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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
二章 エラー【迷宮のティーパーティー】
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29話 無意味な殴り合い

前回のあらすじ

・薔薇の木に登ったユウキ

・ユウキ「こんなのズルじゃないか!」

・ツバサたちが白薔薇のギミックに気が付く

 東側のあずまやにたどり着いたユウキは、改めてその建物の様子を薔薇の木の上から観察する。

 透明感のある白磁が基本の素材となっている美しいあずまや。土汚れ一つない白色の柱に薔薇の蔦を絡ませ、眩しいほどにつやつやとした深緑色の蔦は真っ赤な花をつけていた。あずまやの深い赤色の染色がなされた屋根の素材は柱と同様陶器の様な滑らかさを持っている。流石はダンジョンと言うべきか、日本では一度も見たことのない摩訶不思議な建築素材だ。絡まった薔薇の蔦を含め、あずまやは立体的な彫刻にさえ見える美しい光景で、おもわずユウキは小さく息を飲んだ。


 周囲にトランプ兵がいないことを確認してから、ユウキは薔薇の木から飛び降りる。長くてふさふさな尻尾は邪魔なように見えるが、高所から飛び降りる時もしっかりと体のバランスを保ってくれて動きやすい。

 肉球の付いた四つ足であずまやの方へ歩み寄れば、4メートル四方程度の大きさの床の上に、空っぽな宝箱と、使用済みの召喚術式がひとつずつ。

 ユウキは目を丸くして光を失った召喚術式の跡に駆け寄る。


「召喚術式? っていうか誰が召喚を……あ、長瀬組の人たちか……」


 そう独り言をつぶやきながら、そっと空っぽの箱を覗き込む。そして、ゾッと腹の底が震えるのを感じた。

 __もしかして、宝箱の中に入れ替わった体を戻す薬が入っていたとしたら?


 ひくり、と表情が引きつる。自然と浮かんでしまうにやにや笑いが引きつり、ユウキの脳裏には最悪のシナリオがよぎる。

 もしも、四つ角のすべての召喚術式が使われ、宝箱も開封されていたら?

 そうでなくとも、コンラやシンジ、ツバサたちに回収されてしまったら?

 この姿では交渉をするとこは困難なのだ。しかも、間が悪いことに、コンラとシンジは二人とも索敵能力が高く、ツバサたちにはコンラの上位互換と言っても差支えのないクー・フーリンがいる。猫になって五感が鋭くなっている状態でも、彼等の索敵をかいくぐって近づき、交渉するにはかなりハードルが高いように思えて仕方がない。というか、多分無理だ。


 __長瀬組の人たちが全ての箱を開けていないことを祈りながら、シンジたちに回収されるよりも先に、宝箱を開ける……!


 心の中でそう呟き、ユウキは四つ足で駆け出す。時間はそう長く残されているようには思えなかった。




 場所は変わり、ユウキに化けたチェシャネコが荷物番まがいをさせられている広場。

 そこでは、コンラとシンジが取っ組み合いの喧嘩……もとい殴り合いが続いている。


 両手で組み合い、ギリギリと骨をきしませるような音を立てながら、コンラは額に青筋を浮かべた状態で吐き捨てるように言う。


「随分頑丈じゃねえか。てめえ、マジでただの人間か?」

「……黙れ、舐めプ返り討ち野郎。てめえこそクオーターの癖にやたら雑魚じゃねえか」

「てめえ……!」


 コンラッハの捨てた復讐心であるコンラは、その出自故に原典コンラッハよりもかなり弱い。それこそ、クー・フーリンの下位互換に落ちているくらいには。

 ある種コンラのコンプレックスともいえることを揶揄られた彼は、表情を引きつらせて組み合っている手にギリギリと力を加える。一般人なら骨ごと手を握りつぶされていてもおかしくないような握力ではあったが、シンジは小さく舌打ちをしながらも、拳に力を込めてやり返す。

