90話 ベッドの前に立つと、大きなものを取り出した。
座った状態で、サイドテーブルの上にのった食事に向かい合う。
「待たせてごめん、じゃあ食べよ」
これで、透析は大丈夫になったけれどトオルとゴブリンに謝る。
俺のせいで、食事を食べるのを遅らせてしまった。
「いただきます……」
俺は食事に対して挨拶をする。
「「いただきます」」
ゴブリンもトオルもしっかりと挨拶をすると、食事に取り掛かっていく。
ダレンさんはメニューの内容をいつも言ってくれていたけれど、モニカは何も言ってくれていない。
一体……目の前の料理はなんなのだろうか。
メインディッシュは唐揚げっぽい何か。
それと、クリームシチューっぽい何かに肉や野菜が入っている。
唐揚げに添えられている葉物はハート型の丸みを帯びた形状。
主食らしきものは、透明のツブツブが茶碗にてんこ盛り盛り。
とりあえず、最初に口に運んだドリンクは昨日飲んだスライムと蛇のスタミナソーダだった。
「うん、うまい。うまい」
トオルは一心不乱に口へ食べ物を運び続ける。
「んぐ、んぐ、んぐ」
ゴブリンもよっぽどお腹が空いていたようで、無言で口を動かす。
このメニューが何か知りたかったが、既に食べ始めている二人を見ると聞きにくくなってしまった。
唐揚げを一口だけ食べてみる。
……カラッと揚がった衣のカリッとした食感と、何かの肉から染み出る旨味成分が口中に広がる。
味付けは塩胡椒の下味だけ?
しかし、肉汁の美味しさとソレと混ざり合う絶妙な脂が次の一口へと導く。
肉は鶏のモモ肉に似たような感じ。
唐揚げは美味しい……けれど、この透明なツブツブは何だろうか。
主食らしい透明なツブツブ。
イクラのような粒の大きさも、主食と考えると違和感を感じる。
それでも、いつものクオリティから考えると不味いはずはないと思う。
スプーンで掬って口に運んでみる。
ゼリーのような見た目と違い、実際は麦飯のような食感。
鶏のから揚げと麦飯……。
そう考えると、全く普通の食事だ。
クリームシチューもまったり濃厚な感じがする美味しいシチュー。
シチューの中に入っている肉も、鳥のモモ肉みたいな感じがするので唐揚げと同じものだろう。
唐揚げは山盛りに積み上げられているのに、どんどん食べられる不思議な軽さ。
高カロリー、高タンパクで素材の風味を生かした減塩料理。
これは良い食事だ。
カリウムもリンも透析中に食べれば、たちまち下がって食事制限はないのと同じ。
血糖値もマイクロニードル型の人工膵臓で上昇せずに食べられるだろう。
空腹に任せて、全部食べてやろうと思った。
「ご馳走様。美味しかった~」
俺が3分の2くらい食べ終わった頃に、ゴブリンが食べ終わった。
食事の量なんて俺の2倍くらいあったのに、俺より早く食べ終わるとは……。
「ご馳走様。うまかった。鶏の唐揚げをこんなところで食べられるなんて思わなかった」
トオルもゴブリンより更に量が多かったのに、もう食べ終わった。
ベルさんの身体で、おっさんみたいなだらしない座り方でお腹をさすっている。
せめて、その身体ではジーパンでも女性らしく座っていて欲しい。
「トリ? それ……鳥じゃありませんよ」
俺らが食事を食べ始めてから、俺のベッドの傍で突っ立っていたモニカが口を開く。
確かに鳥のモンスターは、倒していない。
「それは、アブライモゴキブリ……」
「ゴキブリ!」
俺は叫んだ。
トオルはお腹をさするポーズのまま、動きが止まる。
ゴブリンはもともとこっちの世界の住人……特に大丈夫な様だ。
さっきまで、あんなに美味しかったのに急激に食べたくなくなってきたこの食事。
「そうですよ。ゴキブリの前足の唐揚げにハートサラダ。スライムライスと……ゴキブリと蛇のブラッディクリームシチュー。スライムと蛇のスタミナソーダです」
モニカは俺の反応を不思議だと言うように、さらりとメニュー告げた。
