24話 許さない
前回のあらすじ
・コンラ「あのクソ親父に一言言わないと気が済まない」
・クー・フーリン「……?」
・クー・フーリンはコンラを知覚できなかった
コンラは怒りで奥歯を噛みしめる。ギリギリと本来聞こえてはいけないような金属質の歯ぎしりの音が響き、ユウキは表情を凍えさせた。
「コンラ、落ち着いて!」
無言で拳を振りかぶるコンラを、ユウキは慌てて止める。おおよそ彼が正気のようには見えない。もはや彼からは父であるクー・フーリンへの殺意しか感じ取れなかった。
「てめえ、殺した後に俺だってわかっておきながら……!」
「落ち着け甥。そこの愚弟子がどの愚弟子なのか私でもわからないのだぞ?」
ユウキが静止しきれなかったコンラを、スカサハが肩をすくめながら止める。首根っこをつかまれたコンラは、ぐえっと小さくうめき声を上げながらも、スカサハを睨んだ。
「叔母さん、アンタだってこいつがクズなの分かっているんだろう?! 身重の母さん置いて出て行ったんだぞ?!」
「……わかっているとも。クズはクズだが、私の弟子だ」
「え? 何で俺師匠に罵倒されているんだ?」
コンラの声が聞こえていないため、クー・フーリンはきょとんとした表情を浮かべ、ぼそりという。ユウキは慌ててクー・フーリンに言った。
「今は黙っていてください! というか、息子のコンラに覚えがないのですか?!」
「コンラ……? いや、覚えはねえが?」
「コンラッハでもカーソンでもフィンモールでも構いません! 本当に覚えていないのですか……?」
眉を下げ、クー・フーリンに問うユウキ。しかし、クー・フーリンは首をかしげるばかりだ。
名前を覚えられていないという事実に、コンラは額に青筋を浮かべる。
「てめえが付けた名前だろうが……! てめえが俺を呼んだのだろうが……!」
血のにじむような声。
金の指輪を左手中指につけている彼には、一つの逸話があった。
影の国での修業を終えたクー・フーリンは、身重のオイフェを置いて自国へ帰ることになる。そのため、腹の中のコンラに金の指輪を与え、生まれてくる男児にこれがぴったりとはまるようになるころ、クー・フーリンの自国に旅立たせるようにと言い残した。
今のコンラの左手中指には、金の指輪がぴったりとはまっている。スカサハの元で武芸を身に着け、いざ父に会いに行ったコンラは、当の父によって殺されたのだ。
もはや収集が付かなくなってきたこの時、ようやくクー・フーリンとの契約者であるツバサが警察官の静止を振り払ってこの場に出てきた。
「クー・フーリン! 悪いけど、今は一旦口を閉じていてくれ!」
「あ? なんでだよ」
「優先すべきは、先ほどの戦いではなく、スカサハさんのことだ。戦いに水を差すようで悪いけれども、今は納得してほしい」
端整な顔立ちの彼は、少し不機嫌なクー・フーリンに対し、語りかけるように言う。クー・フーリンは舌打ちをしながらも、彼の意思に従うことに決めたらしい。
小さくため息をついた美丈夫は、ゲイ・ボルグの柄を地面につけ、杖代わりにして立ち上がる。膝についた土をはらうのも忘れずに。眉間にしわを刻み、クー・フーリンはスカサハに尋ねた。
「で、だ。師匠、アンタ何やってんだよ」
「弟子にしたい者がおってな。契約をするために来たのだが」
「そういうの、国有召喚獣保護施設の職員に言え。直接出て行くな」
「そうか……しかしだな、当人が拒否している以上、直接出向くしかあるまい?」
「拒否してんなら、そっとしてやれよ」
思ったよりも正論を言うクー・フーリンは、呆れたようにため息をついた。なお、シンジは既に帰宅しているため、この会話は聞いていない。しかし、もしもこの場にいたなら、彼は間違いなくクー・フーリンの言葉に首を縦に振っていたことだろう。
結局のところ、スカサハの主張とシンジの思いは平行線上に過ぎない。意見を交えるには、どちらかが折れるしかないのである。
話を聞いていたツバサは、小さくうーん、とうなると、スカサハに提案した。
「ほかの人ではだめなのですか?」
「だめだな。あの愚弟子だけはしっかり教育してやらんといかん」
「師匠、私怨か?」
「いや、違う。何と言うべきか……うまくは説明できないが、自ら私の元を訪ねた貴様とは違う。が、だからこそ、教え導かねばならん」
感覚派であるスカサハは、どうやらうまく説明できないらしい。しかし、何やらシンジに対する教育の重要性を説いており、その詳しい理由はユウキには理解できなかった。
ツバサは顎に手を当てて少し考えてから、スカサハにある代替案を上げる。
「なら、家庭教師のような形で、契約はせずに先生として活動するのはどうでしょう? その、貴女の実力的に、戦ってもこちらに被害が出るだけのようですし……」
「む……しかして、あの愚弟子がおとなしく貴様らの指示に従うのか?」