 互いの手からミシミシと嫌な音が響く。戦士二人は互いに殺意を込めた視線を応報しながら、やがて、互いの心中にあることがよぎる。


__これはあまりにも不毛な戦いだ、と。


 遅まきながらにも、二人はようやくこの戦いに勝とうが負けようが、形勢不利になることに違いないと察した。と、同時に、二人の殺意のこもった冷たい視線がユウキ……もとい、ユウキに化けたチェシャネコの方へと注がれる。

 突然視線を向けられたチェシャネコは、ビクッと肩を震わせた。酷く嫌な予感がする。それも、特大級の。


「ど、どうしたの、二人とも……?」


 表情を引きつらせながら、ユウキに化けたチェシャネコは氷点下の視線をこちらへ向けてくる二人へ問いかける。その問いに、先ほどまで不毛な戦いを繰り広げていた戦士二人は、絶対零度の視線はそのままに、低い声で言う。


「てめえ、さっきから何やってんだ」


 不機嫌を隠す気が1ミリもない、重低音。あんまりにも理不尽なシンジのその言葉に、チェシャネコは目を右往左往と泳がせ、震える声で答える。


「えっ? な、何もしてなくない……???」

「何もしてねえから言ってんだよ! お前、頭しか使えるところねえならせめて頭使えよ! それでも俺の主か?!」


 掴み合っていたシンジの手を放し、コンラはいら立ちを隠せないように怒鳴り、ユウキに化けたチェシャネコに詰め寄る。その表情はおおよそユウキに向けるものではないし、向けたことがあるものではない。__おそらく、クー・フーリンとの一騎打ちの時、ユウキが言葉選びを間違えれば、こうして彼に対し反逆をしたかもしれない。そんな、殺意と怒りに満ちた表情だった。


「ま、待って、な、何が……?!」


 表情を引きつらせるチェシャネコ。そんな彼の胸元をしめるようにつかみ、コンラはぐっと眉根を寄せる。そして、少しだけ不思議そうに視線を伏せると、淡々と問いかける。


「お前、俺の名前を呼んでみろ」

「えっ……え? えーっと……」


 言葉を濁らせるチェシャネコ。それもそうだろう。シンジとコンラは互いに名前を呼ぶことなく殴り合いをしていた。もちろん、これは二人が意識してのことではない。シンプルに双方の仲が悪すぎて名前で呼び合いたくなかったためだ。要するに、偶然だ。


 姿こそ正確に模写することができるものの、チェシャネコはその中身まで模倣することはできない。シンジとコンラの喧嘩を仲裁できなかったのが良い証拠だ。

 だからこそ、チェシャネコは、コンラの名前を呼ぶことができなかった。


「え、あ、あ」


 声をつまらせ、その瞳に明確な恐怖を滲ませるチェシャネコ。


__何度もやってくる長瀬組精鋭部隊(馬鹿ども)は完全にだましきれたのに……!


 チェシャネコは心の中でそう叫びながら、すぐに逃げ出そうと身をよじる。その瞬間、地面に転がしていた片手剣を足でけり上げたコンラは、そのまま鞘を捨てるように蹴りはらい、容赦の欠片もなくユウキに化けたチェシャネコの首を刈り取る。

 血も流さずに吹っ飛んでいく首に、コンラは忌々しそうに吐き捨てる。


「……俺は、俺の名前も知らねえやつを主に据えた記憶はねえな」


 どろんと音を立てて煙になった胴体部分。逃げられたと分かったコンラは、不愉快そうに眉を顰めると、小さく舌打ちをして剣を鞘に戻す。そして、シンジに向かって言う。


「おい、そっちに首転がってねえか?」

「ああ、コレか?」


 そう言ってシンジは消えて逃げようとしていた生首を拾い上げる。最早ユウキに化けることを諦めたらしいチェシャネコの首は、突然掴まれたためにビクッと耳を立てて思いっきり暴れる。

