65.5話 戦士の揺り籃よりさよならを
前回のあらすじ
・【狂宴の女王】をクリアしてから三日後
さて、今回発生した広範囲複合型イレギュラー【アルスター物語群】は、【狂宴の女王】にて戦士クー・フーリンが英雄に成り、一応の終焉を迎えた。しかし、まだ残った問題が、存在する。それは__
ツバサがほぼひと月ぶりにやって来たのは、【ジャックと豆の木】ダンジョンである。
そびえる巨木……もとい、豆の大樹。それには、上から下へと這い伸びた赤色のツタが絡まっていた。
「うっへぇ……改めてみると、やべえなありゃ」
「上の方はもう全部ツタで覆われてしまっていますね……」
そう言って豆の木を見上げるのは、軽装に朱槍ゲイ・ボルグを持ち合わせたクー・フーリンと、同じく防弾パーカーとナイフのみのユウキ。そして、ユウキの頭には子ネズミがちょこんと乗っかっている。
今日の探索のメンバーは、ツバサ、クー・フーリン、ユウキの三名と、子ネズミ一匹である。リハビリ中のコンラと(半強制的に)修業中のシンジ、スカサハは参加していない。
名義上今回の探索のリーダーを務めるのは、豆の大樹を登るため登攀用の装備を整えたツバサ。ユウキは身体能力の低さから、豆の木を登りきることができないため、今回はあくまでも付き添いである。
「えーっと、もう登る? それとも、周辺を確認してからにする?」
豆の木の登攀のために、準備運動をしているツバサに、そう問いかけるユウキ。その問いに最初に反応を示したのは、クー・フーリンであった。
「登る前に探索してからの方がいいぜ。まだイレギュラー中のダンジョンだからな。いいもんが落っこちてるかもしれねえ」
「そうだね。君がボスだった以上、このダンジョンの等級はかなり高いはずだ。……【狂宴の女王】よりも、こっちを探索したほうが良かったかな?」
固定具のチェックをしながらそう言うツバサ。しかし、ユウキは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「いや、無理だよ。まず僕はあんなに高いところに登れない。あと、予想でしかないけれども、クー・フーリンさんが『戦士』のままだったら、このダンジョンは僕らに牙を向けたはずだ」
そう言って、ユウキはちらりと視線を上に向ける。
脇に伸びたツタの葉に隠れるようにして、巨大なカラスがこちらを見下している。しばらく観察して、ユウキはあのカラスが都会によく生息するハシブトガラスやハシボソガラスなどではないと判断した。
「あれ、ワタリガラスだよ。日本だと、ギリギリ北海道に渡り鳥として来る……らしい。ダンジョンができる前の記録にしか残っていないけれども」
ダンジョンによる大災害で火山の国となり果てた北海道は現在、函館や札幌、その他一部地域以外人間どころか生物も生存できないような状態である。気温も記録に残った北海道の寒さからかけ離れており、一時はそれに伴う災害も発生したらしい。
閑話休題。
ワタリガラスはおもに北半球に生息し、ケルトの地にも存在していた。同時に、クー・フーリンの死にも関わる重要な生物でもある。
ユウキはこちらを睨んでくるカラスからそっと目を逸らし、小さく肩をすくめてから言葉を続ける。
「クー・フーリンさんの最後は、満身創痍の中でも岩にその体を括り付け、最後の最後まで戦い抜き、戦死をしました。その死を、最初に見届けたのは……」
「一羽のカラス。まあ、カラスの詳しい区別なんざ知らないが、おそらくワタリガラスだろうな。つーか、ただのカラスでもないはずだ」
ユウキの言葉を続けるように、クー・フーリンはそう言って上を見上げる。
__アルスター物語群において、クー・フーリンは相当な重要人物である。そして、彼の最後についても、その伝承が残されている。
複数あるパターンのそのうちの一つ。三女神のうち一人、ネヴァンに予言された死というものがある。
ネヴァンは、これから死ぬ兵士の鎧を泣きながら川で洗う。ネヴァンが洗った鎧の持ち主は、必ず戦で死ぬという。クー・フーリンは、己の鎧がネヴァンによって洗われているところを目撃した。
