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89話 激しすぎて怖い。



 初めはすぐに泣き止むと思っていた。


 しかし、ベルさんの身体に入っているトオルは泣き止まない。


 こんなに泣くような人だったろうか。


 いくら優しく抱きしめられているとは言え、俺の力ではびくりとも動かないこの腕と身体。


 トオルの顔はうつむいて、俺の頭の上に大粒の涙を降らせ続ける。


 俺の顔はTシャツの生地と柔らかな膨らみの空間に閉じ込められた。


 頭上からつたう水滴は、次々と俺の身体やトオルの胸元を湿らせていく……。


 途端に苦しみへ誘う(いざなう)、柔らかな感触と濡れた布。


 きっと、俺の口と鼻を塞ぐために生まれてきた存在だ。


 Tシャツの生地が凶器だったとは。


 呼吸ができない焦りで大きく息を吸おうとすると、更に口と鼻に張り付く。

 

 俺は死んでしまうかもしれないと、何度目かわからない恐怖を覚える。


 意識を失う前に何とかしなければ。


 もう俺は出せる限りの渾身の力を込めて、身体をひねる。


 俺のか弱い力でどうなるか。


 けれども、鼻水やヨダレに感謝。


 フニャリとした感触とヌルりとした感触が合わさって、俺の身体はスルりと足元側へ抜け出た。


「プハー、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息が切れて、切れて……しばらく動けなさそうだ。


 ようやく息が整い、後ろを振り返るとトオルはまだ泣いている。


「う、ひっく、ヒック、うぇーん、うぇーん」


 トオルはおっさんだったはずなのに、何故か女性のように泣いている。


 身体が精神に与える影響は、モルフェウス界で体験したので共感できなくもない。


「うぅ、うわーん、うわーん」


 ゴブリンも何故か泣き始めた。


「えーん、えーん」


 モニカも泣いている。


 エディはそんな状況をただ、傍観していた。


 これは、貰い泣き?


「エディ?」


 俺はそんなエディに声を掛ける。


「女性は男性の10倍感じやすいらしいですよ」


 エディは子供の癖に、知ったかぶった口調で女性を語った。


 その発言は何を感じやすいのか意味不明だ。


「グーー」


 その時、俺のお腹が鳴った。


「グーーーーーー」


 ゴブリンのお腹も鳴る。


「グオーーーーーーーーーーーーー」


 トオルのお腹の音は熊の鳴き声のようだ。


 その大きなお腹の音に、本人も含めてその場の全員が驚く。

 