「はい。探索者である以上、探索者協会の決定には従わないといけないので」
「その手の決まりごとに従うような者には見えんが……まあいいだろう。今はそれで許してやる」
スカサハはそう言うと、片足で物干し竿を軽く蹴り上げ、手に取る。そして、今にも銃の引き金を引こうとしていた警察官に物干し竿を投げ渡した。
「私の黒槍は?」
「あ、こちらです。今日のところは施設の方に戻っていただけますか?」
「構わんぞ」
ツバサの提案に、スカサハは機嫌よさそうに頷く。どうやらこの後のことは決まったようだ。
クー・フーリンは渋い表情を浮かべて、ツバサに付き従う。そして、鼻歌でも歌いだしそうなほどに上機嫌なスカサハに低い声で言う。
「行くぞ師匠。アンタマジで気をつけろよな。師匠がこれ以上暴れるようだったら、仮契約してたやつが安楽死させられるところだったんだぞ?」
「ふむ、そうだったのか。なら以降は気が付かれないようにしておこう」
「脱走すんなつってんだよ」
召喚獣は契約者が死亡すると、自動的に召喚獣も死亡する。そのため、召喚獣が暴走したり、強力な召喚獣を使役して犯罪が行われたりした場合には、契約者は強制的に死亡させられる。
シンジはスカサハとの契約を放棄し、国有召喚獣としていたため、おそらく探索者協会の職員の誰かがスカサハと契約していたのだろう。ユウキは少しだけその誰かに同情した。
弟子の言葉に、スカサハは少しだけ肩をすくめ、そっと目を伏せた。結局のところ、スカサハはさほど他者に遠慮するつもりはなかった。しかして、自分が死ぬなら話は別なのである。
「だからこそ、あの愚弟子と契約したかったのだがな……」
「俺がそいつの立場なら、意地でも契約しないだろうな」
「お? 喧嘩を売っているのか?」
「悪いが師匠に対しては品切れ状態だ。あと、アンタのところからだけは購入しない。絶対にだ」
クー・フーリンの言葉の節々から、確かな決意が感じ取れる。そんなに嫌なのか。
去って行こうとするクー・フーリンの背中に、コンラは金の指輪のはまった左手をぎゅっと握り締め、怒りを込めた声で言う。
「クソ親父が……」
「コンラ……」
生前は父に自分が息子だと気が付いてもらえず、今は知覚されないがために気が付いてもらえない。
クー・フーリンがコンラを知覚できないのが、物語にしたがった特性なのか、それとも彼に何らかの障害があるからかはわからない。それでも、コンラは酷く傷ついていた。
ユウキは、気落ちしているコンラにかける言葉がない。国語の試験では役立つ語彙も、今の現状ではまるで役に立つ気配がなかった。
考える。ただ、次に何をすればいいのかを。
人付き合いに不慣れな彼は、経験がないからこそ、ひたすら頭を使った。今の彼に慰めの言葉をかけることは自殺行為だと分かっていた。だからこそ、何と言っていいかわからなかった。
考えて、考えて、考えて。
ユウキは、ようやく口を開く。
「ねえ、コンラ」
「……何だ」
怒りの感情を隠そうともせず、コンラは不機嫌そうに返事をする。ユウキは、ここでかける言葉を間違えれば、殺される可能性すらあると直感した。
しかし、ユウキはきゅっと口をつぐみ、ほんの少しの勇気と声を絞り出す。
「あのさ、」
友達を作らなかったことを、ここまで後悔したことはなかった。せめて同年代と気軽に話す練習位すればよかった。
とはいえ、後悔先に立たず。無い経験は、無いものとして今を考えなければならない。
コンラの視線が冷たい。
今すぐ口を閉じて何もなかったことにしたい衝動に駆られる。それでも、ユウキは震える声で、言葉を紡いだ。
「あのさ、新しい木刀、買おうか。次は、もう少し頑丈なやつにする?」
「……は?」
「いや、折れちゃったし……収入はあったから、もう少しいいやつ買って、ダンジョン探索でも使えるようにしたらどうだろうと思ってさ」
木刀なら銃刀法の範囲内だから、税金対策になるし、と続けるユウキ。彼の言葉に一瞬ポカンとした表情を浮かべたコンラだが、すぐに苦笑いをして、へし折れた木刀を拾い上げる。
「……そうだな。今度はクソ親父の頭を砕けるぐらい頑丈なものを頼む。次は俺のことが見えないなんて言えねえくらいぼこぼこにしてやるから」
「その、あまり物騒なのはやめてね?」
「安心しろ。死体の処理はきっちりしておく」
「犯行後のことを言わないでもらえるかな」
心底心配したユウキの言葉に、コンラはけらけらと笑う。
見えないのなら、見えないなど言えないくらいの存在感を持てばいい。そう決意したコンラは、手に持った折れた木刀の破片を握り締める。砕けた切片が掌に食い込み、少しだけ痛みを覚えた。
【コンラッハでもカーソンでもフィンモールでも構わない】
すべてアルスター物語群などにおけるコンラの立場の人間の名前。殺す相手もクー・フーリンという名前であるわけではないが、全員実の父親に殺されているため、実質コンラと同義。