その後、メイヴの姦計で狗肉を喰らわされ、半死半生の状態でも国を守るために、彼は戦い続ける。半身が動かなくとも槍を振るい続け、立つことさえままならなくとも岩に体を縛り付けて戦い抜き、やがて彼は、対する敵軍を睨んだまま、その息を引き取った。
があがあとなきわめくカラスの声。その声を聞き流しながら、ユウキは今まで学んできたことを思い返す。
「三女神は、その姿を自由に変えることができる。クー・フーリンさん。貴方の死を予言し、見届けたのは、三女神のうち一人、三女ネヴァンです。このカラスも、ネヴァンの変身か、それとも、使い魔か」
そこまで言い切ったところで、ユウキは一旦口を閉じる。そして、睨んでくる恐ろしいオオガラスの視線に耐え、空を見上げる。
はばたくカラスから、黒色の羽根が一枚、地面に向かって落ちてくる。
ユウキは、口を開いた。
「そう考えるのが一番自然ですが、そうではありません」
「……やっぱ、そうだよなぁ」
そう言って、クー・フーリンは朱槍の穂先を地面に向ける。
三女神のうち一人、末っ子ネヴァンは戦士の死を予言する。そして、その姿をワタリガラスに変化させることができる。ダメ押しに、このダンジョンのボスは、檻の中に眠っていたクー・フーリン本人であった。
それでも、当人である彼もまた、このダンジョンの異常に気が付いていた。
ツバサも、違和感には気が付いていたのだろう。命綱の用意をしながら、会話に参加する。
「このダンジョンがクー・フーリン、君の死の場面を再現しているはずなら、絶対にあるはずなんだ。君が体を預けていた岩が。きっと君はそこで体を縛っていたはずだ」
「でもまあ、俺はそうじゃなかったな。俺は怪我一つない身ぎれいな姿で眠っていた。それも、檻の中でな」
ツバサが撮影でイレギュラーにより変異した【ジャックと豆の木】ダンジョンでは、クー・フーリンは美しい姿のまま怪我一つなく眠っていたと聞く。だからこそ、このダンジョンは、確実に彼が死ぬ場面を再現したものではない。
なら、何なのか。
「次に考えたのが、クー・フーリンさん、あなたの危機に手を貸した、父である大神ルーです。年齢のおかげで力萎えの呪いから逃れられたあなたは、どこの戦場でも無類の働きを見せた。……それでも、あなたの体の半分は、母である人間の血をひいていた。だからこそ、限界を迎えた」
コンラは四分の1、祖父である神の血を継いでいる。当然、その父であるクー・フーリンは半神半人である。神のごとき偉業を成していながらも、彼は完全なる神ではないのだ。
だからこそ、クー・フーリンは何度も危機に見舞われた。
そんな危機に、父であるルーが手を差し伸べたことがある。それが、このダンジョンにはびころうとしている赤色のツタ……というよりも、この植物である。
「これ、赤色のヤドリギですね。ヤドリギが単体で生えているのじゃあない。豆の大木に寄生しているんだ」
ユウキはそう呟いて、複雑に絡まり合ったツタを見る。赤色のツタは、地面には生えておらず、あくまでも豆の木に絡まるようにして成長している。ヤドリギは、地面に落ちた種が発芽しないという特性がある。あくまでも、繁殖できるのは木の上だけなのである。
古代ケルトでは、オークの木のヤドリギには治癒の力があると信じられていた。それもそうだろう。ヤドリギはほかの木に寄生する特性から、厳しい冬の間も緑の葉をつけたままにすることができた。簡単に人が死に、木さえも凍えるケルトの地でその神秘的な植物を、どうして信仰しないと思えるのだろうか。
ダンジョンでの特性上、その神秘性は、信仰は、実現している。つまり、あの赤色のヤドリギは実際に癒しの力を持っているのだ。
クー・フーリンの父ルーは、戦でボロボロになり、死にかけた彼に癒しの技をもってして治癒を施した。同時に、『ねじれの発作』もひき起こしたのだが、今はまあ割愛してもいいだろう。
その癒しを、ヤドリギが象徴したとしたら?
同時に、三女神の中で、そんなヤドリギを与えてでもクー・フーリンを救おうと思えるのは?