 しかし、シンジはぐっと手に力を込めて猫の首を放さない。


「ちょっとそれ貸せ。真っ二つにすれば流石に殺せるだろ」

「おい待て。まだ殺すな。ヨワキがどうなっているか確認がいる」


 剣を振りかぶり、淡々と言うコンラに、シンジはあっさりと言うと、アイアンクローまがいな状態で指を顔にめり込ませ、チェシャネコの首を見下ろす。頭蓋のきしむ苦痛に、チェシャネコは悲痛な悲鳴を上げる。

 コンラはなぜか生きている生首をしばらく眺めてから、ポンと手を打って言う。


「ああ、こいつチェシャネコか。確かに、原典でも首刎ねは無効だったな」

「……ルイス・キャロルは紀元前の人間ではなかったと思うのだが?」

「ちょっと前にユウキに渡された資料にあったんだよ。俺だって勉強ぐらいはする」


 煽り半分純粋な驚き半分と言った様子のシンジの言葉に、コンラは不愉快そうに眉を顰める。あんまりにも冷静な二人の様子に、むしろ焦ったのはチェシャネコの方だった。


『にゃ、何で、お前たちは動揺してないにゃ?! 仲間が一人消えたんだぞ?!』

「……? この程度の異常事態に対応できない無能を主にした記憶はないが?」


 コンラはチェシャネコの言葉に首をかしげながら答える。その様子は、無責任というよりも、ある種の信頼ともいえるような反応であった。そんな彼の様子を見て、チェシャネコの焦りは加速する。

 チェシャネコは自身のひ弱さを十分に理解している。同時に、人間の脆弱さも理解していたはずだった。


 人は、良く知っている人間を殺したがらない。殺すのをためらう。逆に、よく知っている人間が突然消えたら、取り乱す。そのはずなのに。

 目の前の剣を片手にした戦士は、己の頭を握りつぶさんばかりの勢いでつかむ男は、動揺していない。取り乱していない。自己嫌悪していない。


__何故だ何故だ何故だ……?!??!


 はがすことのできないにやにや笑いを引きつらせ、チェシャネコは己の脳を焦がす恐怖に襲われる。人ならざる精神を持った人間を理解できなかったのだ。

 そして、コンラは再度チェシャネコに問いかける。


「で、ユウキはどこだ?」


 そう問いかけられたチェシャネコは、観念したのか、深くうなだれるとにやにや笑いをそのままに、質問に答え始めた。


『……答えられないにゃ。あのニンゲンはオマエラの争いから逃げたから、ここら辺にはいないはずだにゃ』


 チェシャネコの言葉を聞いた二人は、その視線の温度をさらに2,3度下げる。いきなりの態度の変わりように、チェシャネコは小さく悲鳴を上げた。

 怒りを隠し切れないといった様子のコンラは、盛大に舌打ちをした。


「……あいつ逃げやがったのか?」

「一発殴っとくか」


 不機嫌そうな表情を浮かべるシンジ。どうやら、不毛な戦いを仲裁せずに逃げたことを根に持っているらしい。あまりにも理不尽な提案に、ここにはいないものの、同じころ南側のあずまやを目指して薔薇の木の上を疾走していたユウキは、小さくくしゃみをしていた。


 この質問をした時点で、既ににやにや笑いを浮かべ続ける猫に対する興味を失ったコンラは、チェシャネコの頭を持っているシンジに言う。


「原典のこともあるし、多分そいつは剣で切っても殺せねえ。殴り殺すのが一番手っ取り早いはずだ」

「了解。三十秒だけ待ってやる。辞世の句があるなら言っておけ」

『に、にゃぁ?!!?』


 凶悪な笑みの元、シンジはチェシャネコの頭を持ったまま言う。あまりにもあっさりと己の死が決定したことに、チェシャネコは酷く動揺する。しかし、無情にも、シンジはカウントダウンを始める。


「30、29、28」

『お、おい、いいのかにゃ?! あのガキが今どうなってるのか、気にならないのか?!』


 無情なカウントダウンに逆らうように、チェシャネコは必死に声を上げる。とにかく、心を乱して、逃げる隙を作らなければ!

