これって立派なはんざ…」
言い終わる前に種銃を向けられて、言葉が消えてしまったが、そのまま口を閉ざす気にはなれなかった。
なぜだろう。多分、幼なじみだからだろう。昔からの仲だからか、黙る気分にはなれない。
「撃てるものなら撃ってみろよ」
鋭い風が頬をかすめる。
「本当に撃つことはないだろうが」
「うるさい。たけちゃんはいつもそう。デリケートな領域に勝手に土足でドカドカ入ってくる。デリカシーなさすぎ」
「何が『でりかしー』だよ。そっちだって夕飯食いに来たかと思えば、勝手に俺の部屋に入って、物を漁ってくる。俺にだってプライバシーがあるんだからな」
人類滅亡を阻止するため、何よりも暴走する栞音と話し合いをするはずなのに、内容が日常すぎる……
「プライベートというより、やましい物を隠して、見つけられたくないからでしょ。身が潔白なら入っても気にならないわよ」
「やましい物って…そんな物はない」
「何よ、その間。証明しているじゃない」
くそう、視線が栞音に合わせられない。
「本当に信じられない。男っていつもそう。黙っていれば隠せると思っているんだから、バレバレなのよ」
俺に向ける銃口が頭から胸に移動した。ヘッドショットも一撃なので、変えても意味はないのだが。
「でも、もう良いの。人間は明日でお終いなんだから。たけちゃんの事も見逃してあげる」
「何だよ、それ」
『やましい物』てっきり書物やDVDの話だと思っていたが、何か違う。
「そう。もう、何もかもお終い。全てがリセットされるのよ」
栞音の笑みが夜のように暗色していく。
「消える、消える、消える。たけちゃんの歴史も闇に染まる前に、きれいなままで終わるのよ。
だって人類は滅亡するんだから」
今まで見たことのない栞音がいた。
「何だよ、それ」
「良くそんな事が言えるわね。
私が研究所に行っている間、何してたの?」
栞音の目が刃物ように鋭くなった。
「何って、学校行って、飯作って、友達とつるんでカラオケ行くとか」
「華木先輩は?」
予想もつかない固有名詞が栞音の口から飛び出てきた。
「華木先輩は? たけちゃんの小遣い稼ぎで仲良くなったんでしょ」
その前に『小遣い稼ぎ』について説明しなければならない。
親は研究所に行きっぱなしで帰りが遅く、空腹を満たしたければ作らなければならなかった。もちろん、昼食の弁当も例外ではなく、テスト期間を除き、栞音の分も合わせて作っていた。
ただ、その弁当を1人分、余裕がある時は2人分多めに作り、それを学校で売っている。弁当用のLINEグループを作り、親や教師にチクらない信頼できそうな人だけ招待し、そこで購入者を募った。冷凍食品を使わないのと、日々料理スキルが上がっているせいか、売れ残る事はない。
費用も『食べ盛りだから』と偽って親から貰っている分、使い捨ての弁当箱と割り箸代を引けばそのまま自分の懐に入る。なのでバイトしなくても良かった。
そして、その購入者の中に華木先輩がいた。
華木先輩は弁当を売りさばいている噂を聞きつけ、直接声をかけてくれて、常連さんの1人となった。
言っておくが、先輩と一線を越えた関係など、残念ながら もちろんない。
「華木先輩は、お客さんの1人だ」
「よくもそんな事が言えるわね。私、知っているんだから。華木先輩は関西にある有名な調理専門学校の理事長の孫娘で、たけちゃんをお気に入りだって」
「何だよ、それ。誰から聞いた」
「研究所から帰りのバスで、同じ学校の人達が話しているのが聞こえた」
「……」
言葉がつまった。
先輩とは恋愛関係はなかったが、声はかけられたことはある。
『おじいちゃんの専門学校に来ない?』と、
「でもあれは、あくまで受験しないかで。優遇なんて……」
風を切る小さな音が耳に届き、胸に痛みが走る。
種化も貫通もしないが、痛みに胸を押さえ、前屈みになる。
「やっぱり、隠してた。嘘つき、信じられない」
「嘘って、恋愛関係のない。ただの進路じゃないか。卒業すれば、誰だって進学や就職する。当たり前の事を」
「うるさい、うるさい、うるさいっ。私に黙って、こそこそ離れていくなんて信じらんない」
「私に黙ってって、何で俺の進路に栞音の許可がいるんだよ」
「幼なじみでしょ。いつも一緒にいて、これからもずーっと一緒にいられると思ったのに。
ずーっと一緒いるの。学校も研究所も先輩も、もう関係ない」
栞音が闇のように笑ったが、俺は1つの言葉にひっかかった。
「栞音、研究所で何かあったんだろ」
栞音の表情が人間に戻った。
岳春の収入。栞音の親からも|(岳春の親に内緒で)貰っている設定があったりします。
おこづかい に弁当代に栞音親からの収入…うん、バイトいらず。




