22話 人質(三人)と立てこもり犯(一人)
前回のあらすじ
・研修終わりの初めての平日
・シンジ「ヨワキ!」ユウキ「?!?!!」
・床に後頭部を叩きつけられ、ユウキは意識を失う
目が覚めると、ユウキは保健室のベッドに寝転がっていた。
後頭部がじりじりと痛む。そこでようやく、ユウキは事のあらましを思い出した。
「そうだ、僕、シンジにアイアンクローされて……」
「俺が単に加害者みたいに言うんじゃねえ」
「うわぁっ?!」
ピキリと額に青筋を浮かべたシンジは、不服そうにユウキに言う。慌てて周囲を見てみれば、保健室には保健室の先生はおらず、代わりに三人の人間がいた。
一人はシンジ。二人目は学校からの連絡でユウキを迎えに来たコンラ。そして、三人目は、青みがかった黒髪の美女。彼女を見たユウキは、首をかしげて問いかけた。
「ええっと、貴女は……?」
「ほう、貴様も私の名を知らぬというのか?」
「ちょっと待ってください、考えます」
挑発的な笑みを浮かべる美女。そんな彼女の反応を見て、ユウキはまだくらくらとする頭で考えようとする。そんな彼に待ったをかけたのは、あきれ顔を浮かべたコンラであった。
「止めてくれ叔母さん。そいつが怪我したのは、アンタのせいだろ?」
「……むぅ」
「ババア、てめえがむくれても可愛くとも何ともねえぞ」
窓の外を見て言うシンジに、黒髪の美女は額に青筋を浮かべると、黒槍を容赦なく横なぎに振り払う。寸前のところで回避したシンジは、額に脂汗を浮かべて怒鳴る。
「危ねえな、クソババア!」
「貴様は黙っていろ、愚弟子!」
「俺は弟子じゃねえっつってんだろ!」
怒鳴る美女に言い返すシンジ。そんな二人の様子を、コンラはあきれたように見ていた。
__クソババア……? コンラの叔母……母オイフェ……黒髪……ああ、なるほど。
しばらくぼうっとする頭で考えていたユウキは、ある結論を導き出してぺこりと美女に頭を下げた。
「すぐに名を思い出せず、申し訳ありませんでした。影の国の女王のスカサハ様。貴女の甥のコンラと契約している長嶋裕樹といいます」
「……ほう、愚弟子の下僕と聞いていたが、随分頭がきれるようだな。どこで気が付いた?」
「げぼ……はい、まあ、伝承で、コンラの母オイフェはスカサハと双子の姉妹だったという話を聞いたことがありまして、コンラが叔母さんと言ったので……後は、シンジから聞いていましたので」
「なるほど。いい心がけだ」
ニッと機嫌よさそうに笑んだ美女、スカサハは、槍の穂先を天井に向けると、ワシワシとユウキの頭を撫でる。相当乱雑な撫で方だったため、頭を強く揺さぶられ、ユウキは少しだけ目が回りそうになる。
__っていうか、シンジ、彼女全然婆じゃないだろ
ユウキはそう呆れながら、ゆっくりベッドから体を起こす。まだ後頭部はじりじりと痛む。が、窓の外から差し込んでくる日差しは、保健室の清潔な白色の床をオレンジ色に染めている。そろそろ下校時間のはずだ。
「ああ、そうだ。ヨワキ、禿げたおっさんがパス送るから課題やっておけって言っていたぞ」
「……多分、科学の松崎先生のことかな?」
「ああ、そういやそう言う名前だったか?」
興味なさそうに言うシンジ。そして、ユウキはとあることを思い出して、コンラに質問した。
「そう言えば、警察と探索者協会は?」
「ああ、私が全員ノシておいたぞ」
「……ん?」
二コリと美しい笑みを浮かべて言う女王スカサハ。ユウキは、聞き間違いかと思って首をかしげる。しかし、そんなユウキに、コンラは首を横に振って答えを告げる。
「現実逃避は止めておけ。ちょっと外見りゃわかるだろ」
コンラはそう言って保健室の窓を指さす。その指の動きにつられてユウキは外を見て……そして、盛大な後悔に襲われた。
外には、学校周囲を囲む武器を携帯した警察官、探索者協会の職員、それに自衛隊。よくよく考えれば、校内で失神するような負傷をしていながら、目が覚めた場所が保健室だった時点で察しておくべきだった。
国有の召喚獣であるスカサハは施設を脱出し、杉浦学園の保健室に立てこもっている。それが、覆しようのない現状だった。
「……僕、帰っていいですか?」
「だめに決まってんだろ、てめえだけでも道連れにしてやる」
窓の外を見て、吐き捨てるように言うシンジ。よく見ると、彼の体には今朝にはなかった傷がいくつか増えていた。大分状況が良くない。いや、相当、か。
拡声器を持った警察官らしき男が、保健室に向かって声掛けをする。
『最後の通告を行う! 脱走召喚獣スカサハ! 早く人質を解放し、投降せよ!』
スキンヘッドの警察官の右手には、これまた厳つい銃が装備されている。銃を見て、ユウキは彼が装備しているのは大口径のショットガンだと判断した。最近の警察官の装備の多様化は目を見張るものがある。できればその武器が自分たちに向けられないことを祈りたいのだが……
ユウキは顔色を悪くして頭を抱える。意識を失ってから数時間。一体どうしてこうなった。