 その一心で上げた声を、コンラは眉をひそめて一蹴する。


「さっきてめえがどこにいるか知らねえつっただろ。なのにどうなってるか知ってるわけがねえ」

『違う、あのガキは今、ワタシの姿になってるにゃ! その戻し方を知らないままでいいのかにゃ?!』

「……23、22」


 縋るようなチェシャネコの声。

 そのチェシャネコの言葉に、流石にコンラは少しだけ考えるそぶりを見せたが、しかして、笑い猫の寿命を表す数字は無情にも減らされていく。シンジはまったくもって、チェシャネコの言葉に心を動かすことはなかったのだ。


 あんまりにも情がない。人の命を何だと思っているのだ。

 行方不明の探索者に興味を示す気のないシンジを、チェシャネコは震える目で見る。__黒髪の彼の瞳には、何の感情の色も映ってはいなかった。


 そんなシンジとは反対に……しかし、シンジのカウントダウンを止めることはなく、コンラは死への恐怖に震えるチェシャネコに問いかける。


「戻す方法は?」

『この男を止めるにゃ! そしたら、そしたら、教えてやるにゃ!』

「……19、18、17」


 切羽詰まったチェシャネコの言葉を聞き、コンラは、視線を上げてシンジの方を見る。今だに彼はカウントダウンを続けており、チェシャネコの頭をつかんでいる右手の甲には薄く血管が浮かんでいる。どうチェシャネコを殺すつもりなのかはなんとなく察せられたが、それよりも、一応まだコンラにはユウキへの忠誠心が残されている。猫になっているらしいユウキをどうにかして助けられるなら、その方法を聞く価値はある。


「おい、てめえ、こいつ殺すの一旦止めろ」


 コンラはシンジに向かって言う。

 しかして、シンジは何の感情も浮かんでいない瞳のまま、数を紡ぐ。


「16、15、14」

「……おい、聞いてんのか?」

「13、12、11」

「てめえ、いい加減にしろよ」


 苛つくコンラに対し、シンジは何も答えない。ただただ、数字を減らしていくのみだ。チェシャネコはついに、恐怖のあまりその大きな目からぽろぽろと涙をこぼし、命乞いを始める。


『嫌だ、嫌だ、死にたくないにゃ!! 教える、本当のことを教えるから!!』

「10、9、8」

「止めろっつってんだろ!」


 怒鳴るコンラと、震える声で必死にシンジに訴えかけるチェシャネコ。それでも、彼のカウントダウンは止まらない。


「7、6」

『変化を解除するには薬がいるにゃ!! 薬の場所は、ワタシが案内する! だから、だから……!!』

「5、4、3、2」


 淡々と、淡々と、淡々と、淡々と、無情に、数は減っていく。減らされていく。

 反射的に、コンラはシンジの右腕を切断するために剣を横なぎにふるう。

 その蛮行をあっさりと回避し、シンジは、数字を口にする。


「1」

『助け……』


 涙で歪んだチェシャネコの目が、大きく見開かれる。顔に張り付いたままの笑顔ははがすことができず、それでも、ひきつった笑顔は確かに恐怖を示していた。


「0」


 短く、短く数字が宣告された次の瞬間、チェシャネコの頭蓋は陥没した。シンジの五指が猫の頭蓋を握り砕いたのだ。

 絶命の悲鳴はすぐに消え、確かになくなっていたはずの胴体が出現する。死後硬直の始まっていないその体は、ただ力を失い、だらりと揺れる。零れ落ちるほど見開かれた猫の目から、涙ではない液体がこぼれて青い芝生に滴った。


 剣を片手に、コンラは盛大に舌打ちをする。

 ユウキを元に戻す薬の場所のヒントを聞くこともできずに、チェシャネコは死に至った。

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