85話 ベルさんは心配症な方なのかも知れない。
ベルさんとやり取りしている俺の顔を見て、ゴブリンは何だか悲しそうな顔をしている。
俺は強くなって嬉しいのに、一体何でだろう。
2時間くらい経つと、一時ぺーシングも要らなくなり、ベルさんから伸びていたオーラのようなものがシュルシュルと引っ込んでいった。
「小林さん、そろそろ私……人格交代しようと思います」
ベルさんはオーラのようなものをしまうやいなや、唐突に告げてきた。
「え? ……俺の透析中のモニタリングは誰がやるんですか?」
途端に不安になる俺。
ベルさんが居てくれれば、透析中も安心なのに……急に変わるとかやめてほしい。
ダレンさんもいない……。
「大丈夫。私の代わりができるようにポイント交換しておきます」
ベルさんはどこから取り出したのか、ダレンさんがいつも操作しているタブレットを操作し始めた。
床の上にボワンッと現れたのは野球のホームベースほどの大きさのAED。
コンビニとかに置いてあるオレンジ色の自動体外式除細動器だ。
それでも、床に置くのは不潔な感じがする。
そして、遠くに置いてあったベッドサイドモニタがベッドのすぐ横までゆっくりと近づいてきた。
ポルターガイストのようで、ちょっと怖い。
「あんまり遅くなると、もうひとつの人格もこの世界に慣れないと思うので」
ベルさんはタブレットを操作しながら、話を続けている。
もう一つの人格は、この世界に慣れていないらしい。
ベッドサイドモニタは虹色に輝き始めると、人型へと変わっていく。
続いてAEDも虹色に輝き始めて、人型へ変わっていった。
「二人共、既製品なので……私のように小林さんの望み通りな感じにはなれませんけど……」
今回は質問やら設定やらはないらしい。
ベルさんだって、既製品だろうに……オーダーメイドのような口ぶりだ。
やがて、輝きが減衰して小さくなっていく。
「まあ、私の代わりはできると思います。AEDは一時ペーシング機能がないのが残念です」
AEDと除細動器の違いが一時ぺーシングが出来るかどうか……という事実は異世界でも一緒なのか。
AEDは身長120センチくらいの……虎柄のパンツをはいた男の子になった。
そして、ベッドサイドモニタは身長140センチ程の、虎の毛皮をワンピースにしたような格好の女の子。
女の子の頭には角が一本、男の子の頭には角が二本生えていて……鬼の姉弟のように見える。
電化製品だから?
どうして、人型にする必要があるのだろう。
「みんな居なくなってしまうので、小林さんのことを頼めるような能力を持っている子を選びました」
そっか……誰もいなくなるんだ……。
医療機器があっても使う人がいなければ、俺には何もできない。
人型になって、医療機器が勝手に働いてくれるならば現実世界でも人手不足は解消されそうだ。
医療従事者を危険に巻き込まないことの究極って、こういうこと?
だったら、せめて大人を選んで欲しかった。
AEDは明らかに小学校低学年だし、ベッドサイドモニタでも小学校6年生くらいにしか見えない。
角と虎柄ファッションは雷様のような感じを醸し出していて、滑稽さが不安を掻き立てる。
どんなに優れた医療でも、患者からの信頼性は大事……。
「さあ。小林さんに挨拶をして」
ベルさんが瞼を開けたばかりの医療機器に挨拶を促す。
ベッドサイドモニタの少女が初めに挨拶をした。
「私はモニカと申します。ベルお姉様の代わりにお世話をさせて頂きます。以後お見知りおきを」
何だか、普段使わない言葉で挨拶されて面食らった。
医療機器の外見と内面は一致しないのだろうか。
「僕はエディといいます。よろしくお願いします」
AEDの少年は割と普通だ。
ベルさんがモニタリングと救命を一人で行うのに対して、二人で対応する感じだろうか。
「えっと……、小林直樹です。これから、よろしくお願いします」
改めて挨拶をすると、少し緊張してしまう俺。
ゴブリンはそのやりとりをじっと見守っている。
そんなゴブリンの視線に気付いたのか、二人共ゴブリンに頭を下げる。
「ゴブリンのお姉様。不束ものですが宜しくお願い申し上げます」
モニカはゴブリンに向かって、お嫁に来たかのような挨拶をした。
「エディです。よ……宜しくお願いします」
エディの方が可愛げがある気がする。
「……お姉様……。そっか私がお姉ちゃんなのか」
ゴブリンは小さく呟いた。
「よろしく……。お兄ちゃんをこれからお願いね。何か分からないことがあったら、私に聞いて」
ゴブリンはほんの少しだけ、先輩風を吹かせているようだ。
「小林さん、ゴブリン……。モニカとエディ……。少しの間、留守にします」
いつの間にかベルさんは俺の寝ているベッドの向かい側のベッドの上にいて、起き上がってこちらにお別れの言葉を伝えている。
「うん、分かった。ベルさん……行ってらっしゃい」
俺はもう、人格なんか変わって欲しくなかったけれど、いろいろ考えて一生懸命なベルさんを止められなかった。
ベルさんはパタンと寝たかと思うと、もう一度起き上がる。
「あ、そうそう。ダレンさんにも宜しく伝えておいてくださいね……」
ベルさんは心配症な方なのかも知れない。
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