藁にもすがる思いで、ユウキはコンラに問いかける。
「ちなみに、人質は?」
「お前と俺、あとシンジ……だったか?」
「ああ、よかった。最悪逃げれば何とか……」
「残念な知らせがあってだな、叔母さんはこの男と契約を取り交わすまで、俺たちを逃がす気がないらしい」
こんなことになるなら、俺はお前を助けに来なかった、と吐き捨てるように言うコンラ。薄情にもほどがあると、ユウキは乾いた笑い声をあげることしかできない。
まあ、自分の命がかかるのなら他人を見捨てるのもままあることだろう。むしろ、契約したばかりだというのに一瞬でも助けに来ようと思った恩情に感謝したいところだ。
スカサハはケルトの英雄クー・フーリンの師匠である。他にも、複数の高名な戦士の師をしており、その名は高く知れ渡っている。……至極わかりやすく結論だけ言うと、運動能力の高くないユウキでは、スカサハから逃げ出すことができない。
と言うよりも、スカサハに勝てる人間の方が少数である。そもそも現代の人類でスカサハに勝利できる人間は存在するのだろうか? もしいるのなら、ぜひその人物に助けてもらいたいところだが……
__いや、うん、高望みするのはやめておこう。そもそも、シンジが勝てないなら、この三人全員でかかってもまず勝てない
武器を持っていようが、どんな防具を身に着けていようが、女武者スカサハにはまず勝てないだろう。ここまでわかりやすい絶望はあまりない。ズタボロなシンジは、どこかやけくそ気味に舌打ちをしながら、窓にもたれかかる。
「うーん……スカサハ様の要求って、具体的には何なのですか?」
「この愚弟子を鍛えることだ」
「だから、俺は弟子じゃねえつってんだろ。認知症か?」
「おっと手が滑った」
後ろを振り向かずに黒槍をシンジに向かって投げるスカサハ。シンジはギリギリのところでその投げ槍を回避する。頬に赤い線が走り、少量の血が白色の床材に振りまかれる。
黒槍は窓を砕き、外で最後通告を行っていたスキンヘッドの警察官の拡声器を打ち壊し、その進撃を停止する。スキンヘッドの頭が血の気の引いた青色に変わり、すぐに茹で卵のような真っ赤に変化。それを見たユウキは、頭を抱えた。
「何で挑発してしまうんですか……」
「言われているぞ、愚弟子」
「俺じゃねえ、お前だババア」
うっかり倒してしまったドミノのようにそろっていく悪条件に、ユウキはただただ頭を抱えるほかない。どうしてこうなった。
ユウキはうなりながら、シンジに問いかける。
「その、シンジ。仮にでも契約したら?」
「嫌だつってんだろ。この暴力ババアに支払う金は一銭もないな」
「ここまで大ごとになっているのだから、特例で税金支払い義務免除してもらえるかも……」
「だとしても嫌だ。こいつのせいで何度死にかけたと思っている」
「うーん……」
もはやユウキには、今の頭痛が後頭部を打ったものか現状への思い悩みかわからない。頭痛が痛いとは、なるほどこういうことだろう。ユウキは深くため息をついて、白色のシーツを体からはぐ。とりあえず、ベッドから降りてしまいたかった。
「スカサハ様、貴女様の実力でしたら、人質は別にいらなくないですか?」
「いや? 甥とは話したいこともあるからな」
「じゃあ僕は……」
「道連れにするつったろ」
言いよどんだ言葉を、シンジが低い声で一刀両断する。どうやら、本気でユウキは巻き込まれただけであるらしい。膠着した現状に、ユウキはただ頭を抱えることしかできなかった。
先に動いたのは、スカサハの投げ槍を挑発と受け取った警察官たちであった。
『いいだろう、そちらがそのつもりなら、こちらも考えがある! __草薙君!』
「あ?」
ピクリと表情を引きつらせ、外を警戒しだすシンジ。そして、ほとんど同時にコンラもまた、表情を引きつらせる。
窓の外、校庭に、二人の男が現れる。一人は、ユウキも見たことがあった。超人気俳優草薙翼である。そして、もう一人は__
美しい金髪を琥珀のビーズが彩る飾り紐で結い上げ、両目にそれぞれ七つの宝石を埋め込んだ、戦士。現在はげんなりとした表情が浮かべられているものの、その相貌は美しく、隆起した筋肉は雄々しい。完全武装なのか、輝く鋼の鎧をまとった彼の手には、真っ赤な禍々しい槍が握られていた。
コンラは、茫然と窓の外を見て、つぶやく。
「どの面下げて召喚されやがった、クソ親父……!」
【警察装備の多様化】
探索者の出現により、市民の武装化が一気に進んだ。そのため、市民の安全を守る立場である警察官たちの装備もまた、グレードアップした。結果、ショットガン持ちの警察が現れた。
警察装備はダンジョン産のものが多く、威力は現代日本で製作可能なものよりも高い。当然、ショットガン以外の武器を装備しているものもいる。と言うか、ショットガン以外の場合の方が多い。
ちなみに、問題ある国有召喚獣のみを集めた特殊部隊もあるという噂があるが、真相は明らかにはなっていない。