そして__
「やっぱり、クー・フーリンさんがコンラを知覚できない理由が、説明しきれないのです。息子がいないというのはまだ理解できる。コンラが正規のコンラが無いというのも理解できる。それでも、同じように正規の手段で召喚されたスカサハが見えているのに、コンラが見えていない理由は、ない」
「だよなぁ。何らかの理由があって、わざわざ見えなくさせられた、もしくはボスとして見えないように設定されていたとしか思えない」
ユウキの言葉に同意するクー・フーリン。
コンラがいくら正規の存在でないとしても、召喚自体は正しく行われた。スカサハもまた、召喚したのが王アリルであったことを除けば、正規の方法で召喚されているのである。
つまり、クー・フーリンがボス個体で召喚されていないからという理由があったとしても、スカサハが視認できているのなら、コンラを知覚できない理由はないのである。
何故見えなくしたのか。何故聞こえなくしたのか。
その理由は、そうした当人に聞くしかないだろう。
登攀の用意を終えたツバサは、クー・フーリンに言う。
「行こう、答え合わせだ」
イレギュラーの崩壊に巻き込まれないよう、ユウキは地上の探索のみにとどめ、地上近くの豆の木にへばりつくようにして生えていた癒しのヤドリギと、ヤドリギ……いや、豆の木の養分にされてしまったのであろうケルトの戦士の金の腕輪を二つほど拝借し、ダンジョンから撤退する。
その間に、ツバサとクー・フーリンは豆の木に登る。
優れた肉体を持つクー・フーリンと、一度登った経験のあるツバサは、カラスに妨害されることもなく、あっという間に頂上にたどり着いた。
そして、雲の上を覆いつくすようにはびこる赤色のヤドリギを見て、小さくうめき声をあげた。
「やべえな、だいぶ侵食しているぞ?」
「うん、ダンジョンの決壊一歩手前、って感じだね」
ツバサはそう返事をしながらも、あたりを飛び回るカラスを観察する。
そして、堂々と口上を述べた。
「三女神が長女、モリガン様。英雄となったクー・フーリンとともに戻ってきました」
その言葉を聞いたのか、突如、大きなカラスの中でも一回り大きなカラスが一羽、赤色に埋め尽くされた雲の上に降り立ち、やがてその姿を変貌させた。
つややかな灰色の髪。髪と同じように灰色のマント。豊満な胸に、腰はくびれ、女性らしい体つきをしている。そして、その両手には、神々しい槍が二本。
芸能界という美の集まった世界で生きてきたツバサをもってしても、息を飲むような美女は、あたりにはびこったヤドリギと同じく真っ赤なドレスに身を包み、そこに顕現した。
美女……否、モリガンは、小さくため息をついて、ツバサの後ろに立っていたクー・フーリンに言う。
「そんなに私を睨まないで頂戴、私の愛を拒んだ大英雄」
「……悪いな。アンタの本性を知っている以上、ついつい警戒しちまってな」
一般人ならその気迫だけで絶命してしまいそうなほど恐ろしく睨みを聞かせたクー・フーリン。そんな気迫を向けられていながら、モリガンはただ面倒くさそうに肩をすくめるのみで、さほど大きな反応を見せない。戦場の女神なのだ。彼を恐怖する理由がなかった。
モリガンはツバサとクー・フーリンを一瞥し、そして、さっさと小屋の方へ歩き出す。彼女が雲の上を歩くたびに、はびこっていた赤色のツタは避けて道を作る。どうやら、ついてこいと言っているらしい。
人知を超えたその現象に、ツバサは心臓がバクバクと震えるのを理解する。当然だろう。彼の今目の前にいるその存在は、確かに『神』なのだから!