 空腹は涙をも止めるのか。


「お腹……空いたんですね」


 モニカがぽつりと呟く。


「なんだ、お腹の音だったのか。何か恐ろしいものの鳴き声かと思った……」


 トオルは自分が入っている身体なのに、他人事のような言いようだ。


「そういえば、色々あったから朝ご飯食べてないな……」


 俺は独り言のようにお腹に手を当てて、吐き出すように言葉をこぼす。


 今日は朝から食事らしいものは誰も食べてはいない。


「では、食事を食べられる方は食事に致しましょうか」


 モニカはそう言うとタブレットを操作して、遠隔スキャンを起動した。


 天井から光が、俺とトオルとゴブリンと……全部で5本の光の柱が俺らの身体に降り注ぐ。


「直樹お兄様は長時間透析用にしておきますね」


 モニカの呼び方は少しだけフレンドリーになったみたいだ。


「俺にも、食事が出んの?」


 トオルは思いがけない幸運とでもいうような嬉しそうな表情になった。


 けれど、ここは俺のベッド。


 二人でベッドにいると、男同士なのに見掛けが女性だから変な感じがする。


「食事が出るから、トオルくんは向かい側のベッドに戻って……」


 俺はトオルに遠くへ行くように指示をした。


 トオルはまるで、瞬間移動のような動きで向かい側のベッドに現れる。


 あのステータスの身体は、俺の命を奪いかねない……。


 トオルが去った後は、ビチョビチョでぐちゃぐちゃな布団が残っていた。


 俺の頭や顔もグチョグチョだ。


 俺はそんな残骸のような状況を見て、ここで長い時間透析するのは嫌だなって思う。


 どうしようか……。


 じっとそれらを眺めていたら、エディがそっと近づいてきて手のひらをベッドに向けた。


 たちまち綺麗に整っていく不思議な光景。


「えへへ、僕はベッドを整える魔法は結構得意なんです。他はこれで……」


 そう言うと、温かいおしぼりをエディが渡してきた。


 綺麗にできるのはベッド限定なのか……。


「ありがとう」


 俺はエディにお礼を言うと、顔や頭を思いっきり拭いてエディに突き返す。


 すると、エディはパチンと指を鳴らし、ボワンと煙が出ておしぼりは消え去った。


 何故だか、俺の着ている青ジャージは全く濡れていない。


 速乾性素材なんだろうか。


 ゴブリンは知らない内に隣のベッドに座っていた。


「じゃあ、食事をサイドテーブルの上に出しますね」


 モニカがこう言うと、俺とゴブリンとトオルのベッドのサイドテーブルの上に食事がボワンと出現した。


「え? 二人はご飯食べないの?」


 俺はモニカとエディの分がないのが気になって仕方がない。


「私たち医療機器は食事は食べなくて大丈夫です」


 モニカは不思議な返答をした。


「え……だって、ベルさんは食べてたし、トオルだって食べるよ」


 俺は反論する。


 ベルさんだって医療機器だし、ベルさんが食べてた以上は同じ医療機器の二人も食べて当然だ。


「ベル御姉様は特別なのです。半分神で、半分人間で、ちょっとだけ医療機器……みたいな?」


 モニカはやっぱり、不思議な返答をする。


「ベルゼバブブ様が開発した不思議な細胞から構成されているようで、ベル御姉様は特別……なのです」


 モニカの不思議な説明はイマイチよくわからないけれど、ベルさんが特別でふたりが普通らしい。


「う……ん、そういうことならしょうがないのか……」


 よく分からないけれど、納得したことにしておく。


「おい~、直ちゃん。早く食べないと、冷めちゃうよ」


 トオルは今にも食べたそうだ。


「グオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーー」


 トオルのお腹はものすごい咆吼をあげている。


 何だか、激しすぎて怖い。


 それでも、先に食べるのは悪いと思っているのか、キチンと座って待ってくれている。


「直樹お兄様は透析を先に始めてからのほうがいいですね。血液中のリンやカリウムが上がらないので」


 モニカは俺の左手の手首のガラス玉へ……脱血側の透析回路の先端を近づける。


 ガラス玉の中へ血液回路の先端はスーっと吸い込まれていった。


 同じように上腕の腕輪にあるガラス玉へ血液を返す方の回路を近づける。


 やっぱり、スーっと吸い込まれていく。


「お兄様。回路が抜けないようにガラス玉へ魔力を流してロックしてください」


 そっか、回路が外れないようにする機能もあるんだ。


 これなら安心……、現実世界のように針が抜けて大量出血して死ぬような事故も起こらなそうだ。


 俺が魔力を二つのガラス玉に向かって流すと、ガラス玉の周りの腕輪が赤色に染まった。


 モニカが回路を軽く引っ張って抜けないか確認している。


「大丈夫ですね。それではオンラインHDFを始めます」 


 モニカが透析の機械を操作すると、ダイアライザヘ向かって血液が満たされていく。


 透析が始まるやいなや、ベルさんが準備してくれたHDFとは比べ物にならないくらい強い力を感じた。


 これで、俺はまた強くなれる。

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― 新着の感想 ―
[一言] トオル君は、未だ自分の力が とてつもなく今は強い事に気付きませんね。 Tシャツでも濡れると、繊維の穴を水で塞ぎ 通気性が悪くなり窒息させる事はできます。 この場合はトオル君の大粒の涙…
[一言] ベルさんは、小林君より背が高かったですねぇ・・・。 しかも異世界の人だから力も強めですね。 優しく抱きしめていてもピクリとも動けないほどですね。 中の意識はトオル君なので自分の力は強いという…
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