ブラッディという割には真っ白なクリームシチューは赤血球を取り除いて、作ったのだろう。
「虫食べちゃったのか……」
トオルはボソッと残念そうに言い放った。
俺は食べるのをすっかりやめて、食事を眺め続ける。
「虫は食べちゃダメなの? 美味しいのに……」
ゴブリンは俺ら二人の様子を見て、悲しそうな表情で呟いた。
こっちの世界では、虫は普通に食べるのかもしれない。
普通に食べているものを気持ち悪いとか言ったら、それらを食べている人は気分を悪くして当然だ。
「……いや……、虫食べるの大丈夫。……美味しいよ」
俺は再び、食べ始める。
これはゴキブリという名前はついていても、モンスター。
俺らが知っているものとは別物かも知れないし……。
それに、どっからどう味わってみても鶏肉の唐揚げ以外のなにモノでもない。
「ナオちゃんは優しいよなあ。そういうとこカッコイイと思うよ」
トオルが小さな声で独り言のように言った。
けれど、優しさなんかではなくてシッカリと食べないと低カリウム血症になってしまうからだ。
要は自分のため。
「美味しかった~。ごちそうさまでした」
俺も二人に続いて完食すると、満腹状態に。
俺が食べ終わると同時に、一足先に食休み中だったトオルが口を開いた。
「あのさ、蛇退治って……いつ行ったらいいかな」
トオルは自分への申し送り事項が気になって仕方がないようだ。
「もうちょっと経ったら、ダレンさんという人……というか神様が帰ってくるから、それからがいいよ」
ベルさんの身体とゴブリンでは勝てない可能性もあるし、ダレンさんがいたほうが安心だと思う。
「ダレン……さん?」
トオルは誰それ? という表情で聞き返してきた。
「下級神やっている神様。とってもいい神様だよ。強いし真面目だし、良い身体してる」
俺は精一杯わかりやすく説明する。
「下級神で良い身体で……真面目な神様なのか」
トオルは俺の言ったことを復唱した。
……上手く伝わったようだ。
「あと、マザコンでホームシックで直ぐに家に帰っちゃうんだ」
夜になると天界に帰っちゃうのは、その証拠だと思う。
「可愛いな。メガネっ子で甘えん坊なんだ」
トオルはよくわからないことを言っている。
「ダレンさんって男だよ」
ゴブリンが当たり前のことを伝えた。
「……男で甘えん坊か。キモイなあ」
何故か、トオルはダレンさんを女神と思っていたようだ。
その時、透析室の入口がゆっくりと開いた。
誰かが入ってくる。
その人物からは威圧感のようなものを感じた。
「ただいま、戻りました」
みんなの視線が一斉にその人物に向かったのだと思う。
「ダレンさん……おかえり」
俺はものすごく久しぶりにあったかのような気分で、懐かしさ一杯で声を掛けた。
以前のダレンさんより神様っぽい雰囲気が強くなっている気がするけど、紛れもないダレンさんだ。
「おかえりなさい、ダレンさん」
ゴブリンも何となく嬉しそうに見える。
「はじめまして、ダレン様。ベッドサイドモニタのモニカです。以後よろしくお願いいたします」
「はじめまして。AEDのエディです。よろしくお願いします」
二人はダレンさんとは初めて会うのか。
ダレンさんも二人に挨拶を返して会釈をする。
「……はじめまして。ヤナガワトオルと申します。よろしくお願いします」
トオルもよそ行きの挨拶をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。なるほど、ベルさんは人格交代したのですか……」
ダレンさんはベルさんの人格交代を見ても、経緯を知っているので驚かない。
「そうそう、小林さんがバアルさんに頼んでいたこと。ワタクシが代わりに……」
ダレンさんはトオルが居るベッドの隣のベッドの前に立つと、魔法バッグから大きなものを取り出した。
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