茫然としているツバサの肩を軽くたたき、クー・フーリンは先頭を交代して前を歩く。ようやっと我に返ったツバサは、うごめくツタにせかされるようにして、モリガンの進む先を追いかけた。
赤いヤドリギを割って進むモリガンは、やがてかつてクー・フーリンが閉じ込められていたあの小屋の中へ足を踏み入れ、その歩みを止めた。美女は豊満な胸を揺らしながら、ヤドリギを操って椅子をつくる。そして、足を組むと、美女は誘うようにツバサへ問いかけた。
「さて、何から聞きたいのかしら?」
「何から……えっと、そうですね、では、クー・フーリンが息子を知覚できないようにしたのは、貴女様ですか?」
扉を背に立ち、ツバサは少しだけためらいながらも、そう質問する。その質問に、モリガンは妖艶な笑みを浮かべ、応える。
「そうよ。まあ、正確には知覚だけじゃなくて、思い出せないようにもしたのだけれども」
「やっぱりか……何でそんなことをした?!」
瞳に怒りを込め、モリガンを睨むクー・フーリン。そんな彼に、モリガンは小さく肩をすくめて言う。
「貴方を愛しているからに決まっているからじゃない。ねえ、このイレギュラーは【アルスター物語群】のものだって気が付いているかしら?」
「は、はい。探索者協会からの連絡でもそのように記載されていました」
モリガンの問いかけに、ツバサは慌てて返事をする。美女はそっと眉を下げ、言葉を続ける。
「だからよ。ねえ、クー・フーリン。貴方は自分の死因が複数あるのはご存じかしら?」
「……ああ。そうらしいな」
「その中に、貴方が息子を殺してしまって発狂した結果死亡する話があるのは?」
「あー……そういや、そんなのもあったな」
クー・フーリンはそう言ってそっと朱槍ゲイ・ボルグに目を落す。彼女が言っているのは、『海と戦うクー・フーリン』の話である。アルスター物語群に含められたその物語では、赤牡牛の物語とは別の死が描かれる。
コンラは、ゲッシュで名乗りを上げることができない。それでも、どうしても父に己を知ってほしかったとしたら? それが、この物語の結末である。
さまざまな因果の果てに、コンラとクー・フーリンは一騎打ちを行い、実の父相手に本気を出すことができなかったコンラは、朱槍に貫かれ、致命傷を負う。その時に、コンラはついに禁忌を破ってしまったのだ。__そう、クー・フーリンを父と、呼んでしまったのだ。
その結果、己の息子に手をかけてしまったと理解したクー・フーリンは発狂し、幻覚を見せられ、海と戦いその命を燃え尽きさせた。
脳裏でその物語を思い返しながら、ツバサは小さく息を飲む。
「まさか、このダンジョンに元々いたクー・フーリンは、『海と戦う』クー・フーリンだった……?!」
「いいえ、違うわ。いや、正確には、分からないわ。だって、私がここで意識を取り戻したときには、彼は眠っていたもの」
あっけらかんと答えるモリガン。そんな彼女に、クー・フーリンは眉をひそめる。
モリガンはふっくらと艶やかな唇を舌で舐め、クー・フーリンに言う。
「ここは【戦士の揺り籠】。戦で傷つき、疲れ果て、死にかけた貴方がルーの慈悲により癒しと眠りを与えられた貴方が、目を覚ますのを待つ揺り籠なの。__私は眠る貴方の子守といったところかしら?」
「だが、お前は俺の記憶を封じ、息子を見えなくした。……それは、何故だ?」
「簡単な話よ。【戦士の揺り籠】において、貴方が誰にも起こされず、ひとりでに起床すれば、その時点で揺り籠は役目を終える。そして、目覚めた貴方は【戦士】から【怪物】に成り代わるわ。だってそうでしょう? このイレギュラーでは【英雄】は産まれないのだから」
モリガンはそう言って妖艶に微笑む。残虐な女神であるモリガンは、死も争いも血も死体も好む。だからこそ、モリガンは戦士の子守に選ばれた。彼女ならきっと、怪物の目覚めまで彼を守り続けるだろうと判断されたからだ。それでも、たった一つ、彼女はそんなダンジョンの意図とは反対の行動を起こした。
クー・フーリンは訳が分からないというように首を傾げ、問いかける。
「なら、なおさらだ。何でお前は俺を発狂させようとしなかった? 三女神の正体はよく知っている。戦場に狂乱と死を振りまく存在だろう。なら、俺を発狂させた状態で覚醒させ、そのまま死を振りまくような怪物にしたいものじゃあねえのか?」
そう、モリガンは戦の女神である。本質として死を好み、狂気を振りまく。だからこそ、いくら彼女を抱いた男が強くなると知っていても、彼は彼女の求愛を拒んだ。長生きできぬ英雄に成ることを選んだとしても、母国アルスターを守るため、クー・フーリンは狂乱のままに一つの戦で命燃え尽きるような真似をすることができなかったのだ。
そんな彼の疑問に、モリガンは小さくため息をついて答える。
「私が求愛した貴方は、怪物の貴方じゃあない。私が求愛したのは、英雄のクー・フーリンよ。だからこそ、私は貴方を英雄にする可能性のある者を一人、ついでにその男の従者たちを見逃したの。誰だかはわかるでしょう?」
モリガンはそう言ってツバサを指さす。指さされた少年は、小さく息を飲んで視線をさ迷わせた。
うっそうとした笑みを浮かべた美女は、言葉を続ける。
「神が与えたヤドリギの寄生する豆の木は、いつだって栄養を欲しているの。このダンジョンに与えられたケルトの戦士はみんな木にくべてしまったから、後は挑戦者を屠るしかなかったけれども……あんまりにも誰も来ないものだから、そろそろ外に出るしかなかったのよね」
……ツバサは、このダンジョンを一番最初に探索した時、戦士一人とも遭遇しなかったにもかかわらず、金の器を拾っている。宝箱に入っていたが、誰の所有物だったのだろうか?
__木は、おそらく金属をいらないものとして排出することだろう。器の所有者は既に、木の一部になっているか、今もなお栄養を吸われ続けているかの2択である。
顔を青ざめさせ、ツバサは細かく体を震わせる。
「ぼくを見逃したのはともかく、スタッフの皆さんを見逃したのは……」
「実装されたてで、まだ豆の木に余裕があったから。あとは、王子様みたいにカッコいい貴方の所有物である従者たちを木にくべちゃって不況を買うのも、面白くないと思ってね。戦士としてはまだまだ未熟だけれども、見どころはあるわよ、貴方」
モリガンはそう言って椅子から立ち上がることなく、二本持つ槍のうち一本の柄でツバサの顎をくっと持ち上げる。
一級探索者を目指す向上心のあるツバサだからこそ、モリガンは彼を殺すことなく眠れるクー・フーリンを預けた。だからこそ、スタッフたちの命は本当についでに生かしただけだったのだ。
口角を釣り上げ、獲物をいたぶるような笑みを浮かべたモリガンに、クー・フーリンは盛大に舌打ちをして言う。
「主に手出しするのは止めろ。主が望むのなら話は別だが、望んでもいねえのに加護を与えるな」
「……しないわよ。多分、ね」
モルガンはそう言って今は空の檻……いや、揺り籠の奥を指さす。
「早くこのダンジョンから帰りなさい。手土産が欲しいっていうなら、何かあげるけれども?」
「いえ……このダンジョンから生きて帰ることができるのが一番の報酬でしょう。それ以上は望みません」
ツバサは苦笑いを浮かべ、妖艶な笑みを浮かべるモリガンの誘いをやんわりと断る。誘いをすげなく断られたモリガンだが、クー・フーリンの時のように悋気を起こすことなく、小さく肩をすくめる。
そして、代わりに赤色のヤドリギを適当に摘むと、ツバサに渡す。
「煎じて飲めば薬になるわ。四肢欠損は流石に治らないけれども、致命傷を負っても完全に復活できるはずよ。あとは、クー・フーリンに勝っていればゲイ・ボルグが報酬になるはずだったけれども、本人を召喚獣にしているなら、まあ、その分はいらないわよね」
そう言ってモリガンは小屋を後にする。どうやら、一緒に外へ出るつもりはないようだ。
愛ゆえに救われた英雄は、小さく肩をすくめてつぶやいた。
「やっぱ、いい女だったな。中身はともかく」
「……あんないい人相手にそんなこと言うから呪われたんですよ。反省してください」
「辛辣だな、おい!?」
こうして、二人は帰還用魔法陣から【戦士の揺り籠】を後にする。それが、複合型イレギュラー【英雄無きアルスター物語群】の最後であった。
【アルスター物語群】
アルスターサイクル、アルスター神話群、アルスター説話群など。
ケルトのアイルランド神話の一つで、かつては「赤枝のサイクル」などとも呼ばれた。クーリーの牛争いはその物語群の中核をなす物語である。
__様々な英雄が戦で華々しく戦い、華々しく散る雄大な物語である。




